四回表 -Retired players-

 96……97……98……99……100っと、ふぅ。球場のジムを使うなんて今日が最後かもしれんと思うと。嫌いだったウェイトトレーニングにも精がでるってもんだ。

 入団から23年か、ロートルをここまで雇ってくれた球団には感謝しても仕切れない。あれだけ盛大に引退試合までしてもらったのに、プレーオフにも日本シリーズにも出場て、ちょっと間抜けな感じがするけど……思い出が増えたと考えよう。


「リョウさんもう上がルですカ?」


 ウィリアムか、こいつはいっつも騒がしいが特にジムに入ってくると余計にうるさくなる。何食ったらこんなに筋肉がつくのかって聞いた日のことを思い出すと今でも胸焼けがする。悪いやつじゃないんだけどな。


「おう、ウィル。これからか、今日もスタメンなんだろ? 程々にしとけよ」


「筋トレウソつかなイヨ。リョウさんもオナジよネ?」


 相変わらず日本語がうまいのか下手なのかわからないヤツだ。たまにゴザルなんて言ってるし、だれだよこいつに日本語教えたのは……。


「じゃあな、ウィル。俺は忙しいんだ」


 同じ球団に23年も所属し続けられる選手はなかなか居ない。そう考えると自分は運が良いほうだ。ポスティングやFAはその選手の権利だが、トレードや戦力外にならないままここまで雇い続けてくれたんだから。


 せめて最後の日はホーム球場で迎えたかったが、他球団……それもリーグの違うパイレーツスタジアムをうろついて回るのも悪くない。ホームと違って潮の香りがするグラウンドと、傾斜のあるスタンドは何度か見ているはずなのに新鮮さを感じる。


 結局ミーティングルームに戻ってきてしまった。今までのことを思い返すと、23年は長いようで短かった。引退選手はみんな同じことを言うが、自分がその身になるとしみじみとわかる。

 タイトルには恵まれなかった。もともとそんな大した選手じゃないのはわかっている。優勝した時に限って、プレーオフでは運に恵まれなかったこともある。

 今年、やっと日本シリーズに出られたときにはもう自分の体は思うように動かなくなっていて、グラウンドは既に自分のものではなくなっていた。

 

「悔しいよなぁ、タイミングが噛み合わなかっただけで。まだ続けてぇよなぁ」


 といっても、40を超えて限界は既にわかっていた。球団フロントの方たちがきれいに花道を整えてくれたんだ。これ以上すがりついたって壁は超えられられない。

 野球の神様は残酷だ。機会を与えないだけじゃなくて、目の前に置いたまま永遠にお預けを食らわせるんだから。


――――

 GMからの呼び出し、ついにこのときが来たという感じだ。意を決してノックをする。


「失礼します」


 球団職員の方と芝GMが迎えてくれた。話には聞いていたけど思った以上に空気が重く感じる。俺の野球人生もここで終わりか。


「高目君、呼び立てて済まないね。まぁ掛けて」


「はい」


「緊張しているようだね、まぁ君の予測は正しい」


 球団フロントと話すのにここまで緊張したのは入団した時以来だ。しかも予測が正しいと……せめてトレードの話なら未だ救いはあったけど、そのままGMの口からは戦力外通告の言葉が述べられる。


「はい、今まで長い間お世話に」


「未だ話は終わってないよ?」


「は?」


 戦力外通告クビだろう? これ以上に何か……あぁ、まだ10年にも満たないけれど、引退試合でもさせてくれるのか?


「来シーズンの二軍守備走塁コーチの席を用意した。どうかな? 形は違うけれどこれからも一緒にやっていってくれないか?」


 コーチ……俺が、まだ野球を続けられるのか、でも俺には大した実績もない、できるのか? 人は果たしてついてきてくれるんだろうか。


「高目君、どうだろう。引き受けてくれるかな?」


「自分なんかに務まるでしょうか?」


「そう思っているから君に声を掛けたんだ」


「では、よろしくおねがいします」


「これからもよろしく。高目君」

 

 それからのことは余り覚えていないが、引退試合の日程とセレモニーという花道を球団は用意してくれた。9年目で大した実績のない選手には破格の待遇だ。

 妻や生まれたばかりの息子を路頭に迷わせることが無くなった事に安心してしまって、頭の中が真っ白だったからだ。


「建くん、何かあった?」


「今シーズン限りで引退することになった」


 帰宅して妻の一言目がそれだった。結婚しているとはいえ、一年の半分は顔を合わせないというのに、表情で何かあったとすぐにわかったらしい。ボクは一生浮気は絶対にできないと思った瞬間でもある。

 どうやら彼女の話だとすごくわかりやすい……らしい。でも、そのわかりやすいぐらいに素直なところが良いと改めて言われた。こんな話、独身連中に聞かれたら惚気だなんだってまた責められてしまう。


