赤層異界 第五のフロアに死肉は踊る、宝の価値よりなお怖し

 マップ上にパーティメンバーの位置が表示されるとは言え、ここはダンジョンであり、ある程度は道が入り組んでいる。

 落下地点スタートからみかんさんゴールまでの間にはモンスターも多数出現したし、いくつも分岐があって部屋や行き止まりに当たったりもした。


 それら、踏破した場所は全てオートでマッピングされており、さらに。


「宝箱です!」


 走ってる最中に見つけた宝箱も、マップにばっちりメモを入れてあるのだ。

 ふふん、貧乏性の旅人にぬかりはないのです。あと、見つけた階段もしっかり記録してます。


 貧乏性と言えば、拾った弓はちゃんとみかんさんに返しました。

 落としたアイテムにも所有権が有効なので他人には拾えないものだが、パーティメンバーは別。

 仲間が落としたアイテムについては、一時預かりという形で拾うことが可能だ。


 なお、この辺のシステムを使って騙してPKしようとか小賢しい企ては通用しません。

 PK周りについては、胸を張って正々堂々とした悪事しかシステム的に認められてないし、それによる金品の強奪も全面的に不可。

 パーティメンバーによる一時預かりだって、どう頑張っても所有権を自分に移すことはできず、一定期間経過後は街の遺失品管理所に転送される仕様となっている。

 善意で拾ったけれど、イン時間の問題とかで会って返せない場合とかもあるからね。仕方ない。


 さておき。コウモリと蛙の多い通路を過ぎた先、行き止まりにある小部屋に瓦礫に埋もれるようにして宝箱が置いてあった。


「ダンジョンの宝箱には罠が掛かってる場合もございます。

 これも、斥候スキルの『罠解除』があれば解除を試みることが可能ですので、やっぱりダンジョン探索では一人は斥候が欲しいところでございますね」

「はい、分かりました。

 ライナズィアさんが居てくれれば、護衛も斥候役も道案内も、何でも出来るので甘えちゃいそうです」

「ははは、ご一緒している時は存分に利用して下され。

 ただ、本職よりスキルレベルは低いですから、解除失敗しても恨まないで下さいね」

「はい!」


 野良の一攫千金パーティだと、高レベルの斥候系はとても歓迎される。

 その一方で、高レベルダンジョンで解除を連続失敗したりすると、ぎすぎすとした空気になって居たたまれない。

 あと斥候系は、探索能力が高い分だけ純粋な戦闘力では一歩劣る。だから、ボス討伐の募集なんかでは、残念ながら不人気だ。


「攻略を進めるためには、野良専門ではなくある程度は交友関係を広めておいた方が良いってことです。

 もしくは、自分が募集する側になるとかですね」


 なんて解説をしつつ、無事に罠を解除。

 ダンジョンとしては低レベルな場所なので、罠も初歩的なものでした。解除失敗しても、ちょっと矢が刺さるだけ。

 とは言え、罠の種類も解除を試みたからこそ分かったことなので、油断は禁物です。


「さ、罠は解除しましたので。

 折角ですから、みかん様が開けて下さいませ」

「いいんですか?」

「ええ。初の宝箱、良い物だといいですね」

「は、はい。では失礼します」


 宝箱の正面を譲ると、ごくりと唾を飲み、緊張した面持ちでみかんさんがしゃがみこんだ。

 箱は宅配便の段ボール箱より少し大きいくらいで、しゃがんだみかんさんなら頑張ればすっぽり入れそうだ。


 横には拾ってくださいと書かれたプラカードが立ち、こちらを見てにゃーにゃー鳴いてるみかんさんの姿。

 うん、思わず拾っちゃいそうなくらい良く似合ってます。これがほんとのみかん箱。


 ちょっと失礼なことを考えているぼくに気付かず、みかんさんは宝箱に手を掛けると、ゆっくりと蓋を押し上げた。

 開かれた宝箱から僅かな光が瞬く。


「わ、自動でアイテムが手に入っちゃいました!」

