火魔術は焼きエビもカニ鍋も作れる万能ファンタジー

 天井付近から水滴が落ち、水面に小さな波紋が広がる。

 一つ、二つ、波紋が続く。いや、さらに多い―――水滴はもう止まっているのに。


「敵襲、水中から!」


 斥候系統の弓士より先に敵の存在を察知し、剣を抜きながら声を放つ。

 前衛1、後衛3のパーティ。

 自分の後ろの3人が戦いに備える音を聞きながら、水面と周囲を視界に収め、タイミングをあわせてスキルの発動に備え―――


 水面より弾丸のように飛来する赤い影。

 左手の盾でかち上げるように振り抜き、ベストのタイミングで真上に弾き飛ばす。


『開戦の狼煙のろし

 相手の攻撃を真上に打ち払うパリィすると共に、対象のヘイトを増加させる初手向きのスキルだ。

 パリィの特性として完璧に払う事でどんな強力な攻撃も無効化し、またスキルの特徴で対象のヘイト総量が少ないほど多くのヘイトを稼ぐ。


 まあせっかく稼いだヘイトではあるが……すぐに死ぬ敵にはあまり意味はないな。


「フレイムランス!」


 後方から飛んだ炎の槍が天井に叩きつけられた敵に突き刺さり、青い火花と小さな爆発を起こす。

 すぐに落ちてきた一匹目は無視し、続いて飛び出す後続に対し盾を、剣を振るって危なげなく打ち払っていく。

 突進を捌かれた敵達―――頭がエビで胴体がトカゲのモンスター、シュプリンザーの群れは地面で体勢を直すと、こちらに向かってハサミをカチカチと鳴らした。


「さあ、お弁当を現地調達でございますよ!」




 所詮はダンジョンのザコ、奇襲さえきっちり防げれば特別怖いことはない。

 危なげなく攻撃を引き付け、防いでいなし。

 後衛3人が集中して一匹ずつ片付けていくことで、すぐに戦闘は終わった。


「出来たてのお弁当、いっちょあがりでございますな」


『解体』スキルの力で、こんがり焼けたモンスターシュプリンザー料理焼きエビに変わる。

 ゲームとしてのドロップアイテムと、敵を炎で倒した処理との間を取ったような、微妙な結果。

 だが微妙な結果だって良い、そもそもエビなのは頭とハサミだけじゃんとかこれっぽっちも気にしない。

 なぜなら、トカゲよりエビのほうが響きが豪華でおいしそうだからだ!


「お腹も空いてきたとこだし、腹ごしらえに致しましょう」


『解体』のおかげでモンスター一匹あたり焼きエビ2つ。各自のインベントリに自動で入った分を一旦はるまきさんに渡し、香辛料などで味を調えてもらう。

 そうして進化した、アイテム名『焼きエビ+』を皆で分け合い、乾いた地面に座って焼きエビおやつタイム。


「ふわぁ、すっごいエビの味ですね!」

「高温で一気に焼くのがおいしさの秘訣。

 ここの水は塩気が多いから、過剰な香辛料はかえって逆効果」

「さすがははるまき氏、食への探究心が圧倒的熟練者なりぃ」


 同じギルドの3人が盛り上がるのを、言葉少なに輪の外側から眺めつつ。

 香ばしい焼きエビ、いや焼きエビ+を堪能しながら、マップを開いて念のためこの先のルートを再確認しておく。


 うん、今の時間ならこの道が通れるから……


「ライナ、おいしい?」


 すぐ隣にはるまきさんが身を寄せ、一緒にマップを覗き込んできた。

 まるで黒い滝のように艶やかで真っ直ぐな黒髪が、身じろぎにあわせてその豊かな胸から零れ落ちてぼくの腕に触れ、少しどきっとさせられる。

 その横顔をそっと見れば、白く滑らかな肌に整った鼻筋、頬はかすかに色。


「ええ、いつもありがとうございますね」

「任せて、毎日だって料理する」


 色の頬の上では、釣り目がちな黒い瞳が、口の端からはみ出したエビの瞳とともに真っ直ぐウインドウを向いている。

……相変わらず頭を殻ごと齧ってるよ、この人。

 見た目はすごい美少女、全身黒ずくめで無表情、口からエビの頭が覗いてる。うん、シュールorホラー。


「ルートは予定通り?」

「大丈夫でございますよ、はるまき様。

 ツアーガイドはお任せあれ、でございます」

「うん。

 ガイドと護衛と知識と肉壁と話し相手と荷物持ちと友達、全部頼りにしてる」

「なんという過重労働……!

