四回裏 -Veteran player-
古傷を抱えているからこそトレーニングを怠ってはならない。そう考えながら練習に打ち込んできた。あれからもう10年が経つ……新人のころにあれをやっていれば多分今頃は何処かでサラリーマンでもしていただろうな。
マスコミには悲劇の天才なんて二つ名を頂いた俺だが、あれがあったおかげで今の自分があるとも言える。
「三筒さーん!」
声を掛けてくれるファンには手を振って返すのもシーズン中の日課のようなものだ。自分のことながら人気はある方だと思う。確かにベストナインやゴールデングラブを頂いたことはあるがそれでも無冠の帝王を地で行く自分を顧みれば天狗になってはいられない。
「相変わらずだなみっちゃんは」
「
「トレーニングに打ち込むのは良いけど、やりすぎそうなところだよ。今日で泣いても笑ってもシーズンは終わりなんだし、試合に向けて少しは軽めにこなせばいいのに」
「ほっとけ、軽くしすぎると余計なことを考えすぎちまうんだよ」
自分で言ってても馬鹿らしい。トレーニングに打ち込んでる間は多少は忘れられるかもしれないが、この足は13年間俺を束縛し続ける呪いだ。今でもテレビではかなりの頻度であのときのことを放映する。本人からしたらたまったものではないが、それを表に出すわけにも行かない。
『打球はセンターを超えた! 一人、二人帰ってくるファーストランナー三筒も三塁を回った。いや、転んだ! 外野からボールが帰ってくる、打ったランナーの印鉢はこれを見てセカンドストップ』
そのまま救急車で病院へ担ぎ込まれた。診断はアキレス腱断裂……多くの選手を引退に追いやった大怪我だ。そこから三年間は治療と怪我の繰り返し、だましだまし
「そういえば今日の先発ですけど」
「河底だろ? そういえばさっきから姿が見えないみたいだが」
「あんまり大きな声を出さないでくださいよ? 河底が階段から落ちて足を捻挫したらしいんですよ」
「はぁああ?」
大きな声を出すなって言われてもそれは無理な話だろう。何人かがキャッチボールの手を止めてコッチを見ている。人差し指を口元に当てながら、起家がそのまま続ける。
「だから、声が大きいですって。で、今日の先発誰だと思います?」
「誰が聞いてるかわからんのだ、どうせあとで分かることだろうがよ」
聞く耳を持たない起家はそのまま目線で答え合わせをしようとする。その先に居たのは……東風千秋だった。
4月から長期で入院していたが、なぜか日本シリーズで復帰か……病名は発表されていなかったが、このまま引退するって噂も流れていた。突然日本シリーズの出場選手に登録されて帰ってきた時には随分痩せたという印象が第一に来た。
長期の入院と復帰というシチュエーションはあのときの自分を彷彿とさせる。彼が出場選手登録をされることによって一人の選手が出場できなくなる。南場監督の後輩である事実からファン達の一部では発表直後に大騒ぎになったらしい。
その騒ぎは第二戦と第三戦の完ぺきな投球で覆されることになったが、手のひらを返すとはまさにこの事だと思ったものだ。
「へぇ……イケそうなのか?」
「他に良さそうな候補も居ないですしねぇ、もともと千秋は先発投手ですから」
――
『三回の裏パイレーツの攻撃は8番 レフトフィルダー
ナンバー57』
三盗に本塁突入は少し無理をしすぎたか……。足首から伝わってくる痛みがお前はもう若くないと告げているようだ。だが、今日の試合で俺は4番を任されているんだ、こんなことで根を上げられはしないさ。
『9番 キャッチャー南場流 ナンバー2』
「おい、三筒……腹でも痛いのか?」
「あぁ、いえ大丈夫です。久々の4番で少し気合を入れすぎたみたいで……」
『1番 ショートストップ 一色緑』
このまま……自分のわがままを通しても良いのか? 日本一はチームの悲願だ。前身を含めて日本一を勝ち取ったことがないこのチームの……。痛みの波は収まっている。まだ……次の回はやれるはずだ。
****
『四回の裏 パイレーツの攻撃 3番 DH セブルス・トッパン』
四回の裏の攻撃に入ります、この回パイレーツは打順よくクリーンナップからの攻撃です。入場曲に合わせてゆっくりと右バッターボックスに入りますトッパン。
ここまで二回、三回とスコアリングポジションにランナーを背負って苦しいピッチングが続きます角道ですが、未だ得点は許していません。
「ランナーは出ていますがまだヒットは許していませんから、ここから切り替えて言ってほしいですね。この後に続く三筒には投げにくそうにしてましたが、それ以外はほぼ完璧と言っていい内容ですから」
なるほど、対するパイレーツの東風もパーフェクトピッチングですからこれは非常にいい試合と言えますね。
初球はスライダー、わずかにそれましてカウント1-0となります。
