2019.04.07 何の為に生きているか分からなくなる 

 昨夜ふと、小説を読むのが億劫だと感じてしまった。

 新しく始めた書店のアルバイトの仕事が終わり、その日最終のバスに揺られて下車した後、下宿先へと歩を進めている時であった。

 次の日が休みということで、解放感はあったがそれ以上に疲労のほうを色濃く感じていた。

 久しぶりの接客業ということで、まだまだ慣れない業務に緊張してしまい、その日一日中気を張り詰めていたこともあるし、愛想の悪い奴が新しい職場にいることが分かりこれから先のアルバイト先での勤務に憂鬱を感じていたこともある。

 しかし、それらをいちいち嘆いていても詮無いことである。始めたばかりの仕事に過度なストレスがかかるのは必然で、どこの職場であろうと愛想のない奴や受け入れられない奴はいるものだからだ。

 私は大学を中途退学してから約4年の放浪とした職業履歴の中で、それは身にしみて分かっていた。だからそれを今更、声を大にして訴えたい訳ではない。そんな働けば当たり前に感じる疲労の隙間を縫って湧いてくる、止められない自問に私は辟易していたのである。

 ―同世代の人間達が就職して社会にでて悪戦苦闘している中、自分は目的もなく楽なアルバイト生活をして戻らない時間を無為に過ごしていても良いのか。

 私には小説がある。小説を読む時間を捻出するために、時間の融通がきくアルバイトをしているのである。これは自ら責任を持って選んだ道である。後悔はしていない。

 ―じゃあ、自分は小説をたくさん読める今の生活には満足しており、今から家に帰れば明日は何もない訳だし充実した読書ができるだろうからよかったね。

 ・・・・。

 私はこの自問に即答できなかった。なぜなら、読みたいと思える小説が思い浮かばなかったからである。

 私は乱雑に、その時の気分で読む小説を選んでいるのだが、自分が本当におもしろいと思える小説がなんなのか説明できなかった。そうであるからして、自分でも小説を書きたいと思っても実際書けないし、モチベーションも続かないのである。

 その時も、未読の小説がたくさん下宿先の本棚にあるはずなのに、なにも読みたい小説が思い浮かばなかった。これは忌々しいことであると同時に私を無気力にさせた。それでは私がこの生活を選んだことが無意味になってしまうではないか!

 陰鬱になりながら帰宅した私は、何も手に就かず時間を持て余してしまったので無益で怠惰な時間が過ぎゆくと分かりながらPCを起動して動画サイトの巡回を始めた。サンドウィッチマンとアンジャッシュの不変のおもしろさを賛美し、インパルスの板倉の才能に驚きながら。けれどひとり寂しく笑い声をあげている空虚な時間の合間にも収穫があった。

 それは、石原慎太郎の動画を見ていた時である。

 最近、石原慎太郎の小説が大変自分に有益であると感じ敬意を抱いており、一番憧れている村上龍に匹敵するほどの魅力を氏は備えているに違いないと感じていた。自他ともに認めるほどに好きな作家に影響される私は現在、石原慎太郎がイエスと言えばイエスであると盲信してしまうほどに彼に精神的に入れ込んでいたのである。

 そんな氏が、動画で文学に関してこういう旨を話していた。

「文学は心身性が色濃く反映されていないとつまらない。」

 なるほど、と思った。

 最近自分が感化されやすい小説は、他のエンターテインメント小説よりかは地味なあらすじに思えても、読んでしまえば他を圧倒するほどに緻密で私の感性じゃ把握しきれない程の精密な心情を描いている。登場人物が実際に生きているかのように作中で生を営んでいるのだ。

 こういう小説は私の人生観や価値観をもろに変えてしまうほどの危険に満ち溢れているのである。

 私は今までの自分の読書経験を振り返る。

 村上龍や石原慎太郎は私のがらんどうの生活に後悔を与え、焦らし、これからの生き方を考えさせてくれた。大江健三郎は自らの経験を巧みにフィクションにしたて、文章で私の意識を作者の境地に持っていき、経験したことがない、自分じゃ得ることの出来ない大きな感動を与えてくれた。唐辺葉介はアブノーマルな登場人物たちを演出した上で、普遍的で目を反らしたくなるような人間の暗部を見せ、文章を読むだけで私を憂鬱にさせてくれた。

 そんな作品たちを私は素晴らしいと思ってきたではないか。文章だけで人間を幸福にしたり、不幸にしたりできることはすごいことである。そういうのを私は書きたいのではないか。それに気づけただけでも良かったと思った。思っただけでそれからも私は動画サイト巡回の中毒にやられ、炬燵の中で寝落ちした。

 明くる本日日曜日、やったことと言えば、石原慎太郎が褒めていた西村賢太がタバコを吸っている画像を見て、久しぶりにタバコを吸っただけである。気持ち悪い。

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