二つ名を名乗り口上を述べる、敵も味方も本気モード
今からカニが放つ
どのくらいダメージが大きいかというと、制限機能を使わずレベルを落としてない本来のぼくでも、無防備に食らえば多分満タンから一撃で瀕死。はるまきさんなら即死だろうな。
そんな威力の必殺技、当然のこととしてレベル20程度のキャラが何の備えもなく食らえば、4人まとめて軽く蒸発する。
ただしお手軽な攻略法はすでに発見されていて、ヘイトリセットとともにデコイ人形を投げつける事で、人形がヘイトを獲得し、怒り狂ったカニは人形に向けて一発限りの必殺技を全力で叩き込むのだ。
光の中でデコイ人形を塵に返す『カニ波動砲』の名前で親しまれるカニ必殺技。正式名称はジアディスグロアキャノンという。
ちなみに個人的には、砲撃の中に「じゅっ……」って感じで消える様子は波動砲というより『カニハメ波』と呼んであげたいのだが少数派なので今はいい。
ガイドの常として念のためデコイ人形は持ってきているが、今回は
なので今更お手軽攻略法は使えない、
その瞬間の準備のため、事前に使えるスキルを順に発動しつつ必死に駆ける。
「ライナ、駄目!」
カニの向こうから聞こえるはるまきさんの声に、言いたいことは分かれど従えない。
ここで唯一の前衛であるぼくが倒れれば、例え他三人が無事でもカニには勝てないだろう。
逆にネギンボさんとリーリーさんの二人が倒れても、ここさえ凌げばぼくとはるまきさんだけでボスに勝てるし、切り札を切れば多分一人でも勝てる。
パーティが勝ちさえすれば戦闘不能状態でもクエストはクリアとなるんだから、見捨てても、いや見捨てた方が確実に目的は達成できるのだ。
それでも。
せっかくゲームなんだから、気持ちよく勝ちたいじゃん?
今の手札ではどう足掻いても助けられない方(かつ、欲張って突っ込んで自滅する方)までは助けられずとも、頑張ってる後輩が巻き添えで死ぬのは見過ごしたくないじゃん?
後輩の前でくらいは、かっこよくありたいじゃん?
―――ぐだぐだ言ったが、ようするに。
自分で、自分の行動と結果に納得したいじゃないか!
変身シーン中の己に楯突いた小ざかしい人間を焼き払わんと、ネギンボさんを向いてカニがその脅威を解き放つ!
無言のカニの背から、眩い光とともに砲撃が、ジアディスグロアキャノンが放たれ。
それより一瞬早く、スキルの最大射程距離に届いたリーリーさんを相手に、ジャンプして空中で身体を捻り虚空へ剣を突き出しながら盾スキルを放つ!
「王護の献盾!」
黒光、緑光。そして爆音、白光。
ネギンボさんを飲み込んだ砲撃が、一切威力を減ずることなく、その後方のリーリーさんを。
否、リーリーさんの前で
「ライナ!」
砲撃本体をかき消してなお強烈な余波ダメージを、VRゲームシステムによる表現が全身への痺れとも痛みともつかぬ刺激に変換する。
視界も明滅し、あちこちで光が弾け、体の感覚もどこか鈍い。
だが、まだ感覚はある、倒れてはいない! 砲撃本体をかき消し、凌ぎきった!
「やれ、
「―――ええ!
こちらを向いていたはるまきが、馴染みの名乗りと共に本気モードでカニに向き直る。
ジア……カニ波動砲直後のこの瞬間が、最も無防備な瞬間で、カニの防御力も大幅に弱体化している。
ここからは後衛のヘイトが軽減されることもあり、この瞬間はまさにアタックタイムなのだ。
「リーリー様、大丈夫か?」
「ら、ライナさん、HPが!」
一度剣を鞘に納め、身体の違和感を腕を振って何とか払う。
それから、汗をかかない手の平を気分的に服で拭い、しりもちをついていた後輩に手を伸ばした。
「ああ、まあ多少減ってるが。でもカニの方がもっと瀕死だ」
多少と言うのはもちろん嘘だ、がっつり減っている。
あぶねぇ……砲撃本体はかき消したが、余波だけで死ぬとこだった。ほんとあぶねぇ。顔には出さないけどな!
