迷想十字 果たして成果は対価に見合うものか
身体を伸ばして深呼吸一つ、電子の肺にめいっぱい朝の空気を取り込む。
リアルの時刻は午前11時過ぎ。約2時間半、ほぼずっと人と会話していたことになる。
肉体的な疲労感はないが、片や会話に潜む厨二ボタンを見極めて押すリズムゲーム、片や怒涛の如く押し寄せる情報の荒波から未公開情報を拾い上げるアクションゲームといった感じで、精神的には少し疲れた。
でも二人ともそれぞれ個性的で、話自体は面白かったんだよね。
王女様はすごい美人だったし、ミルクティーとか未公開情報とか個人的にちょっといい思いとかレアなスクショとか収穫も多かった。ちょっと老害の襲撃で死にかけたりもしたけれど、次の約束も取り付けたので万事オッケーでございます。あ、行政への申請もきちんと完了しました。
あやづるさん? あやづるさんは、あー、うん。えっと、トモダチです。フレンドです。浴衣期待してます。という感じの、ちょっと雑な扱いが似合う子だと思うので、適度な距離感が大切だと思うんです。騙されそうで心配。
そんなことを考えながら、ウインドウ操作で浴衣から普段着へと着替えて、大通りを歩いていく。
向かう先はいつもの拠点―――ではない。今は待ち合わせ場所として指定した、フリークブルグの西門に向っていた。
と言うのも、城に居る間にお誘いのメールを受信していたからだ。
―――――――――
From:クルス
こんばんは。
イベントについて聞きたいことがあります。
暇な時間があったら声を掛けてください。
いつでもいいです。
出来れば、他の人が居ないところで話をしたいです。
―――――――――
メールの差出人はクルスさん。昨日何か言いたそうだったし、その事かな?
特に予定もなかったので、クルスさんに返信して西門で合流することにした。ちょっと、軽く出かけて身体を動かしたい気分だったしね。
グレーのブラウスに、無地の黒いロングスカート。
茶色い前髪で顔を隠したクルスさんは、今日もとても地味でございました。
個性を消しすぎて逆に目立ちそうな、ぎりぎりのラインといったところか。
挨拶を済ませた後は、街から離れて人の居ない場所で話したいということだったので、ついでに素材採取をしたいから洞窟へ同行してもらう。
タイミング良く馬車があったので、二人で乗り込みフリークブルグの西へ。
フリークブルグの隣町であるアスリムまで馬車で移動し、そこから走って2,3分。たどり着いたのは、朽ちた遺跡のような場所である。
「光晶の祠、ですか」
「ええ。ここなら不人気ですので、人目を気にせず話すのにちょうどよいかと。
七夕で使おうと考えている素材の一つがここで採れますので、話しながらぶらぶらと参りましょう」
今日はガイドや引率ではないので、制限機能は使用していない。
42レベルのぼくと、44レベルのクルスさん、二人でパーティを組む。
祠の前でウインドウを操作し、ほぼ同時に街中用の普段着から冒険用の装備に切り替えた。
盗賊という職ゆえか、それとも個人的な趣味嗜好か。戦闘用装備についても、クルスさんはとても目立たない恰好をしている。
関節などの要所を補強した、軽戦士用の40装備『渡影人の革衣』シリーズ。
身体にぴったりしたインナーの上にジャケットとショートパンツを着用。
デフォルトでは黒地に赤いラインが入っていた上下をダークブラウンに染め、同色の長手袋と細いブーツを履き、手指以外の首から下を隙間なく覆っていた。
頭には黒い額宛てを装備。普段は顔を覆い隠す前髪が押さえつけられ、一筋だけ開いた隙間からは意外と優しげな瞳が覗いている。
こちらはいつも通りの獣烈の青皮鎧シリーズに、兜はなし。
ぼくは左腰に2本、クルスさんは腰の後ろに同じく2本の鞘を固定し、いざ祠の中へと足を踏み入れた。
光晶の祠。
遥か昔、光を司る神が祭られていたという伝承の残る、今では朽ちた祠を入り口としたダンジョンである。
地上部分はフィールドと同種のモンスターが出る遺跡で、ダンジョンの本体は地下。
とは言っても地下2階までしかなく、ボスも存在しない。
天然の洞窟ゆえ宝箱も存在せず、特にうまみのない場所としてほぼ人の来ない場所となっている。
「ここ、何もない場所と、聞きました」
「ええ、クエストで地上部分に訪れるだけで、今のところは地下にも何もございませんね。
ですが、ここの地下で採れる素材がありまして。今日はそれがどのくらいの数とれるものか、偵察でございますよ」
もちろん、ばんばん採れちゃえばそれに越したことはないですけどね、と付け加えつつ。
ザコモンスターを斬り捨てながら、夜の遺跡を二人で歩いていく。
