笑死十字 果たして染料は牛乳に似合うものか

 直径、約1メートル。

 外見通りの高い物理防御力に、低い行動力、圧倒的な鈍足感。

 ただし攻撃速度に限って言えば、立ち止まったまま鞭のような長い尻尾を振り回して襲ってくるため、歩くスピードと違って結構速い。


 背にした甲羅に鉱山乗せた、鈍足機動の亀型モンスター。タートルオーレである。

 ちなみに、ぼくの中での呼び名はタートルオーレ(黄光銅)です。同名のモンスター、他のダンジョンでも発見されてますので。


 無言のままナイフを構えるクルスさんを手で制し、剣を鞘に納めて取り出したのはつるはし。

 何を隠そう、こいつが今日の収穫物です。



 最もシンプルなヘイトスキル『挑発』を行い、攻撃を誘う。

 襲いかかる尾を盾で打ち上げ、さらに『開戦の狼煙』を重ねてヘイトを稼ぐ。

 動き自体は極めて遅いので、尾にさえ気をつければ危険はない。そのまま距離を詰め、二度目の尾を盾で防いでから尾の根元を足で踏んづける。

 じたばた暴れるが、この形になってしまえばもう終わりだ。

 亀が振り返って噛み付いてくるより早く、両手で握ったつるはしを振り下ろす!


 がつーんと景気のいい音が響き、甲羅の上の小さな鉱山が半分ほど砕け散る。

 鉱山を砕かれてショック状態になった亀の背中に、すかさず二撃目を振り下ろす。全ての鉱山が砕かれ、甲羅に深々とつるはしが突き刺さった。

 顔を突き出して絶叫する亀の首を剣で切り裂き、あっさりと戦闘終了でございます。



 最初に攻撃しようとして止められた後は、ナイフを構えたままじっとこちらを見ていたクルスさん。

 その表情は地下に降り立った時から変わらず、やっぱり少し思いつめたような、辛そうなもので。


―――よし!

 じゃあとっておきを見せて差し上げちゃいましょう!



「取り出しましタルは、何の変哲もない樽と染料にございます」


 染色用の樽と、白の染料を取り出してクルスさんに見せる。種も仕掛けもございません、よーくご確認下され。


 返された樽を地面に置いたら、まず始めに、そこらに散らばった鉱石をありったけ樽に突っ込む。

 さらに、樽と鉱石の隙間を埋めるため、その辺の土も掘って樽に入れていく。


「……?」


 突如奇妙な行動をとり始めたぼくを不思議そうな目で見てくるクルスさん。

 こちらに興味を持ってるのはいい傾向です。


……不信感を持たれてるわけじゃないよね?

 運営おまわりさん、不審者です、とか本当に勘弁してください。


 樽いっぱいに鉱石と土中身を詰めおわったら、その上から白の染料を注ぎ込む。

 樽の中をほぼ満タンにしてあるので、すぐに染料が樽から溢れ出しそうになり、注ぐのをストップ。


 クルスさんに隠れて、昨日も使ったプラカードの文字を書き換え。

 最後に、倒したタートルオーレの頭を拾ってきて、樽から顔を突き出すように飾れば完成だ。


 プラカードに書いた文字は『牛乳』

 それをクルスさんに見えるように樽に立てかけて、一言、こう言った。


亀のタートル牛乳オ・レでございます」



 樽になみなみと注がれた、牛乳と書かれた、白い染料液体

 そこから顔を出す、死んだ顔の亀の頭。

 以前イラスト掲示板に誰かが描いていた『タートルオーレ』のパクりである。

 あの亀はもっとファンシーで可愛らしかったから、こんな死んだような目をしてなかったけど。




 一秒、二秒。


 緊迫した沈黙が場を支配し―――


「―――っ、ぶふっ!

 ふっ、うふふ、あははは……!」


「勝った!」


 渾身のタートルオーレが強硬なクルスさんの無表情を突き破り、ついにクルスさんを笑わせることに成功する。

 我々は、タートルオーレは、クルスさんに勝利したのだ!