「ええ。もめないように、パーティ全員にアイテムが自動で渡されるのでございます」


 宝箱を開けると、パーティ全員にそれぞれアイテムが入手される。

 実際の箱の中は空っぽで、メンバーがもめないようにアイテムは直接インベントリへ追加される形式だ。

 今回入手したアイテムを取り出し、みかんさんに見せる。


「ぼくが手に入れたのはMPポーション。NPC産と同じ品質なので、大したことないやつでございます」

「私は、鉄鋼の盾でした。ちょっと重たいです」


 みかんさんがインベントリから取り出したのは、鉄製の盾だ。

 同じくNPCのお店で売ってるような装備品で、性能はプレイヤーが作ったものと比べると低い。


「NPC産は性能が低いですが、耐久は高いのでレベル上げ用に多少のお値段で売れると思いますよ。

 重たいので、捨てちゃってもOKでございますけどね」

「初の宝箱でしたので、今のところは持っておきます!」


 持てる重さを超えたらその時に考えます、ということで盾をしまうみかんさん。

 ついでにこちらのMPポーションも押し付けつつ、地図に記した階段の方向へと歩みを再開させる。



 今いるフロアは地下5階。

 落とし穴から落ちたため、当然の事ながら地下4階ではない。


 このノルウィーア廃鉱山の地下4階と5階には、非常に大きな違いがある。

 それが何かと言うと―――


「ぅっ、ぼあぇろぉぇぇぇ」

「ひぃぃぃっ!」


 ゾンビマイナーが出現する事である。


 フルダイブのVRMMO、その表現力は腐った死肉に対しても遺憾なく発揮されていた。

 よくあるデフォルメされたゾンビとは一線を画する、腐り滴る血肉。

 通路にまき散らされる体液は、ゾンビ本体から離れた後も漂う悪臭を放ち続け。

 歩くだけでずるっ、べちゃっと瑞々しい生肉の感触を理解させてくれる爛れた肉体。


 どう考えても過剰なリアリティオーバースペックです、本当にありがとうございました。

 ついでに言うと、体力が高すぎて倒すのに時間がかかるので、レベル上げにも非常に不向きです。地下5階がスルー推奨と言われる所以ですね。


「らららライナズィアさん、駄目です、あれは駄目です無理です無理むりムリ!」

「ははは、みかんさんは本当にゾンビが駄目なんですねぇ」

「あっ、当たり前です!」


 完全に腰が引けた様子で、ぼくの腕にぶら下がるようにしがみつくみかんさん。

 目に涙こそ浮かぶことはないが、怯えきった表情は可愛いを通り越して悲壮感を感じさせられる。


 うん、流石にここで『それじゃぁ一人で戦ってみましょっか♪』とかはできないよね。

 剣と盾をインベントリに納め、階段までのルートをマップで再確認。


「それでは、このフロアは戦闘なしで、一気に駆け抜けると致しましょう」

「……え?」


 怯えて固まるみかんさんの手を離し、はな……離してくれないんですけど。


「ごめんね、ちょっとだけだから手を離してね、はーなーしーて、ね?」

「ふ、ふえええええ」


 固く握った拳を無理に開かせると、もはや顔を明らかに歪めて泣き出しそうだ。

 苦痛の類負の感情では涙が流れないシステムで良かったなぁ。流石に泣きじゃくられるととてもやりづらいから。

 いや、今の段階でも、小動物をいじめてるようですごく罪悪感があるんだけどね。


 前方に出現したゾンビマイナーは、この間に1メートルくらい接近してきています。遅。


「失礼しまして」


 そういうわけで、何とか手を引きはがしたところで、また掴まる前に素早く膝と背を支えて抱え上げる。


「みかん様は、やっぱり軽いなぁ」

「ふえ、ふええ!?」


 嘘です、本当はちょっと重いです。

 先日とは違って制限解除してないので、今の筋力STRは20レベル相応。

 みかんさん+装備+所持品分の重みが両腕にずしりとかかるが、まあ短時間なら多分耐えられる! はず!


