祭りの夜へと並行し、願うは電脳ペットライフ
同じエリアであっても、出現モンスターには生息範囲が決まっているのが普通だ。
それは初心者エリアでも変わりはなく、小さな橋を渡ると生息するモンスターが少し変わり、推奨レベルも+3くらいされる。
生息モンスターは変わるには変わるんだが、とは言え今いる場所は初心者用フィールド。街道の上を歩いている限り、通常のモンスターが出現することはない。
依然としてのどかで穏やかな平原。西に傾いた陽に引き伸ばされた影を追うように、引き続き5人でぶらぶらと街道を東へ歩いていく。
……で、あれこれ説明や雑談をしているうちに、何事もなくレイール周辺の畑に到着した。
モンスターとの遭遇回数、驚きのゼロ。流石は初心者エリアでございます。
一部の生産職の就職クエでレイールに来る必要があるので、戦闘が無理な人でも到達できないと困るのだ。
ただ、街道を歩かず平原を突っ切っても、出現するモンスターは
戦闘をしたくない人でも、のんびり行くなら街道を、少しでも早く着きたければ平原を突っ切るという風に、ルート選択の自由は与えられている。
といった内容をラシャに説明しつつ、夕焼けに染まる広大な畑地帯を眺めながらレイールの門をくぐった。
「農業の村、レイールへようこそ!」
村門の側に立つ歩哨が掛ける挨拶に手をあげて応じつつ、夕暮れの村の中を歩く。
「NPCがいっぱいであるな」
「夕方だから農家の
フリークブルグの食糧庫とも呼ばれるレイールとその畑地帯。
設定上、気候は温暖で平原は広大、出没するモンスターも基本的にとても弱い。なので大規模な農業を行っており、国内最大の食糧生産地域となっているのだ。
農作物は小麦と野菜が多いが、布製品の原料となる裁縫関連の植物なども生育されており、序盤の生産に必要な植物関連は大抵この村で揃う。
目的地は園芸店。夜になれば閉店してしまうため、村を見て回るのは後回しにして真っ先に向かう。
安全な村の中、当然何事もなくお店に到着し、麻、綿花、竹など大量の種を購入完了。
竹の種?
ええ、竹の種です。竹は種から成るんです。それがブレイブクレストのルールですから。
まあ、植生とか難しいことは気にしたら負けだと思いますよ? そもそも一日で立派に育つんですし。よく似た別品種と思ったほうが良いかもしれません。
心の疑問に蓋をして、店じまいする店員に追い出されるように屋外へ出た。
まずはレイールに来た目的を達成、皆の方を向いて種袋を掲げてみせる。
「ぱらららーん。タネ を てにいれたぞ!!」
「おー。ぱちぱちぱち」
アイテム入手のお約束を分かっているのかいないのか、後輩たちの拍手にお礼を言いつつ。
「今日やるべきことも、後は帰って種まきだけ。
せっかくレイールに来たわけですが、何かしたいことはございますか?」
先にも言った通り、ここレイールは戦闘なしでたどり着ける初心者用のエリアの一端だ。
戦闘職は見習獣士、生産職は見習採集者の就職クエがあり、それに伴う採取や獣士のスキルが習得できる。
ああ、採取のスキルは、余裕があるなら全員覚えてもらった方がいいな。
なんてことを説明したところ、みかんさんから素朴な質問が出た。
「ライナズィアさん、獣士というのはどんな職業なんですか?」
ペットシステムとは、捕獲可能な野良モンスターを、特殊なスキルとアイテムで捕獲してプレイヤーのペットにすることだ。
このペットを最大限活用して戦わせるのが獣士という戦闘職である。
ペットを持つこと自体は職業を問わず誰でも可能だが、このペットに言うことを聞かせられるかは別問題。
モンスターの種族としての性格や個体差、躾けやペットとの接し方によるわけだが、そこのところを大幅に補正されているのが獣士だ。
また、ペットの捕獲やペットの育成にも恩恵があり、そういった『ペット職』という枠で括られているのが獣士系の職業。ランクアップすると捕獲、育成、強化に分岐しそれぞれに専門化していくのだが、獣士および見習獣士は、専門化前なのでその三要素全てに補正が入っている。
「工作員としていつかはモグラを連れて歩きたい所存」
「もぐらの発見報告はないわ」
「無念……っ」
もぐらマニアのラシャだったが、はるまきさんの容赦ない一言にばっさり切り捨てられた。
おーい、いじけるのはいいが、村の中に穴とか掘るなよー?
