祭りの夜を想う、宴会上等の集結アウトローズ

 フリークブルグは今日も晴れだ。

 おそらく今月中はこの街で雨が降ることはないだろう。

 今はゲーム内で夜の時間帯、夜空にはたくさんの星が瞬いている。


 この晴天はゲームだから雨が降らないということではなく、この地域の季節的な天候によるものである。

 春の終わりから初夏にかけての今頃はほぼ常に晴れ、真夏にはまれに強い夕立が降り、秋ごろには雨の日が多くなるらしい。冬には、稀に雪。

 七夕は7月に入っているので少しだけ天気が不安だが……そこはもう、考えても仕方ないので割り切るしかない。


 人の思考を読み取り、魔術や技術も色とりどり。もしかしたらテルテル坊主にも魔力的な効果があるかもしれないなぁ。

 うん。七夕準備の項目に、みんなでテルテル坊主作りも加えよう。


 あと、フリークブルグ内の朝昼晩は、3時間で1周期だ。つまり24時間の間で朝昼晩を8周するわけだが、日付としては24時間で一日であり、一日は24時間。

 時間帯限定のモンスターなんかもいるため、リアルと同じく朝昼晩が24時間で一周では困る人が多い。ユーザーのための仕様と言うことではとても都合が良く、みんな細かい事は気にしないのだ。


 なお、検証の好きなプレイヤー達からは、空を横切る軌道のズレやサイズの差異などから、太陽8つ説が提唱されている。

 世界設定とか色々に関わるんだろうけれど、未知が多いのは夢が広がっていいもんですね。

 頭の良い方のNPCは、表情だけでなく思考面でも相当深く色々ありそうだし、世界について結構意味深なことを話すキャラクターも多いし。

 さて、閉じた世界に生きるのは、プレイヤー我らNPC彼らかいずれになるや、とね。



 NPCが一人も居ないゲーム内深夜の公園。ベンチに座ってそんな取り留めのない事を考えつつ、肉体の記憶に引っ張られるようにあくびを一つ。

 今いる場所は、フリークブルグ内で拠点から一番近い公園だ。

 準備は一通り済ませ、入力デバイスで作成した説明資料は書記スキルで紙に出力してある。説明会で出す軽食も、ドリンク込みでわきさんに発注済みだ。

 集合時間は20時、あと30分程。ちょうど夜が明ける時間のため、時間通りに揃えばここで朝焼けが拝めるだろう。

 薄闇の中でベンチに立てかけて置いた『七夕説明 集合場所』と書かれたプラカードをぼんやり眺めつつ、両手を延ばして大きく伸びをし―――


「あの……」

「うおっと、なんでしょうか?」


 掛けられた声に少し驚いて横を向けば、一体いつからそこに居たのか、茶色い前髪で目元を隠して顔がよく見えない女性が立っていた。

 女性……だよな? うん、多分声は女性だった。


 NPCと同じような防御力のない布製の服を身に着け、身体の起伏も控えめ。まるで個性を削ぎ落したような、印象の薄い影のような女性だ。

 だが彼女がNPCでないことは、頭の上にプレイヤーネームが表示されているので明らかである。

 その名は、『クルス』―――


「あ、クルス様でございましたか。

 初めまして、メールありがとうございましたよ」


 クルスさん。

 公式に出したユーザーイベント告知を見てメールをしてきてくれた人だ。


「ぁ、あの……


 はい」


 ゆっくりとした返答、長い沈黙、短い言葉。

 うん、口下手な人みたいだね?


 でも大丈夫、お任せください。宴会屋は、しゃべることが苦手な人にもばっちり対応可能です!


「しゃべるのが辛ければ、頷くだけでも、メモ帳で筆談でも構わないですよ。

 ぼくはよくしゃべりますが、人それぞれリズムや好みがありますし、お嫌なことや我慢はせずとも大丈夫でございますからね」

「…はい。

 ありがとう…ございます……」


 十分に待ち、続く言葉がないことを確認してから話を続ける。


「まずは改めて、メール下さりありがとうございました。

 ライナズィアと申します、以後よろしくお願いしますね」

「……はい。

 あの………クルス、です」

「ええ。クルス様、お越し下さり嬉しいです」


 返事が短い人とか、ゲーム内では別に珍しくもなんともない。リアルだってたまにいる。

 対話の意志さえ持ってくれているなら、あとはノリと勢いでどうとでもなる。はず。


「お早いお着きで少し驚きました。

 まだお時間ありますから、休憩や出かけられてても大丈夫でございますよ」

「……」


 ぼくの言葉に、何を想ったのか。

 少しだけ顎を引き……黙り込む。


「えっと……

 あ、すみませんぼくだけ座ってて。ベンチにどうぞ」


 とりあえずベンチから立ち上がって座るように手で促すと


「ごっ、ごめんなさい……!」


 なぜかクルスさんは、少し離れた木々の間に逃げ込むように姿を消した……



「え、なんで……?」


 いったい、どこで地雷を踏んだのか。

 後に残されたぼくの周りを風が吹き抜け、そこに居たはずの人の気配さえも散らした。

 比喩ではなく。隠れる系統のスキルを使用したのか、プレイヤーネームも含め、本当にどこにも姿が見えなくなったのだった。



 えっと。ノリと勢いで、どうとでも、その。


 宴会屋は、逃げ出されても折れない強いハートを持っています、だから逃げて下さっても大丈夫です! ええ、お気になさらずに逃げてどうぞ!

