骨恋地獄 消えゆく名刺の生む闇に、骨と狐が効果的
服の胸元を強く握りしめ。
静かに、ゆっくりと。重く湿った息を吐く。
幸か不幸か、みかんさんは先ほど休憩ログアウトしたので今はぼく一人。誰かに見られることはなく、取り繕う必要もない。
ゆっくり、殊更ゆっくりと。深く呼吸を繰り返し、電子の心を整える。
大丈夫。これは良くあることだし、もちろんこの程度でVRシステムがアラートを出しているなんてこともない。
今朝ログインした時には三十五名居たフレンドが、今確認したところ三十三名となっていた。一度に、二名。
誰が消えたか―――つまり、誰に消されたか。
それは、怖いので、確認しない。確認できない。
特に仲のいいフレや祭りスタッフとしてマークを付けているフレンド数は、12名から変動ない。それだけ確認できれば、十分だ。
一応まあ、消されたのではなく、相手がキャラを削除した可能性もあるんだし。考え過ぎないようにしないと。
フレンドに対する考え方は、人それぞれ違う。
即効性のあるパーティ募集機能と考える人。
強い
仕入先や顧客として、商売相手と考える人。
何も求めず、あってもなくても気にしない人。
友達と考える人。
フレンドに対する考え方が様々なら、当然フレンド機能の使い方だって様々。
最近はこの人とはあまり組んでないからとか、自分を誘ってくれないからとか、消す理由も色々である。
だから、気にしない。
できるだけ、気にしない。
そう自分に言い聞かせ、もう一度深呼吸をしてから、フレンドリストを閉じた。
うん。ちょっと、何も考えず無心になりたい。
手早く荷物整理とスキルの入替を済ませ、ふらりと街中へ繰り出す。
足を向ける先は、カップルとカップル希望者の集う、きゃぴきゃぴと煌びやかなピンクだらけの建物だった。
怪しげな外観と名称を気にしなければ、ここはいかがわしい場所ではない。
ピンクピンクしたこの場所は、フリークブルグの街中にある特殊ダンジョン『恋愛の精霊ファーシアのドキドキ☆恋ダンジョン』である。
建物はなぜか和風のお社作りだが、その屋根や鳥居はピンク色。いつもながら、罰が当たるんじゃなかろうかと思う。
賽銭箱に10F投げ入れ(しなくても良い)、社の中へと
内部に人は少なく、受付で待たされる事はない。
カップルが三組、交換所やロビーに居るだけで、ぼくのようなお一人様は一人も居なかった。
寂しい独り身が一人も居なかったことに安心して、巫女姿の受付けに声を掛ける。
「ようこそいらっしゃいました。今はお一人のご様子ですが、マッチングをご希望でしょうか、それともお待ち合わせでしょうか?」
「え? あ、失礼しました、少々聞き間違えてしまいまして。マッチングをご希望でよろしいでしょうか?」
「そ、そのような冗談は止して下さいませ。マッチングをご希望でよろしいですね?」
「なんとご無体な……そのような酷い事をおっしゃらないで下さい。マッチングいたしませんか?」
「考えてみて下さい、世の中には星の数より無数の異性が居るのですよ。是非マッチングしましょう」
「今なら! あなただけに! 恋愛の精霊ファーシア様の加護がある気がします! さあマッチングしますよ!」
「そんな……お願いです、お願いだからマッチングして下さい、でないとここのダンジョンを維持できないんです……」
暇人の調査結果によると、受付嬢による勧誘パターンは百以上あるらしい。実は
いずれにせよ、ソロでふらっと入るには相変わらず面倒くさい作りです。
ダンジョンの主旨がソロでの
でもロビーに独り身が一人も居ないからこそ、たった七回で済むわけで。
ロビーに独り身の異性がいると三十回以上断らなければ進めないし、受付でマッチング希望の異性が居ると何度断っても一人では進めない。
……正確には、1000回断ったが一人で進めなかった、という暇人の調査結果が出ている。もしかしたらいつか受付嬢が折れるのかもしれないが、普通に考えれば望み薄である。ちなみに調査者は勧誘パターンを調べた人と同じプレイヤー、掲示板で付いた二つ名は『恋ダン番長』さん。
ともあれ、政府の施策に則り、カップルで入ることを推奨されたダンジョン、それがこの(通称)恋愛ダンジョンだ。
やっと許可が下りたので、示された奥への道を進む。
一段高くなった畳へ上がり、中央の魔法陣へ足を踏み入れ―――
「……あれ」
転移が始まらないぞ?
段を降りてから再度入り直しても、やっぱり転移されない。
おかしい。
一度受付に戻ろうかと振り返ると、そこにはなぜか頭に
「キタキツネです、よろしくお願いします」
「え?っと、ライナズィアです。よろしくお願いしますね」
疑問を棚上げし、反射的に挨拶を返す。
キタキツネさんは穏やかに微笑むと、ぼくの二の腕を軽く押し、魔法陣へと振り向かせた。
「ちっ……では行きましょう、ライナジアさん」
「……はい?」
流されるまま、魔法陣の上へ。今度こそ魔法陣がピンクのオーラを迸らせ、ぼくはダンジョンへと誘われる。
ソロで入る許可を取ったはずなのに、見知らぬ女性と一緒に―――
どうしてこうなった?
て言うか、なんか舌打ちされてませんでした?
左手に持った盾の表面で、振り下ろされた斧の軌道をほんの少しだけ外側へ逸らす。
紙一重で地面に打ち付けられた斧とすれ違うように、こちらは下から上へと手にした剣を振り上げる。
その斬り上げを押し込めるように、相手の盾が真上からぼくの剣を迎撃。
剣が盾に押さえつけられる力に抗わず、剣から手を離し何も握らぬ手を突き出し―――
「一文閃」
ウインドウ操作で瞬時に右手に装備した短剣を、相手に突き入れる。
高い
数合、時間にして一分にも満たぬ時間で勝敗を決する。
一匹だけの骸骨に、司令官など意味があるのか?
それとも、これまで下位のスケルトン達を倒したから、最後は直々に司令官が出てきたってことか?
倒したスケルトンコマンダーの消える様子にそんなどうでもいいことを考えながら、短剣を仕舞い落ちた剣を鞘に納めた。
「強いですね、ライナジアさん。
先ほどからかすり傷もなく、最初にスキルで倒して見せた以外に私の出番がありません」
「出番がなくてすみませんよ。
前に立って剣を振るうのがお仕事ですので、後衛の巫術士の方を危険に晒すわけにも参りませぬ」
ここの魔物は、基本的に何もドロップしない。解体も不要だ。
だから、本来であればひたすら奥へと進み、淡々と戦い続ければいい。
そう。本当は一人で延々と戦い続けたかったんだが、今は困ったことに同行者がいる。
前衛としての勤めを果たし、出来るだけ被害を出させず、要望を伺いつつも適度なペースでご一緒しなければ。
「これで準備運動は終了でございますね。
さて、どのコースに向かわれますか? どこでも構いません、キタキツネ様のお好きなところをお選びください」
MMOで染みついたお行儀の良さが、いつも通りの丁寧な対応として背後の女性に向けられた。
そんな自分に、内心で小さくため息。何も考えず、戦いに来ただけなんだけどなぁ。
「!
あの、本当にどこでもいいんですか?」
「ええ、もちろんでございます。
お化け屋敷でも海上でも、どこであってもお付き合い致しますよ」
「うふふ……ではここで」
そうしてぼくは。
花のような笑顔で笑う狐とともに、煮えたぎる地獄の釜へ飛び込むこととなった―――
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