二回表 -Major leaguer-
あの運命の日、悪夢の夜が開けてとてもいい朝だなんて呼べる気分じゃなかった。入団してから13年、これでチームは3つ目だが俺自身はまだやれる。それなのに、フロントの奴らは壊れた家電みたいに俺を放り出しやがった。いつの間にか眠っていた俺は、電話の音で目を覚ます。着信の表示はダニエル・ライアン……俺の代理人だ。
「やぁ、ジョン朝からすまない。今日開いてるか?」
時計を見ればまだ朝7時、彼の活動時間から考えれば緊急の要件だろう。せいぜいが地元球団に戻って引退試合の算段をつけるか、マイナーやメキシコ行きだと思っていたが、どうにも様子が違う。
「開いてるよダニー。クビになっちまって特にやることは無いさ」
「それは良かった。実は君を獲得したいという球団があるんだ。急な話で済まないが、今夜9時に会えないか?」
「まだワールドシリーズが終わって1週間だ。随分気が早い話じゃないか。今季の俺の成績でこんなに早い時期から話を持ちかけてくるなんて酔狂な球団は何処だ?」
「それは、会ってからのお楽しみさジョン」
こんな朝早くから電話をかけてきたくせに勿体つける必要が何処にあるんだ。だけど俺はまだベースボールをすることができる。子供達に父親がプレーする姿をまだ見せることができる。そう思うと手の震えが止まらない。
「おはよう、ジョン……昨日よりはひどい顔はしてないわね」
「あぁ、代理人のダニーから電話があった。どうやら物好きな球団があるらしい」
そう言うとメリッサは朝食を作る手を止めて俺を抱きしめた。彼女は良かったと何度も言いながら俺の背を力強く掴む。まだ契約が決まったわけじゃないんだぜ、それはもう少し先に取っておいてくれ。これでだめだったなんて事になったら余計に落ち込んじまうぜ。
「おはよう、パパ、ママ朝からどうしたの?」
「朝から仲よしね、ママ達は」
「おはようウィル、キャシー。さぁ君たちもおいで」
きゃあきゃあと言いながら両腕に収まる子どもたちのためにも、まだ俺はプレーを続けなければいけないんだ。そのまま子どもたちをテーブルへと運んで、朝食を摂って子どもたちを学校へと送るために車のエンジンをかける。一年の半分近くは家を開ける父親でもこの子達は俺を父として尊敬してくれている。それに答えなければならないんだ……。
「早いねジョン。約束の時間まであと30分はある」
「すまないな、どうしても気持ちが逸ったみたいだ」
「いつもゆっくり球を待つ君にしては珍しいこともあるんだな。まぁいい、丁度ひと仕事片付けたところだ。何か飲むかい?いいスコッチがある」
「コーヒーを」
「好きだったんじゃないか?」
スコッチは確かに魅力的だ。だけど朝立てた決意をこんなところでいきなり破るわけにもいかない。クビになる程度の選手ならこの程度はやらなければだめだ。
「ジョン、餌を前に待ちきれない犬みたいな顔してるぞ?」
ダニーがいたずら小僧の顔をしてコッチを覗き込む。こいつはあれか、俺の反応を見て楽しむために呼んだのか? 早く本題に入ってくれ。
「で、こんな時期に俺を獲得したいという物好きな球団は何処なんだ?」
「そこに封筒があるだろう。中を見てみるといい」
コーヒーを淹れるためにキッチンへと引っ込んだダニーの言葉にしたがって封筒の中身を見る。何だこれ、俺は英語以外の言葉は読めないんだけど……。ユニフォームからチーム名はガレックスか……。
「おい、ダニーこれのガレックスというチームは何処のチームだ?」
コーヒーとウィスキーグラスを携えてきたダニーに尋ねる。資料を見て、アメリカのチームで無いことはわかった。マイナー以下のチームならば断ることも視野に入れなければいけない。
「
「ミスターボゥシルバー、メジャーリーグから日本のプロ野球という違う環境でプレイするに当たっての心境はいかがですか?」
話はトントン拍子に進み、日本での入団会見。通訳を介さなければ話もわからない環境に不安が無いといえば嘘になる。だが、こういう会見は定型の質問には定型文で返すというオヤクソクというものがあるらしい。
始まった一年目のシーズン可もなく不可もなくと言った成績に収まった。活躍できないスポーツ選手の行く末を一年前に身をもって知っていたから、契約更改のときには緊張したものだ。
だけどフロント側にとってはメジャーで活躍した選手という肩書の効果は大きく、外国人野手は慣れてからが勝負だと言って次のシーズンもプレーを続けることが出来た。妻と子ども達を養うために、シーズンを終えてもベースボールのことばかりを考える。こんなに必死になって打ち込んだのはハイスクールの時以来だった。
「よぅジョン今日の調子はどう?」