「それにネギンボさんが、一撃で……」
そんな葛藤に気付きもせず、だがショックを受けたのか、リーリーさんはオレの手とネギンボさんの間で視線をさまよわせながらごにょごにょと呟く。
オレより前方でカニ波動砲に飲まれたネギンボさんは一撃死し、ちょっと焦げた感じで地面に転がっていた。
戦闘不能後は、とどめの攻撃によって遺体の
首を斬られたから血の海に沈む、なんてことは流石にないけどね。これぞVRシステム的マイルド表現。
「だからこそ、ここであのカニを倒さなきゃならない。
でないとみんなクエスト失敗だし―――」
戸惑ったまま動けないリーリーさんの手を少しだけ力を込めて握り締め、腰を折って座り込んだ彼女の顔を覗きこむ。
「このまま負けたり、ただ見てるだけで終わったらつまんないだろ?」
「あ、あう……」
至近距離から覗くリーリーさんの瞳は、まだ揺れていて。
そんな細かい心情さえ表現するVRゲームの認識力と表現力に場違いに関心しつつも、意識して笑顔を向ける。
「せっかく、一緒に冒険してるんだ。
今この瞬間を、一緒にしっかり楽しんで。きちんとボスを倒し、胸を張ってクリアしよう」
「は……はい」
瞳と声に、わずかに力が戻る。
それを確認して、繋いだ手に力を入れて引き上げ。ふらつく身体を軽く抱いて支え、自分の足で立たせる。
まだ、戦闘は終わっていない。最後の大詰めが残っているのだから。
「さっきまでと同じように、やれることを一つずつやっていけば良い。
最優先は、攻撃されないように敵から離れること。
安全を確保したら、順番にバフ、その後に回復。デバフと攻撃は余裕がある時だけでいい」
やるべきこと、すなわちさっきまでリーリーさん自身が自分でやれていたことを、言葉にして一つずつ確認する。
少しだけ、自信を出せるように、世辞ではなく思っていることを言葉で伝える。
「大丈夫。
法術士として基本の立ち回りはちゃんと出来てるし、自分の判断でスキルも選べてる。
君の
どんな気持ちも意見も、言葉にしなければ何一つ伝わらない。
だから、意識して、言葉にしよう。考えを、気持ちを伝えよう。
「だから、この冒険の最後のボスとして。一緒にあのカニを倒そう!」
「はい!」
―――これで、彼女は大丈夫だろう。
もうカニのアタックタイムも終わる、一人で攻撃していたハルマキがちょっと恨みがましい視線を向けてくるのを何となく頷いて応じ。
腰の剣を抜きながら、そばへ走り寄って軽く手を上げる。
「今の制限レベルじゃ削りきれない」
「知ってる、想定よりもダメージが3割高くて流石ハルマキ本気モード」
端的な現状の共有。お互いに相手の力量はわかっている、かわす言葉はただの挨拶に等しい。
「うん、ちゃんと仕事は果たした。
ライナ君がリーリーちゃんを口説き落とす時間は作ッテサシアゲマシタワ」
「口説いてないからな?
動揺してたから、やるべき行動を確認し直しただけだからな?」
オレの説明に、無表情のまま大きくため息をついて肩をすくめるハルマキ。
うわ、ちょっとむかつく。
が、まぁ。このくらいのやりとりは、慣れたもんで。
「それじゃぁ引き続き、後ろから最後までよろしく頼むよ」
「分かった、今度
「おいこら、ぼくが助っ人として手伝ってるんだろうが。すなわち不穏な要求は却下」
「訴えは棄却されました。ライナこそ、しっかり前衛よろしく。
―――相棒」
多分様々な意味を込められた別ゲー時代の懐かしい呼び名に笑いしか浮かばず、会話を切り上げハイタッチの代わりに互いの武器の先を軽く打ち合わす。
打てば響いたその音をトリガーに、
会話の終わりを律儀に待っていたように、向き直るに合わせて振り下ろされた鉄槌のような右手のハサミを完璧なタイミングで打ち払う!