今シーズンの投手タイトルを総なめにした角道でありますが、試合前の取材では今年生まれた双子のお子さんのためにも必ず日本一になるんだと強い決意をもっていました。マウンド上角道であります第2球となります。投げた、フルスイングっ!ミットに収まりましてワンストライクとなります。
メジャーのラスベガス・ホエールズから今シーズンから加入し、リーグ優勝の原動力となりましたトッパン強烈なスイングです。
三球目、投げた。見逃してストライク! 追い込みましたマウンド上の角道。かなり際どいコースに手が出ませんでしたトッパン。四球目を投げたっ、空振りっ! またも豪快なスイングを見せましたトッパン、空振り三振に倒れます。
『4番 ファーストベースマン 三筒両次』
先程は隙をついた見事な三盗を決めています、三筒。悲劇の天才と呼ばれ続けた10年間を取り戻すかのように、このシリーズでは暴れまわっております。久しぶりの4番に座るミスターパイレーツ2回目の打席でも、ゆっくりとその調子を確かめるように足固めをいたします。
第一打席では投げにくそうにしていた角道でありますが、初球投げたっ。打ったぁぁぁ!打球はセンター方向伸びていく。外野はもう追いかけないそのままバックスクリーンへと吸い込まれていく入りましたホームラン!
『ホォォォォムラァァァァン 三筒選手、日本シリーズ第3号のホームランです。株式会社アマダより賞品が送られます』
打った三筒ですが、これはどうしたことでしょう打席にうずくまったまま動かない。慌てて一塁側ベンチからトレーナーの方が飛び出してまいりました。
「スイングした際に何処か痛めたんでしょうか、アキレス腱の古傷の件もありますし非常に心配です。関節……特に足の怪我というのは癖になりやすいですから、10年たった今でも痛む事があると言っていましたし」
『三筒選手の治療を行っております。しばらくお待ち下さい』
これは……、
『パイレーツ選手の交代をお知らせいたします。三筒に変わりましてピンチランナー
代走がコールされました。ベンチから出てまいりました起家が今、ダイヤモンドを一周いたします。非常に珍しい展開となりました日本シリーズ第七戦、今ホームインしました起家が担架上の三筒に声をかけます。
両軍スタンドからは三筒コールが湧き上がっておりますパイレーツスタジアムいま、大きく右腕を突き上げた三筒に対してコールが満場の拍手へと変わっていきます。
『お待たせいたしました。パイレーツの攻撃 5番 センターフィルダー 役所満』
四回裏、静寂を保っていたゲームが動いた瞬間にはとんでもないドラマが待っていました。ここまでノーヒットピッチングでした角道に対して特大のホームランを放ちました三筒でありますが、その打った打席に倒れ代走が送られました。
「過去にもホームランに代走が出たことがありましたが、非常に珍しいケースですね。あの倒れ方は非常に心配です……。それに、ただホームランを打たれたというより中断を挟んでいますからね、これからの角道のピッチングにもどう影響するか試合が動いたことは間違いは無いですから、ここから試合が荒れる可能性も十分にありえますね」
このアクシデントをきっかけに勝負の女神はどのような悪戯を仕掛けるのか。カウントは1-2となっております。4球目、投げた。ずばっと決まった!今日3つ目の三振を奪いましたマウンド上の角道小さくガッツポーズをいたします。
『6番 セカンドベースマン 一色清』
「今のアクシデントでエンジンがかかったのはどうやら角道のほうのようですね、普段はガッツポーズなんかもめったに見せない選手なんですが、この試合次の一点が勝負の分かれ目になるでしょうね」
それは失点したことでということでしょうか?
「それもあると思います。ただ、間が空いたことが大きいと思います。集中を切らしてしまう場合もあればうまく切り替えるのにも間というのは必要です」
初球打ちまして、一塁線切れていきます。
小野さんも現役時代はその間というものをその身で感じられていたんでしょうか?
「えぇ、泣かされもしましたし助けられたこともありますねぇ、今回の角道にはそれがいい方向に働いているようにも見えます。役所への投球を見る限りでも今日一番の球の走りに見えます」
なるほど、一色清も球威に押されているのか第二球も一塁側スタンドへと消えていきます。
『打球の行方には十分ご注意ください』
ロジンバックをポンと左手でなでましたマウンド上の角道。第3球です投げたっ落としたぁ。バットは……回っています。空振り三振っ! 四回の裏、三筒のホームランが飛び出しました。1対0パイレーツが1点を先制いたしました。
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