衛兵無情 イケメンは顔芸で中間管理職的苦労を脱するか

 元々は役所受けを良くするための礼服を探していたんだが、思わぬ拾い物でした。

 注文した分の浴衣の価格については、最終的に半額以下に下がってるけど、それはそれ。友達価格で、素材集めにも協力するということで。

 こんなに大量発注は初めてだと張り切っていたし、頑張っていただこう。

 一着作るのにどのくらい時間が掛かるのか知らないけど、終わったら座布団も手伝ってもらおーっと。



 この国に和服はなさそうだし、故郷の正装です!と言い張れば洋服よりはよほど正装らしかろう。

 と言う事で、先ほど購入した浴衣を着たまま行政窓口へ。

 城の敷地内、本城から連結された建物の一つが行政施設となっており、その入り口へと足を向けた。


 城周辺は通常では立ち入り禁止の区画も多く、朝早い時間であることもあわせ、辺りに他のプレイヤーは全く居ない。

 浴衣のまま辿り着いた入口で、中から出て来た人物とぶつかりそうになり咄嗟に身を捻る。


「すみません、失礼致しました」

「いえ、こちらこそ失礼しま―――」


 先に頭を下げたこちらに対し、室内から出てきてぶつかりそうになった人は、ぼくと同じようなセリフを言い掛けて。


「お、お前は……!」

「おや、トマス衛兵隊長様ではございませんか」


 謝罪を中断キャンセルし、こちらの顔を指差して、驚愕とも苦痛とも苦手とも不快とも後悔ともつかぬ、何とも複雑な表情を浮かべた。



 その表情に思い起こされるのは、半年前の記憶思い出

 ある意味で、ぼくがこの世界で一番最初に行った突発的ユーザーイベント。

 後に『宇宙人パレード』と名付けられた、変声仮装でのフリークブルグ横断パレードである。


 最終的に30名程のプレイヤー達が、モンスターの皮や甲羅を思い思いに身にまとい、変声アイテム『ボイスキャンディ』を舐めて雄叫びを上げながらフリークブルグの西門から中央の公園へ。そこから南門まで往復し、再び中央から東門へと練り歩いた。

 途中、他のプレイヤーに対しては威嚇や放水をし、子供を見かけては気さくに手を振り、喜ぶ子供にはボイスキャンディ甘いお菓子をあげて仲間に引きずり込み。

 ノリと勢いとテンションだけで開催された、ブレイブクレスト史に残る珍イベントである。


 なお、公式にイベント登録などはせず突発的な催しだったため、オフィシャルにユーザーイベントとしてカウントされていないが、ぶっちゃけそんなことはどうでもいい。

 大事なのは、自分たちが楽しかったか、みんなが楽しんでくれたか、だ。



 その宇宙人パレードで出動してきた衛兵隊の責任者が、誰あろう今目の前にいるトマス氏。

 パレードの先頭を練り歩いていたぼくらに衛兵たちが武器を向け、あわや全面衝突全員逮捕かと言う所でトマスが到着。一応首謀者だったぼくとの話し合いの末、空しい誤解は解けて平和的解決をもたらした功労者である。


 まあそれ以上に大事なことは、その会話の中でなんとも言えぬ苦々しくも珍妙なものを見たけれど笑ってはいけないという引きつった顔をし、ブレイブクレストのNPCのAIと表現力の高さをこれでもかと世界に示すという偉業を成し遂げた偉大な人物NPCである、ということなのです!