 でも心の中で泣いた。




 そんな不思議な遭遇もありつつ。

 20時前になり、空が白み始めた頃に続々と人が集まってきた。


 朝焼けの赤に山吹色の髪が眩い、強いやる気を秘めたみかんさん。

 公園の片隅で一心不乱に草を結んで罠を作る、砂塵・・迷彩服に身を包んだラシャ。

 無表情でブランコを漕ぐ、トレードマークの黒ずくめに長い黒髪が美しいはるまきさん。

 公園の外側から、先端に骸骨を刺した長斧を振り蛮族流の祈祷を捧げていたチョリソー。

 スキル上げのためか、花壇で雑草を間引き花の手入れをしているリーリーさん。

 気付けば遊具の影からこちらをそっと伺っていた、存在感の希薄なクルスさん。

 ベンチのすぐ横に布を敷き、看板を出して露店販売を始めるわきさん。



「……カオス!」


 特に、ぼくのリアル友人達が酷い。酷いというか、ヤバい。

 これ衛兵来るんじゃないだろうか。

 そんな心配をするぼくに向かい、ホットドッグの食品サンプルを振りながらのんびりした口調でわきさんが言う。


「うふふー。

 でもみんなが、ライナ先輩に惹かれて集まってきたんだよねー?

 つまり類友るいとも~」

「否定はできないけれど心が痛くなるので、そういうこと言うのはやめて下さいませんか」

「ならリアル友人以外は女性しか居ないナンパ師と言うことね。

 いえ、ランクアップ済みの王宮ナンパ師かしら?」


 はるまきさん、冷気、冷気出てる!

