一回裏 -Quarto crown-

 監督もなかなか粋な計らいをしてくれるもんだ。今シーズン無傷の21連勝だからそのご褒美って事なんだろうが……雨の予報も出ていた昨日の試合は誤算だったが、

これはいい方にも悪いほうにも取れる。もちろん俺にとってはいい方だ。昨日勝っていれば締めは俺に任せてくれたんだろうが、やはり先発としてやってきたのだからこのほうがいい。


 入団して7年、今じゃ俺もこのチームどころか球界を代表するエースだと言われている。もちろんその自負だってある。今までツキには恵まれなかった。シーズン1位でペナントを終えてもプレーオフで敗退した年もあった。だが、今年は違う。故障もなく打ち込まれることがあっても野手陣は必ずそれ以上の点を取ってくれた。

 何より大きいのは妻と子供たちだ。俺がこんな遠征続きの仕事だっていうのに双子の子どもたちを引き受けてくれている恵には感謝してもしきれんな。


「角道さん、記者さんたちがお待ちかねですよー」


「わかった、すぐいくよ。あと、さん付けはやめてくれよ同期だろう?」


「そういわれても、角道さんの方が年俸も歳も上じゃないですか」


 まったく、振一だって今シーズンは盗塁王のタイトルを争っていたじゃないか。優勝に大きく貢献したんだから、もう少しプロらしく天狗になってもいいってもんだ。それがヤツのいいところでもあるから、あまり強く言いすぎるのも気が引けるか。


「お待たせいたしました」


「いよいよ日本一への道が見えてきましたね。角道選手」


「まだ気が早いですよ。今シーズンのパイレーツ打線は恐ろしいほどに粘り強い」


「そうですね。ですが角道投手は今シーズン負けなしの22連勝ですから、もうひとつ最後の勝ち星をあげるのでは?なんていわれてますよ」


「今シーズンの勝ち星は21ですよ?」


「いえ、第1戦の分も計算してです」


「あぁ、アレは直前で腰を痛めましたから。逆に申し訳ないぐらいですよ」


 当たり障りのない質問が続く。ここは教科書どおりに謙虚な好青年としての像を崩さず答え、時にははっきりと分かる冗談を混ぜる。変に大口をたたいても損をするだけだ。それに、みんな暗にポスティングや移籍の話を持ち出してくるがそんな気はない。まだ娘達も生まれたばかりだ。たしかに一家の大黒柱として稼ぎは多いに越した事はないが、できるなら国内で続けたい。そのためにも、ファンの感情を逆撫でするような事はしたくない。


「角道ぃそろそろブルペン入れよぉー」


 マスコミ対応が苦しくなってきたところで羽生投手コーチが助け舟を出してくれる。サインを送る直前の絶妙なタイミングだ。


「わかりました。と言うわけですいませんこれで」


「ありがとうございました」


 シリーズ中は予告先発がないから、先発投手を隠すために3人でブルペン入りしたりしたこともあったけれど、流石に最終戦は俺が先発する事を読まれているはずだから、今更隠す必要もないか。マスコミへの挨拶もほどほどに投球練習に入る。肩を作るのは早いほうだと思うが、今日はいつもより念入りにいこう。

 入場が始まったスタンドにはソコソコ観客が入ってきている。バックスクリーンに翻る旗たちがバタバタと上空は風があることを示していた。


『試合に先立ちまして両チーム監督によるメンバー表の交換です。横須賀パイレーツ南場流監督、神戸ガレックスコマンドー駒場竜一監督が……』


 だいぶ温まってきた、むしろ少し早いぐらいだ。焦りかそれとも高揚か……?


