五回裏-Pitching coach-

 まさか現役時代には出られなかった日本シリーズに引退してから来ることになるとは思ってもみなかった。あと5年……現役を続けていられればと考えるのは欲が深いよなぁ。


「あれ? 揚利さん、今日は早いですね」


「なんだ、不塔さんかびっくりさせないでくれよ」


「なんだはひどいなぁ。コッチはコーチと違っていろいろと雑用があるからね」


「ブルペンキャッチャーも大変だな」


「まぁ、大した実績も残してないのにこうして拾ってくれたんだ。感謝しなきゃな」


 今シーズンのスタッフは選手権任監督ということもあって、パイレーツOBが多い。俺もその一人だけど、まさかあの小生意気な関西弁のキャッチャーが監督になって俺がそのコーチになって日本シリーズか……プレーオフが終わって一日があいた。このタイミングで監督からの呼び出しとなると、日本シリーズに向けてのメンバー選定だろう。


「失礼します」


「揚利さん、おはようございます。プレーオフ開けそうそう申し訳ないな」


「いえ、都茂桐つもぎりバッテリーコーチも居るということは」


「話が早いな。その通りなんやけど……それならいつもの時間でええねん。ちょっとブルペンまで来てくれませんか?」


 促されるままブルペンに俺、南場監督、都茂桐さんが向かう。既に誰かいるあれは不塔さんと、あの背番号は……


「千秋、言われた通り来たで。一応スピードガンももってきた」


「すいませんなん……いえ、監督」


「あの、これは?」


 シーズン序盤で離脱した東風か、膵臓がんと聞いていたが退院できたんだろうか。この感じだと監督が呼んだようだけど、一体どういうことなのか話が見えない。


「昨日な、無理を言って退院したらしい。日本シリーズ出場登録枠を考える上でな、機会は平等にあるべきやと思うんや」


「ですが監督、半年以上チームを離れていた者を起用するというのは……他にももっと選手はいますし、ブランクの問題もあります」


「俺もそう思うんやけどな。とりあえず、見てから決めるのも悪くないやろ」


 半年以上ブランクが、それも大病で入院していたヤツの球なんて大したこない、南場監督の後輩だからってこれは少しやりすぎなんじゃないか? それは都茂桐さんも同じ考えているようだがお互い口には出せない。


「多分、俺もさっきまで同じこと考えたんですけどね。見ればわかりますよ」


 不塔さんが一言いった後にブルペンに座る。二軍も含めた選手のデータやモーションの特徴はある程度頭に入っている。モーションが変わったように感じるのは以前より少し痩せたからだろうか。1球目のストレートが音をたててミットに収まった。


「揚利さん」


「あぁ、もう一球だ」


 これが半年ブランクがある選手の球か? 入院中はボールさえまともに握れない状態だと聞いていたけれど、これは3、4番手をウロウロしている選手の球じゃない。


「さすがに、俺かて無条件でここまで連れてきたりはせんよ昨日実際に球を受けてここに連れてきた」


「球速は?」


 都茂桐さんの言葉にあわててスピードガンを確認する。3球目は155km/hという表示が出ている。東風は今までのMAXが150km/hに届かない選手だ、故障しているんではないかと俺達はまず疑った。それを見越してか、監督は別のスピードガンを用意していて、もう一球ストレートを投げさせる。今度は156km/hの表示、どうやら故障ではないらしい。


「変化球は?」


「ほな、スライダーからいこか」


 見る限りはどれも問題ない。それどころか、変化量にしろキレにしろシーズン前よりも格段に良くなってるのがわかる。しかし、日本シリーズとなると話は別だ。


「どうや? 余命宣告されてる人間の球とは思えんやろ」


「監督!?」


「二人が言いたいことはわかってるつもりや、あいつを出場すことによって出場られるはずやった選手が一人外れることになる」


 そのとおりだ、それにいくらここで良かったとしても所詮はブルペン。マウンドに上がった瞬間に駄目になる投手をそれこそ掃いて捨てるほど見てきた。


「よし、次はグラウンドいこか」


 言われるがままグラウンドへ移動する。少し目を離したと思ったらいつの間にか監督はレガースとプロテクターをつけてグラウンドで合流した。


「あれ?揚利さん、都茂桐さんどうして?っていうか監督なんですかそれ」


「わざわざオフのところ悪いな両次さん、っとセブも」


「oh! カントク、急用デ呼び出しイツモのコト。ムチャブル大好きヨ」


「なんでお前まで居るねん、カン太郎」


 ユニフォーム姿の三筒とトッパンになぜ居るかと言われたスーがいた。なるほど、これから始まることは大体予想できる。テストをしようという魂胆か。


「カントクーヒドゥイヨー。私両サンがオモスロイ事アル聞イタから付いてキタヨ私抜きでオタノソミ、タメタメヨー」


 相変わらずのテンションで南場監督に話しかける蘇、言い回しは失礼なんだけどどうにも憎めないヤツだ。で、後の二人は……まぁ、そうなるよな。


「監督、用事っていうのは」


「千秋ィィ、会イタカタヨー。もう元気ハツラツナッタカー?」


「蘇さん久しぶり、そうだねちょっと無理をいって退院してきたよ」


「ソウカー千秋元気ハツラツカー」


「付き合わせて悪いのぉ、ちょっとしたメンバー選考や」


 その言葉を聞いて、入院していた東風を見る視線がきつくなる三筒、当然だろう。三筒にとってもはじめての日本シリーズだ、メンバー選考という言葉は日本シリーズ出場枠の候補者ということを意味しているのだから。


