裁縫開始 スキル任せと腕前頼りの格差社会

 第三段階の染色を終えて、いよいよ座布団作りは最終局面。

 すなわち『裁縫』スキルの出番だ。


「わしからお前に教えることはもうない。心の赴くままに作るがよい」

「あ、ポケモノの修行コーチのセリフですね!」


 嬉しそうなみかんさんににやりと頷き、布と裁縫道具を手渡す。


「あと、大きさは揃えたいので、型紙を用意しました。

 まあ型紙と言っても、完成品のサイズを揃えるためですので。このサイズに切って縫い合わせればOK、程度のものでございます」


 正方形を二枚くっつけただけの、至極簡単な型紙を渡す。


「現実であれば、中身の座布団とは別に、洗濯するための座布団カバーも作るとこですが。

 手間とスキルの力があるので、そこのところは手を抜きまして。綿を入れて縫って閉じれば完成、ファスナーとかも不要でございます」

「分かりました。早速作ってみますね」


 樽と染料を手に途方に暮れていた姿とは大違いに、みかんさんは手馴れた様子で布に線を引き、裁ちバサミでスイスイと布を切っていく。

 うん、スキルがあれば大丈夫そうでございますね。


 というか、ぼくもリアルでは裁縫なんて全く出来ないので。偉そうな事は何も言えません。

 スキルのお導きに従い、こちらも作業を開始。


 布を切る―――のは、ハサミを半分くらい入れたところで、あとは概ね引いた線に沿って自動で切れた。

 縫う方も、半分くらいまで縫ったらあとは自動で縫い合わされる。

 綿を入れるのは自分で必要な量を決めなければいけないが、これも基準ができれば多分スキルが補助してくれるだろう。

 適当に入れても、きちんと均等に敷き詰められるのもありがたい。

 あとは綿が一箇所に寄らないように、何箇所か表裏を縫って止め。

 最後に袋の口を縫い合わせれば完成だ。



 出来上がった座布団一号を手に、できたーと歓声をあげようとしたところで。

 隣のみかんさんが、まだ真剣な表情で裁縫している最中なのを見てそっと口を閉じる。


 あれ? 切るのも縫うのもすごく手際いいのに、ぼくより時間かかってますな?

 んー。


 よく見てみると、どうやらスキルの補助を使ってないっぽい?

 最後の一針まできちんと手縫いしている。

 ただ、その手指の動きは淀みなく、ほれぼれするような美しさがあった。


「ふう……あ、ライナズィアさん見てたんですか?

 やだ、恥ずかしいです……」

「すみませぬ、すごく手際が良くて綺麗でしたので、見とれておりました」

「うー! そ、そんなすごくないです、すごくないです!」


 ぼくの言葉に、座布団で口元を隠して赤くなるみかんさん。

 恥ずかしさを耐えつつも、上目遣いで伺うような視線がすごく可愛らしいです。おのれ。


「裁縫スキル、使われなかったのです?」

「う……そ、その。

 差を確認しなきゃいけないし、現実と同じように出来るか分からなかったし、最初だけは、これだけはきちんと自分で作りたかったので……」

「なるほど。

 みかんさん、現実でも裁縫得意だったのですね」

「と、得意じゃないです。普通です、人並みです」

「いやいやいや、人並みでこんなに上手に座布団作れませんから」


 みかんさんの作った座布団を取り上げて、ぼくの作ったものと一緒にテーブルに並べる。

 同じ、裁縫スキル レベル1。

 同じ、裁縫初挑戦。

 しかもぼくの方はスキル補助付き。


「なのに、こうもはっきりと、出来が違うものなのか……

 どうせ一緒、自動でスイスイやってくれるし、なんて考えていた自分がちょっと恥ずかしいものでございます。


 はー。感嘆のため息しか出ないね!


「そ、そんなことないです!

 私は、家でもちょっと、服とか作ってるだけですから。初めてでこれだけ作れるライナズィアさんの方がすごいです」

「いやいやいや。自分で服を縫えるレベルなんて、ちょっととか人並みとか言いませんから!」


 どうやら思った以上にみかんさんのリアル裁縫スキルは高レベルだったらしい。

 服まで作れるとか、なんという女子力。これが美少女の実力か!


「みかん様、七夕とは関係なくても、ブレイブクレストで裁縫職人したらすごいことになるかもしれませんね。

 高レベルになると、スキル補助だけではなく、製作者の技術やセンスも大事になってくるらしいですし」

「あ、あの、えっと……」


 ぼくの言葉に、なぜかみかんさんは真っ赤になって俯くと、座布団を取り上げられたので余った布で口元を隠して何かごにょごにょと呟いてた。


「でも、せっかく何でもできるんだし、リアルと同じことすることないし、なら、て、手料理を作って、その、食べて欲しいっていうか、服だと鎧の人は着ないし、やっぱり、みなさん綺麗で、料理もできて、負けたくないから」


「ん、何かおっしゃいました?」

「な、なんでもないです! 生産職人は考えておきます!」


 真っ赤になって叫ぶみかんさん。何かおっしゃったのは分かりましたが、何ておっしゃったのかは聞こえませんでした。

 まあ聞いても教えてくれなさそうなので、話を座布団に戻しましょう。


「こほん。

 ともあれ、これで座布団の試作品が完成でございます。はくしゅー」

「わ、わー。ぱちぱちぱち」

「それでは試運転を」


 付き合ってくれたみかんさんにお礼を言って、一度立たせる。

 それから、それぞれが作った座布団を椅子に敷いて座らせる。


「座布団ですので、椅子用のクッションよりはちょっと大きいですが。

 やっぱり、あるとないとでは大違いでございますね」

「そ、そうですね」


 自分で作った座布団に腰を下ろし、なぜかちょっと困ったようなみかんさん。


「みかん様、どうかなさいましたか?」

「え、その、えっと。

 そう、座布団です、座布団ですから!