 さすが、黒ずくめブラック魔術師マジシャン


 そもそも今日ここに来た理由は、はるまきさんに助っ人(兼、ガイドと護衛と知識と略)を頼まれたからである。

 通称、第二エリア開放クエ。

 このクエストをクリアすれば、晴れて王都の北西から次のエリアへ進むことが出来るのだ。

 山岳地帯、水晶と温泉の街、ベルンシア地方へ。


 護衛のぼくと、フレンドで魔術士のはるまきさんはクリア済み。

 クエをクリアしたいのが、はるまきさんの後輩のリーリーさん(レベル20)と、同じくネギンボさん(レベル22)の2名。

 合計4名とやや少な目の人数ではあるが、余裕たっぷりのはるまきさんに連れられて、ぼくらはここ『潮溜まりの洞窟』に来ている。


「ライナさん、この先はまだ長いんですか?」

「半分を越えてますから、もうすぐ深部でございますよ。

 今日のクエでは最深部に行く必要もございませんし、ネギンボさんが食べ終わったら出発致しましょう」

「すまぬ、焼きエビが圧倒的美味ゆえ、すまぬ! もぐもぐ」


 一人だけまだ焼きエビを食べているネギンボさんにごゆっくりと返しつつ、ボス戦に備えて仲間の、特に今日初対面の後輩二人の強さを再確認しておく。


 この世界、プレイヤーが調理した食べ物は普通においしいからなぁ。いくら食べても太らないし、気持ちは分かる。

 ちなみにぼくとリーリーさんは1つずつ、はるまきさんは3つ食べ終わってます。ネギンボさんが食べてるのは2つ目ね。

 はるまきさん、大食い&早食い。あと殻まで綺麗に咀嚼ばりばりしてた。


「私も、もっと食べたほうが良かったんでしょうか?」

「リーは食が細い、もっとしっかり食べないと太れない」

「太れなくてもいいです!」


 うん、太りたいって思ってる女性は非常にレアなんじゃないかな?

 はるまきさんが太りたいと思ってるかどうかは知らない。そんな地雷は踏まない。


「春巻きは具が多くてぱんぱんに詰まってる方が好み」

「あの、私は春巻きではないので、ぱんぱんに詰まってなくていいです!」

「圧倒的 完・食!

 氏ら、お待たせしました」


 全員、満腹度はほぼ満タン。特別長いダンジョンでもないし、あとはクリアまで休憩&食事おやつなしでも余裕で行ける。

 ついでにHPとMPも焼きエビ+で満タンになっている事を確認し、賑やかしい若者たちに笑いながら先頭を歩き出す。


 って、後輩を若者とか、我ながらすっかり年寄りじみた感覚が染みついてるなぁ……まあいいや、年季が入ってるのは事実だし。


「それじゃ、ボスまでさっくりと参りましょう」




 水中から奇襲してくるエビトカゲシュプリンザーと、逆さまで足を広げて回転しながら飛んでくるイカ竹トンボスクアプロールを退け、洞窟型ダンジョン、潮溜まりの洞窟の深部へ踏み込む。

 ぼくとはるまきさんは、少し減っているMPを最下級のMPポーションで回復。

 一度目を合わせて小さく頷くと、足音を抑え気味にして静かに歩き出す。


 洞窟―――ダンジョン内は明るく、視界は良好である。

 昼夜を問わず、壁や地面に限らず、空間自体がほのかな光を帯びているのだ。

 屋外で夜だと、ダンジョンよりも暗くなる。地下道みたいなもんだな。

 ともあれ、十分な明かりが確保された無骨な洞窟内を、気配に注意しながら静かに進んで行く。


 今日受けているクエストのボスは徘徊型で、特定の場所で待ち構えているわけではなく深部のどこででも遭遇する可能性がある。そのことを、あえて後輩二人には説明していない。