「監督、本気ですか?」


「本気や。と言ってもテストの結果次第やし、そういう意味では両次さんは外されへんからな」


「俺達もさっきブルペンで見てきたよ、少なくともコイツにはテストを受けるだけの資格はある。後はバッターボックスで見極めればいい」


 都茂桐さんがそう言うと、三筒もそこまで言うのならと準備を始める。キャッチャーは南場監督、主審は都茂桐さん。俺と不塔さんはフェア・ファウルの見極めのために一三塁審だ。


「私カライクヨー。千秋のタメイウテモ手加減ナシタカラ覚悟覚悟ヨ」


「はよバッターボックス入れ、カン太郎!」


 ルールは打者3人で2打席ずつ、ヒットを打たれた時点で不合格。完璧に抑えてもその後はコーチ陣で話し合うというものだ、初球はストレートでストライク。騒がしかった蘇が黙りこくってバッターボックスで集中している。2球目はスライダーでカウントを整えた。ここからじゃわからないがコースギリギリだろう。


「必殺! セイフティーバントヨー」


 足の早い蘇がバントを三塁線に転がす。うまいところに転がっていくが……


「アウトや! お前、それやるならもう一つカウント少ない時にやれや」


 スリーバント失敗、これでワンアウトか。怒られながらも再度、バッターボックスに経つ蘇。続くトッパンも順調に切ってとって、の三筒の打席になる。


****

 ここ横須賀パイレーツスタジアムで行われております日本シリーズ第七戦は五回の裏に入ります。ここまで1対0ヒットは両チーム合わせて三筒のわずかホームランのみと非常に緊迫したゲームとなっております、このままパイレーツが逃げ切るのかそれともコマンドーがひっくり返すのかこの先の展開が気になります。


「非常に緊迫したいい試合ですね、ただパイレーツは三筒の負傷交代で4番を喪っていますから。次の1点これが非常に大事ですよ」


『五回の裏、パイレーツの攻撃は 7番 ファーストベースマン 萬祐樹』


 萬今日2回目の右バッターボックスへ入ります、先程はキャッチャーへのファウルフライに倒れています。次の1点が大事な場面、ここはまずは塁に出たいところでありますが初球を投げた。見送りましてボール! ストレートが浮きました。


「鹿島さん?」


 はい、どうぞ。


「今打席に居る萬選手ですが、今日はお父様とお母様をスタンドに招いて試合に望んでいるそうで、監督を胴上げする姿を是非ご両親に見せてあげたいと語ってくれていました」


 ありがとうございます。一塁側パイレーツ情報は横浜港湾放送、猪瀬真美アナウンサーです。 

 そのご両親の前で良いところを見せたい萬、第2球目となります投げた。カーブ見逃してストライク。外から内に入ってくる非常に大きなカーブでありました。

 3球目投げた、打った。これは面白いところに転がっている、ピッチャー角道ファーストへ送ります、ヘッドスライディング! 判定はアウトォ!

 必死のヘッドスライディングでしたがアウトフィールディングでも魅せます角道両スタンドからは歓声とため息が入り混じってスタンド全体に響き渡ります。


『8番 レフトフィルダー 平和志』


 ワンナウトと変わりまして、平の打席となります。先程はサード横井のエラーで出塁しております。マウンド上角道セットポジションから第1球投げた。見逃してストライク、スライダーが膝下に決まりました。


「前の回とこの回を見る限り、ホームランを打たれたことによる影響はなさそうですねぇ」


 小野さんからホームランの影響はないと言われた角道。コマンドーのみならず球団を代表するエースであります。第2球を投げたっ、ボールこれはよく見たと言うよりは手が出なかったか平。4年目の今年からレフトのレギュラーの座を獲得しました、まだまだこれからだと試合前には語ってくれていました。

 セットポジションから角道3球目を投げた、空振りっ、失礼いたしましたファウルのです。カウント1ボール2ストライクへと変わります。第4球目を投げた、バットは、止まっています。


 カウント2-2となりました。並行カウント、第5球目となります投げた。空振りっ最後は落としてきました。


『9番 キャッチャー 南場流』

 

 ツーアウトとなりまして、南場選手兼任監督がバッターボックスへ入ります。1回めの打席は一塁線へきっちりとバントを決めました。

 第1球を投げた、見逃してストライクッ。158km/hが出ました。スタンドのからはおおという歓声が上がっています。バッターボックスの南場監督ですが、今日先発の東風とは高校の先輩後輩という間柄、その後輩を援護したい南場第2球を投げた、打った。大きく上がったが上空は風がある。入るか、入るか。レフト香田ジャンプ!打球は……取った。取っています香田ファインプレー!


五回の裏がファインプレーが出ました1対0パイレーツがリードです。

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