 ついでに言うと、仮装したぼくと一緒に盗撮魔チョリソーに晒された人物でもある。

 その結果、ぼくは変な奴扱いなのに、トマスは表現力豊かなイケメンとしてファンクラブもあるとか、本当に世の中が解せぬ。だいたいチョリソーのせい、おのれ蛮族。


 それはそれとして、トマスとの邂逅も珍しい出来事レアイベントだ。とりあえず、何も考えずに録画機能は開始しておく。


「おはようございます、お久しぶりですね」

「おはようではない、今はもう日暮れだ!」


 リアル時間の感覚に引っ張られて挨拶すれば、怒りとも取れる返答で挨拶もなしに全否定された。


 なるほど、トマス衛兵隊長が指さす西の空は、すでに真っ赤に染まり。

 どれほど長い時間、あやづる様と語り合っていたのかを否応なく自覚させられる。


 だってさぁ、あの子と話してるの、面白かったんだよ。

 ところどころに厨二ボタンが隠されてる感じで、会話中にもいい具合にスイッチが入るのです。

 前世の前の三回の輪廻の狭間で背中合わせに二人で一本の大太刀を握りしめて共闘した竜魔人と魔精霊の魂の友人こっ……ゆうじんとか、ノリノリで盛り盛りです。


「貴様、人の話を聞いているのか?」

「え? 挨拶をしたのに挨拶も返ってこなかったのでてっきり衛兵隊長様には私の声は聞こえて居なかったんだと思ったのですが、もしかして今のって私に対して言っていたりしたのでしょうか?」


 喧嘩腰のトマスに、こちらもつい反社的に煽ってしまう。なるほど、これが人徳か。

 わざとらしく小首を傾げ、頬に手を当てて問い返す。きっと、男がやると気持ち悪い。


「くっ……こ、の、ぉ、おはよ、うと、言われたので、な。名が、いやそうではなく、私の認識では、今は、朝でないわけで、私に対する挨拶だとは、思っていなかったのだがな……!

 しかし、閉じた世界の者らが、日夜の別も付かぬとなればあまりに不憫、思わず日暮れであると忠告、そう忠告したまでの慈悲」

「あー、うん? 終わった?」

「話を聞けぇ!」


 おー、沸点低いね、いらいらしてるね。

 でもおかしいなぁ、こんな人だったっけ?


「以前は非常に珍奇な表情を見せつけつつも、文化の違いとして一定の理解はしようと努力してくれていたと思うのでございますが……」

「何が、珍奇な表情、だ……っ!

 お前らの、お前らの奇行のせいで、いったいどれほど、私が、姫様から……!」


 血を吐くような声で、苦しみを吐露する衛兵隊長様ことトマス。

 なるほど。衛兵隊の長なわけだし、俗に言う中間管理職の悲哀というやつらしい。


「部下は思い通り動かず、問題を起こせば隊長の責任にされ、上からは叱られて八つ当たりされ、異邦人たる我々は文化的に差異が大きく、色々苦労してらっしゃるのですねぇ……」


 改めて言葉に並べると、ちょっとだけ不憫にも感じるなぁ。

 だからと言って、名前を呼んで挨拶したのに、挨拶を返してくれなかったことは別問題だから忘れないけれど。


―――ていうか、あれ?

 NPCの情報で表示されるキャラクター名が『トマトマ』になってるんだけど……人違い?

 いや、会話してるし、ぼくのこと知ってるし、人違いなわけない……よね?


 え、どゆこと?


「ふん……貴様に何が分かる!

 閉じた世界の者らを引き連れ、子供らまで巻き込んで王都内でウチュウジンパレードなる故郷の行事を行ったお前らに、何が分かる」

「パレード楽しかったです、ごちそうさまでした」

「お、おのれぇぇぇ」


 苦労は理解しつつも、煽ると楽しくて止まんないです!

 その前の疑問を忘れ、つい反射的に答えてしまう。ごめんトマス、君のリアクションが楽しいせいなんだぜ?


―――とは言えここは行政区、あまりおちょくり仲良くし過ぎて後の七夕に響かせるわけにはいかない。

 そろそろ楽しいこと大好きな気持ちに一旦蓋をして、宴会屋としての振る舞いを心がける。


「さて、思いがけずトマス衛兵隊長様に再びお会いできたのは光栄なのですが。

 本日は行政区に用があって来ております」

「……なんだ?

 今度はウチュウジンフェスティバルでもするのか?」

「なんでしょう、その珍妙な催しは。トマス衛兵隊長様の……ぷっ。

 当たらずとも全然マト外れ、と言ったところでございます」

「きっ……貴様……」

「かっ……勘違いしないでよねっ。別にあんたのためなんかじゃ、あんたのリアクションが面白すぎるせいなんだからね!」


 おー、怒ってる怒ってる。


 じゃなくて!