道の真ん中では邪魔になるので、ひとまず村の中の何もない空き地に移動。
レジャーシートのように布を敷き、皆で輪になって座る。
……人数分だけでいいから、早く座布団も作ろうっと。
「ペットかぁ、いいなぁ。
あ、でも街中でペットを連れている人とか居なかったですよね?」
「たまーに居るのですよ? 少数派ですけど」
ペットを連れて歩く人が少ない理由は簡単。連れて歩いていると、プレイヤーと同じようにペットも
しかもペットはプレイヤー以上に大食いで、日に何度も食事を要求し、空腹のまま放置すると好感度が下がる、とまぁ面倒が多い。
特に好感度の低下が非常に痛くて、掲示版などでたまに飼い主の悲鳴が木霊(一人が悲鳴を上げるとだいたい他にも悲鳴を上げる人が発生する)しているのを見かける。
もちろん、ペットのために獣士になり、ペットのために調理師になり、ペットを食わせるために毎日を過ごすという気合の入った猛者も居る。
現実世界では非常に飼うのが難しい大型犬や鳥、凶暴な肉食獣なども飼えるということで、ペット目的だけにブレイブクレストを始める層というのも確かに居るのだ。
ちなみに、フレにも一人、ペットマニアが居ります。
先日送った
自分の好きな事に全力な人は好きなので、また遊びましょー、頑張ってねーとやりとりをしました。
「可愛いモンスターが居れば、確かにペットにするのもいいかもですね!」
「ペットも、育てればかなり強くなるのでございますよ。
フレに一人、ランク3の調教士が居りますが、ペットを前衛に出し、自分は後衛で補助系の魔術を使うスタイルで、かなりの強者でございます」
「その高みに至るまでの餌代と苦労は計り知れないけどね」
はるまきさんの語る現実に苦笑しつつ、ペット用インベントリから手の平サイズの水晶を取り出す。
「それは……?」
「ペットを、連れて歩かずに
ケージに入れておけば空腹になったり機嫌が悪くなったりせず、いつでも好きな時にペットを呼び出す事ができます」
低級の携帯ケージは、20レベル以上で受けられるクエストで誰でも1つ入手することができる。
ただし等級ごとに連れて歩けるペットの種族が決まっており、低級の場合は弱いとかレアリティの低いペットしか入れる事ができない。
等級の高い携帯ケージは、今のところボスや宝箱からしか発見されない、レアなお宝扱いだ。つまり高額取引品。
なお、携帯せず自宅に設置する用の大型ケージもあり、そちらは職人が生産可能。
でも設置するためには、当然だが自宅やギルドホーム等が必要。つまり、やっぱり貧乏人には手が出ない世界なのです。
説明をしつつ手の中のケージを回していると、はるまきさんがこちらを見ながら短く尋ねた。
「ライナ、呼ぶの?」
「折角ですので、後輩達に見せびらかすのも良いかな、と」
「嘘ばっかり」
ぼくの言葉を一言で斬って捨て、はるまきさんが簡単な魔術を使った。いや、そんなに嘘じゃないんですけど……
傍らの地面が氷に覆われ、暗くなった村の中でかがり火を反射し煌めく。
「いいわ」
「ありがとうございますよ。
それじゃ、うちの子をお披露目~」
軽く言いながら、携帯ケージに魔力を込めて軽く振る。
すると、ケージから飛び出した光が氷の上に降り立ち、強い発光の後にその姿を現した。
「かっ……かわいいぃぃぃ!」
横から見ても上から見ても丸っこい、ずんぐりした体躯。
短い足と短い羽根をぱたつかせ、短いくちばしを開けて大あくびをする、青い毛に覆われたふわふわした毛玉。
「ケダマール三世よ」
「違いますからね!?」
はるまきさん曰くケダマール三世こと、うちのペットのルナイラ。
モンスター種族名はクォーツエルフィム。外見は、まるまると肥えたペンギンの毛玉である。
「ふわふわですべすべで、でもちょっとひんやりしてます!」
「あ、本当だね。柔らかいのにひんやりで、ちょっと不思議~」
みかんさんに抱き着かれ、リーリーさんに撫でられつつも動じないうちのペンギン様。
ていうかあれ、半分寝ぼけてるな。
「名はルナイラと言いまして。暑いところが苦手で寝てばっかりな、うちの無駄飯ぐらいでございますよ」
くわっと一瞬目を見開き、その瞬間にはすでに焼きエビは口の中。
ばりばりと容赦ない音を立て、殻ごとおいしく召し上がられました。
「ひゃっ!