ロッカールームでウィリーが話しかけてくる。通訳と一部を除けば英語で話せる数少ない同僚だ。彼は自分のことをウィルと呼んでくれといつも言うけど、息子と同じ名前の彼をそう呼ぶのは少し抵抗があって、俺はウィリーと呼んでいた。
「ウィリーか、バッチリさ。禁酒して2年だ、これで調子を崩してたら何のために人類の友を裏切ったかわからねぇぜ」
「おいおい、嘘をつくんじゃねぇよ。優勝した時にあれだけビールを浴びておいて」
「あれは酒じゃねぇ、馬のしょんべんだ。アルコールの内には入らねぇさ」
「「HAHAHA」」
運にも同僚にも恵まれた。始めはベースボールでなくヤキュウという意味がわからず困惑していた俺を支えてくれたチームのためにも、そしてわざわざこの日のために来日している家族のためにも、俺は今日勝たなければいけない。
****
1回の攻防は両チームともに三者凡退という結果に終わりました。ハチヨー日本シリーズ第7戦は、これから2回の表コマンドウズの攻撃に入ります。帰ってきたベテラン東風千秋、2回の表のマウンドへと向います。立ち上がりから2三振を奪うなど今日は調子がよさそうです。
「見てる限りストレートがかなり走ってますね。今まで見せたのがカーブとスライダーですが、とてもキレ良く投げてます。もともと技巧派タイプのピッチャーですから、味方が点を取ってさえくれればというところでしょう」
『2回の表コマンドウズの攻撃は4番指名打者ジョン・ボゥシルバー 背番号42』
はい、そして2回の表今期本塁打・打点の2冠を獲得したボゥシルバーが入ります。このあとに続くキングスマンはシリーズ打率7割を超える非常に怖い打線。キャッチャー南場選手兼任監督はどのように投球を組み立てるか。第1球投げたっインハイの球は見逃してストライクッ今のは手が出なかったでしょうか?しきりに首を傾げていますボゥシルバー。続けて2球目を振りかぶって投げた、空振り。ものすごいスイングです。
「1球目に得意なインハイを見逃してしまいましたからね、ボゥシルバーもしまったという気持ちで一杯なんでしょう。この打席は狙っていますね」
カウントは0-2となりまして3球目。ここは外に1球はずして来ましたアウトローのストレート。ここまで3球ともストレートです球速は今シーズン最速の149km/hをマークしました。振りかぶって4球目となります。空振りぃ最後は落差のある、カーブで空振りを奪いました。ワンナウトとなります。
『5番ファースト ヴィリアム・キングスマン 背番号49』
早くも3つ目の三振を奪いましたマウンド上の東風、今までは打たせて取るタイプの投手だったはずですが今日は打者4人に対して3つの三振と打球を前に飛ばさせないピッチングです。対する打者はシリーズ打率.736のキングスマンこのシリーズ当たりに当たっています。振りかぶって第1球を投げた
これは左に切れていきます、ファウルボールです。シリーズ第3戦では7回に値千金の決勝ホームランも放っています、右打席のキングスマンに対します2球目を、打った。これは高々と上がって、上空は風があるぞレフトが前に出てくる、ショートの一色緑が手を上げている。一色が確りと今つかんでツーアウトです。
『6番ライト 戸金一成 背番号3』
初回から交代をいたしまして、ライトの守備に入っております戸金が左バッターボックスに今ゆっくりと入ります。馬込監督はここで偵察メンバーを使ってきました。これはどういう意図があるのでしょうか、小野さん。
「シリーズ中調子のいい選手がキングスマンとボゥシルバーの二人に加えてあとは横井ですか。ほかの選手の状態も考えた上での決断だと思います。パイレーツは先発投手の予想が立てづらかったですしね、左と右どっちがきても対応できるようにと言う事で右の東風ですから。左の戸金を使ってきたんだと思います。逆に左投手がきてたらおそらくは右打者の千日前あたりを使ってきたんじゃないでしょうか?」
カウントは1-1となっております。第3球目を投げたっ打った、これは三塁線きわどいところファウルです。今日の東風は非常にテンポよく投球しています。短いサイン交換が終わり、振りかぶって投げたっこれも切れていきますファウルボール。球に勢いがあります東風。バッター戸金はあてるのがやっとといった風です。
「まだ2回ですがストレートが走ってます。ちょっと今日の東風は今までと違いますね」
ええ、その走っているストレートで来るか変化球か?第5球投げたこれは落としてきた。バットは……まわっています。2回終わって早くも4三振を奪いましたパイレーツ東風!
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