 どうやら長時間語り合っていたせいで、厨二ボタンあやづる様に釣られてこちらも色々スイッチが入ってしまっていたらしい。

 深い深呼吸で意識を切り替え、相手を一人の人間として、改めてトマスさんに向き直る。


「失礼致しました。

 宇宙人とは関係ございませんが、催しを行いたい場合の申請について相談をしに来ております。どなたに伺えばよろしいでしょうか」

「……」


 態度を改めたぼくの言葉に、トマスさんは苦虫を噛み潰したような顔を向けてくる。


 ええー……丁寧な対応したら、すっごい嫌そうな顔されたんですけど。

 相変わらず表現力が高すぎて胸が痛くなるくらい、嫌そうな顔されたんですけど!


「嫌がるお気持ちは何となく察せられますが、こちらとしましても大事なこと。

 前回のように礼を失するのは避けたく、何卒ご教示下さいませ」

「…………」


 重ねてのお辞儀に、トマスさんの表情に浮かんだ苦みが三割増しになる。

 あの、流石にそこまで嫌がられると、まじで傷つくんですけど……


 でも、めげない。煽ったりもしない。やると決めたら、きっちり貫く。


「トマス衛兵隊長殿。お願い致します」

「……はぁぁぁ」


 三度の礼に、深い深い溜息を吐くと。

 トマスは、その表情に浮かべた苦みの色の一部だけを、少しだけ緩んだものに変えて首を振った。


「どうしてそう、お前はタイミングが悪いのだ?

 その後の私の苦労を考えて欲しいものだ」



 どこか諦めの含まれた声を、深い息と共に静かに吐き出すトマスさん。

 その呟きに、今日は何か日がまずかったのかと問う間もなく。


「あら、トマトマ・・・・

 あなたのおっしゃる『タイミングが悪い』と言うのは、もしかして、あたくしが今ここに居るからなのでしょうか? つまりあたくしがここの窓口に居る時にそちらのお方が申請にいらっしゃった事をトマトマは『タイミングが悪い』と感じていると言う事でよろしいでしょうか」


 トマスの背後、室内から聞こえてくるのは若い少女の声。

 若々しくも華やいだ声の中に、わずかな悲しみと、年若さにそぐわぬ色艶を感じさせる、どこか聞き覚えのある声。


「それからあなたのおっしゃる『苦労』というのは、もしかして、あたくしが色々質問することなのでしょうか? 『その後の私の苦労』という事ですから、つまりそちらの方がこれから申請した後に苦労をする事が想定されるということかと思います、つまり苦労するような悪いタイミングで来た、その後に苦労するからあたくしが居る時には来るな、あたくしが居るから苦労する、あたくしとしましてはその方とお話しした後には色々と気になる事が生まれると思われますわけで」


 滔々と紡ぎ続けられるやや遠回しな物言いに、まるで生活指導の教師に見つかったかのような苦々しくも『やべっ』という表情を見せるトマスさん。

 だがその表情を浮かべたのはほんの一瞬だけ。すぐに努めて表情を消したトマスさんは、入口から室内へと続く道を開けるように半身になって振り返った。


「―――いえ、けしてそのようなことではございません。テレッサリア様」




 半歩引いたトマスが開けた、その隙間を通り。

 夕陽に染まる紅の世界に歩み出づるは、一人の美しい少女。


「初めまして、閉じた世界からいらした旅人様」


 結い上げられた華やかな髪は、咲き乱れる金色の花々の如く。

 好奇心を宿す曇りなき瞳は、どこまでも深き海へ沈むが如く。


「あたくしの名前は、テレッサリア=フォード=シーレーン=フリークブルグ」


 陶器の如く曇りなき白磁の肌を、左右対称の白と黒のドレスに包み。

 可憐な声音を響かせる唇が、艶やかな紅の笑み三日月を刻む。


「どうぞ、お見知りおき下さいまし」


 フリークブルグの第一王女、テレッサリア=フォード=シーレーン=フリークブルグ。


 チュートリアルでちらりと見かけるだけのNPCが、今目の前で、一人の人物として優雅に頭を下げた。

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