初心者を護衛する苦楽を秘めし突発イレギュラー
開いた左のハサミをジャブのように何度も突き出しながら、時折ハンマーのように振り下ろされる右の大バサミ。
それらを、剣と盾で捌き、避け過ぎず軽傷程度の傷でダメージをコントロールする。
「二本射ち! 圧倒的、命・中・力!」
「ちんっ。ネギぼーの攻撃は弾かれた」
「はるまき氏、ひどす!」
圧倒的見せ場のはずの弓士の矢は、固い甲羅に阻まれてミリのダメージも与えられていない。
そりゃぁ、甲羅に当てたら駄目だろー。
と思いつつ、こちらも気を抜かず、丁寧に相手の攻撃を弾いてかわす。
「ヒールステップ!
ライナさん、これで重ねがけ
「了解でございます、次は後衛の火力補助を!」
「はい!」
リーリーさんの職業である法術士は、バフ・デバフを中心とした補助系の魔法職。
バフとは能力を上げる補助効果、デバフは反対に能力を下げる妨害効果の事で、今かけてくれたスキルはHPを少しずつ回復させるバフスキルだ。
棒立ちではなく、歩行や足踏みをしている場合に持続回復をするというちょっと変わったスキル。持続回復のため一回ごとの回復量は少ないが、重ねがけができるため3回分あわせると結構な量になる。
これだけ回復してくれれば、問題なくHP満タン付近をキープできるね。
このパーティでのHP回復スキルは、バフ中心のリーリーさんと、はるまきさんが見習術士時代に覚えたヒールだけ。
大きく崩れると建て直しは難しいので、必然的に大ダメージを食らわないことが重要になる。
そのためには、後衛には一切攻撃がいかないよう、確実なヘイトコントロールが不可欠だ。
とは言っても、ネギンボさんの矢はカニに刺さってない以上、ダメージはほとんど全てはるまきさん頼り。
はるまきさんの腕なら過剰にヘイトを稼いでターゲットを奪ってしまうことはないだろう。クールごとにヘイトスキルを回すだけで、ヘイト管理は作業で十分だ。
見知らぬ人と一時的に組む野良パーティとは違う、慣れ親しみお互いの力量を分かっているからこその信頼と安心感。強敵との戦いにはとても大事な事です。
ヘイトというのは、簡単に言えば敵から見た「むかつき度」である。
全くダメージのない矢を射ってくる相手より、とても痛い魔術を使ってくる相手のほうがむかつく、つまり優先的にぶん殴りたい相手というわけだ。
だから壁役の前衛は「とても痛い魔術によるむかつき度」以上に「敵の目の前でうろちょろしたり叫んだり鬱陶しく振舞ってイライラさせる」事が必要になるわけでございます。
へいへーい、カニの分際で前向きに歩いてんじゃねーよ、鍋のおうちで自分の甲羅を蓋にして茹だってろよばーかばーか。
……まあ、声には出さないんですけどね? 効果の有無はさておき、今日初対面の後輩の前でくらいはかっこつけたいし。
「ネギぼー、関節を狙う。無理なら足のあたりを適当に」
「狙ってる、のですが!
ぬああ、圧倒的に動き回る、もうちょっと動かないように足止めして!」
おうおう、簡単に言ってくれるもんでございますなぁ。
と思いつつも、要求には答えるのが助っ人の務め。
振り下ろされたハサミをかわしつつ、ハサミの上から振り上げた盾を真下に叩きつける!
「防壁の衝槌!」
振り下ろした盾と地面に挟まれ、痺れたように動きを止める右の大バサミ。防壁の衝槌の追加効果、短時間のスタンである。
射線を通すために一歩どいたすぐ脇を矢が飛んで、ハサミに当たって弾かれた。
「ちんっ。動かないハサミに圧倒的命中。
そもそも盾に敵を止めろとか要求するのは大幅減点、火力の方がずっと自由度がある、自分で当てられるようになれ、ネギなんだから」
「むきー、圧倒的強敵……!」
ちらりと振り向くと、無表情で煽るはるまきさんと顔を真っ赤にしたネギンボさん、ひょっとしてノーコン?って顔でリーリーさんは苦笑してた。
うん、ひょっとしなくてもノーコンじゃないかな?
前衛としては、もう少し的中率が欲しいものでございます。
あと、スタンさせた直後にぼくが一歩どかなかったら、多分わき腹に刺さってた。
「ネギぼー、攻撃はこうやる」
はるまきさんが掲げた杖の先、氷の矢が生じる。
「アイスアロー!」
真っ直ぐ飛来した一本目の矢は、カニの左目に突き刺さった。
続く二本目の矢は、当たる前にカニが動き出したため関節にこそ刺さらなかったものの、足の一本を真っ白く凍りつかせている。
「はるまきの、圧倒的、狙撃力」
「はるまき氏、それオレのセリフぅ!」
ある意味で遊んでる二人の横で、真面目な顔をしたリーリーさんがロッドを振り上げる。
「ライナさん、3秒ほど足止めできますか?」
「任せろ、でございます!」
いいさ、どんどん要求してくれ。多少の無茶など、腕前でねじ伏せる!