 はるまきさんから、教えないでと頼まれているからだ。

 後輩だからって、ただついて行くだけで通行フラグが立つような、作業ゲーにさせる気は全くないってことです。はるまきさんも、ぼくも。


「そう言えば、少し通路が広くなりましたね」

「圧倒的見せ場、到来の予感!」


 ここまでは洞窟の通路も狭く、小型のモンスター相手では弓士のネギンボさんはちょっと大変だったろう。

 弓ではなくナイフで戦う場面も多く、いまいちスキルを活かせてなかったのは事実だ。

 でもここからは洞窟も広くなるし、ここのボスは遠距離で攻めるのが一般的な攻略法。ぜひとも圧倒的見せ場を頑張って欲しい。


 必ず発生する発狂モードは、やっぱり飛び乗って回転後の硬直を狙うのがいいかなぁ。はるまきさんが居れば、火力は十分だろう。

 このパーティだとぼく以外は砲撃がかするだけで死にそうだが、必殺技を不発させて完封してしまうのは味気ない。

 見せ場を作って盛り上げるのは、ただ勝つよりよほど手がかかる要求だが。期待通りこなしてこその助っ人……兼、ガイドで護衛で話し相手だ。要求が過重。


「ライナ」

「どうしました、はるまき様?」

「鉱石、よろしく」


 はるまきさんが指さしたのは、洞窟の壁の少し緑色になった部分。


「護衛やガイドの他に、鉱夫まで追加要求でございますか……」

「ライナさん、頑張ってください!」

「圧倒的期待感……!」


 ちょっとうなだれるぼくの背に、後輩達の声援が暖かい……いやこれ、逃げ場を封じてるだけだよね?

 まあ仕方ない。どうせこうなると思ってたしな。


 剣は腰の鞘に、盾はインベントリにしまい、かわりに採掘用のツルハシを取り出す。

 インベントリというのは、異次元にあるカバン、とでも説明すればいいかな?

 ゲーム的に言えばアイテム欄。手に持たず物を持ち運べるので便利だけど、荷物の重量は全身に加えられるので持ち過ぎ注意。あと、体重計も注意。


 色合いと分布を確認し―――この辺だな。


「よいせ、っと」


 ツルハシを一撃、二撃。ごろごろと鉱石が地面にばらまかれていく。

 どう見ても掘られて凹んだ壁の容量と、地に落ちた鉱石が釣り合っていないが、そこはそれ、ゲーム的ご都合主義でOKでございます。


 ぼくの職業は剣士だが、採掘スキルは生産系スキル枠に余裕があるので取っている。

 ソロでもダンジョンの深くまで来れるし、小遣い稼ぎに便利なので、ちょくちょく掘りまくるうちに結構なレベルに達していた。

 たまに採掘の護衛依頼とかもあるけど、そういう時にも都合がいい。下手な職人よりも採掘レベル上がってるだろうし。


 そんなことを考えながらツルハシを振るい、一分もせずにこの場所の鉱石を掘り尽くす。


「採掘完了、でございます。

 緑銀鉱は山分け、それ以下の鉱石は欲しい人がご自由にでいいでしょうか?」

「ライナさんが掘ったのに、山分けでいいんですか?」

「皆で冒険に来てるんだから、いいのでございますよ」


 この辺、分け前とかに正解はなく、ギルドや個人の考え方次第だ。

 ぼくの場合は護衛中であれ散策であれ、採取目的で出かける時以外はだいたい山分けにする。

 でも野良ではスキル持ちが全部自分のものとか、ランクの低いものだけ人に分けるとかの人も居て、分け方は千差万別。

 採取スキルを覚えるためのスキル枠、スキル上げの手間、採取関連で必要となるインベントリのスペース、採取時間などを考えると一概にどうすべきとは言えないのだ。

 だから、大事なのは、自分が納得できるか。自分の選択に胸を張れるか。そう思ってる。


……分け前の決め方を聞かれたので、ついそんな余計な事を話してしまった。

 後輩の、特にリーリーさんのきらきらした眼差しがちょっと眩しい。ああ、希望に輝ける若者感、我が身の年寄り感。


「ライナはフレだし特殊な例だから、もし野良で行くなら注意すること。

 分け前は事前に確認しておくのがスムーズ」


 ぼくの説明に、慣れた様子ではるまきさんが注釈。

 特殊ではないと思うがなぁ……フレで行くと、山分けが普通だと思うけど。


 いや、一般的にはそうでもないのかな? フレの作り方とか求めるもの次第か。


「圧倒的、お人よしぢから……!

