善悪を分かたずあまねく人を招くは王都フリークブルグ
はるまきさんのギルド『くまの森さん』の助っ人としてグリンドリルクラブを倒した翌日。
昨夜はボスを撃破して町に戻り、報告してクエストのクリアを確認したところで解散した。カニ鍋はまた今度です。
クリアして大喜びの二人―――いや、そうでもないか?
圧倒的
次は頑張ると言ってたので、成長を楽しみにしておこう。
でもフレ申請をくれたのは、リーリーさんだけでしたよ?
口では「次は」と言ってても、二度と組まねーよ圧倒的役立たずめとか思われてたのかもしれない。
人付き合いこわい。
そのリーリーさんのほうは、とってもきらきらした眼差しで希望に満ち溢れている感じでした。
ボス後もはしゃいでたし、テンション高かったからなぁ……
徹夜後の廃人みたいでした。いや、例えがかなり悪いけどさ。
ともあれ、そんな感じで昨日の助っ人も終わり、今日はどうするかなぁ。
とりあえず……何をするにせよ、まずはフリークブルグに戻るとするか。
王都フリークブルグ。
ブレイブクレストの世界でゲームのスタート地点にあたる、いわゆる『始まりの城下町』だ。
白く輝く王城を中心に街中の到るところに水路が流れる街並みは、一切の妥協なく道端の石ころ一つまで作り込まれており、その存在感はゲーム以外のバーチャルタウンと比較してもなお圧倒的の一言。
これまでたくさんのVR世界を経験してきたぼくにとっても、ひいき目なしに綺麗な街ランキング堂々の1位である。
この世界の
もちろんスタート地点の町を出てすぐに凶暴なモンスターが闊歩してたらゲームにならないので、そういう意味では平和な地域なのは必然と言えるだろう。
農業と牧畜ののどかな国でありつつも、平野に川、山岳に温泉、北東には雪原地域もあり、様々な意味でこれぞ中心都市といったところだ。
そんなフリークブルグへ向かう定期馬車は、ちょうど出たばかりらしく次の便は30分後。
こっちでやれることもないわけじゃないが、制限中のため今のレベルは20。ソロでうろつくには少し面倒だ。
仕方ない、フリークブルグまで走って帰ろう。
そんなわけで、道中に出現したモンスターを全て振り切り、街までジョギング10分ちょい。
リアルの肉体だったら絶対無理なペースで、帰ってきましたフリークブルグ、おお我が故郷よ。
南門の前の衛兵に手を上げて軽く挨拶し、モンスターの蔓延るフィールドから、城壁に守られた人の暮らす街へと踏み入れた。
城門前の広場には、いつ何時でも老若男女問わずたくさんの人が溢れている。視覚情報を意識すれば、大半の人の頭の上には何らかのキャラクター名が現れた。
そう、ここにいる人々のほとんどが、VRMMO『ブレイブクレスト』をプレイ中のプレイヤーなのだ。
街角で声を張り上げて、冒険の同行者を探すプレイヤー。
冒険に出かけるプレイヤーを相手に、お弁当を売り歩くプレイヤー。
冒険から帰ったのか、戦利品の取り分でがみがみやっている集団もいる。
そんな喧騒をBGM代わりに、賑わう広場のすぐ先、大通りの一軒目の建物へ足を向ける。
胸程度の高さまでしかない両開きの木戸を押し開けると、店内もまた外とは違った喧騒と、食欲をそそるいい匂いが漂っていた。
左手に、アルコールの入ってないお酒風ドリンクで盛り上がるプレイヤー達と、一部のプレイヤーでない人々、すなわち
右手にはカウンターと受付のNPCが並び、何人もの冒険者が手続きをしている。
ここは酒場であり、冒険者組合の施設。通称『冒険者の酒場』
主な役割は、純粋に酒場としての飲食(満腹度の回復や、打合せのための卓、食事気分等)と、ゲームとしてのシステム的な機能が使える。
ぼくもここで制限機能の解除をしようと思ってたんだけど……そこそこ混んでるし、戻すのは剣を修理してからでもいいか。
満腹度もそれほど減ってないし、ゲームに来てまで一人飯を楽しむつもりもない。冒険者の酒場を出て、大通りを歩く。
すれ違うプレイヤー、NPC。勝手知ったるこの通り、多少の人ごみをかわして奥へ。
店を開くプレイヤーが集まって露店街となった通りに差し掛かると、まだ早い時間ながらぽつぽつと露店が出ていた。
プレイヤーが商売をするのに、面倒な手続きは要らない。
場所を決め、腰を下ろす。それだけで露店の営業開始だ。
とは言え、城前のスペースとかは有料+許可制らしいし、しっかりとお店を構えたければ家を買う必要がある。