とは言え、今の
なのでこちらは、その場から動かないようにするため、あえて相手の大技を誘う。
「はっ、ていっ、回避&パリィ!
からの―――飛び乗る!」
防壁の衝槌はまだクールタイム中のため、一定時間が経たないとスキルの再使用ができない。
なので、もっとも簡単な足止め方法として、振り下ろされたハサミを足場にカニの甲羅に飛び乗った。
「3秒後!」
足止め準備オッケー、ということを声高に叫びつつ。
背中に乗られた場合の特殊行動、その場で高速スピンを始める寸前にカニから飛び降りる!
がりがりがりと地面を削る音が響き、伸ばした大小のハサミがうなりをあげて背後を過ぎるのを風圧で感じながら着地。
「アースコネクト!」
リーリーさんの声が響き、魔術で作られた魔法のロープが回転するカニを束縛しようとして
「あ!」
そりゃ、高速回転してるんだからなぁ。
ロープはカニの動きを押しとどめることあたわず、一瞬で弾けとんだ。
うん、回転が止まってから魔術を発動するべきだったんだよ。
「ごめん、3秒後に回転が止まったら動かなくなる、ってちゃんと教えるべきだった!」
「すみません、私こそ考えれば分かるのにすみません!」
「良い良い、こうして学ぶのよ」
この結果を予想してたらしいはるまきさんが、フォローともつかぬことを言いながら
「フレイムランス!」
回転を止めて心なしか目を回しているカニ目掛け、大きな炎の槍を叩き込んだ!
炎の槍は左のハサミに突き刺さり、爆発を起こしてハサミの片方の刃を吹き飛ばす。
「圧倒的、必殺! 重撃矢!」
さらに続いて、動かない
今度こそ足の先に矢が突き刺さり、小さな爆発を起こして先端を吹き飛ばした。
「重破断!」
こちらも負けてられませぬな。
重撃矢と同じく威力重視の単発スキルをうまく当て、一度に足を二本へし折る。
合計4本の足と左のハサミが駄目にされたカニは、両手を振り上げて大きく体を震わせ、手足を折りたたみ体を縮こまらせた。
縮こまったカニの残りHPは、ちょうど3割。
ここからは、いわゆる発狂モードと呼ばれるボスの本気モードだ。
動かなくなったカニから離脱、後衛3人とも距離を開けた位置で剣と盾を構えなおす。
さあ、あとは―――
「ぬおお、圧倒的、ちゃーんす到来!」
ちょ、そこで来るのかよ!
距離を開けたぼくとは対照的に、カニの真横から弓矢を構えて突っ込んだネギンボさん。
おそらく近接弓スキルを使おうとしてるんだろうが、それは死亡フラグ、いや壊滅フラグ!
「馬鹿、下がって!」「零閃、双矢!」
零閃双矢。
ゼロ距離からの迫撃スキルで、拳が触れるぐらいまで敵に接近する必要があるかわりに威力は絶大。
はるまきさんの制止と同時に放たれた、弓士最大火力の攻撃が―――1点たりともダメージを与えられず、ただ莫大なヘイトだけをたたき出す。
今は発狂モード直前の準備状態、言うなればボスにとっての
カニの場合、この間は全てのダメージを無効化し、またこれまで溜めたヘイトが全てリセットされる。
「だ、ダメージぜろ……!?」
「あーもう!」
はるまきさんが珍しく感情をあらわにしつつ、この後の攻撃の射線から逃れるために、ローブを翻して回りこむように奥へ向かって走っていく。
ダメージが0だったことにショックを受けたネギンボさんはボスの前で棒立ち、カニが足をたたんだままゆっくりとネギンボさんの方へ向き直る。
カニから見てネギンボさんの後方では、どうすればいいか分からずにリーリーさんがロッドを握り締めて困惑の表情をしていた。
「リー、走って!」
「リーリー様、こっちへ!」
カニの向きを調整するために離れていたリーリーさんとの距離を、必死に走って詰めながら叫ぶ。
変身シーン中はヘイトスキルが通用しないため、次の攻撃までの短い時間で零閃双矢を上回るヘイトを稼ぐことは不可能。ならば回復役のリーリーさんだけでも守る!
リーリーさんは、一瞬だけ反対側に離れたはるまきさんを、カニを見上げて後ずさりするネギンボさんを見てから、こちらに向けて数歩走り出し
鉱石で形作られたカニの甲羅が
筒の先に黒と緑の光がスパークし、膨大な魔力が景色を歪ませるほどに圧縮され―――
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