『七夕の約束を叶えるために』 ~祭りの準備だけでは飽きるんです~
和装浪漫 ある露店主の災難かもしれない幸福
乾いた風に朝の気配は吹き散らされ、昇った太陽が徐々に世界の熱を上げていく。
6月末。フリークブルグも夏に向けて徐々に気温が上がっていく季節だ。
栽培した綿や布の収穫を済ませ、空いた畑に種を植え直して一通りの農作業を終了。
道具を片付けて手を水で洗い流してから、わきさん謹製のレモンスカッシュを取り出し一気に呷った。
今日は楽しい土曜日で、講義もバイトもない。ほぼ一日中がっつりと
現実の時刻で朝の8時半過ぎ、ブレイブクレスト内の時間で言えば朝の半分が過ぎた頃―――やっぱり、朝の9時前とかそのくらいに相当する時刻。
この時間帯はインしているフレンドも少なく、決まった予定や約束もない。
「さて、どれから手をつけるか」
メモ帳に書き出した、自分の作業を開く。
―――――――――
『作業メモ ライナズィア用』
・ ゲーム内で、行政区にイベント申請
公式に申請した時点で話は通っているのか? 要確認
・ 屋台の出店者を募集
・ 掲示板
人柄には厳重注意
・ 露店で人柄や雰囲気を見て直接交渉
裏通りに居た胡散臭い人達とか狙い目? 対人スキルに難あり?
・ ステージの出演者を募集
ツテなし。公式でイベント告知してる人宛てに、直接メールなどで交渉か?
七夕までの期間中に開催するイベントがあれば、乗り込んで名刺交換も手
・ ステージの演目に割く時間は、15~20分くらいが目安
・ 花火師の捜索
取引掲示板で、購入希望を出す
金額の目安が分からない。どの程度出せばいいんだろうか
まずは、金額も交渉で書き込む
・ 試作品の作成
・ 座布団
・ 短冊
・ 提灯
・ 素材、完成品、道具などを分けて入れる箱
とりあえず、どこかの木箱を拾ってくるレベルでも可
風雨をある程度防げれば十分
素材と木工スキルがあれば数分? 試しに木工スキル取ってみるか?
・ 光る花の種の採取
高レベルパーティが必要。ランク3以上を集める。
ライナ、はるまき、チョリソー。3人では厳しい。
レベルが高いのはクルス。他は生産とランク2。スタッフじゃなくフレに頼む?
・ 打ち上げの手配
備忘録。忘れずに。
イメージを実現できる職人の捜索が必要。
● 全体活動に関するメモ
・ 会場の下見
6/24(日)の夜に、中央広場でイベント開催あり。会場の下見を兼ねて皆で見学も○
・ 七夕のシンボルのデザイン
絵を描ける人が居るといいなぁ
・ 浴衣か着物を用意
作れる職人を探して交渉。
最低限、ステージに上がる2名分。できればスタッフ全員。
・ テルテル坊主
暇なら。前日くらい?
―――――――――
「……うむ。いっぱい」
メモを書いてる時にも思ったけど、作業量多いよなぁ……
掲示板とかは、書き込んでしまえば一段落だけれど。皆でやる栽培や木工、座布団みたいな単純労働よりはマシだけど。
それでも、作業が多いことには違いない。
この週末で、あらかた片付けないとね。
という訳で、まず最初は行政区にイベント申請に行こう。
行政区というのは、ここフリークブルグ内の役所のことだ。
普通に、現実で考えれば、町でお祭りをやるなら役所に届出とか必要ですよね?
という考えで、一応話を通しに行こうと考えたわけでございます。
ほら、この世界のNPCのAIは、思った以上に優秀でございますから。ただのNPCと考えて対応すると痛い目を見る、というのがぼくの持っている認識。
なので、現実の人間を相手にする場合で考えると。
『あなたの
……そりゃ、挨拶に行くべきだよな?
菓子折りの一つも持つべきかもしれないが、それはそれ。いざとなったらインベントリからお菓子の代わりにホットドッグや焼きエビ+が出てくるということで良しとしましょう。先方の人数とか、用意すべき数も分からないし。
どうせ準備もないし、では早速行政区へ―――いや、それで大丈夫か?