適当に物を売るだけならばお手軽に、商売に拘りたければどこまでも。
精緻なVRMMOらしく、やれそうなことはだいたいやれるし、趣味にお金を掛けたければいくらでもという感じだね。
ちなみに、時間がないとか他人怖いとか、直接の商売をしたくないなら自動取引掲示板で売買という手もあるにはある。
ようするに自動販売機で売買ということなんだけど、出品するだけで設定価格の5%、売却後はさらに45%が手数料としてもっていかれます。圧巻の搾取設定。
流石に手数料が高すぎるので、高価な一点物等の主流は取引掲示板でのやりとり+ゲーム内でトレードですな。
スキル上げのために大量に作ったものとかでもないと、あまり自動売買は使いたくないね。買う側としては、手間が少なく欲しいものが一瞬で手に入るから便利なんだけど。
さておき。
メイン通りから外れた目立たぬ場所、リアルで夕方前から開店している露店の一軒。馴染みの店に顔を出す。
「ひげ様、こんにちはでございますよ」
店と言っても、建物があるわけじゃない。地面に敷かれた布一枚、畳半分くらいのスペースがその露店の全てだ。
「おうおう、ライナの坊主かい。今日は早い時間じゃのう」
その小さなスペースに座っているのは、さほど背の高くない少年である。
ただし顔は少年だが、髪は真っ白で顔にも白い口ひげ&細長いあごひげを装着。付け眉毛もすごくて目も隠れて見えない。
作務衣風の作業着を着た、ロリばばあならぬショタじじい。老人風プレイヤーのひげせんにんさんだ。
「ええ。制限用装備、修理頼めますでしょうか?」
「
ぼくなんかよりもずっと若々しく少し高い声のひげさん。20レベルの剣2本を渡し、ぼくは店の前に腰を下ろす。
重たい剣を受け取ったひげさんは、剣を鞘から抜くと右手をかざしてスキルを発動した。
武器修理。
修理の専門家は武器修理工だが、
2本ともさくっと修理してもらい、手間賃にも満たぬような言い値を支払う。
「ときにライナの坊主や。お前さんは、今度の闘技大会には出んのかね?」
「
闘技大会。プレイヤー同士が
二日間に渡って試合が行われ、土曜が予選、日曜が本選だったはずである。
「うむうむ。今回は装備支給の30制限戦、腕前のみの世界じゃて」
「なるほど、貧乏人にも優しい大会でございますね」
無制限の場合はキャラ本来のレベルと装備のため、鍛えたレベルとスキル、高級な装備がものを言う。
対して制限戦の場合、レベル制限機能を使って全員が同一レベルとなる。さらに今回は装備も支給ということで完全に腕前だけの戦いだ。
参加制限も『制限レベル以上であること』だけなので、30レベルなら熟練者でなくとも十分到達可能、参加だけならハードルは低い。
「でもデュエルは特別好きでもないので、気が乗るか欲しいものでもない限りは出ないと思うのでございますよ」
「ふーむ、残念じゃのぅ。お前さんならいいとこ行きそうなんじゃが」
「ははは、ありがとうございます。
それじゃ、また来ますね」
「うむ。息災での」
ひげさんにお礼を言い、露店を出る。
その後はメインの大通りに戻らず、そのまま何となく露店通りの裏路地をぶらぶらと歩いた。
試験管に入った紫の怪しい薬を売る白衣の科学者風の男に、テーブルの上に水晶玉を置いた占い屋らしきフードの人物。
なるほど、流石はやや寂れた裏路地。自分なりに楽しんでる人々がたくさんです。
あ、手招きしないで下さい、薬なら自分で作れますんで。
でも稼ぐことに必死な人達より、こういう人たちの方が話してて面白いんだよね。ロールプレイにせよ拘りにせよ、良くも悪くも個性がはっきりしてるから。
……時々疲れる人がいるのも、またご愛嬌。同志扱いされて妙に気に入られちゃったりとか。
そんなことを考えつつ、小さな水路の一つに沿ってぼんやりと歩く。
と―――
「しょ、商品が違います、これじゃなくて……」
「あぁん? ちゃんとトレードしたんじゃねぇか。何が文句あんだよ?」
「でも、高品質な15レベル装備の一式って」
「こういうものも売ってるってだけで、お嬢ちゃんに売るもんが高品質だなんて一言も言ってねーよ」
「うう……」
……あまり気分の良くなさそうな光景だな。
見れば、兜と篭手を置いた露店用の布の上に座った男と、駆け出し用装備に身を包んだ少女が言い合いをしていた。
「で、でしたら、返品しますからお金を返して下さい」
「一度買っておいていらねーだなんて、まさか通じるわけねーよな?
