2019.05.01 外道ではないと言い切れるか?
小説家という人達は、みな言葉に対して敏感である。言葉が含むニュアンスに気を払い、誤った表現は慎む。町田康の「実録・外道の条件」を読んで、あらためてそう思った。
世間に出まわっている、意味はうまく説明できないが、なんとなく使えばある程度の人には通じる言葉というものは、普段気にしていないが、あると思う。ぱっと思い浮かぶのは、外来語をカタカナで表す横文字というやつだろうか。横文字に限った話だけではないが、私という人間は、お恥ずかしい話、意味も碌に調べずにこういうニュアンスだろうと、初めて見て聞いた時からそのまま使っている言葉がたくさんある。そのひとつに「ボランティア」という文字がある。
それに気付かされたのは、上に記した作品の中の「地獄のボランティア」という話がきっかけである。この作品は4つの短い話から成っており、著者がエンターテインメントの世界、俳優やモデルに歌手といった顔で、いわゆる「業界」に携わっているときに遭遇した災難を書いている。その災難の原因はひとえに、著者である主人公の肉を食らう、業界にはびこる厚顔無恥な魑魅魍魎どもである外道たちによるものだ。しかもこの外道、一番に性質が悪いところはそれを無自覚でやってのけているというところだ。自分が正しいと思っているのだ。
これは、主人公が外道たちに舐めさせられた辛酸を綴ったものであり、「地獄のボランティア」は、その4つの話の1つである。内容を記そう。
ある雑誌から主人公に仕事の依頼がFAXで来た。その雑誌は学生、フリーアルバイターなどの有志のボランティアによって無報酬にて運営されており、アーティスティックなものらしい。仕事内容は、音楽家である主人公にノーギャラでインタビューを受けて欲しいという。なぜノーギャラかと返信すると、みんなボランティアでやっているからだときた。まるで当たり前のことをいっているのだから当然でしょうという、そこに疑問を挟むのがおかしいという態度であった。主人公はこの「ボランティア」という言葉に引っかかった。辞書で調べてみると、
広くは自発的にある事業に参加する人を指し、狭くは社会事業活動に無報酬で参加する人、篤志奉仕家を指すイングリッシュである。(実録・外道の条件 P114の7行目より)
とある。これを受けて主人公は、今、自分の部屋の、目の前にある汚い机の上を片付けたとする、これもボランティアになるのかなと考える。だって、自発的だし。けれど、それは自分のためにやるのだから、おかしいとも感じる。じゃあ、人の意のままに、人のためだけに動くのがボランティアなのか?それも何か違う。人は絶対何かをするには、何かしらの見返りがないと動けないはずだ。自発的にその事業を無報酬で出来るのは、充足感が得られるからである。自分は人のためにしてやったのだという満足。そして別のところではそれによって生まれる利益がある。自己犠牲の行為により生まれた利益を享受する人がいるのだ。これを全てひっくるめてボランティアというのではないだろうか。
今回の件に当てはめてみる。主人公がノーギャラで雑誌の仕事を受けたら得をするのは誰か。アーティスティックな雑誌を出して、自分を表現したい若者たちの私利私欲を満たすことを考える雑誌の運営側である。では、そんな運営側は印刷会社にも無償で雑誌を刷ってもらっているのだろうか。向こうが私にいう「ボランティア」とは、どういうニュアンスなのか、はっきりさせたく思い、主人公はその旨を返信した。すると、運営側は激怒し、依頼を取り下げた。向こうからすると、こっちは社会の為、人の為にやったという充足感を味わわせるための機会を私に与えたのにケチつけやがって、と思ったのだろう。
内容は以上となる。かなり省いており、うまくまとめられたかどうか、自信はない。これを読んで作者の「ボランティア」という言葉の考察にドキリとしたこと、それが、私が一番伝えたいことである。
その言葉が相手に及ぼす作用を知らずに、自分勝手に解釈して使う。それで齟齬が起きると、自分が信じている虚像に仇なす者だと相手を拒絶する。なんと外れた理であろう。
これと似たような現象が自分に起こっていないだろうかと、私は自分の身に置き換えてみる。周りの大人たちや同年代の知り合いは私にちゃんと働けというが、私はそんな誰でも出来るようなしんどい労働はしたくないのだと心のうちで反論する。今は真面目に働かず自分探しをするのだ。これに反論するやつは許さん。無視だ。けれど、そんな考え方は都合の良いところから仕入れた紛い物であり、それがもたらす運命に私が一番目を避けている。何も疑問に思わず、自分のことは自分が一番分かっているのだと、自分勝手に生き方を決める。しかし、自分が正しいとは限らないのだ。ただ、今の自分を肯定する、都合の良い解釈なだけなのだ。フリーターという言葉も自分の身を守るための体裁のよい借りものである。
自分が外道に成り果てていないか、周りの声に含まれた真実を受け入れるときではないだろうか。そう、思った。
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