異変6

「師匠、すいませんでした」


 ネクロちゃんは、意識が戻るや否や、すぐにその場で跪き、土下座をした。


(何だコイツ、急に土下座なんてして何がしたいんだ?)


 その様子を見たのであろう、魔王の声が脳内に響く。 この時ばかりは、珍しく魔王と意見が一致した。 本当に、何で土下座をしているんだろう?


「えーと……ネクロちゃん、急にどうしたの?」


 俺は事態が呑み込めずに、一瞬、思考が停止したが、そんな中でも、何とか言葉をひねり出す。 すると、何故かネクロちゃんは、より頭を地面に押し付けた。


「私は、自分で自分を抑えることが出来ずに……中武師匠に酷いことをしてしまいました。 本当に申し訳ありません!!」


 その言葉を聞いて、何故ネクロちゃんが、土下座をしているのか何となくわかった。 てっきり記憶は抜け落ちているものだと思ったのだが、魔人化しかけていた時の記憶は、どうやら持ったままらしい。


「いや、特に気にしていないから顔を上げてくれ」


 児童に土下座をさせている絵面は、どことなく犯罪臭がして落ち着かないためネクロちゃんに顔を上げてもらう。 それでも申し訳ない気持ちが先行しているのか、ネクロちゃんは俯いたままだ。


「本当に気にしてないから、というか、魔人化しかけたのは俺のせいでもあるし、むしろ指導していた側としてこっちが謝りたい。 コチラこそ、本当にすまなかった」


 ネクロちゃんに向かって頭を下げる。 すると、今度はネクロちゃんが先ほどの俺と同じような心境になったようで、急にオドオドし始めた。


「いッいえ!! 師匠、顔を上げてくださいッ!! 私の方が、どう考えても悪いんですから!! 師匠は全く悪くないです。 むしろ私を助けてくれたじゃありませんか!!」


「いや、そんなことは無い。 俺も配慮に欠けていたのは事実だ、まさか、魔物の返り血を浴び続けると、ああいったことが起こるなんて理解していなかったんだからな。 だから、どちらも悪かったということで、もうこの話は終わりにしよう。 俺も気にしないから、ネクロちゃんも、この件で謝るのは無しだ」


「で…でも」


「何だよ、何か不満があるのか?」


「いえ…ありません。 ですが、その……ありがとうございます」


 ネクロちゃんが顔を伏せて俺に対してお礼を述べた。 本当に俺の無知だったことが原因なので、お礼の言葉は必要ないのだが、この場を収めるためにも今回は素直に言葉を受け取っておく。


「そういえばネクロちゃん、話は変わるが、魔人化しかけたことで、ネクロちゃんの魔力量がかなり上がっている。 せっかくだから魔法とか使ってみたらどうだい?」


「本当ですか? ですが、魔法は一般的に貴族やお金持ちが学ぶものだったので、平民である私は魔法の使い方をを知らないんですけど」


「学も何も魔法って、詠唱すれば、勝手に発動するんじゃないの?」


(それは、お前だけだバカ)


 俺がネクロちゃんと話している途中で、魔王が割り込んで来た。


「シュヴァリエ、そうなのか?」


(当たり前だろ、ちょっと考えればわかるだろう。 それと先に言っておくが、人間の使う魔法なんぞ知らんから、私がガキに魔法を教えるのは無理だからな。 あと、面倒くさいし)


 面倒くさいというのが教えたくない理由の様な気がしたが、前回、かなり無茶を言ってネクロちゃん用の薬を作ってもらったんだ。 今回は引き下がることにしよう。


「わかった。 とりあえず魔法を使用しない方向でいこう」


(……えらく素直じゃないか、まあ、ダンジョンを攻略したなら、ガキは、この地域一帯の英雄だ。 すぐに学べる環境ぐらい整えてもらえるだろ)


「だな。 それに、余計なことをして、また魔人化みたいになられても困るし、とりあえず、魔物はこれから全て俺が倒そう、当然ダンジョンマスターも俺が倒す」


「ええッ!? ちょっと待ってください中武師匠!! ダンジョンマスター戦では私も戦います。 師匠1人に任せっぱなしなんてできません!!」


 俺の発言を聞いてネクロちゃんは声を荒げて会話に加わってきた。 シュヴァリエ、と会話しているときには極力会話を邪魔しないようにしていたみたいだが、会話中にダンジョンマスターを俺が倒すといったため、流石に聞き流すことができなかったのだろう。


「いいから、どうせ俺も訳があって魔物どころか、この世界の魔王を倒さなきゃいけないんだ。 ダンジョンマスターは、どのみち乗り越えなければいけない壁なんだよ。 ネクロちゃんは気にしないでくれ」


(あっ、ちゃんと覚えてたんだな。 最近そのガキにかまけてばかりだったから忘れたのかと思ってた)


「師匠も魔王の討伐を?」


「そうそう、今のままじゃ勝てないけど、いつかは倒す予定」


 俺の言葉を聞いて、ネクロちゃんは少し考え込むようなしぐさをして、そして自分の中で何かを納得したのか、一人で大きくうなずく。


「分かりました、ですが師匠、サポートくらいはさせてもらいます。 これだけは譲れません」


「そうだね、ダンジョンマスターがどれだけ強いかは知らないが、1体くらいならネクロちゃんも魔人化しないだろうし、その時は頼むよ」


「はい!!」


 ネクロちゃんが元気よく返事をして、きれいに話がまとまったところで、とりあえず血が足りないので。 魔王に食料を転送してもらい、その日は食えるだけ食って死ぬほど眠って疲れを癒した。

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