『七夕の約束を叶えるために』

 みかんさんとお姉さんは、8年前に夫婦の離婚で生き別れとなった。

 毎日のように、三人に酷い暴力を振るっていた父親。

 離婚の条件の一つが、父が姉を、母がみかんさんを引き取る事だったらしい。

 そこらへんの細かいことは、幼いみかんさんには分からなかったそうだが。

 妹と母親を守るために自ら父親についていった姉には、それ以来一度も会えなかった。


 それは、両親が離婚する少し前のこと。

 町内の七夕祭りを見に行く為、こっそり家を抜け出した二人。

 その時にたまたま見かけたテレビに映っていたゲームを、大きくなったら一緒にやろうと約束した。


 あれからもう、8年。

 姉がどうしているか、元気なのか、何一つ分からないけれど。

 最後に二人でかわした約束を、きっと姉も覚えていると信じて。

 その約束を果たす為に、みかんさんはブレイブクレストを始めた。


「だから、本当は。

 ゲームの中で何がしたいかとか、ゲームが楽しいとか、そんなことは考えもしなかったんです。

 ただ、この世界のどこかに、お姉ちゃんが居る。お姉ちゃんを見つけたい、会いたい。

……始めた理由は、それだけなんです」


 VRシステムの制約により、悲しみや負の感情で涙が流れることはない。

 だから外から見る限りでみかんさんは泣いてなかったけれど


「―――よく、望みを言えたね。

 よく頑張ったね。いい子だ」


 きっと泣いているんだろうと、8年前からずっと泣いているんだろうと。

 そう思うと、軽く抱き寄せて、頭を撫でずには居られなかった。




 さて。

 名前以外分からない人間を探すには、どうしたらいいだろうか?

 とても簡単だ。名前で検索をすればいい。

 もちろんみかんさんも検索はしたそうだが、見つけることは出来なかったという。

 手紙については離婚直後から不達となり、住所は不明。もちろん電話番号も不明だ。


 リアルでのアプローチ方法が他に一切ない、というわけでもないんだが。

 みかんさんは8年間ずっと約束を覚えていて拠り所としてきたし、きっと姉も覚えている、そう曇りなく信じている。

 二人の間で、とても強く、大切な約束なのだろう。

 だから軽々しく、この世界以外で探したほうがいいなどとは言えない。

 ならばこそ、この世界で知り合った身としては、この世界で探す方法を考えるべきだ。



 ところで。

 ブレイブクレストというゲームは、オフラインを源流とする超人気シリーズである。

 その歴史は30年を越え、日本のみならず全世界に1000万人を越えるユーザーが居ると言われる程だ。

 今作のVRMMOは今のところ日本国内限定での稼動ではあるが、それでもユーザ数は300万人を突破したらしい。


 何が言いたいかというと、300万人の中に居る姉を、どうやったら見つけ出せるだろうかという話だ。


「う、ううう……多すぎますぅ」

「うん、大人気でございますからね」


 今回、300万人の中に姉が居ない、という可能性は考慮しない。

 みかんさんが約束を信じているのなら、お姉さんはこの世界に居る、それは前提条件としてぼくも信じよう。

 だから今考えるべきことは、300万人の中からお姉さんを見つける方法についてだ。


「こ、こう、えっと……テレビ放送、とか?」

「着眼点は良いと思うのでございます。

 この世界の中でテレビ放送が始まったとなれば、きっと皆が注目しますかと」


 この世界の外側に媒体のある、動画放送では意味がない。たくさんの人がやっているし、目新しさはない。

 この世界の中でテレビを放送する、その誰もしたことがない事柄にこそ人々は注目するのだ。


 でもそのためには、テレビを作り、普及させ、テレビ局を作り番組を流す必要がある。

 魔法もあるとは言え、ちょっと現実的ではない、ような気がするなぁ。

 そう告げると、ですよねとばかりにがっくりと頭を落とした。


 それでも、その目に悲嘆は宿らない。

 困難に悩んではいるけれど、やりたい事を口にしたみかんさんは、やりたい事を目指すことに躊躇いがなくなった。

 だからその眼差しは、とても前向きで、とても眩しい。


「ただ、こちらからお姉さんを探すよりも、情報を発信してお姉さんに見つけてもらう、というのは正しいアプローチだと思うのでございます」


 この世界に来てからの素行であれば、もしかしたら調べられるかもしれない。

 でもこの世界に来る前、現実世界の古い情報しか持たず、キャラクター名も知らないみかんさんでは、どこかに居る姉を見つけ出すというのは難しいだろう。

 やはりここは、ある程度自分を押し出して、見つけてもらうのが一番だ。


「それって、どういうことですか?

