犀鹿希望 飼主への昇格を目論む、廃坑道の促成栽培作戦
戦闘職が見習いを脱するのは簡単なことだ。
10レベル以上になったらお城に行き、そこでNPCと一対一で戦闘するだけ。
ポイントは『戦闘するだけ』という点で、プレイヤーが15レベル以上であれば、負けても見習いを脱することができる。
なので、みかんさんをパーティリーダーにして2人でお城へ行き、さくっと戦闘。
今日はあえて弓を使ってもらったけれど、危なげなく勝利を収めて無事に見習獣士から獣士にランクアップを果たした。
ここまでの所要時間、およそ6分間(うち、移動時間が4分)
獣士の育成方針を決める上で、一番重要なのはペットの立ち位置だ。
簡単に分けるなら、ペットを前面に押し出して戦うのか、ペットを後ろに置いて自分自身がペットの盾となるのかだ。
さらに、火力を誰に求めるのか、パーティ用かソロ用かなんかでも色々方針は変わってくる。
亀とかゴーレムとかの打たれ強いペットなら、前衛に出して盾役をしてもらうのがいいだろう。この場合、飼い主か他のプレイヤーか、火力担当が別に欲しい。
狼や虎系の、打たれ弱いが攻撃力の高いペットならば、盾役か回復役が他に居ると安心だ。
ルナイラみたいな魔法型ペットを活躍させるなら、前衛で敵の行動を食い止める役が居ないと戦闘参加は厳しい。
飼い主とペットの二人(?)組だけで全ての役割を網羅することは難しいが、それでもプレイヤーのみの場合と比べれば選択肢は掛け算式に増える。
万能型のステータスとスキル適正、連れて歩くペットの特性により役割ががらりと変わる。
それが獣士の特徴であり、難しくも面白いところなんだろう。
なお、現時点で一人のプレイヤーが連れて歩けるペットは一匹までである。
ただし、獣士系ランク4の職には、一度にペットを二匹出すことを可能にする能力があると公式が明言しているため、将来的には一人三役も夢ではない。
他にもペットに騎乗して戦闘とか、プレイヤーとペットだけで進むダンジョンの計画とか、未来図は明るい。
全て、企画倒れで実装されない可能性もありますがね。
「―――と、いうような前提はございますが。
やっぱり最初の一匹は、低級ケージの中で、可愛いとか気に入ったとかで選べばいいと思うのでございます」
流石に最初から高級ケージや特級ケージのペットを狙うのは、よほど強力な各種のバックアップがないと難しい。
具体的には、高級ペットの捕獲に耐えうる戦闘力と、高級ペットを捕獲できるだけの
順当にゲームを進めてきた初心者プレイヤーには、まだまだ狙うのは非現実的です。
「はいっ。
色々悩みましたけど、低級の中から決めました!」
「いいですね。
どのモンスターを……いや、伺うのは後にしましょう」
選んだモンスターは気になったが、せっかくなので聞くのはまた今度にしよう。
「ええー!? せっかくいっぱい考えてきたのに!」
言いたかったのに! という顔で不満の声をあげるみかんさんだが、それでも続きは言わせない。
何となく、その方がやる気が高まりそうだからだ。
「みかんさんのレベルが、現在17レベル。
もう間もなく18に上がりますよね?」
「うー。ライナズィアさんに一番に聞いて欲しいのに……
レベルは、はい、そうですけど」
むうむうと効果音が聞こえてきそうな膨れっ面ながらも、質問にはきちんと答えるみかんさん。
こういうとこが良い子だなぁと、思わず笑いながら返す。
「では、昨日のお約束の通り、まずはレベル上げに行き20まで上げちゃいましょう。
その後は人を集めて低級ケージを入手、時間があればさらに捕獲にも行く方針で」
「え?
