Intermission1 乙女る青鬼は初恋の香り……?
幕間1 ♯1
〈2122年 5月14日 11:33PM〉
―ソノミ―
白い湯気が充満する浴室の中。
「はぁ、ふうっ………」
右足から浸かり、それから左足。湯船の中に身体全体を沈めていく。
今日という日の疲れがお湯に溶けていく。緊張した身体、それに心までもがほぐれていく。
些か屋敷にあった檜風呂には劣るが――やはり、仕事終わりの湯浴みは格別だ。
「ふあぁっ……」
お湯には、一糸纏わぬ私が透過する。
決して白い肌などという自覚はなかったが、昔は友人に、「色白だね」なんて言われていた。
けれど今は――それを認めざるをえない。いや、むしろ余計に白化が進んだかもしれない。
これは決して“美”がつく白ではない。ただ不健全なだけだ。
私が行動するのは、基本的に日が暮れてから。こんな生業をしている私は、闇が全てを覆い隠す夜の世界の住人。お日様に当たることは、ここ数年で限りなく減ってしまった。
「んんっ……」
両手の指を絡めて、腕を突き上げ背筋を伸ばす。
そうして押し出された私の胸は、「ぷるるんっ!」と激しく揺れ――なんて、現実は微動だにしない。
薄い。かれこれ高校生の頃から成長がストップしているんじゃないか?
小さい。慎ましいだなんて……私には何の慰めにもならない。
とまぁ、こんなこと……つい少し前までは一切気にならなかったのだが。
そう、こんな哀れな感情を抱くようになってしまった理由は二つ――とある女のそれを拝んだことと、とある男を異性として意識するようになったから。
彼女は花、物言う花。より正確に言うなら、物言う撫子。
無敵の美貌、完璧なスタイル。彼女の前には――泳ぐ魚も恥じらい水底に隠れ、空飛ぶ雁も見惚れて落ちてきてしまうことだろう。
そんな彼女の武器の中でも、一番凶器じみているのは――そのたわわに実った二つの果実だ。
彼女のそれは、男の視線を釘付けにし、女の自負をボロボロにする。かといってだらしない程大きい訳でもない。例えるとすればあれは……胸の
私はよく知っている。あれはマシュマロの様に柔らかい。もしもあんなのに一度包まれれば、誰だって蕩けてしまうだろう。私が危うくそうなりかけた様に。
私、今……嫉妬しているのだろうな。私だってあのくらいのサイズだったら、もう少し女としての魅力を醸し出せるというのに。同じ人間、同じ異能力者だというのに、どうして私のものはこんなに未発達なんだ?
不公平だろ、不平等だろ。まぁ、全人類あいつと同じサイズだったら、それはそれで気味が悪いが。でも……あいつみたいになりたいよなぁ。
そう言えば、「揉めば大きくなる」なんて聞いたことがある。試しに……やってみるか?
「うん……はぁ、うぅんっ………」
なけなしの胸肉を寄せて、持ち上げて。今度は円を描く様に揉んでみて――なんだろう、この空しい気持ちは。
変な気分だ。私、一人でいったい何をやっているんだよ……。
「こんなことをしたところで、どうせ……」
大きく何て……なるわけがないんだよな。もしもこの程度で成長すると言うのなら、世の中に格差なんて生まれるわけがないんだよ。
「ローマは一日にしてならず」と言うことわざがある。もしも本当に長期スパンで成長を目指すなら……この眉唾な都市伝説を続けるより、豊胸エクササイズとかサプリを飲むとか、そういう実証的なものをするべきだよな。
いや……待てよ。私としたことが、肝心なことを忘れていたじゃないか――!
「ふふふっ………!」
大事なのはあいつの……グラウの好みじゃないか。そうだ、あいつの嗜好次第では、まだまだ私にも勝ち目がある。
何故なら――小ぶりば成長すれば良いが、
くくっ……私は融通が利く。しかしあいつは手遅れだ。そう考えると、なんだか気分がとても晴れてきたなっ!