……と、言うか、あの。えっと、ライナズィアさん?」

「はい、何でございましょう?」

「えーっと……

 その、冒険の指導と言うか、装備を選ぶとか、そういう手伝いを、してくれてた、んですよね?」

「ああ、そう言えばそうでございましたね」


 確かに、最初は装備を買うのに付き合う、という話だった。

 なんだか何日も前の話に感じるなぁ……いやはや。


「あの、えっと。

 お姉ちゃんを探したいから、その。ゲームとしては、今はやりたいこととか見つからなくて」

「はい」

「だから、えっと」


 要領を得ない、ではなく。とても分かりやすい葛藤。

 言いたいことは分かる。だけどそれは、自分で形にして欲しいから、ぼくから手助けはしない。


 言葉を探し、悩む少女を見つめて、静かに待つ。

 慌てる必要も、変に取り繕う必要もない。

 だから、ゆっくりと、自分の気持ちを言葉にして欲しい。そう願って。


「あ、あの!」

「はい、何でしょうか」

「お、お姉ちゃんを探すのを、手伝ってください!」

「―――ええ、喜んで」


 人を頼ることが悪いわけじゃない。

 回りくどく考える必要もない。


 やりたい事があるなら、力が足りないなら、頼ればいい。

 友達を、フレンドを、知り合いを。

 それでも足りなければ、見知らぬ相手を、見知った相手を、頼ればいい。


 断られるかもしれない?

 それは、断られてから諦めればいい。

 断られる前から、諦めたり躊躇う必要はない。


 だから、自分の気持ちがそのまま言葉になったような、そのシンプル真っ直ぐなお願いは、とても眩しくて心地よかった。


「あなたは、とても真っ直ぐで良い子でございますね。

 満点です、みかん様」


 頑張ったみかんさんの頭を撫で。


「それじゃぁ、力を合わせて。

 みかん様が発注した特別クエスト『七夕の約束を叶えるために』を、頑張りましょう!」


「は―――はいっ!」




「……で、最初の問題ですけど。

 どうしたら、お姉ちゃんを見つけられるでしょうか……」

「んー……っと」


 大勢の、全ユーザーの中から、たった一人を見つける方法。


 たった一人のユーザーに、こちらを見つけてもらう方法。


 つまり、全ユーザーから見られるような、目立つ方法。

 目立つ場所で、事情や目的を話し、みかんさんの姉に自分から名乗り出てもらう方法。


 みかんさんの思い出。

 姉との約束。


「―――そうですね。

 見つけてもらう方法について、心当たりと言うか経験と言うか、ともかくぼくに考えがあるのでございますよ」

「本当ですか!?」


 目を見開き、膝に手をついて身を乗り出してくるみかんさん。

 ちょ、吐息がオレンジみかんの香り、食べたものまで反映とかなんて細かいんだブレイブクレスト。

 あとちょっと顔が熱いです、いやその、至近距離過ぎてえっと。


「う、うん、ちゃんと説明するから、落ち着いて、ね?」

「え?

 あ、はうう、すみません、すみません!」


 そっと肩を押し、どきどきする鼓動を出来る限り無表情で押し隠す。

 大丈夫、平常心だ平常心。

 こういう時は素数を数えながら、オレはロリコンじゃないって唱えるんだ!(※バレたら刺されるので注意)

 なお、みかんさんの見た目は多分中学生くらい。十分に犯罪だと思います。胸だけはとてもご立派なので余計に犯罪臭。


 ぼくの太ももから手を離し、慌てて離れたみかんさんも顔が真っ赤。まるで、みかんからりんごになったみたいだ。

 て言うかおいこらブレイブクレスト、なんで赤面なんかまで組み込んでるんだ拘りすぎだろう、赤くなったみかんさん可愛いです、いいぞもっとやれ。


 そんな、ぐちゃっと乱れた思考を一息で棚上げし。

 お互いのため努めて無表情に、説明と確認をする。


「ただし、これを実現するためには、この世界で結構な作業をしてもらうことになります。

 具体的には、毎日採取して裁縫するとか、協力者をたくさん集めるとか」


 あと他にも、申請したり根回ししたり依頼したり発注したり指導したり台本作ったり交渉したり金策したり配置したり捕獲したりする必要があると思います。

 大半、ぼくがやるんだろうなぁ……うーん、少しは人に頼りたい。一人じゃちょっと無謀過ぎる。


「もちろんリアルを疎かにする必要はないですけど、二週間ぐらいの間、暇な時間は準備に協力してもらうつもりでございます。

 ぼくのほうも色々と準備が必要だから、場合によっては一人で採取しに行ったりとか」

「分かりました!

