骨恋地獄 北の狐の怖いもの
敵の数も多く、かする程度の攻撃は何度か受けつつも、直撃を食らうことはなく立ち回る。
攻撃を捌き続けるオレを背景に、戦意を漲らせたキタキツネが早くも骸骨の群れの半数以上を打ち砕き。
さて後半戦と内心で気合を入れ直したところで、小さな爆発音と共に悲鳴が響いた。
「きゃあっ!?」
振りかえれば、身体のあちこちを炎に焼かれたキタキツネ。
その奥では骸骨が3匹、武器をキタキツネに向けて襲い掛かろうとしていた。
「どっ、けえぇぇっ!」
大声とともに手近な骸骨に蹴りを叩きこみ、吹き飛ばすように武器を構えた骸骨の一匹にぶち当てる。
代わりに横手から振り下ろされた槍の一撃を肩にもらいつつ、庇うようにキタキツネの前に飛び出し剣と盾で攻撃を受ける。
「戦陣旗冠!」
再度の範囲ヘイトスキル。眼球のない骸骨が誰を狙っているのか、今の立ち位置では分からないが仕方ない。
周囲から次々に繰り出される攻撃を盾で受け流しつつ、さらにもう一つスキルを重ねる。
「裂帛烈気!」
振り下ろした剣を床に突き立てると、そこから地面を伝って放射状に衝撃波が走った。
前方に群がる骸骨達を打ち据え、2歩程度の距離を
キタキツネを庇うように抱え、包囲が緩んだ骸骨達へさらに踏み込んで力任せに突破を果たし、彼女を背後に庇って向き直る。
向き直ると共に飛来した2発の火球。咄嗟に剣で斬ってしまい、目の前で小規模な爆発が起きた。
多少のダメージをもらったが、直撃したわけではないので大した影響はない。改めて剣と盾を構え直し、前方に居並ぶ骸骨の群れを見据える。
……そういえば、部屋の中央で大立ち回りって要望だったなぁ。
包囲は突破したけど、壁を背に戦おうとしてないからいいよね?
回り込まれれば、周囲を囲まれるだけのスペースはあるわけだし。
「大丈夫か?」
「火、火は駄目よ……」
背後のキタキツネに視線をやれば、そこには傷の増えた身体で怯えたように震える姿があった。
これまでの暴れ放題な躍動感は鳴りを潜め、弱々しい美女といった雰囲気で呟く彼女に、思わず
「戦えるなら引き続き攻撃役を任せたいんだが……トラウマとかなら無理しないでくれ」
「だ、だって、火よ、火なのよ!?」
伸ばした指で弱々しく服を摘まみ、切なげな表情で訴えるキタキツネ。
力ない眼差しでこちらを見つめ、すがりつくように身を寄せてくる。
恋愛ダンジョン的に山場と判断したのか、骸骨達はゆらゆらと武器を振ってみせるだけで、空気を読んで襲いかかってはこない。
とても良く訓練された骸骨達だと思います。
「火は駄目よ、絶対駄目。
だって、殴れないんだもの!」
「……は?」
思わずキタキツネを振り返り、素で問うてしまう。
「骸骨なら殴れば叩き壊せるわ。
でも火を殴ると私の手が火傷するし、殴って壊せないものが出てくるなんて駄目よ、卑怯よ! 理不尽だわ!」
「あー……はい? そーですね?」
まず、骸骨を叩き壊せるって発言がどうかと思うんだが……そこは今更だったか。
「とりあえず、心配して損した」
「なっ、なんでよ!
殴れないものは嫌なの、むかつくの!
殴りたいの、でも殴れないの、だからむかつくの、なので殴りたいの、でも殴れないの、どうにもならないの、もうどうにもならないのっ!