そんなすぐに20まで上がるんですか?」
「ええ。適正な狩場くらいは把握してございますので、お任せ下さい。
みかん様の電脳ペットライフのためにも、昨夜お願いされたとおり、今日はしっかりレベル上げに出掛けましょう」
フリークブルグを出て南東へ向かい、岩山をぐるりと迂回。
やや早足で歩くこと20分弱、木々の隙間から姿を現したのは、忘れ去られた廃鉱の入り口だ。
「今日の冒険の舞台は、ここ『ノルウィーア廃鉱山』でございます。
適正レベル20~25、少人数パーティ向けのレベル上げスポットでございますよ」
ここは遠い昔、フリークブルグの鍛冶屋組合が鉄を掘るために使っていた鉱山である。
だが鉄を掘っている途中で古代遺跡を掘り当て、そこから魔物が出現して鉱山としては休止。
その後、もっとよい鉱山が発見された事などもあり、坑道としてはそのまま放置される形で閉鎖となった。
―――という設定の、初級~中級ダンジョンだ。
地下5階以外なら比較的良い狩場となっており、ぼくも少しはお世話になった。飽きない程度に、少しだけね。
昨夜、はるまきさんのご質問の後に、みかんさんからも勢いで今日2人で出掛ける約束をさせられ。
今のレベルとメンバーを考えた結果、ここが一番いいかなと判断したのだ。
「え、あの……
あのあの、えっと、ここって……?」
「典型的なダンジョンでございますよ」
出会った日に一緒に行った円空の丘は、フィールドからそのままハイキングといった場所だった。
だが、今日のここは明らかに洞窟型のダンジョン。ソロで15レベルぐらいまでやってきた場合だと、これくらいしっかりしたダンジョンは初めてだろう。
そこまで足場が悪いこともないが、注意してあげないとな。
「円空の丘とは違い、デートと呼ぶにはいささか色気に乏しい場所ではございますが。
別に真っ暗で中が見えないとかもございませんので、気楽に参りましょう」
「え、ぁ……は、はいぃ。
あの、えっと……ふ、ふつつかものですが、よろしくおねがいします、です……」
ダンジョンが怖いのか、不安げに呟くみかんさんがちょっと可愛らしい。
相変わらず庇護欲をそそる愛らしさに思わず頭を撫でそうになり、伸びかけた右手を左手で押さえこんだ。
今日のみかんさんの髪型は、左を再度で結わえ、右はストレートに垂らしたサイドテール風。
オレンジの髪を結ぶライトグリーンのリボンが、みかんに一枚残っていた葉っぱのようで……いやいや、それは失礼か。
先日購入した『新緑の旅装』のフレッシュグリーンとも相まって、活動的な魅力に若々しさが眩しい。
色合い的には、耳を伸ばせばエルフっぽいかも?
ああ、でも低身長でスレンダーとは程遠いので、ちょっと無理があるかもしれないね。
個人的には、エルフだってスタイルが良い方が素晴らしいと思います。あくまで個人的嗜好の問題として。
「それでは。
いざ、
「はっ、はい!