「わかりました! ライナさんはお人よし、覚えました!」

「君たち、正座してくれたまえでございます」


 笑いながら敬礼する後輩達の脳天に軽くチョップを落としつつ、拾った緑銀鉱を渡す。

 はるまきさんだけは、渡そうとすると「持ってて」と言われた。

 これは想定通り。魔術師は非力だし、荷物が重くなればそれだけ疲れるのだ。

 だから、要求事項の中に荷物持ちが含まれてたのである。


 改めて、過重労働だよね? 鉱石が重いだけに。


「そういえば、当時は分かってなくて気にならなかったですけど。

 ギルドのマスターと行った時、採取した物全部、何も言わずに一人で持ってってましたもんねぇ」

「あれは……気にしない方がいい」


 珍しく、自分のギルドの責任者マスターの話をしてちょっと困ったように苦笑するはるまきさん。

 目的やコンセプトがあったり、はるまきさん達のところのように特に趣旨はなかったり、ブレイブクレストの中には様々なギルドがありますが。

 どこのギルドも、すべからく和気あいあいとはいかないわけですな。


 地面に散らばった鉄鉱石の中で、特に質の高いものだけを拾う。

 荷物の重さは、ステータスのSTRの値により、一定の値まではゼロになる。

 戦士の力はかなり高いため、品質の高いものを全て拾っても重さはまだまだゼロ範囲楽勝だ。でもボス戦が控えているしまだ掘るので、高品質以外は拾わない。


「私はSTRがないので、これ以上持ったら重くなっちゃいます。だから他の鉱石は不要です。ネギさんは?」

「圧倒的空き袋、遠慮なくいただく!」


 残った鉱石を全部もらい、ほくほくのネギンボさん。

 ステータスをちらりと確認―――あの量でこのSTRだと、確実に荷重が発生しているはずだが。まぁぼくから言わなくていいか。

 すぐにボスが出れば、疲労を感じるほどでもないだろうしな。

 フラグ? いやいや、そんなことは。


「じゃあ次の採掘場所に行こう」




 その後、さらに二か所で採掘。緑銀鉱と低級鉱石の他、レアな緑柱晶もいくつか入手した。

 そもそも助っ人が目的だから、今回は念のため40装備一式を持って来ている。荷物持ちとしてはるまきさんとリーリーさんの鉱石分け前も預かったので、鉄鉱石はもう拾わない。

 ちなみにネギンボさんも鉄鉱石の抱えすぎですっかりバテており、拾った分を捨てている始末だった。ぜえぜえいってるし。


 そんなこんなで、ほぼ全員が荷物一杯のまま、それでも四か所目での採掘の途中。

 かすかに聞こえてきた音に、ぼくは黙ってつるはしをインベントリへしまった。


「採掘は、ここまでにいたしましょう。

 拾いたければご自由にどうぞでございます」


 手早く三人分の緑銀鉱を拾い、インベントリに放り込むとともに盾を取り出す。

 目線を向ければ心得たもので、はるまきさんもゆっくりと杖を構えて戦闘準備を始めた。


 先輩二人の様子に気づかず、重量と相談して鉄鉱石の品質吟味を繰り返すネギンボさんを後目に、リーリーさんが不思議そうに尋ねてくる。


「ところで、さっきから採掘ばっかりしてますけど、ボスはまだなんですか?」

「はるまき様、ご説明を」


 ガイドのお仕事は放り出し、後輩の相手は仕掛け人のはるまきさんに丸投げ。

 こちらは徐々に迫ってくる音に対し、一番先頭に自然体で立った。


「リー、ネギぼー」

「はい、なんですか?」

「圧倒的大量……!」


 リーリーさんが視界の端で小首をかしげ、吟味の終わったらしきネギンボさんが重そうに立ち上がると同時。

 また、はるまきさんが一歩下がり、ぼくが剣を抜き放つのとも同時に。


晩御飯・・・よ」


 ごばあぁぁぁっ、と先ほどまで掘っていた壁が吹き飛び


「岩鉄の大壁!」


 構えた盾を中心に広がった半透明の壁が、次々に飛来する岩壁の破片から後方の仲間達を守る。


「きゃぁっ!」

「ひよわー!?」


 歓声とも取れる後輩たちの奇声に迎えられたのは、一言で言えばトラックサイズの巨大なカニだ。

 近づいて鉄槌のように振り下ろされるは、右側だけ不釣合いに巨大化したハサミ。それを開戦の狼煙開幕ヘイトスキルを発動しながら剣で打ち払う!


「さあ、本日のメインディッシュでございます!」


 潮溜まりの洞窟の深部を徘徊するボス、金属の甲羅に覆われた緑のカニ、グリンドリルクラブ。

 甲羅の物理防御力が非常に高く、適正パーティは25レベルの戦闘職5名(含む魔法火力職)


 対する我々は、後輩たちが21と22レベル(リーリーさんはさっきレベルが上がった)

 それに、ぼくとはるまきさんが、制限機能でレベルを下げているのでレベル20だ。


 魔法火力が居るとは言え治癒士純粋な回復役がおらず、今のパーティでは普通に考えれば無謀・・。野良ならまず断られるレベルである。


 それでも、ぼくらは4人でボスに挑みに来ているし、当然負けるつもりはない。

 こいつを倒せば今日のクエストは達成晩飯はカニ鍋、いっちょ気合入れていきますか!

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