「お聞きしたいことは、昨日話していたお金絡みのことでしょうか?」
「!」
一瞬、横を歩いていたクルスさんがびくりとするが、気にせずにゆっくりと歩みを進めていく。
少し経ってから、躊躇いがちにクルスさんが答えた。
「……えっと。
計算、しました」
「はい?」
返事をしつつ、遺跡の物陰から飛び掛ってきたキングバッタを盾で正面から受け止める。
怯んで動きが止まった昆虫の巨体を盾で軽く跳ね上げ、剣を振って首と胴体を斬り離し、地に落ちるより早く解体スキルを使ってドロップ品を左手でキャッチ。
所詮は適正レベル10程度のエリア、この程度なら素手でも一撃だ。
油断し過ぎるのはどうかと思うが、それでも気負いは全くなく。二人とも戦闘で歩みを止めることなく、会話しながら進む。
「イベント会場、朝10時から24時まで、14時間。
合計で、170万F、ですか?」
「そうですね」
イベントスペースのレンタルには、少なくないお金がかかる。
いや、狭い場所を2~3時間借りる程度なら大したことはないんだけど。今回はそれとは規模が異なるからね。
具体的には、金額が一桁違う。30倍以上違う。
「それと、昨日集まった、あの敷地。調べたら、一週間、10万Fでした」
「ええ。一ヶ月契約、30万Fでございますよ」
「とても広いのに、すごく安くて驚きました」
「細い隙間でしか通りに面していないため、商売には使えないということで格安だったのですよね。
フリークブルグ内をあちこち歩いて見つけた、穴場中の穴場でございます」
見つけたのは偶然で、たまたま隙間からNPCが出てくるのを目撃したからなんだけど。
屋根の上を走って探したりすれば、完全に通りへの出入り口がないデッドスペースとかも見つかるかもしれないなぁ。
入り口は屋根経由だろうけど。
それはともかく、レンタルスペースにせよ拠点にせよ、昨日今日でしっかり調べてらっしゃる。
ただ、だから何が言いたいのかというのは、よく分からない。なので無理させない程度に続きを促す。
「えっと。
そんなに掛けて、いったい、何が目的なんでしょうか?」
えーっと。何が目的か?
お金掛けてイベントやって、その目的、ってことでいいのかな。
だったら、答えはわかりきっている。
「そんなの簡単でございますよ。
楽しいことがしたい、すごいことがしたい。
自分にどれだけのことが出来るのか、挑戦してみたい。そんな感じでございますね」
言いながら、飛び掛かるキングバッタを盾で叩き潰し、解体。ほとんど流れ作業だ。
クルスさんもまた、時おり飛来するトドコウモリを、ナイフの一閃で的確に処理している。
一切の無駄なく、淀みない一撃。美しさすら感じさせる洗練された動きに、小さくお見事と呟いた。
「……あ、ありがとう。
あの、それで、えっと」
「慌てなくていいですから、ご自分のペースでお願いしますね」
「はい」
褒められてちょっと慌てたクルスさんが呼吸を整えるのを、一旦立ち止まって待ち。
深呼吸して頷くのを見届けてから、再び歩き始める。
「えっと。
あの、聞きたいんですが、その、もしも失礼だったら、すみません」
「大丈夫ですよ、遠慮なくお聞き下さい。
不満や疑問を残したままで一緒に楽しくイベント準備を~なんて、難しいですもんね」
「ごめんなさい、じゃなくて、ありがとう。
えっと。
あの、それだけのために、200万も……?」
少し申し訳なさそうにしつつ。クルスさんは、恐る恐るといった風に尋ねてきた。
なるほど。それだけのために、か。
「確かに、200万Fは大金でございますねぇ。
ぼくだって、先週まではそんなお金……いえ、実は持ってましたけれど。でも今週に臨時収入があったからこそ、つぎ込めた額なのは確かですね」
200万は大金だ。そりゃぁもう、家を除けば大体なんでも買える。
なお、土地および家屋の購入代金は、レンタル3年分のお値段となっております。
今ぼくが契約している拠点なら、900万F(5ヶ月分の金額で半年間レンタル可能×6回分)です。もしあそこに家があったら、さらに倍額。
「ただ、これは価値観の差でございますので。
人から見れば大したことじゃなくても、ぼくにとっては大事なことなのでございますよ。
大金を掛けるに値するぐらいのね」
「気に障ったなら、ごめんなさい、本当に」
「いえいえ、嫌だとか、そういうのはないので大丈夫ですよ。
あくまで価値観が違うというだけですし、自分が変わり者だってことは、よーく分かっておりますから」
申し訳なさそうなクルスさんに、事実として大したことではないので軽く返す。
そういや、昨日チョリソーにも変わり者って言われたな?