「あははは、たーとる、たーとるおれって!

 うふふ、なん、ふふ、なんなのよぉ、あは、牛乳、せんりょーじゃん、ぁはははははは!」


 それから3分ほど。

 クルスさんは、お腹を抱え、髪を振り、口を開け、床を叩き、顔を覆い、天を仰ぎ、それはもう笑い転げた。

 あれ、この人やばいんじゃない?って思うくらい笑い転げた。


 転がる拍子に素顔が見えちゃったりとか、背中をばしばし叩くのに抱きしめられて硬くて平らだけどいい匂いがとか色々あったんだけど、まぁ、うん。

 とりあえず、今はお尻を高く上げ床に突っ伏して声もなくぴくぴくしてます。


 あれ、この人やばいんじゃない?


「……え、えーっと……大丈夫でしょうか?」


 あの。すらりとしたお尻がとても色っぽいんですけど、いやそうではなく。

 恐る恐る声を掛けたら、ちょっと指がぴくぴく動いたので生きてるみたい。


 幸運なことに、このダンジョンには徘徊する危険なモンスターは居ない。

 タートルオーレはアクティブだがその場を動かず、他の二種類も動かないかノンアクティブ。

 ここで笑い死んでても、死ぬことはないはずだ。


 まあ、でも。

 ちょっと扇情的で落ち着かない格好なので、一旦抱き起こす。


「失礼」

「―――ぇ?

 えっ、ひゃっ、はあぁぁの、あの!」


 うろたえるクルスさんを無視して抱きかかえ、壁際まで運んで寄りかからせる形で座らせる。


 さて、ネタに使ったタートルオーレを片付けないとね。

 いや、笑い転げるのを観察してないで片付ければ良かったんだけど。あまりの壊れっぷりで、こう、ね?

 面白かったのと心配になったので、つい最後まで見てしまったのです。


 重たい樽を倒して中身を全て出し、洗浄してからまず樽をしまう。

 それから、タートルオーレから『採掘』した鉱石を調べて、目的のものを選り分ける。


「……あの、それは?」

「黄光銅、でございますよ。

 NPCのお店でも売ってる素材なのですが、これを使えば錬金術で明かりを作れるのです」


 明かり。つまり、提灯の中身だ。

 ちょうどよくラシャが錬金術師なので、こいつを使って明かりを作ってもらえば、提灯っぽくなるかなぁと思っている。


 一匹から四つか。何個提灯を作るか試算してないけど。これは結構頑張って集めないといけないなぁ。

 いざとなったら、お店で買って済ませればいいんだけどさ。


 そんな話をしつつ、洗浄した鉱石の一つを翳して見せる。


「生きたモンスターの背に対して『採掘』した時のみ採れる、特殊な鉱石でございます。

 まあ特殊と言ってもNPCから買える素材、お金があれば手間を掛ける意味はございませんけどね」

「生きたモンスターから、ですか……」

「ええ。倒した後に採掘をしても、クズ鉄しか採れないらしいんですよ。

 ゲームらしいと言ってしまえばそれまでですが、こういうところが面白いと思うのでございます」

「なるほど。

 なんとなく、分かります」


 分かってくれる、あるいは分かろうとしてくれるクルスさんに微笑む。

 仕分けを終えて立ち上がり、その傍らへと歩み寄る。


「目的は同じでも、手段はいくらでもあるし。

 あるいは、同じ手段でも、求める目的は違うこともある」

「……はい」

「それでも、例え一時いっときでも、道が重なり、共に歩めるのであれば。

 ぼくはそれを幸運だと思っているし、共に歩んでくれる人達にも深く感謝しています」

「はい」


「ですから―――」


 座り込んだクルスさんの手を取り、その手に黄光銅を握らせる。


「例えあなたが、この時と場に、何を目的としていても構いません。

 今ひととき、ぼくらと共に過ごし、一緒に楽しみませんか?」

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