お嬢ちゃん、俺の作った防具に文句でもあんのか!」
「ひっ」
いや、言い合いじゃないな。完全に、少女の方が負けてる。
商売トラブル……ならいい方だが、詐欺か。
大方、最初に高品質な装備を見せておいて、トレード時にすり替えたんだろう。
トレードとは物やお金を相手と交換すること。そのため、自分の持っているものを相手に
「ともかく!
確認画面が出てトレードは成立したんだ、これ以上邪魔するってんなら営業妨害で衛兵に突き出してやる!」
「……わ、わかり」「すみません、ちょっと首を突っ込みますよ」
眺めてる場合じゃない、これは介入すべき。
そう判断し、少女が諦めの言葉を口にする前に割り込む。
「なんだ、てめー。
取引の邪魔だ、すっこんでな」
ぼくに向かって凄むのは、筋肉質な男だ。
言動ままに分かりやすく悪人面―――とかなら非常に分かりやすくて好ましい(?)んだけど、残念ながらこれと言って特徴のない平凡な美形。
平凡な美形……なんだろう、この商売の件と無関係に不快感が。いやそうではなく。
自分で作ったのか、売り物である青銅品よりも高級な鋼鉄の胸当てをつけた男を無視して少女に尋ねる。
「こんにちは。少し状況を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい?
え、あなたは……?」
山吹色のショートカットから耳の前で左右一房ずつを胸元まで伸ばし、だいぶ傷んだ駆け出し装備に身を包んだ少女。
大きな瞳に少し不安そうな光を見せ、胸に当てた手を握る少女に笑いかける。
「ただの旅人でございますよ」
全てのプレイヤーは、ゲーム開始時点では『旅人』という職業についている。
職業旅人は、ぶっちゃけ無職と同義です。
あ、制限中のぼくの職業は『戦士』ですからね?
本来のレベルでは『剣士』なんだが、20レベルでは剣士にはなれない。なので、今は前段階の職業である戦士だ。
「装備を買おうとして、高品質な防具一式を見せられて、この防具一式が今ならおいくら万円!って言われた。
といったところでしょうか?」
「は……はい、えっと。
兜と篭手を見せてもらって、はい。あとは、言葉の通りです」
視覚情報を意識し、布の上に置いてある装備を見る。
兜 :青銅の鉄兜(高品質+3)
篭手:青銅の篭手(高品質+2)
なるほど、店頭の商品はちゃんと高品質なんだな。2つだけだけど。
「なら、高品質一式でないとおかしいですね。
トレードで渡された装備品、見せていただけますか?」
「あ、はい」
目の前の少女にトレード申請を出し、装備を見せてもらう。
青銅の鉄兜(低品質-5)、同篭手(低品質-3)、同鎧(低品質-1)、以下略。うん、全部低品質だ。
というか-5って初めて見た、圧倒的失敗作……!(ネギンボ風)
「で、お店の人。
高品質ではない、どころか全て低品質ですが、何か言うことはございますか?」
「この防具と言った通り、青銅の装備一式だ。
それにちゃんとトレードして了解したんだ、何も文句はねえだろう!