「今日は随分飛ばしてるじゃないか、ブルペンで張り切りすぎて試合中にバテるんじゃないか?」


「日本一を決める戦いなんですからこんなもんですよ羽生さん」


「そうかい?さって、そろそろスタメン発表だ小休止しようぜ」


『ただいまより、ハチヨープレゼンツ日本シリーズ 第7回戦のスターティングラインナップ並びにアンパイアをお知らせいたします』


『先攻の神戸ガレックスコマンドー バッティングファースト!センターフィルダー!飛騨振一!ナンバー26』


 いつものスタメン発表、こちらは大方予想通りだ。最後に自分の名前が呼ばれる。少し大げさに、名前が呼ばれたときにはブルペンからスタンドへと帽子を振って挨拶をする。


****

『守りますコマンドーピッチャー角道……キャッチャー……』


 1回の表コマンドーを三者凡退に切って取ったパイレーツ。攻撃に入ります。マウンドにはジャパンシー・リーグ投手四冠を獲得した角道開成が上がります。


『コマンドー選手の交代をお知らせいたします。ライトの穴熊に変わりまして戸金一成とがねかずなり 6番ライト戸金 背番号3』


 投手の穴熊が入っていた6番には左打者の戸金が入りました。駒場監督今日は偵察メンバーを使ってきましたね。


「ええ、先発が誰か読めない状況でしたからね。ベンチ入り選手が一人減ってしまうというデメリットはありますがアリな選択肢です」


『1回の裏パイレーツの攻撃は1番ショートストップ 一色緑 ナンバー背番号32』


 パイレーツ唯一の左打者一色緑がバッターボックスに入ります。オーシャンリーグ盗塁王を今期は獲得しました頼れる3年目のリードオフマンです。

 その角道第1球を投げた。セイフティバント!三塁線、打球は面白いところに転がっているぞ……。切れましたファウルです。惜しい打球でした。

 盗塁王を獲得した足を活かしたいところであります、一色緑いきなり仕掛けていきました。切れていなければ間に合っていなかったでしょうサード横井は危ないと言わんばかりに、帽子をとって汗を拭います。

 ワンストライクとなって第2球目セットポジションから投げた。インコースわずかに外れてボールです。

 今のはスライダーですか?小野さん。


「スライダーですねぇ。角道は今シーズンから3つのスライダーを投げ分けてますが一番変化の多いタイプだと思います」


 セットポジションから3球目を投げた、引っ掛けました。打球はファーストのキングスマン真正面、キングスマンが取りましてそのまま塁へと入りワンナウトです。


「今のはスライダーと言うよりはどちらかと言うとカットボールでしょうね、一色は芯で捉えたとおもったんでしょうが、わずかに先でしたね」


『2番ライトフィルダー 盃口正二 ナンバー8』


 ここから右バッターボックスにずらりと8人並びます。盃口は今シーズン打率.292ではありますが、リーグ最多犠打の61をマークしています。その盃口に対して、第1球を投げたっ。低目いっぱいのストレート入りました。球審の香但かたんさんの声が大きく響きました。今日の角道はストレートが走っています。球速は152km/hを記録しました。


「これはちょっとコースが甘くてもそうそう打てる球じゃありませんね」


 さぁその打てる球じゃないとおっしゃるストレートの次は何を選択するか。投げた低め落ちる球1塁球審へのリクエストはスイングです。追い込まれました盃口、さぁ3球で決めるか遊ぶか注目の第3球投げました。見逃してボール! カウントは1ボール2ストライクへと変わります。

 マウンドの角道シーズン中と変わらず冷静なピッチング、バッターボックスの盃口は手が出なかったことをごまかすように足固めを行います。第4球目を投げた、打った。打球は左中間だ、案外伸びるぞ!どうなる?レフト、センター追いつくか……。

 センター飛びついた! 取った、取っています。ナイスプレーが出ました、コマンドー飛騨。初回からファインプレーで角道をもり立てます。


『3番DH セブルス・トッパン ナンバー42』


 今の打球は打った盃口も抜けたと思ったでしょう。取った瞬間の表情が"うそぉ"と言わんばかりでした。そして、打席に入るのは指名打者のトッパンです。今シーズンのホームランは37本とチーム最多、シーズン中と変わらず3番の打順に入ります。


「メジャーの考え方ですね、日本では4番が重視されますが確実に初回打順が回る3番においてくるのは、打順の回りも多い分確率も上がりますからね。ただ、シーズンと違ってこのシリーズ守備につく機会もありましたから、ソレがどう影響しているかと言うところもありますが」


 肩を痛めて守備に不安があると情報が入っていますが、これが打撃にどう影響するか。角道トッパンに対しての初球を投げた。打ち上げました、打球は切れるか、スタンドとフェンスの間。横井おっとこれは取れません。

 痛めた肩は完治していないのか、打球に力がありませんトッパン。


「スイングの時にちょっと開きが早いですね。そのせいでバットのヘッドが下がってしまいボールの下側をたたきすぎてしまうんです」


 なるほど、2球を角道投げました。豪快なスイング空振りぃ!これで追い込まれてしまいました。

 次が勝負となりますでしょうか3球目、投げた。打った、これは当たりそこないだ、ショート桂が丁寧に捌いてファーストへ送る。一回の裏パイレーツの攻撃も三者凡退に終わりました0対0試合はまだ始まったばかりです。


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