赤層異界 伝わる返事を読み解かんとす、六割ほどキモいです

「あー……」


 んー。どうしたもんかな、これ。

 みかんさんのお返事に、ちょっと上を向いて一旦メールウインドウを閉じる。


 両手剣をしまい、ゾンビのドロップアイテムを回収。

 お、レアドロだった。ラッキー。


 地に落とした盾を拾い、表面の汚れを軽く払う。

 インベントリにしまった片手剣は、取り出して腰の鞘へ。


 一通り、戦闘の後片付けと準備を終え。

 みかんさんのHPに変動がないこと、マップで移動していないことを確認して。


「さて―――」


 改めて、みかんさんのメールを開き、書かれた言葉に向き合う。



 その、あまりのネガティブさに感じる、なんとも言えない気持ち。

 そうじゃない、そうじゃないんだと叫ぶけれど、届かない想い。

 嫌とか嫌いなわけじゃないんだけれど。ただただ、厄介というか、面倒というか、なぜこうなってるのか分からないというか。



 こんなとき、どうすればいい?


 みかんさんは、ひたすら、自分を責めている。

 ぼくが大丈夫と言っても、全く聞いてくれない。

 全て、自分が悪いと想っている。


 言うなれば、それは。

 全てが己の影響の果てにあると考える、極度に視野の狭まった状態。


 ぼくが負けて倒れることさえ、みかんさんのせいであると。

 みかんさんのせいで、ぼくが死ぬという、なんとも極端な、傲慢。



 今朝の夢を。全てを失った時を、ちらりと思い出して。

 胸を押さえて、ゆっくりと電子の息を吐く。


 こちらの気持ちを知らず、こちらの状況を問わず、ただただ突然に。

 ドアを開けて家を出たら、なぜか足元がなかった、みたいな。そんな、理不尽とも言える、唐突な出来事。

 過去と未来が、連続しない感覚。

 どうしようもなく苦しくて、辛い。

 狂って叫び出したい程に、不満。



―――そうだ。

 ぼくは、不満なんだ。


 ぼくの話を聞いてくれず、一方的に全てが自分のせいだと決めつけた、その態度が。

 突然全てを失った、今朝の夢を。

 つまり、どう頑張っても、泣いても叫んでも、ぼくの気持ちなど知った事かとばかりに突きつけられた、あの過去を思い出させたから。


 ならば、有無を言わさない。

 まだあの過去と対峙する程の覚悟も強さもないけれど。

 今この瞬間、この場面でだけならば。面影を思い出させるだけならば、立ち向かうくらいの事は出来る。


 みかんさんが、それは違うと、私が悪いと、そう言わせないために言葉を綴る。

 自分の事は棚に上げ。過去の痛みも目を背け。ただ一つ、今この瞬間だけ。みかんさんの、その傲慢をぶち破るために。



 目を覆うように、右手で顔を掴み。

 意識的に、意識・・を切り替える。

 みかんさんに、その不安に、怯えに、傲慢に、過去の影に、勝つために。


 オレは、敵にもみかんにも負けないと、示す。



―――――――――


To:みかん


甘く見ないでくれ

この程度の敵に遅れを取るほど弱くはない


みかんはダンジョンの罠に囚われたお姫様だ

今からオレが助けに行くから、大人しくそこで迎えを待っててくれ

必ず無事に辿り着く


―――――――――



 メールを打ち込み、送信する。


「……」


 一度目を閉じて息を吐き、ゆっくりと目を開けて。

 残された送信完了の文字を見ながら立ち尽くすこと、数秒。



 送信は完了、したんだけれど。


 送信してから、あれ、これやっぱりなんだか、すごくもしかして、ひょっとして。

 あれ、ちょっと待って、これはもしかして、とても、恥ずか、しい、かも……?


 胸の内から噴きあがる、羞恥心やら後悔やら恥ずかしさやら照れくささやら何やらかんやら。

 あーあー。違う、これは何か違う、やるんじゃなかった!

 テンションが上がってないまま、無理に意識だけを切り替えると、その状態が持続しないから困る。

 ハイテンションな間はいいけれど、通常状態に戻って恥ずかしさに耐えられなくなる、本っ当に困る。顔が熱い。

 て言うか、お姫様とかこれで『うわキモ』とか言われたら、ぼくが耐えられない。死んで帰りたい。


 一応、有無を言わさず、反論させないようにしたつもりなんだけど。

 どうしよう。冷静に考えると、すっごくどうしよう。


 穴があったら入りたい……!

 いや、再び落とし穴に落ちるわけにはいかないんですけど!


「はっ」


 いかん、とりあえずみかんさんの下へ向かわねば。


 返信がないことにどっきどき。

 むしろ、不安で心臓をばっくばくさせつつ。VRシステムに過剰ストレス警告出されないか、別の意味でも不安になりつつ。

 鉛のように重たい足を、なんとか一歩踏み出し。無理やり足を動かし続けて、ダンジョン内を駆け出す。


 数分、ダンジョン内にあれこれ見つけながら、時に敵を斬り払い、時にやり過ごしつつダンジョンを走り―――受信を知らせる軽快な電子音に、びくっと震えてぼくの足がもつれて止まった。ちょっと転びそうだった。


 今はもう、メールを書いた時とは異なり、完全に通常時のテンションに戻ってしまってる。いや、無理やりテンション上げた反動でそれ以下まで落ち込んでるかもしれない。

 罠で分断されてみかんさんを一人にさせてることも、みかんさんの不安もネガティブも、今ぼくがどきどきして落ち着かないのも。

 リグニオ・メルト・エタニティがサービス終了したのも、来週は紫害線が強く屋外禁止の予報が出ていることも、あの時にぼくが全て失って一人になったことも。

 この世の何もかもが自分を責めているようで、何の勝ち目もなく、恐怖と不安に包まれつつ。

 それでも一筋の光を期待してしまいながら、恐る恐る、メールを開く。



―――――――――


From:みかん


ずるいです


―――――――――



「!?」


 え、これはどう判断すべきなの……!?


 たった一行、五文字。これだけの返事を書くのに、一体彼女は何分かかったと言うのか。

 あれか。もしかして、初めての左手文字とかそういうやつか。右手を怪我してるのか、落ちた時に捻ったりしたのかもしれない、これはまずい、そりゃ弓を持つこともできないから取り落とすよね、間違いない!

 あと何分かかったかと問えば、それは確かに5分くらいであるわけで、一文字1分と考えるとなんともキリが良い、もはや芸術の域に達していると言っても


 落ち着け、オレ。

 この五文字にどれほどの魔力が込められているか分からないが、落ち着こう。

 とりあえず、来るなと言われてないから大丈夫だ。

 同じ五文字でも『キモいです』じゃなくて良かった。

 五文字中の三文字、つまり60%は一致しているが、残る二文字が違えばもはや丸っきり別の回答と言っていいかもしれない、いいよね、いいといいなぁ、いい可能性もある。

 つまり六割がたキモいですと考えるべきで、やっぱり耐えられない、死んで帰りたい……!


「っ、はぁ、はぁ……

 行かねば!」


 走れ、メロス!

 みかんさんの下に駆けつけ、代わりに死んで帰るために!


「いや死んだら駄目だろ!」



 あれだ。

 無理にテンション上げて、あんなメール書くんじゃなかったぁぁ……っ!!




 そうして、辿り着いた場所で。


「待たせたな。みかん様、あ、いや、えっと」


 厨二病二字熟語あやづる様ばりにぶれぶれのロールプレイをするぼくに対し。


「ライナズィアさん……!」


 みかんさんは力いっぱい抱きつくと、涙を流さずに泣き出したのだった。

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