饒舌王女 掲示板の書き込みはどこで誰が見ているか分からない
「―――このドレスは閉じた世界の旅人様方の作成されたドレスを元にあたくしにあわせて王宮の職人に作らせましたの、白い左側は高貴なる王家の血を黒き右側は地に生きる民の血をそれぞれ表し国王の第一子ながら妾腹の子と蔑まれるあたくしにぴったりだと思いますの、このドレスが出来上がった日には嬉しくなって思わずドレス姿で街に出歩こうとしてしまいましたが弟様に見つかってそれはもうたくさんのお言葉を頂戴しあたくし泣きながら部屋に帰りましたの、後日城内でこのドレスの色合いをあたくしの高貴で下賤な血筋と笑うものがおりましてけれど民の血は下賤ではないとその者に言い放ったのも弟様ですの、ですからあたくしは―――」
ブレイブクレストのNPCをシステム的に考えた場合、2つのタイプに分かれる。
一人しかいないNPCと、プレイヤーの数だけいるNPCだ。
これがどういうことかと言いますと、例をあげて説明しましょう。
魔物に畑を荒らされて困っている農家Aさんの依頼を受け、チョリソーが魔物を倒しました。
これでAさんの畑は魔物に荒らされる事はなくなりました。
チョリソーは
翌日、ラシャがAさんに会いました。
でもAさんは、畑を荒らす魔物をチョリソーに倒してもらったので、もう困っていません。
ラシャは、クエストを受けることができず、もちろん報酬ももらえませんでした。めでたくないめでたくない。
Aさんのクエストが早い者勝ちだったとしても、報酬が大したことないなら、そこまで大きな問題にはならないでしょう。
でも、例えば就職クエとか、誰もが受けたいものであったら?
あるいは、携帯ケージのような、誰もが欲しがるものであったら?
答えは、暴動とかクレームとか不買運動とか、ようするにプレイヤーは怒るわけです。
この問題を解決する手っ取り早い方法は、そのクエストを全員が一回ずつ、平等に受けられるようにすること。
結果として生まれたのが、プレイヤーひとりひとりに対し、専用の『農家のAさん』を用意するという手法。つまり『
これにより、たとえチョリソーがクエストをクリアしても、ラシャにとっての農家のAさんはラシャがクエストをクリアするまでいつまでも魔物に畑を荒らされ続けることになるわけです。何ヶ月でも何年でも。
「―――閉じた世界の旅人様方は今も門の向こう側、閉じた世界と繋がっており頻繁に行き来なさると聞きおよんでおりましていつかあたくしも閉じた世界へ行くことができるでしょうか、そう問うたら皆が皆こう言うのです、門は閉ざされておりこの世界から出ること能わずと、しかし旅人様方はその門を自在に行き来しているので旅人様に出来てあたくしに出来ぬ道理がございましょうか、そう問えばこう言うのです、出来ないものは出来ない我々と旅人様方は全くの別物である、けれどあたくしにはどうしても諦める事はできず閉ざされた門の隙間から漏れだす光は先行き無きあたくしの道を照らす光のように感ぜられ、いつしか―――」
これと対照的なのが『
全プレイヤーに対してたった一人しか存在しておらず、常に世界のどこかに一人だけ存在しており、一度もたらされた変更は全てのプレイヤーに共通した結果として反映される。
どこかのプレイヤーが報酬としてNPCが身に着けていたペンダントをもらえば、その後に同じNPCに会ってもペンダントを身に着けていない。
どこかの戦いでNPCが片腕を失えば、いつどこで誰が出会っても、そのNPCは永遠に片腕のキャラクターとなる。
世界に、ただ一人のNPC。
それはつまり、ある意味でプレイヤーと同じということだ。
このブレイブクレストの世界は、300万人のプレイヤーが共に生きる共通の世界でありながら、一方では一人一人に用意された専用の世界でもある。
農家のAさんはプレイヤーが助けに行かない限りいつまでも魔物の被害に困り続けるし、木こりの親方は何人のプレイヤーを弟子入りさせようとも弟子不足に嘆いている。
その一方で、王国最強の聖騎士は誰かに負ければ王国最強の名を譲ると公言しているし、神出鬼没の猫耳行商人はプレイヤーから買い取った物を別のプレイヤーに売り捌いて暴利を貪る。
システム的に2つのタイプのNPCが居るというのは、そういうことだ。