 椅子の上じゃなく、直接ゴザに座らないと駄目だと思うんです!」

「ああ、それはそうでございますね」


 なんだか力強いみかんさんに気圧されるように、ゴザの上に座布団を持って行って床に置く。

 そして靴を脱ぎ、その上に座ろうと―――


「あ、あー!

 違います、ライナズィアさん、駄目です!」

「だ、駄目ですか?」

「はいっ、駄目です!

 ライナズィアさんは、こっちです!」


 置いた座布団に座ろうとするぼくの服を掴むみかんさん。

 子犬のような必死さに負けて、引っ張られるままにみかんさんの作った座布団の上へと移動。


―――この座布団、実は中に画鋲が仕込んであるとか、マチバリが刺したままとか剣山が入ってるとか、ないよね……?

 口元まで出かかった質問を飲み込み、恐る恐る腰を下ろす。


……


……?


 なんとも、ない?


「ど、どうですか?」

「うん、どこも痛くない」

「え?」

「え?

―――あ、いえいえ、違います。とても良いです、これは良い座布団でございます」


 思わず考えたままを口に出してしまった。とても危なかった。

 何とか誤魔化すと、みかんさんは嬉しそうに微笑んでくれた。


「えへへ……良かったです!

 よいしょ、っと」


 そうして自分は、ぼくが作った、ちょっと縁が歪んだ座布団に嬉しそうに腰を下ろした。

 短いワンピースからすらりと伸びた足が綺麗で、肌の白さと笑顔が眩しい。あと覗き込む眼差しの下に出来た深い深い胸の谷間に吸い込まれそう。


「あの、ライナズィアさん」

「は、はい、なんでしょう」


 思わず視線がばれないように、露骨に顔ごと目を反らしつつ答える。

 向いた先では、最初に染色された布がまだ水滴を垂らしていた。


「最初の座布団は、お祭りで使わないから、別の色って言ってましたよね?」

「え?

 あぁ、はい。これは試作品ですので、いくつか作って大きさとか厚みとか検討するためのものです。

 サイズが決定してから正式なイベント用を作ります」

「で、でしたら!

 この座布団、私がもらっていいですか?」


 腰を下ろしたままずりずりと後退し、足の間から座布団を抜き取って抱きしめるみかんさん。

 座布団の角でちょこんと隠した口元も可愛いし、期待に満ちた視線も眩しい。

 でもそれ以上に、ふとももの間から座布団を抜き取ったせいでめくれたスカートの裾が、白いふとももが、その奥が座布団で隠されて、もうちょっとで


―――いやちがう、そうじゃない、すみません違うんです、えっと、その


「その、いいです、はい。

 あ、えっと。その座布団のこと、でございますか?」

「はい! あとお返しに、私が作ったやつ、ライナズィアさんにもらって欲しいです!」

「あ、あーあー、なるほど。

 確かに、どうせイベントでは使わないものですから。

 試作品として作った座布団なら、イベントを開催した記念品としてちょうどいいかもしれませんね」

「え?

 ええ、まぁ、えっと……はい。違うんですけどそうですね


 ?

 何か変な声が聞こえた気がするんだけど……気のせいかな?


「分かりましたよ。

 試作品はまだ何枚か作りますが。その座布団は、端がよれよれだし、闇に葬りたいですので。

 捨てましょう」

「ぇ、えええ!?」

「冗談でございます。差し上げますよ」


 さらりと冗談を言ったら、ばしばしと叩かれた。

 なぜだ。


「もー! ライナズィアさん、意地悪です、意地悪です!」

「いたた、すみません、ごめんなさい。

 ぼくは意地悪で優しくないですから、勘弁してください!」

「そっ、そんなの勘弁できないです!

 もっとちゃんと、優しくして欲しいです!」


 何となくリアル危機察知スキルと言う名の第六感的な何かが発動したため『そんなはるまきさんみたいなことを言わないで下され』とは口にしなかった。

 叩かれつつも生命の危機に対する生存本能を忘れず冷静さを失わない自分を褒めてあげたい。


 そんな風に心の中で自分を褒め称えていたら、なぜか本気でお腹を抓られました。いたいいたい、中身出ちゃう!


「ちょっ、まじで痛いです、なぜ!」

「ううー、いじわる……」



 その後、本格的に膨れたむくれたみかんさんのご機嫌をとるため、白糸で座布団の隅に小さくみかんさんとぼくの名前を縫わされる羽目になりましたとさ。

 みかんさんも同じように名前を縫ってくれたから、手間としてはお互い様ですけどね。




 そんな、昂ぶる気持ちを止められず、どうしても心が湧き立ち騒ぐ、穏やかで華やかな時間。

 空は晴れ、風は心地よく。


 されど。ぼくは知っている、けして忘れることはない。


 期待が高まり、喜びに満ち、時と場が愛おしい程に。

 心は高く昇るほどに、奈落へと落ちる戻る恐怖をどうしようもなく増し。

 けして晴れない天の雲のように、不安は喜びを翳らせて大きく厚く広がっていくのだ―――

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