一回表 -Starting pitcher-
4月にチームを離脱してから半年か……長かったけどやっと帰ってきた、このまっさらなマウンドに。テレビを見れば野球の神様なんて言葉がたまに出てくるけど、それは僕にとっては比喩でも御伽噺でもなく紛れもない真実だったよ。だって、いまここのたてているのはその神様のおかげなんだから。
チームが日本シリーズ進出を決めたその日の夢の中に彼は来た。もしかしたら、このシリーズ進出すらあの神様の気まぐれかもしれない。だけど、おかげで僕は今この場に立てている。
スタジアムの電光掲示板に表示されるオーダーや、まだ表示が入っていないスコアボード。試合開始前のマスコットたちの交流にスピーカーから流れる音楽。ずっとこの15年間聞き続けていた日常のはずなのに、今この瞬間だけは僕の人生の中で唯一で、とても大切なものに思えて来る。
スタンドから流れてくる応援歌や、歓声それに野次だけじゃなく。ビールの売り子の声ですらいとおしく思えてくる。
『初回の守りにつくパイレーツの選手を紹介します』
――ライトフィールダー
そういえば入場曲は変えてなかったっけ。2戦目に投げたときにもそんな事を思ってたけど、最終戦ぐらいは変えるべきだったかな? 長い間暇はあったから結構音楽には詳しくなったし、お気に入りの曲も結構あったんだけど。でもソレはそれでどれにするか迷うなぁ。
始球式も終わった、投球練習に入る。ひとつひとつが大事な投球だ。それは、この練習も変わらない。あの約束も果たすのならば今日しかない。おそらく、これが僕の最期の試合だから。
――
「なぁ千秋、お前プロ目ざすんか?」
「そんな、僕がプロなんて考えた事もないよ」
少年野球時代の話だ。あの時の僕は守備が下手だからピッチャーを"やらされていた"のをわかっていた。だから、自分がプロ野球選手になれるなんて思いもしなかった。あの時の一言がなければ。
「あのなぁ、普通野球やってたら一度は夢をみるもんやろ? 満員のスタンドからの歓声を受けてチームを日本一に導く大スターなんてのは」
「でも、僕は下手だから」
そういったら殴られたっけ、割と本気で。
「アホか、ただ下手なだけやったら監督もピッチャー続けさせたりせんわ。千秋は気づいてないみたいやけど、コントロールがいいんのが千秋の武器や」
そのとき始めて気づかされたよ、下手な僕がアウトを取れる理由を。
「小学生で構えたところに10球中9球投げられるヤツなんて千秋以外におらんわ。これから先中学・高校になって、球も速くなるし変化球も覚えたらもっと強ぅなる。そしたらプロなんて目の前や」
「お兄ちゃんは、プロになるのが夢なの?」
「そうや、いつか自分のリードでチームを日本一にできるようなキャッチャーになるのが夢や」
「そっか、じゃあ僕はそのときは完全試合でもやろうかな?」
「言うたな?約束やで」
「まずはプロになるところからだけどね」
これで本当に完全試合でも出来れば漫画かアニメの主人公だ。神様と会ったなんて話がそのまま信じてもらえるのならばなおの事ね。
――お前さんどうしてこんなところに来ちまったんだい?あぁ、ここがどこだかわからないか。此処はそうさなぁ、お前さんたちの言うところのあの世に近いかな。もちろん厳密には違うさ、それに胸に手を当ててみな?まだ心の臓は動いてるだろう?体だってこうすればほぉら、温かさを感じる。
ワシかい?ま、一応はお前さんたち人間の言うところの神様ってやつかね?ただ、住む場所が違いすこぉしばかり力を持っているだけさね。それに死んだ人間にはよく会うんだがねぇ。
生きている人間に会うのは久しぶりだぁな。何か強い願いでもあるんじゃないのかい?
