骨恋地獄 職業選択の自由、拳と剣の狂騒劇 

 恋愛ダンジョン、ボクサツ☆地獄巡りコースでは、部屋の移動さえなく、ただただひたすら骸骨と戦い続ける。ダンジョンとは一体何だったのか。


 一戦目、近接型の骸骨五匹。

 後ろに巫術士を置き、一人で戦闘。さほど時間を掛けず、無傷で勝利。巫術士は小声で何かをぶつぶつ呟いていた。


 二戦目、近接+弓で骸骨七匹。

 これも、一人で勝利。巫術士は、あっさりキレた。


「ちょっとそこどけよこのやろー場所を空けて下さい、私と代われやこら前衛代わって下さい

 私はぶちのめし戦いたいのです。心置きなく殴る戦うために恋愛ダンジョンここに来たのに、邪魔な人と組まされてマッチングさせられて怒って困ってるんですよ?」

「……え?」


 なんだかとても物騒な幻聴が聞こえたような……

 すぐに湧く次の敵に対し、ややなし崩しでお互いに前に出て戦う。


 三戦目、近接+弓で骸骨十匹。二人で並び立ち、完勝。

 敵を倒し終えた巫術士は、拳を打ち鳴らしながら、いい笑顔で頷いた。


 四戦目、近接のみ二十匹。

 巫術士は、笑いながら骸骨に襲い掛かった。もちろん完勝。



 そうして、五、六、七戦目もつつがなく終え。


「とどめ、どうぞ」

「やっはーっ! 天・雷・衝!」


 八戦目の骸骨、その最後の一匹が雷を帯びた掌底で打ち砕かれた。

 ところどころに被ダメージ表現としての傷を作りつつも、むふーと荒い鼻息をついてキタキツネは笑う。


「いいねいいね、一人では八戦目を越えられなかったのよね!

 ライナジアくん、君すっごくいいわ!」

「そりゃどーも。

 オレも今日はトレーニングでひたすら戦い続ける気分だったんで、地獄めぐりに付き合ってくれてありがたいよ」


 びっと突き出された拳に軽く拳を合わせてから、下級のMPポーションと干し肉を握らせて短いブレイクタイムにする。


「いや、干し肉ゴムはちょっと……」

「あ、やっぱり?」


 ちっ。勢いに任せて在庫処分しようとしたんだが、やはり無理か。

 ぺしりと投げ返された干し肉を受け止めてインベントリにしまい、飲み終えたMPポーションの容器も片付ける。


「あっ、ポーションありがとね」

「自分で作ったもんだから、ご遠慮なく。ビンは回収するけど」

「へー、薬剤士なんだ?

 はっ! もしかして私が口付けたビンを後から舐め回し……!」

「すでに汚れたビンは洗浄済みです」

「酷い、私のことを汚れた女だなんて!」


 ノリノリでしな垂れかかるキタキツネには、わざとらしいため息をプレゼントし。

 部屋に満ちる光に向け、剣を構える。


「お、きたキタきたきつねーっ!」

「何その掛け声?」

「私を称えて応援する、愛くるしいキャッチフレーズよ!」


 キャッチフレーズだったらしい。社会人だけど、ちょっと痛い子だったかぁ。

 まあ、戦闘狂の時点で十分やばい人だから、愛狂あいくるしいキャッチフレーズくらい今更かも。




 現れた、三十匹ほどの骸骨混成部隊。

 周囲をみっちりと骨に囲まれ、剣を、槍を、斧を打ち払い戦いを続ける。


 受けタンクの基本は攻撃の相殺・・である。


 右手には剣。

 敵からの攻撃に対して武器をぶつけることで、相手の攻撃自体を打ち崩す。

 ただし、単純な力比べはしない。力比べをすれば相手のパラメータに負けるし、何より武器も傷むし人間も疲れる。剣は鍔迫り合い以外の力比べに向いた武器ではないのだ。

 だから相手の攻撃に対し、真っ向から打ち合わせることはせず、側面から武器を斬って叩いて攻撃を弾くのが基本となる。

 基本は防御のための立ち回りだが、相手の武器への一撃が完璧に入ったなら、同時に『相手の武器に対しての攻撃』として成立する。

 武器の耐久を削り、脆い武器なら一撃で破壊可能。先ほどから骸骨の武器を斬り飛ばしているのはこのシステムによるものだ。


 他方、左手には盾。

 二刀流ではないので、盾で捌く場合には武器破壊は難しい(不可能ではない)

