骨恋地獄 恐怖とはラスボスの向こう側に

 多数のプレイヤーが世界を共有する、ネットワーク上のゲーム。

 人と人が集まれば、そこに優劣を求める者が多いのもまた人の宿命か。

 他者より優位に立ちたい。優れていると証明されたい。

 他者に、賞賛されたい。自分がすごいと認められたい、知らしめたい。


 そう言ったプレイヤーの心理を突き、欲をくすぐり。場合によっては、より多くの課金を煽るために。

 古来より、ネットゲーではランキングや達成者など、競争意識や栄誉の公表を取り入れているものが多い。


 元祖はオフラインゲーから連綿と歴史を繋ぐブレイブクレストにおいても、時代の流れは無視できるものではなく。

 より多くのユーザー、より多くの満足感、より多くの人気。

 そう言った運営側が望むものを得るために、プレイヤー達が欲するものを提供するのだ。


 ある時は、闘技大会を開催し、勝者に富と栄誉をもたらす。

 ある時は、期間イベントで、最も成績の良かった者を表彰する。

 またある時は、世界で初めて何かを為し遂げたものを、称えるのだ。



【 恋愛の精霊ファーシアのドキドキ☆恋ダンジョン のエクストラボス 恋破れ紋十郎 が初めて撃破されました 】


【 達成者は ライナズィア キタキツネ の2名です 】



 事後処理や片づけを済ませ。

 ピンクの社の受付けに戻ったところで、おそらく世界全体に向け、アナウンスが響いた。


 特別なボスの、初回撃破報告。

 なるほど、初撃破だったのか。だからあんなに報酬が豪華だったんだな。


 キタキツネさんの方を振り向いて、そんな会話をする間もなく。

 メール受信を知らせる軽やかな電子音が響いた。



―――――――――


From:ハルマキ


集合場所に居なくて、ダンジョンに潜ってるなんていいわね?

で、お相手はどなたなのかしら


―――――――――



 そこはかとなく空気の温度の低さを感じるメールでございますね?

 引きつりそうな口元を引き締め、とりあえずキタキツネさんに声を掛ける。


「初撃破、おめでとうございましたよ」

「おめでと。全面的に、ライナジアくんのおかげだったわね」

「そんなことはございませんよ。

 ぼくは火力不足でしたし、二人で居たから勝てたのでございます」

「ラスボスの武器を六つとも破壊しといて、よく言うわ」

「……じゃ、ぼくのおかげで勝てたということで良いです」


 突然手の平を返したぼくに、謙遜からきょとんとした顔に変わるキタキツネさん。

 にっこり笑顔で、ぼくは勝者として振る舞う。


「ぼくの活躍で勝てたので、勝負はぼくの勝ちでございますね。

 では刑罰賞品贈呈~」


 キタキツネさんの手を取り、そっと握らせたのは溢れんばかりの干し肉ゴム


「では一気」

「ああああの、そうよね、あたし達カップルだもんね、前人未踏の地獄を踏破したパートナーだもんね!

 だから勝ちとか負けとかじゃなくて、そう、ベストカップルよ! ライナジアくん愛してるわ!」

「そんなに慌てなくても、冗談でございますよ」


 慌てる様子に笑いながら、手を離して一歩離れる。


……ちょっと顔が熱いけど、それは気づかないってことにしよう。

 どさくさに紛れて何言ってるんだ、この撲殺狐は。そんな適当な誤魔化しでも気恥ずかしい気持ちにされるとか、本当に美人はずるい。


「まあその干し肉ゴムは記念にもらっておいてください」

「いやよ、なんで記念が干し肉ゴムなのよ」

「……ブレイブクレストらしさ、ですかね?」


 適当な言葉にお互いに笑い。

 それじゃぁそろそろ―――



【 はーい、恋愛の精霊ファーシアちゃんです☆ 】


「……はい?」「ん?」


 全て終わったと思っていたところで。

 突然響く、再度のアナウンス。

 しかも、いつものシステム音声ではなく、きゃぴきゃぴ☆って感じの女の子声でのアナウンスだった。


 以前も公式イベント時にNPCがアナウンスでしゃべった事があったから、驚きはしない、んだけど……



【 まさか、今の段階で紋十郎ちゃんを倒せる旅人が居るなんて思いもしなかったよー☆ 】


【 今回巡り合ったカップルは、まさに運命がマッチングさせたベストカップル!ってことだねー 】



 ファーシアの言葉に、なんとなくキタキツネを向き。


……なんでお前、そこで恥ずかしそうに眼を伏せるんだよ。こっちまで恥ずかしくなるだろうが。

 赤くなった顔がちょっと可愛くて、思わずちょいと目を反らす。



【 そんな愛溢れるベストカップルなお二人に、ファーシアちゃんから特別なお祝いをあげちゃいます☆ 】


【 そぉーっ、れぇ! 】



【 システム:特別称号『愛のベストカップル2074』を得た 】

【 システム:アイテム『愛の囁きラブレター<キタキツネ>』を手に入れた 】



 最後のシステムメッセージは全体アナウンスではなく、ぼくらにだけ聞こえたものだろう。

 手元を見れば、見覚えのない青い巻貝があった。アイテム名は愛の囁きラブレター<キタキツネ>

 キタキツネの方は、赤い巻貝を手にしていた。



【 今回は運命のベストカップルってことで特別性だけど、今後クリアした人にもカップル用の通話アイテムはあげちゃうからねー☆ 】


【 それじゃあみんな、これからも恋愛の精霊ファーシアのドキドキ☆恋ダンジョンをよろしくねっ☆ 】



 そうして、きゃぴきゃぴとしたNPCらしからぬ美少女声が静かになり。


 ぴろぴろぴろん、と。示し合わせたように、電子音が重鳴かさなった。



―――――――――


From:ハルマキ


行くわ

逃げたら許さない


―――――――――


From:みかん


今のアナウンスって何でしょうか?