 何でもしますから、しっかり指示して下さい!」


 お、おう……即答過ぎる。


「いや、えっと。

 まだ説明もしてないのに、いいの?」

「はい!

 ライナズィアさんは、それをすれば、お姉ちゃんが私を見つけてくれるかもしれないと思ってるんですよね?

 私がお姉ちゃんと会う方法を考えてくれて、協力してくれてるんです。私のほうがお願いします!」

「うあぁ……信頼が眩しすぎる」


 思わず声に出して呻いてしまう。

 そのくらい、みかんさんのいい子オーラは凄まじかった。


「こりゃぁ、ぼくも死ぬ気で頑張らないとなぁ」

「あーっ、死んだり体調崩したら絶対駄目っですからね!

 ちゃんと、生きて二人で、クエストクリアしてくださいね?」

「天使か!」


 美少女が上目遣いで笑顔を見せて殺しにかかってくる、やだもうこのみかん色ピュア天使め!




 そう言えば、時計を見ると結構な時間になっていた。

 そりゃそうだ、途中でハプニングやら何やらありつつ、ここを踏破してずっと話し込んでるんだから。


「みかん様、リアルのお時間は大丈夫でしょうか?」

「え?

 あ、もうこんな時間!? えっと、もうちょっとで落ちないと、長くは難しいです……」

「ですよね。

 では今日はこの辺で街に帰るとして、続きは明日にしませんか?」

「え、明日もいいんですか?」


 驚いた顔をするみかんさんに、こっちは苦笑を返す。


「ついさっき、手伝うと言ったばかりでございますよ?

 一緒に、七夕限定のみかん様特別クエストをクリアするんですからね」

「あ……すみません、今日相談に乗ってくれるって意味だと思ってました。

 ごめんなさい」

「謝ることはございませんけど、ちょっとは頼って下さいね?

 さすがにここでログアウトでは、お一人で街へ安全に戻れないでしょうし。時間が許すなら、街へ急いで帰りましょう」

「えっと、それくらいなら大丈夫かな?

 帰り道もよろしくお願いします」



 結局。

 一番早く帰る方法ということで、武器を全部インベントリに仕舞い、みかんさんを背負いモンスターを振りきり、走ってフリークブルグへ帰った。

 STRによる重量軽減は、あくまで所有者が所持する荷物に対して感じる重量が軽減されるだけ。

 つまり、みかんさんのSTRがそれなりに高く、みかんさん自身は荷物の重さを一切感じていないとしても。みかんさん+その荷物分の重量が、ぼくの所持する荷物の重量としてずっしりとぼくの両肩に掛かったわけですが―――


「あの……わ、私、重くないですか?

 重いですよね、ごめんなさい、あの、えっと」


 そんなことを言われては、子猫のように軽いですとしか言えないじゃないですかー!

 背負うと言い出したのはぼくなのだし、軽々と走りましたとも、ええ。

 大丈夫、ゲーム内なら筋肉痛とか発生しないから。ぎっくり腰とかも発生しないから。


 PK達に感謝でございます。

 もしあそこで制限解除してなかったら、最悪帰る途中に走りながら制限解除しピカってたかもしれない……!

 ありがとう、週一の切り札スキル。人を背負うには必須ですね!




 こうして、初心者みかんさんよりもたらされた特別クエスト『七夕の約束を叶えるために』が開始される。


 クエストの期限は、7月7日、七夕まで。

 クリア条件は、みかんさんの姉の発見、もしくは姉にみかんさんを発見してもらい、二人を巡り会わせること。


 可愛い少女と思い出のために、ここは一つ頑張ってみますか!




 今はもう遠い、あの日々を胸に。電脳世界の星空に、再び剣を掲げる。


 剣と力によらない世界一、過ぎし日の『宴会屋』の名に賭けて―――


 必ず、このクエストを、達成してみせる!!

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