「―――城の者らには止めるように何度も言われておりますがあたくしどうしても止められない事がございまして、それは閉じた世界の旅人様方が集う掲示板なるものを拝見することですの、旅人様方のお考えは難しく飛び交う語句は分からないものも多いのですがそれでもそのお言葉の数々には確かに閉ざされた門の向こう側、閉じた世界が息づいていると感ぜられれば未だ閉じた門を越えられぬ我が身にも旅人様方の世界の光が降り注ぐように我が身を温め潤してくれますの、それに見聞の狭いあたくしには及びも付かぬ深謀遠慮の片鱗に触れることで無知なるあたくしにもいつの日か素敵な旅人様方と触れ合える時に―――」
あと、すごいざっくりとした分け方で、頭のいいNPCとそうではないNPC、という分け方もできる。
その分け方で2つに分けた場合の結果も、結局はユニークかパラレルかで分けた場合と同じ。
ユニークNPCは、非常に高度な
一部では、ブレイブクレストを運営するメーカーの社員が
それに対し、パラレルNPCは、そこまで高度ではない。
プレイヤーごとに認識や情報が異ならないよう、受け答えや行動に対してパターン的な反応をするところがあり、つまりは少しだけ頭が悪いのだ。
ぼんやりと、この世界のNPCに対して考えを巡らせつつ。
カップに口をつけ、非常に良い香りを立てるミルクティーを味わう。
……とてもおいしい。レベルの高い
まだ牧畜系の職人はいないため、乳製品についてはおいしいものが発見されてないんだよね。さすが王城、一歩も二歩も先を行く。
「―――なのですがそれに関してはいかがお思いでしょうか、旅人ライナズィア様?」
「ええ。テレッサリア様が、我々『閉じた門の向こう側』の者達の事を理解しようと深くお考えくださって、非常に嬉しく思ってございますよ。
その思慮深さとお優しさに多大なる感謝を」
「まあ、旅人ライナズィア様はなんとお優しいのでしょう。あたくしごときにそのようなお優しい言葉を掛けていただけるなどなんと身に余る光栄、あたくし今日のことは生涯忘れる事はないと旅人ライナズィア様にお誓い致しますわ」
非常に弾んだ声で両手を打ち合わせ、本当に嬉しそうに微笑む王女様。頬も上気しテンション高く、今にもくるくると踊り出しそうな勢いだ。
見た目は深窓のご令嬢、高嶺の花を地で行く感じだし、登場時にトマスさんと一緒に居た時には微かな艶やかささえ滲んでいた。だがこうして笑顔を見ていると、高校生から大学生ぐらいの年相応か、それ以上に幼く愛らしく見える。美人って得だよね。美人と過ごせるって幸福だよね。
でも、ごめんね?
話はちゃんと聞いてたんだけど、全部
うん、NPCとか乳製品とかちょっと考え事してたし、どんな内容でも問題ないように適当に返しました。ごめんね。
しかし流石は王女様、その会話は色んな意味ですごい。
本来は進入禁止の王城内、メイドと護衛に挟まれつつも談話室らしき部屋に通されてからそろそろ1時間だ。この世界的にはもう真夜中を過ぎて明け方にも関わらず、遠慮容赦なくぶっ通しでしゃべり続けている。
その内容も、話の主題こそあっちこっちに飛びまくるが、内容はなんというか路傍の石の中に無造作に宝石が投げ込まれているような、部分的に国家機密レベル?
プレイヤーが知り得ない情報とか、未公開と思しき情報がぼろぼろ出るわ出るわ。なんだ王女様が妾腹とか弟が居るとか、かつては閉ざされた門とは呼ばれていなかったとか。いや王族だったら妾が居ても子だくさんでも全然おかしくないんだけどさ。
「そういえば旅人ライナズィア様も旅人様方の掲示板はご覧になられておられますでしょうか」
「そ―――」「あたくしとても気になる事がございまして
こちらに相槌を打つ間さえ与えず、テーブルの向こうに腰かけた王女様がこちらに身を乗り出し。
当然のようにぼくの返事など待たず、王女様はそれまで以上に熱のこもった瞳で言葉を続ける。仕方ないので、気持ちだけ目線で続きを促したつもりになりつつ、再びカップに口をつけた。
「もうだいぶ前に拝見した記載になりますがあたくしとても衝撃を受けまして今でも一字一句覚えておりますの、その記載は記号が組み合わされて顔のようなものが書かれており、その顔の横にはただひたすら三十七回も『おっぱいおっぱい』と―――」
「ぶふうぅーーっ!?」
誰だ、どこの馬鹿だそいつはぁっ!
