丘の頂より、願いは天に向け

「お待たせしました。

 それじゃ、ハイキングを続けましょうか」

「ぽかーん……」


 心情そのまんまに、声でぽかーんするみかんさん。

 うん、とっても分かりやすいと思います。口も開いてて、ちょっと可愛らしい。


……あの空いた口に干し肉ゴムとか詰めたらどうかな?

 泣くかな? うん、泣くな。涙は流れないけど。


「大丈夫でございますか?

 まさか、何か被害とか」

「あ、いえいえいえ、大丈夫です!

 その、ライナズィアさんが守ってくれましたし、怪我とか全然平気です!」

「なら良かった。

 ごめんなさいね、ちょっと血なまぐさいとこを見せてしまって」

「そんな、謝らないでください!

 あの人たち、その、悪い人だったんですよね?」


 悪い人。

 確かにシステムに則った行為で、相応のリスクは背負っているけれども。


「あくまで、ぼくの主観的な意見ですけれど。

 他人の楽しみを奪い、嫌な想いをさせる行為ですから。ぼくから見れば、相容れない価値観の人たち、でございますね」


 善悪はさておき、ぼくは好きじゃない。

 重たい重たいPKの罰を受けた後は、できればもうPKなんかせずに他の人と一緒に楽しんで欲しいものでございます。

……露店の女性店員とくらいは、会話できるようになるといいね。本当に。


「ライナズィアさんは、戦わずに交渉しようとしてましたし。

 その、戦うことになったのも、私が居たせい……ですよね?」

「いえいえ、それは違いますよ?

 ぼく一人で襲われてたら、喜んで戦ってございました。

 PK悪い人をやっつけると、懸賞金とかお宝がっぽりですから」



 刀で二人を首チョンパした後。

 命乞いをする弓使いことPKその2については、有り金全部と武器を巻き上げて見逃すことにした。


 非道?

 いやいや。PKとして倒せば、あの程度のお金とは桁違いの懸賞金がもらえたのですよ?

 手持ちのお金だけで手打ちにしてあげた分、ものすごく良心的でございます。他のチョンパした二人から得た懸賞金からすればほとんど誤差ですし。


 向かってくる相手なら容赦せず斬りますが、命乞いする相手にとどめというのもあんまり気分良くなかったからね。


「でも、あの。ライナズィアさん、すっごく強かったんですね?

 とても強そうな人たちが三人も居たのに、居合い抜き?で一撃なんですもん。すごくびっくりしました!」

「一応ぼく、42レベルでございますから。

 あの人たちよりも高レベルでございますれば」

「……ふえ?

 ライナズィアさん、20レベルって……」

「今まではシステム的な機能で、レベルを20に制限した状態で居たのですよ。

 そのままではちょっと厳しかったので、さっきは緊急用の制限解除スキルを使ったわけでございます」


 制限解除。

 探索者系のスキルで、制限機能で下がったレベルを本来のレベルに戻すスキルだ。

 ステータスや金銭的なデメリットはないけど、一度スキルを使うと、再使用できるようになるまでなんと一週間もかかる。

 向こう一週間は、低レベルでの探索時は普段以上に注意しないとね。特にPKとか。


 防具こそ着替える暇がなかったので20のままだが、抜いた刀も剣も、普段使ってる40装備。

 刀のクリティカル補正やスキルとしての必殺条件など諸々が重なり、一撃での首チョンパとなったわけである。


 まあ、最初から本来の姿で相対してたらこんなにうまく決まらなかっただろうけど、ひとえに相手の油断と隙のおかげだ。

 そんなライナズィア42レベルのステータスが、こちらでございます。



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名前:ライナズィア

Lv:42

職業:剣士 / 薬剤師


能力値

 STR: 88

 VIT: 47

 DEX: 80

 AGI: 58

 MAG:  9

 MND: 38


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 相変わらずのDEX全振り。残った分を、STRに半分、AGIとMNDに残り。

 説明の補強がてら、可視化したステータスウインドウをみかんさんに見せた。


「じゃあじゃあ、ライナズィアさんは、本当は強いのに力を抑えて私と一緒に遊んでくれてたんですね!」

「そういう見方もできる、かな?

 あまりレベル差があると協力というより護衛になっちゃいますし、経験値もちゃんと稼げなくなりますので」

「すごい、かっこいいです!」


 両手を胸の前で強く握り、笑顔で叫んでくれた。


「……あ、ありがとう。

 そんな大したもんじゃないんだけどね?」

「いいえ、すごくかっこいいです!