あいつとラシャにだけは、言われたくない言葉でございます。
本当に、あいつらにだけは言われたくないね! あとで仕返ししてやろう。
「ありがとう。
でも、やっぱり、よくわかりません。
そうして、イベントが成功したとして。あなたは、何を得るんですか?」
足を止め、クルスさんを振り向き。
笑いながら、胸を張って答える。
「―――満足感」
満足感。
結局、ただ一言で言えば、これに尽きるのだ。
ただまぁ、それだけでは回答としては不十分で分かりにくいだろう。なので、もう少し説明を付け加える。
「自己満足。達成感。自信。そういった、自分自身の感情に起因するもの。
あとは、イベントを通じて、みかん様やクルス様のような素敵な友達が増えて欲しい、居場所が欲しい。これも得たいものの一つでございます」
「はい」
ぼくの言葉を聞き逃さぬよう、あるいは表情の変化を見逃さぬように。
前髪の隙間から覗く瞳で、じっと見つめるクルスさんを見つめ返す。
「あともう一つ。ぼくが満足するために、今回のイベントで友達と同じくらい得たいものがあります。
すみませんが、これについては今はまだお教えすることができません。七夕当日には明かしますので、ご容赦下さい」
言うまでもなく、みかんさんのお姉さんの事だ。
でもこの事は当人の許可なく教えられないので、今はまだ言えない。
結局、みかんさんの再会についても、行きつく先はぼくの満足感なんだけど。言わないでいるのは不義理だと感じたので『言えない』ということを伝える。
「分かりました。ありがとうございます」
納得したかはともかく、一応回答としては受理しました。
そんな様子のクルスさんの返事を受けて、立ち止まっていた足を再び遺跡の奥へと進める。
背後のクルスさんに顔は見えないだろうけれど、笑いながら、努めて軽く続ける。
「結局、物好きな奴だなーとか、目立ちたがりなんだなーとか、そう思っていただければ良いと思いますよ?
イベントを開催する理由や目的なんて、人それぞれですので。
中にはこんなに変な奴もいるんだなー、ぐらいで良いのでございます」
もっとも、目的が自己満足だからこそ、けして手は抜かない。
お金を使うのも、あくまでイベントを大成功させるための手段に過ぎない。
やりたいこと、表現したいことを実現するために必要な方法を選んだら、たまたまそれが城前スペースのレンタル(お値段170万F)だった、というだけの話である。
そんなことを、歩きながら付け加える。
「……うん」
「ですから」
遺跡を抜け、ちょうど地下への入り口へ辿りついた。
一瞬足を止めたけれど、やっぱり振り向かずに前へ踏み出し。地下への下り坂を進みながら続ける。
「クルス様がイベントに対し、どのような姿勢で、どんな考えをお持ちであっても構いませぬ。
どのようなことを目的に、ぼくにメールを出し、ぼくとご一緒してくれてても問題ありませぬ。
ぼくにとって大事なのは、あなたと友達になれるか、一緒に楽しんで
「……」
ぼくの言葉をどう受け止めたか。
クルスさんは黙して答えずに、ただ足音だけが一瞬遅れてぼくの後に続いた。
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