二回裏 -Brothers-
いつもここにくると少年野球時代を思い出す。ガキの時分に、兄貴に影響をされて野球を始めた。そのとき兄貴はエースで4番弟の俺から見てもチームのヒーローだった。そんな兄貴の背中を見ながら俺も野球を始めて……。よくノックのボールを顔に当てて、母さんに泣きついていたのを思い出す。
「なんだ緑、お前も来てたのか」
「来てたら悪かったかい?兄貴」
「いいや、俺も同じ動機だろうから悪くはないさ」
先にプロに入った兄貴の後を追うように、俺もパイレーツに入団した。まさかプロになってまで兄貴と同じチームになるとは夢にも思って居なかった。というよりは、自分がドラフトにかかるとは思っていなかった。今ではオ・リーグ最強の兄弟二遊間なんていわれてる。
「お前はいいよな、今期タイトルをとっていい報告ができるんだし」
「兄貴だって、今年はキャリアハイの19本塁打を打ったじゃないか。それに俺は新人王は獲ってないよ」
プロに入って初年度から活躍している兄と比べらる事は少なくなかった。テレビの取材を受けても兄のことばかり。だけど、それをコンプレックスに感じた事は無かった。むしろどこまでもついて行ってる俺の方が兄貴のプレッシャーになっているんじゃないか?なんて損な事を考えたこともある。
「親父に今日のチケット渡したか?」
「ああ、シリーズ前にね。もっとも必要になるとは思ってなかったけど」
スタジアムがある横須賀から実家まではおよそ30分だ。日本全国どころか世界中から選手が集まるプロ野球選手というカテゴリーの中では俺達は帰省がもっとも気楽に出来る兄弟なんていわれてる。子離れできない兄弟なんていわれたりもするけど、別に子が親を大切にしちゃいけないわけじゃない。
「そろそろ時間だ、行くか」
「わかったよ。じゃあ、またくるよ母さん」
今日はいつもより遅いスタジアム入りになった。いつもは電車で通勤だが、今日は兄貴の助手席での出勤だ。もうなれたことではあるけど、電車から来ると入り待ちのファンのサインをねだられる事も多い。車だと流石にそれも無いか。それで遅れてコーチに大目玉を食らった事もあるし、俺も車買おうかな?
「おはようございます」
ロッカールームに入るとすでにまばらに人がいて談笑していた。いつもより人が多く感じるのは、普段より遅く入ったからだけではなさそうだ。
「あれ、緑君今日は遅いね」
「ええ、寄るところがあったので」
「それに清も一緒かー相変わらず仲がいいなぁお前ら」
いつもホームゲームのときには一番に来ている北家さんだけど、今日は一番ではなかったと俺達に悔しがって見せた。北家さんはいつも皆が集合する3時間前には球場入りしてるのに、それより早い人なんて一体だれなんだ?
「東風さん。今までは最後の方に来る事が多かったのになぁ。今日に限って一番乗りをもっていかれたぜ」
東風さんか、細かい事はわからないけど病気で今期絶望だって聞いていたんだけど。でも、実際に彼の投球を見ると以前に比べてボールにキレがあった。4戦目以降は投げてないけれど今日は投げるんだろうか?
「弟君どうしたの?」
「いえ、何を書いてるんです?」
「日本シリーズに出るのも始めてだからね。ちょっと思うところがあるのさ」
この人前からこんな雰囲気だっけ?半年ほどチームを離れていたから忘れているだけかもしれないけど、前はもっと暗いというかイマイチ自信がない感じだった。今は飄々として何事も動じないそんな感じがする。実際ここまで2戦を投げてパーフェクトピッチングだったし、長い間離れていたことが原因なのだろうか?
****
緑も俺も考える事は同じか。ま、近いから気楽に来られるっていうのもあるがやっぱり特別な日だからな。そういわれると昨日来なかったのは何故かっていわれそうだが、見た感じ緑だって昨日は来ていない。
俺と同じ動機か……出来るなら日本一が決まる日に来たかったという所まで同じだろう。あの親父に育てられた兄弟だからな。考えが同じになるのも仕方ないか……。
実の所俺はたいした選手じゃない。今までは緑の前を走っていることが出来たが、これからは同じ土俵だ。俺はまだ野手のタイトルを獲得した事がない。それを考えればもう追い抜かれたかもしれないな。
そりゃ、俺は今年キャリアハイのホームランと打点を稼いだかもしれないが、この先選手を続けてタイトルが取れるか微妙なところだ。いわゆる中距離打者だからな。足は遅くは無いが、それでもリードオフマンたるほどの力は無い。
「そろそろ時間だ、行くか」
珍しく助手席に人が乗る。先輩からプロ野球選手なら車はいいモンを買えなんていわれて買ったが、今日一番役に立ったんじゃないか?高速をトバせば集合時間には余裕を持って到着できる。
「兄貴ちょっとトバしすぎじゃないか?」
「これぐらいじゃないと遅刻するぜ」
「まだ、時間はあるから安全運転で行ってくれ」
着いた……はいいが、緑は少し痩せたんじゃないか?減量がこんなに簡単にできるなんてお得じゃないか。おいおい、恨めしそうな。いやなんかひらめいた顔をしてる……ビビったりなんだりで忙しい奴だな。
「ウッスおはようございまっす」
「キヨシきたかー今日はちょっと早カタネー」
「そういうカンちゃんだって随分早いじゃん」
「アイヤー痛いトコつつカタヨー」
相変わらずカンちゃんは面白い。外国人選手って笑いの間が合わなかったりすることが多いからここまで気が合うのも珍しい。っていうか本当にアイヤーって言うんだ。3年一緒にいるけど始めて聞いたぞおい。
ロッカーで着替えを済ませ、グラウンドでキャッチボールを始める。今日の相手はカンちゃんだ。緑は……東風さんとは珍しい人を選んだな。そういえば北家さんがなんか言ってたっけ。