突然ライナズィアさんの名前がアナウンスされて、あの、えっと


カップルとか愛とか、その……どういうことなんでしょうか?


―――――――――


From:チョリソー


やあやあツマミ提供ありがチョ

酒買ってくるチョ


修羅場乙 プゲラ


―――――――――



「チョリソーてめぇは許さん!」


 あいつ今日はレポート忙しいんじゃねぇのかよ、なんでインしてんだよ!

 不快なメール文面の表示されたウインドウを、チョップで割りつつ。


「それじゃぁ今日はありがとうございましたっ」

「ええっと……大丈夫?」

「ははは何を心配することがあるんですかそれじゃぁこれにて良い日々をお過ごし下さいっ」


 一息に言って、キタキツネに深々と頭を下げる。


 どこか遠くから、幻聴のように。しかし、確実に迫る足音。

 その足音の持ち主が誰か分かってしまう自分が危機察知スキルレベル高いと思うんだ、流石は剣士。つまり早く逃げたい。


「えっと? あ、うん、えっと。ありがとう、いい戦いだったわ」


 ちょっとあっけに取られつつも、応じて頭を下げてくれるキタキツネ。

 上げた表情はすでに明るく、その顔に小さく笑って敬礼。


「ええ。ぼくも楽しかったですよ、またご一緒しましょう。では」

「うん、また遊ぼうね」


 掲げられた手に、音高く手を合わせ。


 キタキツネに背を向け、社を飛び出した。


「ライナ!」


 飛び出したぼくの横っ面を張っ倒すように、横手から突き刺さる呼び声。


 声の主は見なくても分かる、前のゲームから一緒にやってきた相棒だから。

 だから、走って逃げる!


「ちょっ、待ちなさい!」

「ははは、すみませんが急用を思いつきましたゆえ、失礼します!」

「そこは嘘でも思い出しなさいっ」

「いえいえ、嘘は些か好まぬものでして」

「いいから止まりなさい、私スタミナないんだから」


 迫力はあっても後衛職、ハルマキさんに体力はない。

 服装はこちらが軽鎧で向こうが布の服とは言え、それだけじゃ素の体力VIT素早さAGIの差は覆されようがない。

 さらに走りながら鎧を街中用の普段着にウインドウ操作でぽちぽちやって着替え、さらなるスピードアップを図る。


 徐々に引き離しつつ、早朝の街中を駆け、公園を横切り―――


「!?」


 突然足元の地面が消え、一瞬の浮遊感の後。

 縁に鳩尾を痛打し、悶絶しながら身長より深い落とし穴に落ちた。


 ぐ、ぐおお……鎧、脱がなきゃ、良かっ…た……

 戦闘ダメージじゃないせいか、VRシステム的痛みのマイルド化が、なんだか仕事してないようなしてるような。げふう。



「くくっ……捕獲完了」


 穴の上の方から、ラシャの声だけが響いてくる。


「ラシャぁぁっ、お前裏切ったなーっ!?」


 いや、裏切るも何もないけど!

 あんちくしょう、街中に罠仕掛けやがった!


 ちなみに街中では一部のスキルは制限がかかるので、斥候や工作員のスキルによる罠設置はできないはずだ。

 スキルは使えないはずだが―――物理法則に従い、道具を用いて穴を掘ることはできる。

 逃走経路を予測し、手作業でここに落とし穴を掘ったということだろう。あの短時間で、この深さの穴を。

……ラシャならやる、あいつなら出来る。

 工作員に掛ける情熱はよく知っているし、あいつの穴掘りスピードは異常だ。現実でも工作員トレーニングしてるぐらいだし。


 裏切り者ラシャの確かな実力に呻く間に、静かな足音が近づいてきて穴の側で止まった。


「よくやったわ、ラシャさん」

「この程度、我にかかればお安い御用。

 例の件、忘れて下さいますな」

「報酬はきちんと払うわ」

「しかと、よろしく頼む」


 アナウンスが流れてからこれまで、一体何分あった?

 その間にラシャを捕まえて交渉をまとめて穴を掘らせて。

 改めて、ハルマキさんの本気が恐ろしい。本気が恐ろしいと言うか、ハルマキ様自体が怖い。


「さて、ライナ」

「は、はい」


 真っ青な空を背景に、真っ黒なシルエットが落とし穴の上からこちらを覗き込む。

 長い髪がこちらに向けて垂れ下がっているのが、殊更ホラー感満載だ。


「逃げずに大人しく同行して気が済むまで質問に答えて」


 落とし穴の底、穴の出口にはハルマキ様。つまり逃げ道はない。


 と、言うか?

 今までゲームでダンジョンに挑んでいただけだし、聞かれて困ることもないし、逃げる必要なんかないよね?

 別にほら、お話しするだけだし。


 だからぼくは、シルエットで表情の見えないハルマキ様に、元気よくはきはきとお答えした。


「……謹んで、ご質問に回答させて、いただきます……」




 どうやら、ぼくは自分で考えているよりも元気が足りていなかったみたいだ。

 疲れてるのかな?

 うん、結構長い時間、戦い続けてたもんね。


 ちょっとログアウトして一休みしたいなぁ。

 なんて考えながら、ぼくはこっそりと深いため息をついたのだった。

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