おら商売の邪魔だ、てめーらさっさとどけ!」
「なるほど、分かりました」
不安そうに、戸惑うように見上げてくる少女と。
こちらを睨み付ける、平凡な美形に苦々しい表情の男と。
どちらの肩を持つかなど、こんなの考えるまでもないさ。
「トレードの際には交換するものを確認可能ですので、最終的な実行前にきちんと確認すべきだったことは確かだと思います」
「へん、そんなの当たり前だろーが。常識だ、常識」
吐き捨てる男の方を、見向きもせず。
できるだけゆっくり優しく、少女に言う。
「でも、それはそれとして。
顧客が返品を求めてるのに応じないとか、商店としておかしいですよね?」
「はあ?
馬鹿言うなよ。現実の店じゃあるまいし、露店で返品とかあるわけねーだろ」
露店を舐めてるとも言える、いっそ清々しい開き直り。
とても―――不愉快だ。
「故意に他のユーザに誤認させるようなトレードは規約上でアウトでございます。
つまり、運営に通報すれば、普通に処分対象」
「……、そんな規約ねえ!
トレードは成立した、そこの女はこの商品に金を払うと認めたんだ。何も間違っちゃいねぇ!」
「規約にございますよ?
故意に誤解を与えるようなやりとりは禁じられています」
本当だ。ついでに言うと、誤解が生じた場合にはトレード後の返品についても記載されている。
というか、ユーザ間のもめごとに発展する内容など、規約に禁じられてて当然なのだ。
あの長ったらしい利用規約を、いちいち読んでられるかーという気持ちは分かるがね。
「運営に通報
今すぐ、返品しますか?」
「つっ……な、ぐ……
うるせー、返品すりゃいいんだろうくそが!」
男からトレードが申し込まれたか、少女がびくりと震える。
まだ慣れてないのか、指が虚空のウインドウを押して操作しているようで。
やがて、トレードは完了した。
「お、終わりました」
「システムログを開いて、返金された金額が
「わかり」「―――あああ、小銭返し忘れてたぜ、おら!」
この後に及んで端数をちょろまかそうとするとか、ある意味見上げた根性だ。
筋金入り。
1フルンまで、きっちり金額も確認してもらい。
これでようやく、返品手続きが完了だ。
「お疲れ様でございました。
では、これで失礼しますね」
「てめぇ……たかだか駆け出し風情が、覚えてやがれよ」
ぼくを駆け出し風情と判断したなら、レベル制限にも思い当たらないザコですな。
吠える男を
路地裏を出て、人ごみに入ったところで少女が小さく息をついた。
安全な場所に移動したので、少女の許可を取り、やり取りの日時や座標、詐欺プレイヤーのIDなんかを運営に報告。
返金したから終わり?
そんなわけあるか、お咎めなしで放免するわけがない。相手にも『通報します』と宣言した通り、きっちり運営に裁かれるがいい。
初犯であればおそらく厳重注意で済むだろうが、まあ後はぼくの知ったこっちゃないな。
プレイヤーIDをブラックリストに登録し、ぼくはウインドウを閉じた。
「さて、改めて。
こんにちは、ライナズィアと申します」
「あ、はい。
ご丁寧に、あの、みかんです。助けてくれてありがとうございました」
まだ少し戸惑った瞳で。山吹色の髪を揺らしみかんさんは可愛らしく頭を下げた。
「悪質なユーザーを報告できたので、ぼくの方がお礼を言いたいくらいですよ」
言葉の通りに、こちらもぺこりと頭を下げる。
大好きな世界だから、できる限り過ごしやすく、心地よくあって欲しい。
そう思うからな。だから、感謝だ。
……内心では報告ではなく駆除と思っているんだが、一応それは口に出さないでおこう。
「ところで、装備を買おうとしてらっしゃったんですよね。
もしお時間よろしければ、お買い物にもう少し付き合ってもよろしいでしょうか?」
「はい……私は大丈夫、ですけど。
あの、いいんでしょうか?」
「ええ、暇過ぎて死にそうだったもので。暇つぶし、させてくださいね?」
さっきみたいなことがあっても寝覚めが悪いし、そもそも装備選び自体も不慣れそうだし。
ぶっちゃけ、初心者のお節介は大好きです!
そんなわけで、ぼくはみかんさんを連れて通りを歩き出した。
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