「よしっ!」
勢いよく浴槽から立ち上がったせいでお湯がざばぁ~んと溢れ出してしまったが、今はそんなことは気にならない。
「ネルケ……お前の先約など知ったものか。私はそう簡単に負けない――恋ってものでもなっっ!」
浴室に木霊する私の覚悟……結構声を張ってしまったが、隣の住人には聞こえてないよな?このマンション、壁は結構厚いはずだけれど。
さて、上がるとするか。ガラガラと扉を開いて、大判のタオルを手に取る。そして先ずは腕の水滴を拭き取り、次に背中とお尻、胸からお腹にかけて、右脚、左脚……これで良いな。
脱衣所へと移動して、第一にショーツを履く。そしてブラジャーも付けて……まだ熱いから、この格好のままで過ごすとするか。私の家だ、他人の視線もないしな。
髪は……まだドライヤーで乾かすには早いか。私の髪は腰ぐらいまでの長さだから、自然乾燥を経ずにドライヤーだけで乾かすとなると、時間も電気代がバカみたいにかかってしまう。
風呂場を後にし、ペタペタとリビングへ。我ながら整然とした部屋だ。物で溢れかえっているわけではないし、かといって侘しいわけでもない。
冷蔵庫へと歩み、紙パックの牛乳を取り出してコップへと注ぐ。そして腰に手を当てて――
「ごくごくごく……ふうっ!」
風呂上がりの牛乳もまた格別。身体に染み渡るようだ。
それにしても鏡に反射した私、まるで白い口髭を付けているみたい。滑稽で、なんだか笑えてくる。
それじゃあ……髪が乾くまでは、ソファで横になっているとするか。
意匠に一目惚れして購入した茶色のソファ。今の所どこも痛んでない。これはなかなか良い買い物だったな。
左手に持っていたタオルをソファに広げる。ここに頭を乗せれば、髪も乾くしソファも濡れない――うん?
――ぴこんっ!ぴこんっ!ぴこんっ!
スマホが「早く取ってくれ!」と言わんばかりに五月蠅くメロディを奏でる。
だが……伸ばす腕が重い。どうせラウゼからだろうし……その文章が、「明日ソノミ君に任せたい依頼は~」からで始まっていると容易に想像がつく。
ここ十日間でいくつ依頼をこなしたことか。世界のあちこちに向かわされ、役人を暗殺しろだとか、依頼人を護衛しろだとか……どれだけ人を働かせれば満足するんだ、あのブラック社長めが!
けれど、それが仕方ないことだとはわかっている。第一次星片争奪戦の大勝利のおかげで、P&Lの依頼件数は急増している。それに加え、ゼンがいなくなったことで実働部隊は二人。あいつの穴埋めも、私とグラウの二人で務めているわけで。
それでもやはりムカムカするよな。ラウゼの奴、過去はどれだけ偉い人物だったのかなんて知らないが――グラウと示し合わせて、いつか必ず痛い目を見せてやる!!
なぁ~んてな。バカなことを考えてないで、さっさとスマホを取ろうか――
「んっ?このアイコンは………」
ラウゼの無骨な初期アイコンではなくて……繊細で美しい花弁をした、撫でたくなる程かわいらしい花。月に映えるその花の名は――
彼女からなんて珍しい……と言うわけでもない。ここ最近はちょくちょく連絡を取り合っている。
でも……未だに彼女から
あいつとはたわいない話で盛り上がれる。私の愚痴を聞いてもらったり、彼女の鬱憤を聞いてやったり。彼女とは、何も繕わない素の御都苑巳で話す事が出来る……っと、早く彼女へ返信しないと!
―ENIL―
ネルケ:ソノミ、ソノミ!あなたとグラウに、とっておきのプレゼントを用意したわ(*’▽’)!!
