飽きっぽい廃人ゲーマーによる宴会屋式MMO攻略術 ~七夕に交わした姉妹の再会の約束を叶えるとか面白そう~

岸野 遙

『七夕の約束を叶えるために』 ~宴会屋、はじめました~

プロローグ 過ぎし日の七つの夜

 居並ぶ屋台に、きらびやかな光。

 吊るされた提灯に書かれている店名さえ、魔法の言葉のように無色の光をとりどりに彩る。

 年に一度の逢瀬がどうとか……というのは、小学生の自分にはよく分からなかったけど。

 妹と手をつないで見るこの景色は、世界で一番綺麗で、まるで夢か魔法のようで。

 今日この時だけは、苦しみも悩みも忘れて、興奮でつないだ手に力を込め、色んなものを指さしては二人ではしゃいだ。



 小さなプールで泳ぐ、赤と白と黒の金魚。

 おねえちゃん、赤とか白なのに、きん色じゃないのに、どうしてきんぎょなの?

 きっと、大きくなったら金色になるんだわ。

 すごい! きんぎょってすごいね!


 たこ焼きやお好み焼きなど、定番の屋台が焼けたソースの匂いを振りまき。

 いいにおい……おねえちゃん、おなかすいたね。

 まってね、何か食べられるものがあると思うから。

 うん、おねえちゃんがえらんで!


 ゲーム屋の店の前では、最新作の映像が大画面で映し出される。

 ほわぁ……おひめさまだぁ、きれい……

 へえ……ゲームって、おひめさまでも、なんでもなれるんだって。

 すごい! ゲームってすごいね!

 あ、でもこのブレイブクレスト?、っていうゲームだからみたい。どんなゲームでもじゃないみたい。

 ぶれーぶくれーと、すごい! やってみたい!

……わかったわ。じゃあ、大きくなったら、いつか一緒にやろうね。

 うん!



 妹とつないだ左手とは逆、小さな右手の中にあるのは、たった二枚の硬貨。

 ずっと前に、こっそりお母さんがくれたものをとっておいた、大事な大事な全財産。

……屋台で何かを買うには、どうみても足りない、全財産だ。



 おねえちゃん……おなかすいたね。

 ご、ごめんね、買うものえらぶから、もうちょっとだけまってね。

 うん……



 こんなはずじゃなかった、と。

 小さな手を強く握って、焦りを隠して姉は歩く。

 妹の不安そうな顔を見ないようにして、必ず何かあるはずだから、必死で人ごみを歩く。


 途中、人ごみにぶつかって痛いと泣くいもうとを宥めて待たせ、自分ひとりで必死に探す。

 探す、探す……でも見つからなくて。

 泣きそうになりながら必死に歩く少女に、幸運にも物好きな店主が手を差し伸べた。


 全財産で買えたのは、ピンク色の、大きくてうすっぺらいせんべい。

 それに薄めた水あめで絵を描き、オレンジのスプレーチョコと緑の丸いチョコを貼り付けた、いわゆるおえかきせんべい。

 本当は硬貨3枚ないと買えないのに「にしょくずりでいんくだいが安いから」というよくわからない魔法の言葉とともに持たされて。

 泣きそうになりながら、少女は頭を下げた。


 袋に入ったせんべいを、守るように腕で覆って。

 割れないように、力を入れないように、気をつけて。

 まるで濁流のような人ごみを、小さい体を駆使してすり抜けて。


 果たして、そこに。

 妹は、待っていなかった。



 なんで、どうして。待っててって言ったのに、なんで居ないの?

 もしかして、自分が妹を待たせた場所を間違えたのだろうか。

 どうして。どうして。

 いや、理由なんていいから。

 どこにいるの? どこに行けば、会えるの?


 見上げる空に星もなく、されど珍しく雨もなく。

 宛てもなく、頼りもなく、がむしゃらに走る。

 強く抱え込んだせんべいが割れたことにも気づかずに。

 妹の名を呼ぶ。


 呼び声を聞いた誰かが、少女に教えてくれた。

 迷子になったりはぐれた人が行く場所があるから、そこに行けば会えるかもしれない、と。

 その場所を聞いてお礼を言いながら、親切な申し出を最後まで聞きもせず、少女は走り出した。

 迷子センター、なる場所へ。



「あっ、おねえちゃん!」


 妹は、そこに居た。駆け寄る姉を見つけて、笑顔で手を振った。

 安堵と、不満と、怒りと、疲労と、空腹と、ごちゃごちゃになって


「みかん! なんで待ってなかったの!」


 駆け寄って抱きしめるはずなのに。

 泣きそうになりながら、笑顔の妹に、文句を言ってしまった。


 違う、そうじゃない。

 無事でよかった、会えてよかった、心配した。そう言うはずだったのに。

 会ったらどうしようなんて、考えてなかったから。

 あまりにも、妹が笑顔だったから。

 自分はこんなに不安だったのに。苦しかったのに。


 だから、そう、叫んでしまった。

 一瞬で笑顔を曇らせて泣きそうになる妹の顔を直視できず、顔をそむけ―――


「みかんちゃん、トイレに行きたくて、我慢できなかったんだって。

 それで、トイレから戻る場所が分からなくなっちゃって、迷子になってたんだよ」


 泣きそうなみかんの頭を勝手に撫でながら、知らない少年がそう説明した。


「な、何よあんた!