頑張りますから、あの、
照明スキルは使わずに、左手に松明、右手に剣を抜いて坑道の入り口に立つ。
夏場には嬉しい、外よりも少しひんやりとした空気。
みかんさんが口元でごにょごにょと呟くのを聞きながら、ぼくらは坑道へと足を踏み入れた。
入り口付近でまず襲ってくるのは、四枚羽のこうもり『テトラバット』と、小さな石礫を放ってくる灰白色の蛙『バレットフロッグ』
空を飛ぶこうもりの相手はみかんさんの弓矢に任せ、ぼくは前衛で護衛ととどめに徹する。弓矢の攻撃、一発当てれば瀕死なので、とてもスピーディ。
逆に蛙は、放ってくる石礫を松明で弾き、剣を振ってさくさくと仕留める。レベル制限中のぼくでも、一撃か二撃だ。
すぐにみかんさんも18レベルに上がって、滑り出しは非常に順調です。
「ちゃんと当たれば一発で倒せるのに、経験値は多いんですね」
「ええ。全体的にダンジョンの敵は経験値が多めですし、戦闘時間は短くても2人で戦ってる割には撃破数が多いですからね。
ここは特に、近接+弓での少人数向け狩場なのでございますよ」
一度に出現する敵の数は少なく、範囲魔法を使うほどの数ではない。
また、弱い敵をたくさん倒し続けて稼ぐ場所のため、
かと言って近接物理のみだと、空を飛ぶ
一人で効率よく回るにはやや不向きな、程よいバランスでございます。
「あと、ここでは短時間の戦闘を何度も繰り返しますので、パッシブスキルを上げるのにも向いているのでございますよ」
見習獣士と獣士の場合、ペット系のスキルは3種類。ペット調教、ペット捕獲、ペット育成だ。
このうち調教と捕獲については、パッシブスキルと呼ばれる『覚えているだけで効果がある』スキルとなる。
パッシブスキルの場合、重破断や攻撃魔術なんかのアクティブスキルと違って、わざわざMPを消費してスキルを使用する必要はない。
その代わり、集中的にスキルを使い続けて一気にレベルを上げることができず、スキル上げのためにはひたすら戦闘回数をこなさなければならない。
獣士から上の職業にランクアップする際に該当のスキルレベルが条件になるため、今のうちからこつこつとスキル上げをしておいた方が良いのだ。
ちなみに、残る一つのペット捕獲スキルについては、失敗してもいいからペットの捕獲をしないと上がらない。
空きケージの問題でたくさん捕まえても連れて帰ることも出来ず、獣士系の中では一番スキル上げの厳しいスキルとなる。
その分、捕獲したペットは高額で取引されてるので、戦える生産職だと思えばかなりの金策なんですけどね。
ところで、獣士には先ほどの3つのスキルに従い、調教士、捕獲士、育成士の3つの上位職業が存在する。
それぞれ、ペットを扱うこと、捕獲すること、強く育てることに特化しているわけだが、いずれも同系統ながらプレイヤーの能力や性能について少しずつ特性が異なるのだ。
調教士:ペットの現在の物理能力を高め、実力以上の力を発揮させる。本人は魔法系・サポート系に秀でる。武器は全般扱えるが、弓と杖がやや得意。
捕獲士:ペットの捕獲に特化するため、ペットを強化する能力はない。本人は防御系のパラメータが高く、盾や鎧がやや得意。鞭も得意。
育成士:ペットに魔法を習得させることが出来て、本人は近接戦闘能力に秀でる。剣、槍、斧がやや得意。
いずれの職であっても、やや得意という程度の差しかないため、育成士で弓を扱っても問題はない。
というか獣士系のプレイヤーには、三種スキルを全て習得したまま残しておき、状況に応じて転職し三職を並行して育てている感じの人も多いらしい。
自分で捕獲し、自分で育てあげ、自分でペットを扱う。
つまりは、ペット愛ということらしいです。フレのペットマニア談。
単調なルーチンワークな狩りの合間で、そんな説明をみかんさんにしつつ。
松明に照らし出された薄暗い坑道の中を、二人で探索を進めていった。
順調にみかんさんのレベル上げも進み、間もなく19レベルになろうかという頃。
坑道の地下3階、ダンジョンの中間地点に辿りついたところで、みかんさんがぽつりと呟いた。
「真っ赤、ですね」
そう。
鉱山らしい岩肌の洞窟の中で、なぜか床も壁も天井も、全て真っ赤な道に出たのだ。トマトのような、明るい赤の通路。