だから駄目なのぉっ!」
いったい火相手にどんだけストレス溜めてるんだ、この狐……
とりあえず、殴れないものは苦手らしい。なんという脳筋。
あんた、治癒魔術とか使ってたじゃん。どう見てもスキルとか殴れないんですけど。
そもそもこれは電脳世界のゲームだし、魔法とか非実体とか作り放題なんだけど、その辺はどう考えてるんだろうか。
もしかしたら、同じ理由で幽霊怖いとか言いだすのかもしれない。お化け屋敷に連れてってみたら面白そうだなぁ。
なんてことを考えてたら、骸骨軍団の中の魔法が使える奴から、今度は大きな火球がゆっくりと撃ち込まれる。
「ひっ!? ちょっタンマタンマ、駄目よ!」
立ち位置としてはオレに庇われているのに、慌てたように叫んでしゃがみこむキタキツネ。
すっかり弱った姿が、すごく似合わないなぁ……
そんなことを考えながら、刀身に指を添えてスキルを発動。
暗闇でないと分からないほど、微かな光に包まれた刀身。それを大上段に構えて、大火球に向け真っ向から振り下ろす!
「はっ!」
振り下ろした剣によって、正面から両断された大火球。
放たれた魔術は爆発することもなく、まるで斬り倒されたかの如く霧散した。
「……ひぇ?」
呆気にとらえたように口を開けるキタキツネの顔が面白いので、笑いながら軽く説明する。
「火だって、魔術であれば
手甲を着けてれば、多分殴ることもできるんじゃないかな」
「……え、えええーっ!?」
魔術を斬ったぼくに、信じられないものを見たという顔で大口開けて叫ぶキタキツネ。
良いリアクションです。
さっきのしおらしさよりも、感情や意志がはっきり出ている今のリアクションの方が『らしい』と思う。
スキルの使用か、それともキタキツネの大声がトリガーとなったか。
一連の会話シーンが終わったと判断した骸骨達が、それぞれの武器を振り上げて一歩を踏み出してくる。
「さて、改めて。
ばりばり殴って壊して、背中はよろしく頼むよ?」
「ちょっ、今の! 今の魔法斬ったの、詳しく!」
興奮するキタキツネは……もうすっかり元通りみたいだから、ほっといていいだろ。
きっと、骸骨殴ってればすぐにハイテンションになって細かいことは忘れるんじゃないかな。戦闘狂だし。
喚くキタキツネは完全に無視を決め込み。
オレは先頭の骸骨に剣を向け、会話シーン後の後半戦へと一歩を踏み込んだ。
魔術を、斬る。これもまた、身に着けている特定のスキルの効果である。
魔術を打ち消す魔術、『破術』を操るのが特殊魔術職の破術士。
この破術と
破術と違ってバフやデバフを打ち消すことはできず、射撃型などの目で見て斬れる魔法しか打ち消せないが、近接戦闘の中で魔術に対する手段が持てるというのは非常に大きい。
しかし、有用性に比例して習得はとても面倒。
また、魔術を斬るための判定もすごいシビアなので、破術刃は覚えたけれど、普段使いは諦めて
巷ではマニアックとかガチオタとか隠し芸とか
ちなみに、武器に魔術を宿す『魔術刃』と同じく、今のところは専門の職業が存在していない。
まあそのうち魔闘士だの破剣士だの増えるかもしれないが、増えた時は……うん、がっかりしよう。
スキル上げ、専門職でやると成長速度が2倍なんです。
これまでと同じく、骸骨達の無数の攻撃を丁寧に打ち払い。
時折飛来する魔術は、破術刃を掛けた剣で斬り裂いて。
程なく、九戦目の最後の骸骨も打ち倒した。
「ふー……完勝とは言えないけど、悪くはないだろう」
「そうね!
