赤層異界 己の痛みを知るならば、人の痛みを想えるはず
「すっごく、怖かったです……」
ひとしきり涙を流さずに泣くと、みかんさんは慌てたようにぼくから離れて。
でもやっぱり一人では不安なのか、背中側に回り込んでから軽くぼくの鎧の端をつまんだ。
布製品じゃなくてすみませんという気持ちになりつつ、振り返らない方がいいかなと目の前の壁に向かって答える。
「お待たせしてしまって、すみませんでしたよ」
「違うんです、一人だったからとかじゃないんです!
私のせいで、ライナズィアさんが怪我したりとか、もしもって思ったら、すごく、すごく怖かったんです」
「ははは、大げさでございますよ。
この程度の下級ダンジョンで危機に陥るほど、やわな鍛え方はしてないつもりでございます」
まあしっかり鍛えた
「でも、心配なんです……
私のせいで誰かが犠牲になるのは、もう、嫌なんです」
「犠牲なんて、大げさでございますよ」
「―――お姉ちゃんみたいに」
その、みかんさんの小さな呟きが聞こえたことで。
ようやくみかんさんが何に怯えていたのか、なぜあれほど頑なだったのかが分かった。
自分のミスのせいで危険地帯をぼくが進む、危険な目にあう。
そのことに対して、自分達を守るために自ら居なくなった姉の姿を思い出したのだろう。
「……みかんさんも、ぼくと同じなんだね」
「え?」
暴力と、ゲームでは。
お姉さんと、ぼくでは。
全く違うし、比べるまでもないじゃないか。
―――そう思う人も居るだろう。その意見は、ぼくにだって分からなくはない。
だけど、理屈じゃないんだ。
関連して、同じに感じてしまったら。
思い出してしまったら、もう切り離せない。
同じように、痛みを感じてしまう。
不安に、恐怖に、包まれてしまう。
どうしようもなく、怖くて、不安で、叫びだしたくなる。
「ぼくも、頑ななみかんさんの態度を見て、ちょっと嫌な事を思い出してしまって、ね」
「嫌なこと……ですか?」
「うん。昔、ちょっとあってね」
ぼくの意志によらず、言葉を聞かず。ただ、居なくなろうとする。その事に、今朝の夢に見た景色が脳裏に過ぎった。
まあ、あの時はぼくが何かを言う余地さえなかったんだけれど。
それでも、思い出してしまえば痛みが、不安が拭えない。
「話の大小は全然違うから、同じだなんて言ったら失礼だと思うけど。
やっぱり、思い出してしまったら、辛いよね」
「……はい」
「ごめんなさいね。
辛さに気付かず、無遠慮に大人しく待ってろなんて言ってしまって」
テンション上げると、ろくなことないなぁ。
やっぱりだめだね、物事はしっかり考えないと。ノリと勢いだけじゃうまくいかない。
「あ、いえ、あの……」
「申し訳ない。
二度と言わないようにするから、本当に辛いならはっきりおっしゃって下さいね」
流石にこれは、背中を向けたまま告げるなんて失礼な事はできない。
鎧に触れている手を優しく掴んで外し、目の高さを下げるために膝をつき。
そのままみかんさんに、深々と頭を下げて謝る。
「そ、そんな、そんなのだめです! 頭を上げて下さい!」
膝をついて謝罪するぼくに、慌てたようにみかんさんが肩を押し上げようとする。
……ちょっと可愛らしかったので、頭を下げたまま持ち上げられないように力を込めて抵抗したらぽかぽか叩かれた。なぜだ。
「あ、あのメールは、その!
す、すごく、嬉しかったから、いいんです!」
「え?」
叫びながら、再びとととっと走って背後に回り込まれてしまう。
今度は後ろを振り向こうとしたが、ぴたっと背中に貼りつかれてしまい振りほどけない。
えっ、殺られる……!?
「だ、だってその、あの、私が落ち込んで、気にしないように、だって分かりましたから」
「いや、だけど。
必死で顔を隠すみかんさんに、仕方ないから壁を向いたまま返信について答える。
というか、なんだこの状況。
トラウマの話をしてたはずなのに、なんでこんな体勢になってるんだろうか。
いつ殺られるんだろうか、回答を間違えた瞬間に刺されるんだろうか。なんて唐突なデスゲーム……!
「だ、だって、ライナズィアさんが……あんなこと言われたら、その、嬉しくなっちゃって、恥ずかしくって、辛いのとか、全部吹き飛ばされて、だから、こんなにつらいのに、その、手を取って跪いて、やっぱりずるいです、すっごくずるいです!」
背中に貼りついたみかんさんがごにょごにょと何か言ってる。
「何でしょう、ほとんど聞こえないんですけど」
具体的には、最初と最後の『ライナズィアさんが …
でも
「べっ、別に聞こえなくてもいいんです!
今は、まだ」
背中のみかんさんは、結局ぼくの質問には答えない。
でも、実はキモいです聞こえてたとかわざわざ言うのも気まずいし、何でもないと言ってくれるならその優しさに乗っかるべきだよね。
「そ、それじゃぁ引き続き、レベル上げ行きましょう、ライナズィアさん!」
ぼくの納得の気配を感じ取ったのか、みかんさんは少し大きな声で言うと、ぼくの腕を抱えて引っ張るようにダンジョンを歩き出した。
小動物のような愛らしさと、頬を染めた横顔の美しさ。
二の腕に感じる小動物らしからぬ柔らかさに、やっぱり思考を乱されたまま。
それでも、今一緒に居られることが、すごく嬉しくて。
色々と、意識している自分を、自覚して。
だから、今朝の夢の情景を脳裏に描いて。
騒ぐ心を、深く深く、沈めた―――
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