赤層異界 赤路の先に血肉は滴る、悲鳴はいずこまで響き渡るか

テトラバットこうもり2、バレットフロッグ2!」

「右から狙います!」


 出現した敵の数と狙いを短く言い交わし、飛来する石礫を松明と剣でそれぞれ弾く。

 空中に描いた炎の軌跡で左のこうもりの行く手を阻みつつ、向かってくる右のこうもりを無視して手前の蛙に剣を突き出す。


「一文閃!」

「重撃矢!」


 二人の放つスキル名が重なるのを心地よく感じながら、それぞれが互いの標的を一撃で仕留める。

 突き刺さったままの蛙の死骸を、剣を振り回し遠心力で残ったこうもりに向かって放り投げつつ、脇を抜けようとする蛙は―――


「えいっ」


 続くみかんさんの二の矢が足を射抜いて動きを止め、すぐさま剣を振り下ろしてその胴体を断つ。

 残ったこうもりも素早く処理し、短い戦闘が終わった。


「やりました、19レベルです!」

「おー、おめでとうございますよ。あと1つですね」


 異界化した深部に足を踏み入れて、程なく。みかんさんも無事19に上がり、目標まであと1レベルとなった。

 ここまで宝箱はないけれど、経験値稼ぎは非常に順調です。


 倒した敵を二人で『解体』してドロップアイテムを拾い、さらにダンジョンを進むとすぐに下り階段が出現する。


「下りると、少し敵が強くなって経験値は増えます。あと、異界ダンジョンの入口階にはほぼ宝箱はないので、宝探しをしたければ下の階がお勧めでございます。

 このまま3階で続けます? それとも、進んでみます?」

「進んでみたいです!」

「わかりました。では参りましょう、いざ地下4階へ」


 ここまでの敵はかなり余裕があったので、次のフロアでも戦力的には何も問題ないだろう。

 みかんさんも乗り気なので、ゆっくりと二人で階段を降りていく。


 辿り着いたのは、地下4階。

 目の前に広がるダンジョンは、見た目は3階までと同じくただの坑道。明るさも変わらず、外見的には何も変化がない。


「この前まで、ずっと一人で遊んでた時は、レベルなんて全然上がる気もしなくて。忘れた頃にぽろっと上がるくらいでした。

 けど、ライナズィアさんと一緒に遊ぶと、なんだか全部がすごいです」


 人気ひとけのない坑道を歩きながら、みかんさんがしみじみと呟いた。

 なお、通路の全てが真っ赤だったのは異界ダンジョンの境界部分だけ。真っ赤な通路を抜けた後は、元の坑道の色に戻ってます。


「レベル上げのコツは、適正レベルの敵を、ちょうどいい人数のパーティで倒すことでございますよ。

 とは言え野良パーティへの参加は向き不向きもございますし、ご自分が楽しめる方法でゲームができれば何よりなのです」


 ぼくと会うまでは、一度もパーティを組んだことがなかったみかんさん。

 ゲーム自体が初めてとおっしゃっていたし、ゲームにおける普通とか、よくある攻略法とか、そういうものとは無縁な『完全な素人』だった。

 だからこそ、全てが目新しく、面白いんだと思う。


「あ、あの……!

 ライナズィアさんと一緒に遊ぶのは、すごく、とっても楽しいんです」

「それは嬉しいですね。

 ぼくも、みかん様とご一緒するのはとても楽しいのですよ」


 みかんさんが言ってくれた、明るく前向きな言葉。

 けれど、口にした言葉に不似合な、ちょっと翳った表情で。みかんさんは、何かを悩むように口をつぐんだ。


「ゲームですから。自分が楽しく過ごせるように遊べば良いのでございますよ。

 ああ、もちろん、あまり他人に迷惑を掛けない範囲でですけどね」


 PKについては、重い罰則はあるが、システム上は許されている行為だ。

 とは言え他人に迷惑を掛ける範囲なので、ぼくとしてはあまり許容できない。


 みかんさんがPKをするとか、ルナイラが勤勉になるくらい想像がつかない事だけどねぇ。

 まあ、そんなことは今はどうでもいい。

 みかんさんの表情を伺い、告げるべき言葉を考えてみる。


「ブレイブクレストは架空の世界で、確かにここはゲームの中ですけれど。

 ぼくもみかん様も、実際に生きている人間でございますから。

 何かを想ったり、考えたり、悩んだり。それでも一緒の時間を過ごすのが楽しければ、それはもうフレンドではなく友達と胸を張って良いかと思うわけでございます」

「友達……」

「ええ。

 お会いした翌日には、勢いな部分があったことは否めませんが。

 今なら胸を張って、みかん様はフレである以上に友達であると言えます」


 少し驚いたように呟くみかんさんに、照れを笑いで誤魔化して、ちょっと恥ずかしいですけどねと付け加える。



―――例え、この先がどうなろうと。

 今朝の夢のような結末に到るとしても。

 今この瞬間、みかんさんが友達であると、胸を張って言おう。

 色々考え、悩み、それでも共に笑顔で過ごせるのだから。今を共に過ごして、心地よいのだから。


「ですから。

 悩みや気がかりな事があれば、気が向いた時や茶飲み話ででもご相談下さいね」

「……はい」


 無理に促したりはしないけれど、聞く意志だけは伝えておきたい。

 ゲームに不慣れな年下の友達に、初めてのゲーム世界を目いっぱい楽しんで欲しいから。

 きっとぼくはこの世界を好きなんだろうから、友達にもこの世界を好きになって欲しいので。


「ライナズィアさんは―――」



 危機察知のスキルは、万能ではない。

 自分とパーティに迫る、直接的な命の危険に対して第六感的に反応するだけだ。

 スキルレベルを上げることである程度の応用は利くようになるが、現在は20制限のためスキルレベルは戦士の上限相当まで下がっている。

 つまりどういうことかと言うと、直接的な危険のない罠には気付けなかったということで―――


 何かを言い掛けたみかんさんの足元で、妙に軽やかな『カチッ』という音が小さく響き。


「ぉぼああぁぁぁぁ」

「おるぇぇぇぇええ」


 ぼくらの目の前に、突然地面から湧いて出た2体のゾンビ。


「ひっ、きゃああああああああああああ!」


 その姿を目にしたみかんさんがあげた耳をつんざく悲鳴に、ぼくの動きが一瞬止まる。

 その隙にみかんさんは手にしていた弓を放り投げ、洞窟の奥へと駆け出した!


「くっ、ええい!」


 すぐ目の前に寄る一体に剣を振るうが、相手は怪力・高HPが売りのゾンビマイナースタミナお化け。この程度では怯んでくれない。

 それでも火のついた松明を顔に叩きつけ、胴体を蹴ることでどうにか退けて地面に落ちた弓を拾う。


―――いや、冷静に考えたら弓拾ってる場合じゃないし! いかん、つい貧乏性ゲーム性が出てしまった。

 ともあれ拾ったもんをまた捨てるのは無意味、弓をインベントリに放り込む。


 罠で出たモンスターの放置はあまり推奨されない行為だが、状況が状況なので後から来る誰かにごめんと謝りつつ動きの鈍い相手の間をすり抜け。

 すぐさま走りながらマップを確認し、パーティメンバーみかんさんの走り去った方向へ駆け出し―――


「え?」


 マップに表示されていたパーティメンバーみかんさんを示す光の点が、突然ふっと消滅したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る