2019.04.21 自慰

 「労働の尊さ」という日記を前回書いたが、あの時の気持ちなど一過性のものでやっぱり働くのは嫌なものだ。あれは引っ越しのアルバイトであった。

 中上健次の岬という小説を読んでいて、若い男なら汗をかいて肉体労働をしといたほうが良いよな、と考えて選んだアルバイトだった。岬という小説は、主人公の土方の人夫として働く描写が素晴らしく、瑞々しい男の色気がすごく出ている。読んでて肉体労働が一番生きていると実感できる魅力的な職業として写った。本屋のアルバイトは勤務時間が短く、来月のシフトを渡されて見れば、何もすることがない日々がポツポツと虫食いのようにあり、他に食い扶持を稼がなくてはと焦っていたときであった。岬を読んだ後、肉体労働でシフトに融通がきくという条件で探してみれば、引っ越しのアルバイトは日払いで、出勤したい日があれば、前日の午前中までに連絡すれば当日働けると知り、掛け持ちのアルバイトにするには最適に思えた。

 実際に働いてみると、小説にでてくる主人公の労働シーンの描写に近い感動があったので、アルバイト初日はやっぱり身体を動かして働くのはいいものだと思い日記に書いた。しかし、次に出勤してみると苦痛でしかなかった。

 そこの職場では、日が浅く要領を得てない私に気の置けない人間はいない。出勤する度に現場が変わり、共に働く人間も変わるので、また新たな人と0からコミュニケーションを築かなくてはいけない。前回一緒になった人たちと今回も働きたいと思っても無理であった。そして、今回私が混ぜてもらったのは、一人で動いてあまり指示の出さない無愛想なベテランの者と、私を含めた素人5人というパワーバランスがおかしなグループであった。

 ベテランの者も、毎回違うものを連れて教えながら作業しなくてはいけないという徒労感からか私達にたいして無関心で横暴であった。体力的には前回よりしんどくなかったが精神的にまいってしまったので、前回は21時までふんばれた私だったが、もう帰りますと言って1件の現場が終わってすぐの15時には帰り支度をして帰宅した。

 たかだか2回出勤しただけで、嫌気がさしてもう行かないぞと駄々をこねる自分をなんて弱い奴なんだと叱咤したくなる。しかし逃げ癖のついた私には、涙を流し、歯を食いしばったとしてふんばることなど出来はしない。多感な時期に、やらなければいけないことから逃げてばかりいた私には、忍耐力や将来設計などというものがない。そんな私が日々感じるのは怠惰と孤独である。過程があり、結果がある。結果を変えたければ過程を変えないといけない。生き方を変えないといけない。そう思えば思うほど生きること自体が面倒くさくなる。それは負の悪循環で、気分は落ちるとこまで落ちて何も手に付かなくなる。これから抜けだすため、私は耐えて乗り越えるのではなく、諦めて逃げる手を覚えた。死にたいほど悩むなら、逃げだせばよい。いくら醜くなろうが生きてさえいればいい。そして、私はもう金輪際引っ越しのアルバイトには行かないで良いと自分を慰めた。別のアルバイトを探せば良い。負け犬街道まっしぐらでも関係ない。

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