 ライナズィアさん、ヒーローみたいです!」

「お、おおう……

 きらきらビームがまぶしいっ、穢れた心が浄化されてしまう……!」

「そんな、ライナズィアさんは穢れてなんか居ません、すごく優しいです!」


 やめてっ、褒め殺されちゃう、PKよりずっと攻撃力高すぎる……っ!




 その後はぼくが前衛、みかんさんが弓を持って後衛となり、危なげなく踏破。

 円空の丘の一番奥、林の中の開けた場所へと辿り着いた。


 時刻は夕暮れを過ぎ、西の空だけに赤光を残し天頂は闇に染まっている。


「はい、到着でございます。円空の丘、これにて踏破~!」

「わー。ぱちぱちぱち」


 ノリよく手を叩いてくれるみかんさんに掌を掲げて見せると、一瞬きょとんとした後に満面の笑みでハイタッチしてくれた。


「これ、すっごく冒険達成~って感じで、いいですね!」

「喜んでいただけたなら何よりでございますよ。

 さて、っと」


 ゲームであるからか、夜になっても一定以上の視界は確保されている。

 それでも色合いは不鮮明となり、物を見づらいことに違いはない。

 まだかすかに夕焼けの光が残る中、林の部分に少し分け入り目当てのものを探す。


「ライナズィアさん、何をしてるんですか?」

「お、あった。

 ちょっと待っててね、っと」


 手ごろな実を見つけ、ジャンプして枝ごと一閃。

 落ちてきた枝をキャッチし、実を一つもいで軽く拭いてからみかんさんに手渡す。


「この山に生える、天然物のオレンジです。

 言うなれば、ブレイブクレスト産のみかん代わりということでございますね」

「わぁ……!」

「林の中央は安全地帯でございますから。

 戻ってそちらで食べましょう」



 NPCの産物、およびNPCの調理品は、いわば低級品。街で食べたアイスキャンディーのように、味がほとんどしない。

 逆に、プレイヤーの作った食物や料理は高級品となり、本物と同じかそれ以上の味わいをもたらす。

 ここのオレンジはその中間。天然物ゆえかNPCの栽培品という扱いではないらしく、ランクは中級と言っていいだろう。

 モンスターのドロップ品は低級から高級まで様々で、昨日のシュプリンザーは生のエビ肉と焼きエビは中級品、香辛料で味を調えた焼きエビ+は高級品に入る。


「なるほど……食べ物一つとってみても、奥が深いんですね!」


 ちなみに、天然物中級品ではみかんさんの食評は聞けませんでした。

 残念なような、ほっとしたような?


「うん。

 だからこそ、ここでは何でもできるし、やりたいことをしていいんですよ」

「やりたいこと……」

「ええ。やれることに限りはないのでございます」


 それこそ、極端なことを言えば、さっきの連中のような犯罪者じみた真似だって出来てしまう。相応の苦労はあろうが、規約上は禁じられていない。

 自由であり、やりたいことがやれる。

 ブレイブクレストの世界を形作るシステムと、何より自分自身の責任において。


「ですから―――

 何をやりたいと考えてても、構わぬのでございます」


 言外の意味を含ませたぼくの言葉に、驚いたように見つめてくるみかんさん。


「……気づいてた、んですか?」

「ええ。

 みかん様はとっても食いしん坊だから、おいしいみかんが食べたかったんですよね?」


 自分がやりたいことを、躊躇ったり恥じ入る必要なんてないんだよ。

 そう思うからこそ、あえて違う答えを、笑いながらオレンジと共に手渡す返す


「……もう、ライナズィアさんは、優しいけど時々いじわるです。

 ホットドッグのお金も受け取ってくれなかったし」

「何をおっしゃる!

 後輩で初心者の女の子にお弁当一つ奢ってあげなかったとか、どんだけ悪口言われて叩かれまくるか考えただけで恐ろしい、もうがくぶるっすよ。

 お願いします美しい天使様みかん様、お願いだから奢らせてください、ぼくを恐るべき誹謗中傷の嵐から助けて下さい!」


 レジャーシート代わりに敷いた布の上で、両手を伸ばし頭とともに地に着けてひれ伏す。


 土下座? ネタのためなら何ら躊躇いなどございませんね!


「もー!」


 声で不満をもらしつつ、笑いながら頭を突かれた。

 こちらも居住まいを正し、その顔を見つめて優しく尋ねる。


「みかん様は、この世界で、何をなさりたいのですか?」


「私は―――」


 みかんさんが見上げるのは、林の切れ間から覗く満天の星々。

 現実世界ではほとんど見ることが出来なくなった、星空である。



 しばし、その星空を見上げて。

 わずかに細めた瞳を上に向けたまま、ぽつりと天に願いをこぼした。


「私は、お姉ちゃんを、探したいんです」

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