今は鎧を脱いで動きやすい服装になっているが、さすがに行政区に行くにはラフ過ぎるかもしれない。
そりゃぁ野郎の服装なんて誰も気にしないと言えばそうなんだけど、それでもできれば普段着よりはもう一回り
もちろん、いきなり手打ちにされることはなかろうが、何が影響してNPCの好感度が下がるか不明。時間もあることだし、大通りを歩いてちょっと服でも見てくるかな。
分かっていたことだが、ゲーマーにとってはまだ朝早い時間。
露店の数は少なく、いつも大勢の人で賑わう大通りも、今は比較的閑散としている。
そんな中を、露店を一つずつ眺めつつ、ぶらぶらと歩く。
露店を出すには、布でも敷いて露店ですと言い張ればいい、とはいつか言ったと思うが。
買う側にとって探しやすく買いやすい露店にするには、それだけでは不十分だと言うことは言うまでもないだろう。
今の時間帯は閑散としているが、それすなわちお店も客も少ないということで、欲しいものがこの大通り内に無い可能性も高い。
探しているものがあり、良いものを少しでも安く手に入れたいならば、いくつもの店を回って見比べることは重要だ。
だって、値段の決め方にルールやガイドはないんだもの。
かかったコストや手間、自分がどれほど儲けたいかで皆は商品に値段を付ける。
だから値段の付け方、つまり考え方は十人十色で、それゆえに商品と露店をよく見なければ安くて良いものは探せないのだ。
まあ自動取引板や取引掲示板を使えば、似たような商品が並んでいるので簡単に価格を比べたりもできるんだけど……
人と人とのやりとり、交渉も、ゲームの醍醐味と考えている人も結構居る。
だからこそ、アタリハズレは大きいし、露店めぐりは楽しいのだ。
なんてことを考えつつも、今は人の少ない大通り。露店の数も少なく、目ぼしい服を見つけられないまま端まで到達。
探し物は無さそうだな、なんて諦めつつ踵を返すと、先ほどは気づかなかった露店が建物の間の陰にあった。
藍色の地味な
男物、女物。女物は正統派の浴衣と、セパレートで下がミニスカート風のものがある。
この世界で浴衣とか、初めて見た!
いや、着物風の装備をしている人なら見かけた事はあるが、いやいやそんな事は今はどうでもいい。
「すみません、少し伺ってもよろしいでしょうか?」
「……許可」
膝を付き、目線の高さを隻眼の店主に揃えて尋ねれば、返って来たのは非常に簡素な二字熟語。
うん、売り物と言い外見と言い返答と言い、非常にマニアックな人と見た。
つまりは、とてもぼく好みでございます。
「こちらで扱ってる浴衣は、見た目装備としてでしょうか、それとも戦闘用装備としてでしょうか」
「……九一」
九一。つまり、大半は見た目装備だが、一割は戦闘用装備も作っているということか。
「売り物の浴衣は、サイズ補正はございますか」
「……一部」
サイズ補正とは、誰が着てもちょうどいいサイズになるように、装備品の大きさが自動で調整される機能のこと。
特に靴や鎧などには大事なことで、サイズがあわない装備を身に着けると、当然の如く
基本的に、店売りレシピ通りに作成した防具はサイズ補正が標準搭載。逆に、レシピ無しで職人が作りだした一点物は、サイズ補正がないものが多い。
洋服系は紐で縛ったりベルトで調節できるし、そもそも和服は最初から体系に依存しない服なのでサイズ補正は必須ではないと思うけどね。
一部だけサイズ補正ということは、浴衣はレシピにない装備品で間違いなさそうだ。
「自分で着付けが出来なくても、アイテムとして装備すれば綺麗に着付けられますか?」
「肯定」
おーし、この辺は流石ゲームと言ったところ。
着付けに手間取ったり、ちゃんと着れてなくて活動中に脱げたりする心配は無さそうだ。
残念? いやいやいや、何を言ってるんだね君は。はるまきさんの着物姿なんてちょびっとしか想像してないよ、うん。あの見事な胸が
浮かんだ邪念を振り払い、改めて店主を向き直る。
「質問に答えて下さってありがとうございます。
では、ここから商売と、ご相談です」
「……」
うまい
「店主殿、あなたの作る浴衣は非常に素晴らしい。
お値段次第では、何着か購入したく考えております」
「……価格」
「ええ、店頭のこの商品の価格は心得てございますよ。
まずは一着、自分用にいただきたい。色柄を選びたいので、お持ちの紳士物を一通り見せていただけますか?」
「……二着」
紳士物は二着しかなかった。
でもまぁ、購入者を選ぶ装備品だろうし、あまり在庫を抱えるのも難しいだろう。仕方ないと言えば仕方ないね。
蛇の目柄の深緑の浴衣と、青と紺の二色で川と星空を描いた浴衣。
なんというベストマッチ。迷わず星空柄を選ぶ。
価格は5万F。
「……毎度」
「では早速、ここで失礼して」
ウインドウを操作し、装備を浴衣に変える。武器も雰囲気にあわせて剣から刀に変更して腰帯に挿した。
「うむ。見た目より涼しくて、動きやすいですね」
軽く身体を動かす。歩き、跳ね、身体を捻り、屈み、構え。
鞘に入った刀に手を添え―――
「居合い!」
無人の道路に向け、
流石は侍が着る和服の一種、一切の邪魔や阻害なく宙空に銀閃が煌めく。
さらに二の太刀、三の太刀と続け、最後に納刀。鯉口が涼やかな音を響かせ、周囲に音が戻る。
と―――
「すごい! かっこいっ、いや、そのっ……!