ソノミ:プレゼント?いったいなんだ?(既読)
相変わらずチャットでもテンションが高い。というか……既読まで5秒も掛からなかったぞ。暇なのか、こいつ?
―ENIL―
ネルケ:秘密っ(*´ω`)!!本当はわたしがグラウとと思っていたんだけれど……ちょっと今は忙しくて……(´;ω;`)
ソノミ:お前もお前で大変だな。で、そうは言うがプレゼントの内容を教えてくれないと、お前がグラウと何をしようとしていたのすらわからないんだが?(既読)
結局ネルケが何処に所属して、何をしているのかはわからないまま。多分、フリーで依頼をこなしているのだと思うが……今更聞くのも憚られるしな。
―ENIL―
ネルケ:だ・か・ら!プレゼントは秘密よ(・´з`・)!けれどソノミ……ファイトっ(≧▽≦)!!
ソノミ:いや……唐突にファイトとか言われても困るんだが?(既読)
ネルケ:わたしだってグラウといちゃつきたいのよ٩(๑> ₃ <)۶♥?でも、彼の答えは“保留”だなんて、実質振られたようなものだけれど……それでも諦めていないんだから(。•́︿ •̀。)!
ソノミ:それ、私じゃなくてグラウ本人に言ってくれないか?(既読)
ネルケ:だってグラウのENILの番号聞けず終いだったんだもん(*`へ´*)!ほんと、デウス・ウルトの大司祭を恨まずにはいられないわよね。彼のスマホを石にしちゃうんだもん(╬ ꒪Д꒪)ノ!
そうだった。ネルケもグラウのENILのIDを知らないんだったな。確かあいつ、新しいスマホを買っていたはずだし……次に会った時にでもIDを交換してもらうか。
もちろん仕事関係で何かと便利だからとか、理由をこじつけてだ!単に話しがしたからだなんて……恥ずかしくて言えるわけがないだろう。
―ENIL―
ネルケ:本当はこれ以上ソノミとグラウの距離が縮まるのは、グラウの将来のお嫁さんとしては困るのだけれど……でも、ソノミの親友として応援してあげるわ(•̀ω•́ )!もちろん遅れた分は直ぐに取り返すから、十分に差をつけておくがいいわっ(。-`ω-)!
ソノミ:はっ、はぁ?(既読)
ネルケ:それじゃあ、たぶん後でラウゼさんから何かしら連絡が来ると思うから……(/・ω・)/バイバイ
ソノミ:おい、待て!オマエが何を言っているのか全くわからないんだが!?ちゃんと説明しろよ、ネルケ!
ちぃっ!肝心な所で既読がつかなくなった。
ネルケの奴、スマホから離れたのか……それとも未読スルーか。
まぁ、いずれにせよ……あいつの性格からすれば、追求した所で口を割らないか。だから、そうだな。正体は不明だが、一応プレゼントを貰ったのだから――
―ENIL―
ソノミ:ありがとう、ネルケ
このくらいの感謝はしておくべきだろう。
「ふうっ………」
身体の熱も大分取れたし、それに髪もちょうど良いぐらいに乾いてきたな。そろそろドライヤーで仕上げと――
――ぴこんっ!ぴこんっ!ぴこんっ!
ネルケか――!っと、違う。ラウゼからか。
―ENIL―
ラウゼ:ソノミ君へ。大事な連絡があるから、明日の10時までに事務所に来るように
連絡ならENILですれば良いのに、敢えて面と向かってと言うことは……ネルケのプレゼントとやらが、そんなに凄いものなのか?いや、それとも……P&Lの存続に関わるような、何か重大な依頼でも請け負ったのだろうか?
「ふあぁぁっ……」
もう12時も回ったし、流石に眠いな。どのみち明日になれば全てわかることだし……さっさとパジャマを着よう。そして歯磨きも済ませ、余計なことをせず床に就くとするか。
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