すごい食べっぷりですね」
「初めての時は、手ごとぱっくりいかれましたよ。ははは」
「手ごと!?」
まだ幼いからか攻撃力もなく、被害は特になかったので良かった。
大きくなってからアレをやられたら、普通に部位破壊ルールが適用されそうでございます。ペットこええ。
ちなみに、手を齧ったことを叱ったら、すごい嫌そうな顔されました。
次からは手ごと齧ることはなくなったが、代わりに好感度は下がったかもしれん……とほほ。
「今の食欲なら、あと二匹くらい食べそうだな。
お二人もあげてみます?」
「よろしいんですか!」
「あげてみたいです!」
ルナイラを受け取って抱きかかえ、みかんさんとリーリーさんに焼きエビを差し出す。
みかんさんは受け取り、リーリーさんは断って自前の焼きエビ+を取り出した。この前洞窟に行った後、はるまきさんに調理してもらったんだろうな。
焼きエビを持ってそろそろと近づくみかんさんを無視し、ルナイラはぼくの腕から抜け出して焼きエビ+に飛びつく。
がつがつばりばりと、それはもう嬉しそうに食べるうちのペンギン様。
どう見ても、飼い主の事とかこれっぽっちも記憶に残っていない。腕に蹴り跡ついてるし。
「すっごい食欲! ネギンボさんみたい」
「わ、私の方には見向きもされませんでしたぁ……」
「あ、ごめんねみかんちゃん。私のやつは焼きエビ+だったからかも」
「プラス……!
そういうのもあるんですね、奥が深いです!」
悔しそうながらも感嘆するみかんさんの手から焼きエビを取りあげ、仕方ないので焼きエビ+に交換してあげる。
すると、食べ終わったばかりにもかかわらず、再度ルナイラがみかんさんに飛びつきがつがつと焼きエビ+を食べ始めた。
「わ、わ、すごいです!
これがプラスの実力なんですね!」
がつがつ食べるルナイラを、みかんさんが目を輝かせて撫でる。撫でまくる。
やはりプラスのパワーは凄まじく、目をらんらんと輝かせてルナイラはご満悦だ。
……これ、今後は普通の焼きエビは食わなくなるとか、焼きエビ出すと舌打ちするとかないよな?
もしそうなったら、きっとぼく泣くぞ。愛情的にも、財政的にも。
やがて食事を終えたルナイラは、げふぅと満足げな息を吐くと、はるまきさんが生み出した氷の上に戻り、ごろりと仰向けになった。
「ぐーたらね」
「ぐーたらでございますよ」
口を半開きにし、寝息を立て始めるペンギン様。
そりゃーもう、ぐーたらでフリーダム。ちょっと羨ましい。
「ライナは、ああなっちゃ駄目よ?」
「羨ましいとは思いますが、流石にあそこまでの怠惰では社会的生活を送るのは難しいかと思いますよ」
「ああ……そうね。
訂正。やっぱり、ああなってもいいわ。
にこりと綺麗な笑みを向けるはるまきさんから反射的に目を反らし。
寝ペンギンのお腹を撫でているみかんさんに断って、ルナイラをケージに収容した。
あ、へたれ。というリーリーさんの呟きは、聞こえなかったことになりました。
「ライナズィアさん」
「みかんさん、どうなさいました?」
みかんさんが布の上に立ち上がり、ルナイラを仕舞ったぼくに強い眼差しを向ける。
皆の視線が集まる中、みかんさんは大きな胸を張って宣言した。
「私、獣士になりたいです!
獣士になって、可愛いペットと一緒に冒険したいです!」
□ □ □ □
これにて一区切り、二章終了です。
次章の投稿予定など、近況ノートに書いておりますのでよろしければどうぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます