赤層異界 声は途絶え光は消える、されど心はなお向かい

 光の点が消えた箇所を地図にメモし、そこに向けて歩きながらも一度深呼吸する。

 何が起きたのか。まずは、状況を整理しよう。


 地下4階を歩いていて、みかんさんが罠のスイッチを踏んだ。

 罠の種類は魔物召喚。出現したのは、ゾンビマイナー×2体。

 本来は地下5階にしか生息しないゾンビマイナーだが、魔物召喚の罠では先の階層の魔物も出現する。そのため、想定外に地下4階で遭遇することとなった。

 突然出現したゾンビの姿にみかんさんが取り乱し、手にした弓を投げ捨てて洞窟の奥へと走り出した。

 ぼくは床に落ちた弓を回収してみかんさんの後を追い始めたところで、マップに表示されていたパーティメンバーを示す光の点が消滅した。


 マップにパーティメンバーを示す光の点が表示されていないということは、パーティメンバーが同一のマップ、つまりこのフロアに居ないことを示す。

 戦闘不能になった場合は暗い点になるので、現時点ではみかんさんは無事のはずだ。

 とは言え、このフロアに居ないということは別のフロアに移動したというわけで、まだ戻って来てない以上は自力でこのフロアに戻って来れないと見るべき。

 以上から、可能性として高いのは、落とし穴。罠に掛かって下のフロアに移動した落ちたパターンだろう。


 うん、状況はだいたい把握できた。ついでに落ち着いた。

 まずはみかんさんに連絡と言う事で、歩きながら書いていたメールを送信する。



―――――――――


To:みかん


罠に気付けなくて申し訳ない

魔物召喚の罠で地下5階のゾンビが召喚されました


みかん様の方、状況いかがでしょうか


―――――――――



 街中だと一回1000Fの速達だが、相手がダンジョン内に居る場合だとお値段は4000F。地味に運営が資金回収にきている。

 速達しない場合の所要時間も、街では3分に対し、片方がダンジョンでは倍の6分、双方がダンジョン内だと10分必要。

 こういう時、課金速達はとても心強いね。便利過ぎて、気安く課金してしまわないようしっかりと財布の紐を締めなければ。


 相手が初心者の場合のために、着払いの速達機能もあればいいのになぁ。

 なんて考えている間に、みかんさんからの返事が届いた。



―――――――――


From:みかん


ごめんなさい

勝手に逃げ出してごめんなさい

落とし穴に落ちてごめんなさい


あわせる顔がないです

死に戻りでいいです


―――――――――


To:みかん


落とし穴ということは、現在地は地下5階のはずでございますね

地下5階には普通に先程のゾンビが出現しますので、出来るだけ動かずにじっとしていて下さいませ

迎えに行きます。しばしお待ちを


ぼくと一緒に来ているのです

どうしても今すぐ帰りたいのでなければ、死に戻りなんかさせませんよ


―――――――――



 いつもの明るさが全然見えず、ネガティブ一直線な雰囲気が気になりつつも。努めて軽めに、気楽に返す。

 冒険ゲームやってれば、この程度のミスなんて良くあることだ、ミスのうちにも入らないのだから。


 やがてモンスターと遭遇することもなく、みかんさんが消えた辺りに到着。と同時にメールを受信する。



―――――――――


From:みかん


ライナズィアさん、今制限中で20レベルじゃないですか

制限解除も使えないじゃないですか

一人で来るなんて危ないです

私のせいで申し訳ないです


―――――――――


To:みかん


心配してくれてありがとうございますよ

こう見えても、実はそこそこ強いのですよ?

ですから気を楽に、お茶でもして待っててくださいませ


お茶と甘いもの、ダンジョン前に予めお渡ししとくべきでしたね。気が利かなくて申し訳ない


―――――――――



 斥候の『痕跡探査』スキルを使いつつしばらく地面を探し、落とし穴を発見した。


「あー……まじか」


 落とし穴は落とし穴なんだが、面倒なことにランダム落下型と来やがった。

 ランダム落下型の落とし穴とは、落ちた後、下の階に着地する場所がランダムに決まるという罠だ。

 そのため、同じ落とし穴に落ちても、みかんさんとは違う場所に着く可能性が高い。


「ま、いっか」


 でもそれは、穴に落ちるのを止める理由ではない。

 落ちてから捜索をしなければいけないというだけで、落ちること自体は間違いないのだ。


 落とし穴を踏み、浮遊感と共に異界ダンジョンと化した階下へと落ちて行く。

 途中、メールの受信を知らせる電子音を聞きながら―――地下5階へ降り立った。




「出迎えご苦労っ」


 地下5階に到着すると同時にモンスターと遭遇、襲ってきたゾンビマイナー2体二人組に挨拶と共に手にした剣を一閃。

 一太刀で一匹目のゾンビの右手を切り落とし、二匹目の攻撃は盾で打ち払う。



―――――――――


From:みかん


そんなの全然謝らないで下さい、全部私のせいなんです

お願いだから無理しないで下さい


もしこれでライナズィアさんに何かあったら、もう本当に申し訳なくて


―――――――――



 松明はすでにしまってある。剣と盾を持った方が慣れてて戦いやすいし、敵の攻撃を防ぎやすい。


 みかんさんのためにも、ここは慎重に行くべき場面だ。

 できる限り、怪我や消耗なく辿りつかなければいけない。

 ぼくのHPの状態は、パーティメンバーみかんさんに見えているのだから。



―――――――――


To:みかん


大丈夫ですってば

みかん様は心配性でございますねぇ


でも可愛い子に心配されるのは、わりと嬉しいのですよ?

喜び勇んで、馳せ参じますね


地下5階到着。マップにみかん様の居場所を確認。向かいます


―――――――――



 大振りの一撃を掻い潜るように、振られた腕を剣で真上に斬り払い、左手の盾を力いっぱい振り抜く。


「破撃の硬盾」


 がら空きの胴体に盾を叩きつけ、スキルの効果でもう一体のゾンビ目掛けて跳ね飛ばす。

 ぶつかって右往左往している隙に手にした片手剣を両手剣に入れ替え、盾を放って両手で剣を構え―――


「一刀両断!」


 大上段からの一撃。

 二体同時に肩口からばっさりと袈裟に斬り捨て、剣を払って戦闘を終える。



―――――――――


From:みかん


地下5階でも、すごく距離があるじゃないですか!

これじゃあ絶対移動中に敵に襲われちゃいます

危ないです、ライナズィアさんが殺されちゃいます


お願いだから無理しないで下さい、私が死んで帰ればいいんです


―――――――――

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