思わず口の中の紅茶を吹き出し、目の前の王女様の顔面に浴びせてしまう。
メイドが慌てふためき、護衛の女騎士が腰の剣に手を掛け(もちろんこちらは丸腰です、ピンチ!)
そんな緊迫した空気の中で、白く濁ったミルクティーを顔中に浴びせられた王女様は、一瞬きょとんとした後になぜか微笑んだ。
「おっぱいを連呼された旅人様は別の日にこうもおっしゃっておられました。
『テレッサリアちゃんの顔に白濁液を浴びせて染めたい』と。
その旅人様の希望、同じ旅人のライナズィア様が叶えてしまわれましたね?」
「違うから、超違うから! そいつとぼくは全然違うから!」
やめて、そんな変態と一緒扱いしないで! 剣抜かないで、気持ちは分かるけど抜かないで!
あとキャラ名がオープンな公式掲示板にそんなこと書いた奴、個人的な恨みだが許さん、運営も記事の削除とか警告出せよ!
メイドが取り出したタオルを引ったくるようにして奪い、
真横からぢりぢりと首筋を焼く殺気が痛い、もはや物理的に痛みを感じるほどに痛い。女騎士の剣はすでに刀身の四分の一くらい抜かれてるんですけどお願い斬らないで待ってぼくは何もしてない! いや紅茶吹いたけど! スクショ撮ったけど!
「うふふ、旅人ライナズィア様も取り乱すことがございますのね、あたくしなんだかとっても嬉しいです」
「大変失礼いたしました、本当に申し訳ございません」
激しく騒ぐ
それから交換してもらった新しいタオルで、吹き残しがないようにもう一度丁寧に顔を拭いていく。
「それから、その旅人様はまた別の日に」
「ひっ」
なおも言い募る王女様に思わず息を飲む。小さな悲鳴をあげたのは、ぼくかメイドか。
だが我々の小さな恐怖に反し、王女様の口から続く言葉は放たれない。何を考えているのか、無言で持っていたタオルをぼくの手から取り上げると―――
「ちゅう」
「!?」
突然、指をしゃぶられ―――!?
「ちゅ、ぺろ……ふう。
しゃぶって欲しいとも記載されておりまし―――」
王女様の奇行に対する、その言葉を最後まで聞くこともなく。
―――突如襲いくる横合いからの衝撃。
発動したスキル『危機察知』の警鐘に従い、咄嗟に王女を抱きかかえて守り、左腕で攻撃を受ける!
強烈な一撃に衝撃波が生じ、テーブルと椅子がひっくり返る。
その中で、右腕に抱いた王女を守りつつ、盾代わりにした左腕に打ち付けられた灼熱の拳の持ち主を見返す。
「きさまあぁぁぁっ、このフレンドラの目の黒いうちは、いかなるゴミ虫も姫様に近寄らせはせんぞおおお!」
目からビームが出そうな殺気を真っ向から受け止めつつ、二撃目が来る前に腕の中の王女に問う。
ちなみに左腕は動きません。
マイルド表現のおかげで、変な方向に折れ曲がったり千切れたりはしてないんだけどね。
「えっと。城の人?」
「本名はレンドラ=ウォーセリ、あたくしの専属執事にして炎龍拳という特殊な拳術を用いて戦う護衛、二十年前まで我が国最強と呼ばれていたじいやですの」
「おおおぅ姫様ぁぁぁ、今すぐこのゴミを焼き尽くしてお救いいたしますぞおぉぉぉ!」
「お父様の言う事さえ聞かないので頑固爺と呼ばれ、執事なのに不器用で力ずくで家事の類は一切できず、城の備品をよく壊すので財務大臣から嫌われ、鍛錬と称しては若い兵らを次々に病院送りにして騎士団長に睨まれ、色々と問題が多いから妾腹のあたくしのお守りでもしておけと厄介払いされた老害と言われておりますの」
うわ、何気に辛辣ぅ。
流石に老害ってのは周りがそう言っているって意味で、王女様自身がそう思ってるわけじゃないだろうけど。
ないよね?
「貴様に老害と呼ばれる筋合いなぞないわゴミ虫めええっ!
ええい姫様を離せ、そうしたら速やかに焼き殺してやろうぞ! どりゃあああっ!」
武器代わりにならない王女様を抱えた剣士と元フリークブルグ最強の老害の戦いは、15分程続いて城に帰っていた
王女様と一つ約束を交わし、長い長いフリークブルグの夜を終え。
激しく疲れつつも、それなり以上の収穫を果たしぼくは城から
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