 だが、武器を振るのに比べ、盾で捌く場合には自分の動きが最小限でいい。

 複数の敵に囲まれ、次々に攻撃を受け続けるような状況では、武器だけでは相手の攻撃を捌ききれなくなるのだ。だから左手には盾を持っている。

 盾があれば、盾スキルも使えるしね。


 九戦目の敵部隊。敵のレベルが先ほどよりも少し高いようで、武器の振りや防御力が少し上がってるような気もする。

 だが受けタンクオレの戦い方にはそれほど影響はない。敵の装備の質もさほど変化はないようで、ありがたい限りです。

 一撃で敵を倒すことは難しくなったが、周囲を取り囲める敵の数には限りがあるし、スタミナが持つ限りは戦い続けることができる。

 剣を振り、盾を打ち、身を捻ってかわし、脚甲で攻撃を反らし。

 さながら舞踏か絡繰りか、持てる全てを使って骸骨との戦いを続けた。



 攻撃を喰らわないこちらとは違い、巫術士格闘家のキタキツネは目に見えて被弾が増えている。

 元々これまでの戦いが、回避に頼った戦闘スタイルではなく、殴り倒して反撃させないという獣のような戦い方だ。

 なんというか、力こそ正義というか、力こそパワーというか……とにかく、殴れば勝てるを地でいく戦い方であった。


「きぇぇー、くそっ、ハゲろ、ハゲろっ!」


 そのため、一撃で倒せない、一発で砕けない、殴っても敵が体勢を崩さないとなると、途端に反撃が多くなり、結果として被弾が増える。

 被弾が増えることで回復にかかる手間も増え、さらに攻撃回数が減って敵が減らないという悪循環に陥った。

 ソロだと七戦目までと言ってたから、普段なら八戦目にはこうなってたって事なんだろうな。


 だが、ここはそもそもがカップル二人で来る前提のダンジョンであり、今はお互いにソロではない。

 あまり聞きたくない叫びをBGMにする必要はなく、むしろ一緒に前衛フロントで共演するために戦いへと乱入する。


「なかなか、苦労してる、ようだな?」

「じょっ、上司の、あのハゲのせいよ!」


 背中合わせというほど近くなく、さりとて間に骸骨が入り込めるほどの隙もなく。

 いわば、互いの領域同士を重ね合せ、周囲を囲む骸骨を睨みつける。


「壁際や、部屋の角で戦うのは?」

「すっ、きじゃないわ!」


 好きか嫌いか。

 なるほど、とてもシンプルな判断基準で、良い答えだと思う。


「好きじゃないのか……じゃあ仕方ないな。

 ならこのまま部屋の中央で必死に戦い続ける、ってことでOK?」


 突き出された槍とすれ違うように、骨の拳に剣を突き刺す。

 数本の指の骨が砕かれて槍を取り落とすのを深追いせず、横手から斬りかかる別の骸骨の攻撃を受け流す。


「……いいの?

 あたし、きついわ」


 しおらしい雰囲気で、瞳に気弱な光を宿し……とかではなく。依然として拳と瞳に力は保ちつつ。

 骸骨の側頭部にハイキックを叩き込みながら、それでも少しだけ申し訳なさそうに呟くキタキツネ。


 相変わらず見事なおみ足です……こちらからではローブの中が見えなくて残念、とかそんなことは考えておりません。おりませんとも。


「ゲームなんだ、好きなように戦え遊べ

 負けること考えて自分につまらない真似をするより、好きに遊んで胸張ってくたばればいい。

 どっちを選んでも、ちゃんと最後まで付き合ってやるさ」

「……酷い言い方ね」

「すまんな、素直な気持ちだ。

 そういう遊び方をする方が、オレは好きだってだけだな」

「ん……」

「そもそもが気晴らしで来た場所なんだ。気が晴れるなら何でもいい、だったら妥協はすべきじゃない」


 周囲の骸骨が笑うように骨のぶつかる音を立て、何度も何度も襲い掛かってくる。

 それを二人で協力し、避け、払い、穿ち、斬り捨てる。時々回復する。


 壁際で戦えば、接敵する数はほぼ半分になる。

 だが、そういう戦い方が楽しくないんじゃぁしょうがないよな。今日は荒行と割り切って、どこまでだってやってやる。


「ありがと!

 いいわ、じゃあこのまま一緒にがんばりましょう!」

「了解、防御は任せとけ」


 攻撃を払って蹴り飛ばし、更なる追撃を盾で捌きつつ剣を高く掲げて叫ぶ。


「戦陣旗冠!」


 掲げた剣が一瞬眩い光を放ち、全ての骸骨を照らす。

 だが、この光に攻撃能力もバフ効果もない。あるのはただ一つ、光に照らされたすべての敵に圧倒的な不快感を与える―――つまりヘイトを稼ぐ効果だけだ。


「ちょっ、この数相手に何してんのよ!?」

「防御は任せとけ、って言ったろ? 端から順に、全部食い散らかせ!」


 全ての骸骨が、隣のキタキツネを無視してオレへと殺意ヘイトを向ける。

 正確には全てじゃないな、キタキツネが殴ってた最中の骸骨は、そのままキタキツネと戦闘続行だ。

 戦陣旗冠は、広範囲にヘイトをばらまける分、一体ずつに与えるヘイト量は大したことない。

 だからこそ、敵の群れをオレが引き付け、キタキツネに各個撃破を任せられるのだ。


 ところで、照らされると圧倒的な不快感のある光って、どういうことだろうか。

 紫害線に照らされても即座に何か影響があるわけじゃないしなぁ……かゆくなる光線とか?


 そんなアホなことを頭の片隅で考えつつも、降り注ぐ斬撃を剣と盾で正確に捌いていく。

 ダメージを与えることは気にしなくていい。あくまで、攻撃を防ぎ、骸骨の群れを引き付けて時間を稼ぐだけだ。



 群れを捌き続けるこちらとは対照的に、キタキツネの拳と蹴りが一匹、また一匹と地道に骸骨を打ち倒していった。

 単独のスキルとコンボ用のスキルを織り交ぜて、舞うというより暴れるように奔放な戦いを見せる。

 それでも、その野性味のある動きはどこか洗練されており、躍動的な美しさもあった。


「烈鋼脚!」


 ローブのスリットを最大まで捲り上げ、伸び上がった足が骸骨の首筋に叩きこまれる。

 惜しげもなく晒される太ももとその奥に、思わず目を奪われつつ。

 同じようにキタキツネの方に顔を向けていた骸骨を盾で殴りつけ、なお激しく打ち合いを繰り広げた。

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