 みかんから離れなさいよ!」


 知らない相手は気をつけなくちゃいけない。いや、知ってる相手だって気をつけなくちゃ。

 私がいもうとを守らなきゃ、だって私はおねえちゃんなんだから。

 咄嗟にみかんを抱きかかえて奪い、知らない少年を睨む。


「おこんないで、おねえちゃん。

 このおにいちゃんは、みかんをここまでつれてきてくれたの! わるいおにいちゃんじゃないの!」

「……ほんとう?」

「うん。

 えっと……じっとまってなくて、ごめんなさい……」

「あ、いや、えっと……いいのよ、トイレじゃ仕方ないし。おねえちゃんこそ待たせてごめんね」

「うん!」


 みかんが、やっとおねえちゃんに抱きつく。

 もう一度小さく、ごめんねと呟いて、少女は妹の頭を撫でた。


「人が多いから、もうはぐれないようにね」

「……言われなくても、そうします」


 まだ警戒しているらしい声音と表情を感じとったか、苦笑する少年。

 たぶん、小4の自分と同じか1つ上の学年かなと考えながら、その顔をじっと見る。

 髪が短い……そのくらいで、さほど特徴のない少年だ。辺りが暗いせいもあり、なんというか記憶に全く残らないだろうなと思った。

 そんな姉の気持ちを知らない妹は、顔をあげると元気よくお礼を言う。


「おにいちゃん、ありがとう!」

「どういたしまして。

 おねえちゃんとはぐれないように、トイレも一緒に行くようにね?」

「うん!」

「あと……」


 少年は手にしていた袋を、これまで一緒に居た妹ではなく、自分のことを警戒している姉に手渡した。

 中には、半分残った袋のわたあめと、ペットボトルが一本。それに何か小さなもの。


「おなかいっぱいだから、よかったら食べるか捨てといてよ」

「な、なによこれ」

「わたあめだよ?

 袋で買うと2本入りだから、一人じゃ食べきれないんだ」


 まず、わたあめというものが何なのか、少女は名前しか知らない。

 だけどそれを聞くのもなんだか気に入らないし……なんて考えていたら


「それじゃ、気をつけてね」

「おにいちゃんありがとう、ばいばい!」


 少年は少女の葛藤に気づかずに、手を振ってあっさりとどこかへ行ってしまった。



 あとに残された姉妹。

 姉が受け取った袋を覗き込もうとする妹の鼻先に、少女は自分の戦利品を見せ付けた。


 見なさい、甘くておいしそうなのを買ってきたわ。一緒に食べま……これ……

 これ、なぁに?

 えっと、その……こっ、こなせんべいよ!

 こなせんべい! きらきらして、きれーだね!


 こなせんべい。

 なるほど、おえかきせんべいであったそれは、人ごみを無理に走ったせいで、かなり細かく割れてしまっていた。

 でも、何か買って一緒に食べることを楽しみにしていた妹に、まさか割れちゃったなんて言えない。

 だからこれは、そう、これは最初からこなせんべいであって、私って頭いい!


 ピンクの部分はほんのり甘くて、オレンジの部分はとっても甘くて。

 お腹が空いてたのも手伝い、いもうとと一緒に食べるこなせんべいはおいしかった。


 それから―――仕方なく、食べ物を捨てるとバチが当たるから、渡されたわたあめを生まれて初めて食べた。


 妹が歓声をあげ、自分も思わず叫びそうになった。

 それくらい、ふわふわで、あまあまで、口の中で溶けちゃって、すごくおいしかった。

 そう、悔しいけど、おいしくて―――


「わたあめは、こなせんべいの、つぎにおいしいね!」

「えっ?

 そ、そうね! みかんはとってもえらいわね!」

「ふにゃ? えへへー」


 危なかった。そうだ、負けてない。強敵だったけど、思わず負けを認めそうになったけれど、審判は妹であってわたあめはこなせんべいの次なのだ。

 こなせんべいは、わたあめより強かった。つまり少女は、あの少年に勝ったのだ!


 あと、ペットボトルのジュースも強かったけど、わたあめよりは弱かった。

 つまりこなせんべいが1番強くて、2番目がわたあめで、3番目がジュースだったのだ。



 ちなみに4番目は、袋の中に入っていた2つのコマだった。


「これも、きれーだね」

「そうね」


 赤と、オレンジ。まるで自分たち姉妹のように、光の線を引いて回るコマ。

 自分は食べ物しか買えなくて、でもこなせんべいが一番だったから。これはおいしくないし、4番目であって、自分は負けてない。


 そんな、小さな自尊心を満たし、やっと心に一息ついた事で。

 今更になって、自分はお礼一つ言っていなかったことに、気づいてしまった。

 迷子になっていた妹を、ここまで連れてきてくれて。

 一緒に待っててくれて、あんなにおいしいものをくれて。

 なのに自分は、お礼の言葉一つ言わず、最後まで睨んでいただけで―――


 黙りこむ姉に、無邪気な顔でどうしたのか聞いてくる妹。

 笑顔でなんでもないと答えると、手をつないで。

 帰る前に、まずはトイレに行こう。

 また妹が行きたくなってはぐれたら困るので。

 断じて、自分が行きたいからではないんだけれど、せっかく行くなら自分もトイレに入るつもりでつまりトイレにまず行こう。



 そんな小さな姉妹のことを、広場に立てられた大きな竹が見守り。

 風に揺れる無数の短冊達が、歩き出す姉妹を見送るように、一斉に葉ずれの音を奏でた。


 その後、トイレが行列で10分ほど待たされて少女が青い顔をするのだが、それはまた別の話である―――

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