――僕は……
なぁるほど、野球ねぇ。結構そういう人は来るが、そこまで強い望みを持った者はなかなか見んね。じゃあひとつお前さんの野球とやらを見せてくれ。病気? そんなのぁ関係ないさ、なぜなら此処はお前さんが生きている世界とは違う。いわば夢の中だから、現実の時以上の物を出せるかもしれない。
ほら、ここに都合よくグラブとボールがあるだろう?さっきまでなかったのに。それに、あんまりゆっくりしていると本当にこっちの世界から帰れなくなってしまう。早くお前さんの一番の球をここに投げ込んでおくれよ。
――ここ一番の球か。やっぱり投手ならストレートで勝負だよな……
確かにいい球だ。だけど、ソレが本命じゃないだろう?お前さんがもっとも得意とするヤツだ。そうだな、ワシが納得できる球ならばひとつ願いをかなえてやろう。何、言わずともお前さんの願いなどわかるさ――
今思い返してもわからない。結局あの自称神様は納得してくれたんだろうか? そうでもなければここに僕は立ててはいないかもしれない。最後の1球はストレートだから、ここで1球だけあれを試そう。うん、神様も認めた1球は今日もさえてる。
****
『1回の表コマンドーの攻撃1番センター飛騨振一……背番号26』
始まりました日本シリーズ第7戦はかえって来たベテラン東風対エース角道の対決となりました。コマンドー1番バッターの飛騨は左バッターボックスへ入ります。さぁ振りかぶってピッチャー東風第1球を投げました。内角低めを見逃してストライク。球速は147km/hをマークしました。シーズン初期よりも早くなっていますね小野さん?
「えぇ、あんまり球の速いピッチャーではないはずですからね。今シーズンマックスじゃないですか?」
いえ、日本シリーズ第2戦で148km/hを記録しているのが最速ですはありますが他は140km/h代前半でした。
「東風は以前よりかなり痩せたように見えますけれども、それが影響しているかもしれません」
なるほど、第2球を投げた。外角から内に入る球ファウルボールカウントはツーストライクと変わります。テンポの良い投球で簡単に追い込みました東風。すぐにボールを受け取ってサインの交換をいたします。 3球目空振り三振!大きく曲がるカーブで先頭打者飛騨を三球三振に切って取りました。
『2番ショート桂翔……背番号9』
ワンナウトで右バッターボックスに2番桂を迎えます今シーズンの打率は.311とリーグ3位の成績です。このシリーズを通しての20打数の11安打と当たっています。東風とはこれが初対戦です。
その桂に対して第1球を投げた。カーブはやや低いかボール。カウント1-0となって第2球を投げたストレートはストライクッど真ん中を見逃しです。
「今の球球速こそ出てないですがかなり伸びてますね」
そうですか?私には普通のストレートに見えましたが、球速も142km/hでした。
「ええ、ど真ん中よりやや低目ですか。ラジオなので映像をお見せ出来ませんが球が伸び上がってるようにも見えます」
第3球となります投げた、打った。ぼてぼての当たりはセカンド一色清が丁寧に捌いてアウト。これでツーアウトになります。ここまで投球数は6球とテンポよく投げ込んでいます東風。
『3番サード横井歩……背番号5』
ツーアウトと変わりまして昨日一時は勝ち越しとなるホームランを打ちました、横井が左バッターボックスに入ります。今シーズンは他の選手が目だっているところではありますが、この横井もあと3本というところで惜しくもトリプルスリーを逃しましたが、打率リーグ2位の活躍です。ピッチャー東風今サイン交換を終えて第1球を投げた。空振りっストライクです。
今のはスライダーでしょうか?大きく曲がりました。続けて第2球投げたっ、打った。打球は大きく右に切れてファウルボールこれで追い込みましたパイレーツマウンド上の東風。またも3球で決めるか投げたっこれは外にはずれてボールです。カウント1ボール2ストライクと変わります。
テンポの良い東風サイン交換も終わり次が第4球目、投げたっ、打ったこれは引っ張りすぎたか左に切れていきますファウルボールです。
『打球の行方には十分に御注意ください』
ファウルボールをお客さんが見事にキャッチして、周囲のお客さんより拍手が巻き起こりました。カウントは1ボール2ストライク変わらず、第5球打ち上げた。ふらふらっと上がった打球、キャッチャー南場ファウルグラウンドで手を上げます。確りと捕球してスリーアウトです。
1回表パイレーツ東風は三者凡退に切って取りました。
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