打撃練習と走塁練習をしている間も妙に気になった。ノックは受けずにそのままストレッチを軽くしてあがっていく。っと、他人のことは気にしてられない。ここで味方にペースを崩されるなんて、俺らしくない。今日の試合のお立ち台をいただくためにも気合を入れなおそう。
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二回表またもパイレーツ東風は三者凡退に切って取りました。二回裏のパイレーツの攻撃は4番の三筒から始まります。今シーズン古傷のアキレス腱を痛めて戦線を離脱しており、出場試合数35にとどまっているミスターパイレーツですが、復帰直後の5試合で4本のホームランを放つなど有償に大きく貢献しました。
『二回の表パイレーツの攻撃は4番ファーストベースマン 三筒両次 ナンバー15』
ゆっくりと右バッターボックスに入ります三筒まるで、足の調子を確かめるように足固めをいたします。対する角道はサイン交換を終えてセットポジション第1球投げた。ワンバウンド見送ってボール。初球はカーブを選択いたしましたキャッチャー玉城、次の選択しは何になるか、セットポジションからの第2球を投げた。ファウル!打球はバックネットに突き刺さりました。
「三筒は久しぶりの4番なんですけれど、緊張した様子がありませんね。今のストレートにもタイミングは合ってますからこれはバッテリー慎重に攻めていかないといけないところですよ」
3球目はわずかに低いストレートでボールカウント2-1と変わっております。小野さんがおっしゃるとおり、余裕をもって見送りました。バッターボックスの三筒、次が4球目となります角道投げた。ファウル。1塁側スタンドへと飛び込みます。
『打球の行方には十分ご注意ください』
平行カウント追い詰められました、打席の三筒何を狙っているか。スタンドからは大きな声援が響いています。第5球投げた。外!ボール。3ボール2ストライク。この回先頭の三筒に投げづらそうにしていますマウンド上の角道。
「ちょっと球が浮き気味ですね、立ち上がりは良かったんですがここで修正しないとこの先厳しくなりそうです」
6球目を投げた。内に大きくそれてボールフォアボールです。最後はスライダーが指に引っかかったような球でした。三筒も思わずよけたあとにバランスを崩しました。コントロールが非常に良い角道にしては珍しい1球です。少し力みましたか、小野さん?
「確かにシーズン中でもあまり見ないボールですね。3種類のスライダーの中でも沈み気味に変化させるボールだとやや手首をひねって投げますから、指に引っかかるとこういうボールになる事があるんですね」
なるほど、この試合始めてのランナーが出ましたパイレーツ。
『5番センターフィルダー 役所満 ナンバー23』
ランナーをおいて役所へと打順が回りました。今シーズン得点圏打率.466リーグトップの男が今右バッターボックスに入ります。今シーズンはなったホームラン23本の内ソロホームランが4本だけと言うランナーがいる状況にはめっぽう強い男であります。
さぁ、マウンド上ランナーを背負いました角道先ほどより大きく間を取ります。セットポジションからの1球目投げた。バントの構えはバットを引きます。判定はストライクとなりまして、カウント0-1。1塁ベース上の三筒は走る気配を見せません。
「足に不安がありますからここで走ってくることは無いと思いますよ。リードも小さいですし」
第2球セットポジションから投げた。三筒スタートを切ります。役所は引っ掛けた。サードへの打球は横井が丁寧に1塁へ送って打った役所はアウトです。ワンナウト二塁と変わります。
『6番セカンドベースマン 一色清 ナンバー6』
ランナーをスコアリングポジションにおいて、スイッチヒッターの一色清が左の角道に対し右バッターボックスに入ります。1番バッター一色緑とは兄弟で二遊間を組みます一色清。俊足を生かす弟とは違い、チャンスに強い中距離ヒッターです。角道セットポジションから第1球をあぁっとセカンドランナー三筒がスタートを切る!三塁への送球は……セーフです。
「いやぁーここで走ってきますかぁ。足に不安があると言う事で、完全に無警戒でしたね今のは。角道も背中側にランナーがいるので、これはキャッチャー玉城もリードを見てもう少し警戒すべきでしたね」
ワンナウト三塁と変わりまして、カウント0-1角道第3球を投げた。打った打球はファーストへと転がっている。三塁ランナー三筒そのまま猛然と突っ込んでくる。キングスマンこれを見てバックホーム!クロスプレーとなります判定は……アウトォ!ボールを落としませんでした玉城! これはナイスプレーです。
「三筒もよく走りましたけど、これはナイスガッツですよ玉城は。ただ、あれだけ激しいプレーですとお互い何処か痛めていないか心配です」
激しいプレーがどう影響するのか、ツーアウト一塁と変わります。
『7番サードベースマン
シーズン中はクリーンナップを打つこともありました萬ですがこのシリーズ快音が聞かれません。右バッターボックスに入りまして今日最初のアットバットです。キャッチャー玉城は最初の投球は何を選択するか。セットポジションから……っと此処はいったん牽制を挟みます。
「弟の緑の方が盗塁王で目立ちますが兄の方も足は速いですからね。さらにさっきの三筒の盗塁もありますから多少は警戒するでしょう」
続いてセットポジション第1球を投げた。打ったこれはキャッチャー後方のファウルフライ。ふらふらっと上がった打球はスタンドに入るかバックネットが目の前に迫る。これは変わったキャッチャー玉城が抑えてスリーアウトチェンジです。パイレーツランナーをスコアリングポジションまで進めましたが無得点、二回の裏0対0変わらずです。
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