み、見事、天晴!」
力強い?声に振り向けば、思わず熟語ロールプレイが剥がれて素が出てしまったらしい浴衣屋の店主が、顔を反らし隠されていない片目を彷徨わせつつも拍手をしてくれていた。
思わず刀を抜いたぼくもだが、向こうもいい感じにテンションが上がっているようだ。
……にやり。これはとても良い。
「これはお恥ずかしい。
あまりの浴衣の素晴らしさにテンションが上がり、つい刀を抜いてしまいました。
拙い技でのお目汚し、失礼いたしました」
「いやいやそんな、あっ、ちがっ、否定、そう否定! 流麗、華麗、綺麗!」
「……ちょっと、そんなに褒められると恥ずかしいです」
剥がれまくりのロールプレイに素で苦笑しつつ、やっと拍手を止めた店主に手を差し出して握手を求める。
握手とともに、フレンド申請。
一秒もせず即座に承認され、改めて挨拶を交わす。
「ライナズィア、と申します。すみませんが、刀も扱うけれど剣士でございます。どうぞよろしくお願いしますね」
「……名前、絢鶴。漢字、
「絢爛な鶴と書いてあやづる様、でございますね」
ブレイブクレストのキャラクターにつけられる名前は、ひらがなかカタカナのみ。なので、プレイヤー名に漢字や英字を使う事はできない。
それでも漢字二文字で表現できる名前を付けて名乗る辺りは、筋が通っていて好印象だ。
「職人、裁縫。専門、浴衣、着物。戦闘、戦士、希望、侍……士」
「浴衣や着物を専門に扱う裁縫職人様で、戦闘職は侍希望の戦士である、と」
「……肯定」
正確に解読されたことが嬉しいのか、再度握った手に力を込めてくるあやづるさん。
きらきらとした眼差しが、いかにも『厨二病ですー!』と全力で主張していた。
そう。人を外見で判断するのはどうかと思うが、ぼくの見立てが確かであれば、あやづるさんは立派な厨二病患者だ。
白髪に眼帯で二字熟語ロールプレイ。背格好はみかんさんくらいなので、まさしく
藍色の着物の裾には這い上がる闇のような黒地の紋が浮かび、左手には黒い包帯を隙間なく巻いている。
きっとあの手を右手で掴んで『くっ、俺の左手に封じ込めた闇の力が……!』とかやってくれるんだろう。二字熟語で。
あ、超聞きたい……!
「ときにあやづる様。
その左手の包帯は、何か怪我でもなさったのでしょうか?」
聞きたくなったら躊躇わない、面白そうなら一直線。
躊躇のないストレートなぼくの質問に、一瞬目を輝かせた後、わざとらしく斜め下を向いて―――
きたーっ!
右手で左腕を握って押さえてる、押さえてる!
「左腕、危険、不触。
闇黒、魔神、封印。犠牲、我腕、代償!」
「おお、それっぽ―――こほん。
それはすごいですね。あやづる様はご自身を犠牲にしてまでも平和のために戦っていて、とてもかっこいいですね!」
「!!
お、うえぇ、えへへ……んっ、んんっ、んんんっ」
驚きから喜び、そしてロールプレイが剥がれてることを自覚して無表情を作ろうとしつつにやけてしまう。
目の前で忙しく変わる表情に、吹き出しそうになるのを必死で我慢する。
おなかくるしい。
「んっ、んっ……
友人、最高、満点!」
よくわからないが満点らしい。
ごめんね? 超聞きたいとか、それっぽいとか、笑いを堪えておなかくるしいとか、なんかごめんね?
しかもこの後、
「えっと、何かよく分からないですが、褒めていただいたのでしょうか?
ぼくよりあやづる様の方が、かっこいいし素敵だと思いますよ?」
商売抜きにしても、筋の通ったロールプレイヤーは大好きです。
見ていて楽しいし、心から楽しんでいる人を見ているのは何だか安心するというか微笑ましいというか。
いずれにせよ、この人は嫌いじゃない。
嫌いじゃないので―――
「友よ!」
厨二病に不釣り合いな、意外と可愛らしい声で叫んだあやづる様がぼくの手を包み込むように両手でがっちり握りしめてくれた。
不意打ちな柔らかさにちょっとだけどきっとしつつ、輝く眼差しを真正面から見つめ返して
「ところであやづる様。実は今度―――」
● 本日の、露店戦利品報告。
【購入】
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男性用浴衣・下駄・扇子 3点
女性用浴衣・下駄・扇子 6点
女性用巾着・髪飾・帯飾 6点
手拭い 10点
―――しめて、20万F
【その他】
祭りスタッフ プライスレス
パーフェクト! ミッション・コンプリート!
良い子だったけど……悪い人に騙されないか非常に心配になりますね。
例えば、褒められて煽てられて喜ばされたところで、商品を騙し取られて買い叩かれてこきつかわれるとか、そんな感じで。
身に覚え? 全然ナイヨ?
ワタシ、あやづるサン、トモダチ。フレンズっ!
□ □ □ □
三章開幕です。皆様、どうぞよろしくお願いします。
今後の予定などは近況ノートをご参照ください。
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