それより、火を斬ったの、あれ教えて、教えて!」
戦闘のテンションそのままに、息がかかるほど近くに詰め寄ってくるキタキツネ。
一本一本のまつ毛が見えるほど、口付けるほど近くに寄り添っているのに。ああ悲しいかな、触れる胸の感触は皆無
「!」
ぎんっ、と音が立つほど表情を尖らせ、手を添えていたオレの右腕をへし折るようにぎりぎりと握り潰し
「って痛い痛い痛い、ちょっ、たんま、痛いです!」
オレの訴えを聞き入れたのかは分からないが、空いた手で一発腹を殴られてから腕を解放された。
プラマイゼロ、とは感じない。鎧のない部分をきっちり殴られたので、すっごく痛いです。理不尽すぎる。
「なんとなく今すっごく不愉快な気がしたからとりあえず殴るわね?」
「とりあえずで殴んな、あと殴った後に言うなよ!」
余計な事は考えないようにしよう。身の安全のために。
無駄なやりとりをしつつ、まずは剣を納めて回復薬を取り出す。
「あ、怪我は治すわ」
「すまん、助かる」
今回はそこそこ攻撃を食らったり、最初の魔術の被害も受けた。
動きに支障が出る程ではないが、無視してボス戦に挑みたいわけじゃない。キタキツネが治癒術でHPを回復し、MPは渡した薬で回復する。
ちなみに、HPは全回復したが、先ほど殴られた腹の痛みは回復しなかった。解せぬ。
コンディションを整えた後は、結構長いこと戦っていたので、軽食も取り出した。
手早く食べれて味もばっちり、毎度お世話になっておりますホットドッグbyぷれーりーどっぐん。
次が十戦目、最終戦である。悔いのないよう、しっかり準備しないとね。
「あら、すごくおいしいわねこれ。どこのお店?」
「西公園、ぷれーりーどっぐん。人気店で完売早いですから、買いに行くならお覚悟を」
「あー、そういう店なのね。この味なら納得だわ。
そんな高級品、もらってよかったの?」
「優先契約があるので、大丈夫でございますよ。
二人で
部屋の移動は全く発生してないけれど、一応ここは恋愛ダンジョンなわけで。
公式的には、ここへ来るカップルはデートとして見なされる。
だったら、デート中にお互いが自分で持ってきた弁当で別々に食事しているというのは味気ないだろう。ゴムだけに。
「ふふ、そういうことなら奢ってもらっておくわ。
……って、ちょっと待ってよ。さっきの戦闘後、さりげなく
「それはそれ、これはこれでございます」
「ちょっとぉ!」
笑いながら、包み紙を片付け。
軽く肩をほぐし、戦闘態勢を整える。
視線の先、床に描かれているのは魔法陣。受付の後にキタキツネと共に足を踏み入れたのと同じようなやつである。
どうやら
「それじゃ、最終戦。
準備できたら、ばっちりいってみようかね」
「いつでもいいわ。
……負けた方は、戦闘後に
「面白い、受けて立ちましょう」
冗談を飛ばすキタキツネに、にやりと笑みを返し。
我々は、揃って魔法陣へと足を踏み入れる。
このダンジョンの入口で、出会った時のように。
入口でしていた余所行きの顔とは異なり、互いに好戦的な笑みを浮かべて。
魔法陣は光り輝き、あふれ出た光が一瞬で視界を埋め尽くす。
やがて白い光が収まった後、我々の目の映ったものは、一体だけの巨大な骸骨だった。
豪奢な血色の鎧に、血のような赤い光を帯びた多数の武器。
オレの身長より頭二つはでかい巨躯で、高みから我々を睥睨する三面六臂の骸骨武者。
恋愛ダンジョンのラスボス、ネームドモンスター。スカルアシュラ『恋破れ紋十郎』だ。
そんな、眼前にそびえ立つラスボスは見ず、周囲を見渡してオレは叫んだ。
「なんで召喚の魔法陣なんだよ、どうしてボス部屋に移動しないんだよ!」
地獄を巡る
最初の入口は、きちんと転移の魔法陣だったのに。
いや、本当に。ダンジョンとは一体何なのだろうか。
「部屋を作る予算がなかったのかしら?
あるいは、稟議が下りなかったのかもしれないわね」
「……流石社会人、考え方が世知辛いな」
まあ、カップルの仲を高めるドキドキ☆恋愛ダンジョンとしては、このコースは明らかに異質だ。
少なくとも、ランダムなマッチングで挑むような場所ではない。断じて違う。
そう考えれば、恋愛の精霊からしても、予算をつぎ込むような場所ではなかった……という説もありえる、か?
「まぁあちらさんの事情は何でもいいか。
最終ラウンド、数の上では二対一だ。気楽にいくとしようか」
「そうね、それがいいわ。
「それは、骸骨とオレとどっちに対して言ってるんだ?」
「ふふ」
笑うだけのキタキツネに、軽く肩をすくめつつ。
準備万端、意気揚々。切っ先を突きつけて、スキルの発動と共に恋破れ紋十郎に挑む。
「『いざ、尋常に。勝負!』」
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