 開始前から肉体的にも精神的にも削られつつ。ため息を飲み込んで、ぼくはカオスな人々を連れて拠点へと大移動を始めた……




 テーブルを2つくっつけて周りにベンチと椅子を並べて作った、簡単な会議卓。

 今朝までは敷いた布と畑だけしかなかったのに、家具を置いただけで随分と拠点らしくなったなぁと思いつつ皆に座ってもらう。

 家具の提供スポンサーは、大工のチョリソーさんです。ありがとう、ありがとう。もっと働かす。

 あと、便利で豪華な家具は家具職人でないと作れないが、簡単なものなら大工でも作れますと補足。


 そんなわけで、座ったままぐるりと一同を見渡し、口を開く。


「さて、本日はお集まりくださりありがとうございます。

 すでに初対面の方はおりませんが、改めまして。主催のライナズィアです、どうぞよろしくお願いします」


 ぱちぱちぱちと、まばらな拍手をいただく。軽く会釈し、まずは冒頭のあいさつを続ける。


「今回、7月7日の七夕に、ユーザーイベントとして七夕祭りを開催いたします。

 その大まかな説明と協力のお願いのために集まっていただきました。

 ですが、今ここにいるから参加しなきゃいけない、と言う事はございません。話を聞いて、やっぱりスタッフ辞めます、でも大丈夫です。

 もしくは準備だけ手伝って当日は観客やりたいとか、当日に裏方だけなら手伝いますとか、皆さんのやりたい範囲限定で構いません。

 ですので、まずは話だけでも聞いてやるかーという気持ちで、どうぞ気楽にお聞き下さいね。


 それでは、説明を開始する前に、まずは一言ずつみなさんに自己紹介をお願いします」


 びくっと身を震わせたのはクルスさん。うーん、確かに苦手そうだよなぁ。

 少し申し訳なく思うものの、自己紹介自体は取りやめずに自分から紹介を始める。


「まずはぼくから。

 ライナズィアです、剣士でイベント主催者やってます。

 生産職は、転職フル活用でイベント用に色々手を出します。

 面白いことや物珍しいことが大好きです。どうぞよろしくお願いしますね」


「みかんです。初心者なので、まだやりたい職とか良く分かってません。

 生産は、今はライナズィアさんと一緒に見習農家になってます。

 七夕には思い入れがあるので、頑張ります。よろしくお願いします」


 ぼくの紹介に続き、左隣に座っていたみかんさんが可愛らしく頭を下げる。

 その次は、とても不安なリアル友人ズ。


「ラシャである。工作員となる予定だが、今はまだ斥候仮初の姿

 生産? 作ることは苦手だが、破壊のための創造は是とする。

 世に破壊と混乱を遍くもたらすべく努力する所存、よろしく頼むのである」


 少し心配な紹介ではあるが、一応及第点。

 破壊工作員ラシャの自己紹介がほどほどに収まって安心したところで、蛮族チョリソーの番。


「チョーッチョッチョ、チョはチョリソーで」「はい次の人!」


 高笑いから酷過ぎる。酷過ぎて、ノータイムで打ち切ってしまった。

 まあ予想通りだったんだけど。あと、途中で打ち切るのも予定通りだったんだけど。


「らあ、ひどチョ!」

「変態です、蛮族です、でも腕は確かです。

 あと盗撮魔なので、特に女性はご注意くださいね」

「悪意、悪意を感じるぅチョ!」


 うるさい蛮族をほっといて、その隣でにこにこしているわきさんに次を促す。

 緩やかに波打つ髪を耳に掛けて微笑み、わきさんは口調に反して丁寧に頭を下げた。


「はーい、調理師のわきざしまると言いまーす。

 ライナ先輩には、開始当初から色々教わって面倒見てもらいましたー。

 普段は『ぷれーりーどっぐん』という店名で、西公園でホットドッグを販売してま~す。

 売り子でも調理師でもなんでもやるんで、お願いしまーす」


 明るくにこにこしたわきさんの挨拶が終わり、その次。

 皆の視線が、影の薄いクルスさんに集まる。


「……ぁ、ぁの……」


 緊張しつつも、ゆっくり口を開き


「クルス……です、お願い……します……」


 小さなおじぎにあわせて茶色い前髪が揺れるが、覆われた瞳や顔が見えることはなく。

 それでも、ちゃんと自己紹介をしてくれたことに、安堵と感謝。心の中で小さく拍手しながら、その隣のリーリーさんに目で促す。

 ぼくの目配せを受け、リーリーさんは笑顔で頷くと


「職業とか何してるんですか?」

「!?」


 まさかの延長宣言!?

 予期せぬ質問タイムにクルスさんが慄き、ついでにぼくもちょっとびびる。

 リーリーさんは気づかずに、期待の眼差しで返事を待っていた。


 いや、質問としては極めて答えやすい部類だし、会話するのは良いことなんだけど。なんだけど、このタイミングでぶちこむかよーという気持ちでいっぱい。


「あ、の……えっと……」


 なんだか緊張した空気の中で、誰かが唾を飲み


「………盗賊…です……」

「盗賊! かっこいいですね!」


 何がかっこいいのか分からないが、リーリーさんが満足いく答えを得られたようで何よりです。

 さらに続けようとするリーリーさんが開いた口をはるまきさんが塞ぎ(ナイス!)、ぼくも滑らかな司会進行を心がける。


「クルス様、ありがとうございました。

 ではリーリー様、自己紹介お願いします」

「ぷはっ。私の番ですね、分かりました」


 口を塞がれていたリーリーさんが解放され、息をつくとともに立ち上がる。


「リーリーです、隣のはるまきさんと同じギルドに入ってます。

 職業は法術士で、火曜日にベルンシアに行けるようになったので、今からどの上級職にランクアップしようか悩んでます。

 生産はライナさん達と一緒に見習農家になりました。よろしくお願いします!」


 質問にこそ驚かされたものの、挨拶は元気で普通。

 会釈し、最後の一人、すぐ右隣に座るはるまきさんに視線を向ける。


「魔導士はるまきよ。

 二つ名は春をまくものリンクブロッサム。それと、ライナの相棒。

 よろしく頼むわ」


 目を細めた美女が、迫力ある胸を張り強く言い放つ。

 みかんさんが小声でかっこいいと呟いてるのを聞きながら、口の中だけで小さく黒ずくめ魔術師ブラックマジシャンと訂正しつつ。席につくはるまきさんを小さな拍手感謝で迎えた。


「皆様、ありがとうございました。

 それでは挨拶はこんなところとしまして。

 わき様、例の物を皆様に配っていただけますか?」

「は~い」


 わきさんが取り出して配るのは、事前に発注してた今日の軽食。

 お手製のホットドッグとドリンク、それに売り物用ではないはずだがクッキーも付いていた。


「ドリンクはー、ジュースにお茶にコーヒーがあるからー。

 好きなのを言ってねー」


 ホットドッグを受け取った人から順に、今日のために作った資料も配る。


「チョッチョー。おやつと資料、順番逆っチョ? まずホットドッグの説明するっチョ?」

「順番はこれでいいんです、わきさんの料理はおいしいので。あとぼくからはホットドッグの説明はしません。

 というわけで、軽食は用意しましたのでどうぞご遠慮なく。

 食べながら聞き、資料に目を通して下さい。これよりイベント説明を始めるといたしましょう」


 あ、これぼくが食べる暇ないな。せっかくのホットドッグが冷めちゃう―――いや、ゲーム内だからしゃべる間くらいなら冷めないか、セーフ。

 なんてことをつらつら考えつつも、資料片手に、ぼくが今考えているイベント、七夕祭りの説明を始めた。

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