「高目さん……高目さーん」


「ん、あぁ河底か」


「どうしたんすか、ぼーっとして。ミーティング終わりましたよ」


「ちょっと考え事をな、ところでお前その足どうした?」


 なんでもないと河底は答えたが歩き方が明らかにおかしい。他のチームメイトは既にみんなミーティングルームから退出し、食事や最終調整に臨もうとしている。


「あぁ、いやちょっと転んで……」


「転んだだけでこうなるか、今すぐ医務室だ。来い!」


「あ、いやでも……」


「そんな状態で試合に出るなんて言うなよ。出られない後悔は一生するだろうが、お前が投げて負けたらそれがチームメイトの分上乗せになるんだ。お前もプロだったらわかるだろう?」


「はい……」


 医務室に向かいつつ連絡を入れる。これで河底はシリーズには出られなくなってしまった。この選択で一生恨まれるかもしれないが、彼一人に恨まれるなら安いものだ、このままにしておけば何百万人に恨まれる人物を作ってしまうのだから。


「そう肩を落とすな、河底。日本シリーズなんて来年また出ればいい」


 そうさ、俺はここで終わりだが彼にはまだ来年があるんだから。


**** 

 三回を終わって両者0対0と一歩も譲らず。試合は投手戦の様相を呈して来ました。

 ランナーを背負いながらもなおノーヒットピッチングのコマンドー角道に対しまして、ここまでパーフェクトピッチングのパイレーツ東風。試合はこれから四回の表に入ります。


『四回の表コマンドーの攻撃 1番 センター飛騨振一』


 2巡目に入りますコマンドウズこの回は1番の飛騨から始まります。今左バッターボックスに入りました。マウンド上の東風どのような投球を展開しますでしょうか振りかぶって第1球を投げた。見逃してストライク! 胸元刺さるようなストレート。球速は154km/hを記録しました。これにはスタンドからもおぉっという歓声が上がります。

 続けて第2球。打ったこれは三塁方向切れていきますファウルボールです。


『打球の行方には十分ご注意ください』


 小野さん、今のはスライダーでしょうか?


「カットだと思います。微妙に内に入ってきたので詰まらされてますね」


 ツーストライクとなりまして、第3球目マウンド上東風振りかぶって投げた。これもファウル。きわどいところ、これは飛騨カットします。カウント0-2と変わらず、ロジンバックをポンとひとなでし、投球動作へと入ります。空振り!最後は落としてきました。空振り三振でワンナウトです。


『2番 ショート 桂翔』


 ワンナウトと変わりまして、桂が今日二度目のバッターボックスに入ります。先ほどの打席はセカンドゴロに倒れています。この回ストレートでぐいぐい押してまいりますマウンド上の東風、振りかぶって第1球を投げた。これは外大きくはずれてボール。力みすぎたかガシャンと大きくバックネットが音を立てます。


 ここで地震の情報です。先程18時47分ごろ、和歌山県沖を震源とする地震がありました。最大震度は和歌山県新宮市の震度3です。気象庁の発表によりますと、この地震による津波の心配はありません。


 桂の2打席目、カウントは変わりまして2-2となっております。ここまでのペースですと、投げ急いでるとも取れるようであります。


「確かに投げるペースがものすごく早いですね。投手としては調子がいいので、ポンポン行きたい所ではありますがある程度慎重にいかないと、こういうときに打たれるとものすごく怒られるんですよね」


 その慎重にいくべきだというお話がありましたがマウンド上東風。サインに2度首を振っての5球目となります。投げたっ見逃し。小野さん今の球はなんでしょう?


『3番 サード 横井』


「ドロップだと思います。縦に大きくまがるカーブですが、頭の上からストライクゾーンに落ちてくるので。ボールだと思って見逃すと今のような見逃し三振になってしまうので厄介です」


 球速が109km/hでしたから、速度差もあいまってなお打ちにくいと言ったところでしょうか?


「そうですね、ストレートを待っているところにあの球速差をつけられるとついて行くのも大変ですし、バッターがカーブを意識するとストレートに振り負けてしまいますからね。実際ストライクじゃなくてもその球があるって事が大事ですね」


 初球は今と違う横方向の変化のあるカーブで入りましてボールでした。カウント1-0続いての2球目、打ってこれは1塁側スタンドへのファウルボールです。投手から見てやや右方向へ変化する球でしたが、シュートでしょうか?


「東風はシュートは持ち球として持っていないはずなんですが、ツーシームかそれともこのシリーズ中に習得したんでしょうか」


 カウント1-1と変わりまして3球目投げた。見逃し外一杯ストライクです。これには見逃した横井アンパイアに今にはボールじゃないかとアピールしております。先ほど送球エラーがありました横井ここで挽回をしたいところではありますが、追い込まれてしまいました。カウント1-2となりましての4球目です。落としてきたがここは見逃してボール。先ほどよりもさらに一つ低い球を投げ込みました。サイン交換が終わりまして早くも5球目の投球に入るところであります。振りかぶって投げたっストレート空振り三振!


 最後は見逃せばボールという高い球。空振りの三振にしとめました東風またも三人で切って取りました。

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