間章――鼻――

 【彼】は期待通りの鼻梁に満足して作業用の白手袋を脱いだ。

 一目惚れした鼻は高すぎず丸すぎず彫刻家が掘り出したように整っている。“これ”がついていた顔は誰も見向きもしない平凡な顔立ちだった。思い出すのも難しい。

 この鼻も自分の手にかかった顔に添えられてこそ本来の形を引き出せている。

「眉間から鼻先までの線が淀みなく流れている。均整の取れた丸みは思わず手を触れてなくなる柔らかさだ。決して目立ちすぎず、他のパーツを引き立てる最良の素材だ。これに合う瞳は見開いていてはっきりしている必要がある」

 呟きというには明瞭な声で未完成のフィギュアに語りかけながらモニターを見つめる。

 次から次に切り替えて目ぼしい獲物がいないか探してみた。

 瞳の選別は特に難しい。横からではまるで良さが分からないのだ。

 できれば真正面から調べたいが近づきすぎれば“偵察機”に勘づかれてしまう。

 【彼】は黙りこくって色素を失った無表情になりリモコンのスイッチを押し続けた。

「次は憑喪事件の特集コーナーです。今回はある事務所に依頼をして事件を解決してもらったという被害者の女性にお越しいただいています。どうぞ、こちらに」

 指がぴたりと止まった。中央のモニターでアップになった女性の顔に魂が吸われる。

 【彼】はリモコンを投げ捨ててモニターに駆け寄った。顔を擦りつけて観察に励む。

 カメラがインタビュアーを映すたびに舌打ちをして骨ばった拳でモニターを殴る。

「私は、いえ私たちはある憑喪に苦しめられていました。衣服の上から下着を盗むことができる力を持っていて、私も何度も狙われました。警察に対応をお願いしても良い返事はしてもらえず野放しにされてとても悲しく、苦しみました」

 女性が伏し目がちにだが意志の強さを揺るがさずに警察への批判を口する。

 これにインタビューが続けて話を広げた。そんなことは【彼】にとってどうでもいい。

 また女性の顔がアップになる。カメラに向けられた瞳と見つめ合った。

「素晴らしいっ! この瞳こそ、宝石だ!」

 【彼】は歓喜に沸き立ち手を叩いた。賞賛を込めて彼女の言葉に耳を傾ける。

「私たちは話し合って廿楽事務所に事件の解決を依頼することにしました。小さな事務所だし不安も戸惑いもありましたが、彼らは迅速に対応してくれました。皆さんもご存知でしょうが、私たちを苦しめていた憑喪を捕らえたのです。もしも、私たちのように憑喪による被害者の方がいましたら、是非彼らを頼ってください。警察はあてにならないでしょうから。彼らは――ヒーローなのです」

 行き過ぎた宣伝文句にインタビュアーが焦って話題を打ち切った。

 コンタクトレンズのCMが流れる。瞳が目立つことからモデルの中でも瞳が綺麗な人物が選ばれている。石鹸なら手が、シャンプーなら髪が主役だ。

 瞳が主役なモデルを【彼】は侮蔑混じりに見下してモニターを切った。

 真に優れた“パーツ”を見抜けるのは真に優れた審美眼だ。

 【彼】は絶対の自信を持って次の標的を決めた。フィギュアの完成は、近い。

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