ここからは
だが前衛がぼく一人であれば、ランダムに選ばれる前衛はどうせぼくしか居ない。
カニの攻撃パターンは倍ぐらい多くなるが、後衛のヘイトは半減するし、やることは前半戦と大して変わらないのだ。
後方のはるまきから突き刺さる攻撃魔術にさらされながら、カニが暴れ回り、大きな右手を振り下ろしてくるのを一歩下がってかわす。
さらにかわしたぼくに向け、閉じていた右手のハサミが大きく開かれ―――隠されていたその手の中から、射出されるのは緑色のドリル!
「ドリル如きに貫かれるほど、やわじゃない!」
下手に逆らわず、飛来するドリルを盾で丁寧に斜めに滑らせて逸らす。
もちろん、逸らした方向に仲間が居ないことは確認済みだ。
リーリーさんからもらったバフで
合間で突き刺さるはるまきの魔術が、確実にカニを追い詰めていく。
やがて、あと一撃というところで後方からの魔術が止み
「ライナ、あとはよろしく」
はるまきが杖を下ろして観戦モードに移行した。
火力として最後まで攻め切れよ、と若干思わないでもないが。これもオレ達の間ではよくあること。
期待に答えるため、剣を鞘に、盾をインベントリにしまい軽く手を振ってから両手持ちの大剣を引っ張り出す。
「え、あの?
はるまきさん、攻撃しないんですか?」
「私の仕事は全て終わった。あとはライナの仕事。
リーも座って見ていていい」
「え、ええー……?」
流石に座るのはどうかと思うんだが、まあ今更か。
きっちりと
……前なんか、まだ1割以上残ってるのに『あとは任せた』されたんだぜ?
しかもこっちが巨大ボスと一騎打ちやってる後ろで、おやつ出してティータイム始めたし。
あ、思い出したらほんのりと腹が立ってきたかもしれぬ。
「まあ、
カニ波動砲でじゅっ……てしたネギンボさんは、今はエフェクトも消え、綺麗な遺体になって戦場の片隅に転がっている。
綺麗だろう。死んでるんだぜ、これ?とか言いたくなるがカニ相手に言っても遺体に向けてハサミでぐりぐりされそうなので自重。
戦闘中の蘇生スキルが使えないため、床を舐めててもらってます。
蘇生アイテム? すごく高いんだ、あれ(真顔)
「ばっさりと、片付けてやるさ。相棒も見てることだしな」
両手剣に持ち替えても、やることは変わらない。
相手の攻撃を打ち払い、かわし、剣にそって受け流し。一撃で決めるため、決定的な隙を待つ。
幾度か攻撃を弾くと、カニが一度下がって両手を斜め上に構えた。
瀕死の時のみ、まれに行うこの攻撃モーションは―――
突然、カニがバッタのように飛び跳ね、前転して背中の砲筒を下に向け、こちらを押しつぶそうと飛び掛ってくる。
だがその攻撃はモーションから分かっていたし、動きも直線的、ついでに敵のHPもあと一撃。条件は、完璧!
「一刀をもって全てを断つ 『一刀両断』!」
早口の口上と共にシンプルそのものなスキル名を叫び、両手で握った大剣を真っ直ぐに振るう。
カウンターで振り抜いた剣閃に従い、トラックサイズの巨大なカニの中心に光の線が一瞬走り―――
「決着、ね」
「す、ごい……!」
様々な条件に合致した結果、巨大なボスモンスターを
真っ二つになったカニの巨体が地に落ち、轟音が響く。
軽く振るってから両手剣を肩に担ぎ、オレは笑顔と驚きの後衛二人を振り返って、お仕事の終わりを告げた。
「これにて、
こうして、若干の
推奨レベル未満の四人パーティでクエストをクリアし、若者たちは無事に水晶と温泉の街、ベルンシア地方への通行証を手に入れたのだった。
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