「ここからが坑道の深部、異界ダンジョンとなります」
「異界ダンジョン、ですか?」
数多のダンジョンにある真っ赤な通路。それは、異界ダンジョンの始まりを示す入り口である。
初めて見る光景と知らない言葉に、みかんさんが不安そうにこちらを振り向いた。
「はい。
異界化し道行きの定まらぬ、まさしく異次元の迷宮でございますよ」
自然洞窟や坑道と異界ダンジョンとの一番の違いは、内部の構造が一定期間ごとに変化することだ。
通常、短いところで1時間。長いところでは一週間以上。
一定の間隔ごとにダンジョンがランダムで再構築され、その道順や構造が全て一新される。そのために攻略マップ等は存在せず、ダンジョンに潜ったプレイヤー自身が奥へ続く道を探さなければならないのだ。
一度ハマると迷路の中を延々と彷徨い歩き、出口も分からずに迷宮の中で力尽きることとなる。
その一方で、再構築のたびに宝箱が設置されたりもして、一攫千金を夢見て迷宮に挑む旅人も後を断たない。
高いリスクとリターンを秘めた、異界への入り口。それが異界ダンジョンだ。
異界ダンジョンに入ってから再構築された場合、後続は入り口から入っても新しく構築されたダンジョンに飛ばされるが、すでに中に居たプレイヤー達はそのままダンジョン探索を継続可能。
ただし、さらにもう一回再構築が実行された時には、有無を言わさず異界ダンジョンの入り口まで強制転移させられる。
また、どんな迷宮や状況であっても、全滅すれば町へ戻されるのは同じ。
だから道が分からずどうにもならなくなった場合は、死に戻りかひたすら待てばいい。
ちなみに異界ダンジョン共通の仕様として、最深部には帰還用のワープ装置があることが多い。クリア後に延々と来た道を歩いて帰る必要はないので、この点に限れば自然洞窟系のダンジョンより親切なくらいだ。
また、異界ダンジョン内から入り口へ転移するための脱出用クリスタルが、宝箱から出ることもある。
高レベルのダンジョンに潜る際は、万が一に備えてクリスタルを一つ持っておくのが推奨されるところだ。
身内で出かけるんじゃなく、街中で同じ目的の人間を集めて出発する『野良パーティ』の場合は、特にね。周りがどんな人か、全く分からないわけだから。
「異界ダンジョンに入る時には、できれば斥候系、最低でも斥候スキル持ちが居ると安心でございます。
斥候スキルには、自動でマップを作成するマッピングスキルがありますので」
「なるほど。ライナズィアさんは?」
「ええ、もちろん覚えてございますよ」
弓士系と盗賊系(含む工作員)に分岐する斥候職だが、低レベルで良ければスキル自体は誰でも習得可能。
オートマッピングの精度や範囲、付加情報量なんかに違いは出るけれど、最低でも歩いた地面だけ記されれば、帰り道に迷うことはほぼない。
おまけで罠解除なんかもついてくるので、パーティに高レベルが一人居ると非常に便利なスキルだ。
戦士系の職業だと術士系よりも斥候スキルの適正が高いので、ぼくも習得して限界までレベルを上げてある。
異界ダンジョン相手ではほとんど意味ないが、通常のフィールドや自然洞窟などの場合、一度マッピングすれば斥候スキルを外してもマップは記録されたまま。
ガイド業のためにも、あちこちのダンジョンやフィールドのオートマッピングはほぼ制覇済みです。
オートで書き込まれない素材やモンスター情報なんかも手書きで追加入力してるので、マップ情報は冒険者としての一財産だ。
「マッピング自体はあって損はないですから、戦闘スロットに余裕があるなら斥候スキルを覚えるのも良いかもしれません」
「分かりました!
便利なスキルがいっぱいで、何を覚えるか悩んじゃいますね?」
「ははは。今は特に、祭りのために生産スキルが共用スロットを圧迫してございますからね。
祭りが終わったら、どんなスキル構成がいいか一度ゆっくり考えてみましょう」
「はいっ」
元気なみかんさんの返事に笑顔で頷き返し。
ぼくらは2人で、異界化した廃坑道の奥へと歩みを進める。
そこで待つ
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