……盾、捨てさせとけば良かったなぁ。安物あんなのでも素の重さは何キロあるやら。

 うん、頑張ろう。抱きかかえてるだけでも大変だから、さっさと移動しよう。


「一気に行きます!」

「ぇぇえぅ、はぁうぅぅぅ」


 みかんさんのちょっと不思議なゾンビのような雄叫びを無視し、強く抱きかかえたままで。

 動きの遅いゾンビの横をすり抜けて、薄暗い坑道を駆け出した。


 空中で所在なさ気にしていた両手も、振り落とされるのが怖いのか走り出すとすぐに首筋に回され。

 幼い子供のように、ぎゅうぅぅぅっと力を込めて抱きしめられる。

 システムにより窒息攻撃は無効のため、息苦しさはない。だけど押し当てられた肌の柔らかさやいい匂い、何よりも首筋でひしゃげる胸の強大な感触がすごく落ち着かない、嬉しいけど落ち着かない!

 無理やりにでもみかんさんの感触を意識から振り切るように、速度を上げて駆け抜ける。


 飛んだり跳ねたり揺れたりしちゃうのは、仕方ないよね?

 そのたびに抱き着く腕の力が強まってすごいんだけど、うん、かわすためだから仕方ないね。許可します。

 あと走るのに動きにくいですので、こっそりと鎧を外そうかと―――流石にそれは駄目ですね、はい。許可しません、自重します。


「ずっ、ずるいです、ずるいですぅぅ!」


 ゾンビの横を通り過ぎるたび、みかんさんが『ずるいです六割がたキモいです』を連呼する。

 その叫びを聞いていると、ゲームに対する活き活きした様子に、こちらとしては何だか楽しくなってしまう。


 涙目状態のみかんさんにはちょっと申し訳ないんだけど、どうしたってゾンビが徘徊してるフロアだ。

 六割ぐらいのキモさは目を閉じて我慢していただきましょう。


……ところで、ずるいです六割がたキモいですは、ゾンビのことですよね? ぼくのことじゃ、ないですよね?




 出現するゾンビはもちろん、こうもりも蛙も振り切って、数分で合流前に見つけた下り階段へ辿り着いた。


 固く抱き着いたみかんさんの腕をゆっくりと外し、背中を支えながら地面に立たせる。

 首筋に感じていた圧迫感がなくなったことに、解放感よりも少しだけ寂しさのようなものを感じるね。


「は、はうぅぅ……」


 地面に下ろされれば、みかんさんはちょっとよろけつつも、支えるぼくの手から逃げるように壁に手をつき真っ赤な顔で息を吐いた。


「早くフロアを抜けるためとは言え、抱えて運んだりして失礼しましたよ」

「あっ、あの……ぁ、あぅぅ」


 何かを言いたそうにこちらを向くも、気まずそうに視線を反らすみかんさん。

 その姿に、変に上がっていたテンションに冷水を浴びせられたような気持ちで。

 ただ後悔と、申し訳なさと気まずさがあって、思わず階段を示した。


「下の階にはもうゾンビは出ませんので、まずは階段を下りましょう」

「わっ、わかりました! 急いで下りましょう!」


 よほどゾンビが怖かったからか、それとも二人で向き合う気まずさからか。ぼくを待たずに急いで階段を下りて行くみかんさん。

 自分のふがいなさに歪む表情を、深呼吸一つでどうにか落ち着けて。

 疲れた腕と肩をほぐしながら、少しだけ距離を空けてゆっくりとその後を続いた。



 地下6階。ノルウィーア廃鉱山の最下層。

 上げては落ち、上げては落ちしながら予期せぬアクシデントを乗り越えて、このレベル上げ冒険も間もなく終わりを迎える。

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