第5話 皐月の夜は更け、月光は満ち…… Part4

〈2122年 5月7日 10:21PM 第一次星片争奪戦終了まで残り約2時間〉

―グラウ―


 モアナ遊園地。彩奥市北東に位置するこの娯楽施設は、平日・休日で問わず、多くの人で賑わう彩奥市屈指の観光スポットとして親しまれている。広大な敷地には数多くのアトラクションを取り揃えられており、なんと巨大サッカースタジアムまで併設されている。


「星片が落ちることさえなければ、ここもこんな悲惨なことにはならなかっただろうにな」


 子供の笑い声やカップルの楽しげな声に満たされていたはずの遊びの楽園は、いまや銃声が怒号の様に響き兵士達の苦痛に満ちた断末魔が木霊する失楽園へと変わり果ててしまった。

 目下に広がるこの遊園地こそ、結界一の激戦地帯。例え後数時間で全ての戦闘が終わったところで、今日の傷跡はそう簡単に癒えることなどないだろう。

 日本政府も後片付けが大変だろうな。彩奥市を封鎖したのは名目上「爆破テロの予告」があったから。こんな状況じゃ……それが嘘であったことなど簡単に見破られる。故に結界消滅後も日本政府は当分の間市を封鎖し続けざるを得ないだろうな。


「ちょうど良いところに陣取れたわね」


「遊園地に人員を回すので、どこの組織も手一杯なんだろうな」


 いくら通信を盗み聞きしたところでこの目でその実際の戦況を把握しない限り、具体的な作戦を立てることは出来ない。そこで俺たちは遊園地に直行するのではなく、遊園地を一望出来るような場所へと赴く必要があった。

 遊園地から徒歩5分の場所にあるこの冴島本社ビルは、まさにその条件に適合した場所であった。何処かしらの組織の待ち伏せアンブッシュも想定していたが、あっさりと屋上へとたどり着けたのは重畳であった。


 ここまで世界防衛軍WGとは2回、テラ・ノヴァとは1回交戦し、毘沙門とも一度接触を図っている。とは言え何処の連中も、まさか俺たちが今に至るまで生き残り、そして決戦の地の近くまでやって来ているとは思いもしないだろう。


「見たところ情報通りだな。世界防衛軍WGは遊園地全域にわたり部隊が配置されている。対して毘沙門は主に東西方向から、テラ・ノヴァは南北方向から進軍を開始している」


「正面ゲートの付近……異能力者だな、あれは。分身…まるで忍者のようだ」


「黒い軍服の集団ね!でも、あのポーラっていう子は見えないわね。それと、もしも紫煙の異能力者がいたのなら、ここからでも直ぐわかるはずなのだけれど……」


 異能力者はどの組織にとっても切り札に他ならない。故に彼らを何処に配置し、そしてどのタイミングで投入するのかが、この戦局を大きく左右するであろう。そう考えてみると、あくまで俺の予想でしかないが、ポーラや紫煙の異能力者は然るべき時が来るまで待機しているという可能性が考えられる。

 とまぁ、他の組織のことを考えている余裕は俺たちにはない。俺たちは戦局が世界防衛軍WGに傾こうが、毘沙門に傾こうが、はたまたテラ・ノヴァに傾こうがやることはただ一つ――世界防衛軍WGから星片を奪取するだけだ。


 ただ……差しあたり直面している問題は、あまりにも重大でかつ致命的である。


世界防衛軍WGはいったい何処に星片を隠しているのか……」


 星片は“遊園地の何処かにある”という大前提が違っていたら、素直に参ったと言わざるを得ない。だからその前提は少なくとも間違っていないことを願っておこう。

 遊園地内には、巣の中のアリの様に世界防衛軍WGの兵士がうじゃうじゃと犇めいている。その有象無象の中の兵士の中の誰かが星片は持っていることは確実である。

 あの通信で“最終防衛ライン”というキーワードは聞いた。だからきっと、何らかの目印……アトラクションの近くにいる兵士が星片を所持しているのではないかとは予想している。だが――まったくと言っていいほど、今の予想は役に立たない。何故なら遊園は、所狭しとアトラクションが並んでいるからである。

 畢竟、俺たちは全ての兵士に、“星片を所持しているのではないか”との疑いをかけなければならない。それはすなわち、俺たちは手当たり次第に世界防衛軍WGの部隊を襲っていかなければならないことを意味する。

 せめて、何かもう一つぐらい手がかりが欲しいところだが………っ!足音が近づいてきている!?俺たちの存在が何処かの組織にバレたか!!?


「――お困りのようだね、灰鷹っ!」


 俺はホルスターから二丁を引き抜き、ネルケとソノミも身構えた。そして階段より現れたのは――スーツに身を包んだ三人。ん?俺、その中の一人に見覚えがあるぞ?

 瞳の色はエメラルド。髪は色素の薄い金髪のウルフカット。上下紺色のスーツ、その下に覗かせるワインレッドのシャツ。首元には純白のスカーフがかけられていて……この少年の名は――!


「スクリムっ!?」


「灰鷹――会いたかったぜ!」


 ニコっと白い歯を見せつけてくる彼に――銃口マズルを向けながらも、俺は呆気にとられてしまった。

 どうしてここにスクリムが現れた……?いや、おかしな話ではないか。星片を狙っているというなら、鉢合わせをするということは十分に有り得る。だが――


「人の言ったことを忘れたのか?俺は確かに、『二度と姿を現すな』と言ったはずだ」


「はははっ、そんなに睨まないでよ、灰鷹。でも、別に約束を破りに来たわけじゃないんだよ?」


「……は?」


 あれは約束ではなく、勝者の立場からの命令であったのだが……それでは、いったい何が目的なんだ?


「――おい、グラウ!」


「っ!?ソノミ?」


 彼女にに腕を引っ張られ……半ば強制的に振り向かされて見えたのは、警戒心をむき出したネルケとソノミの顔。


「お前……あいつと知り合いなのか?」


「あなたがゴーサインを出してくれたら、いつでも始末する準備は出来ているわよ?」


 二人は知るはずがないよな。仄暗い地下鉄の線路を歩いていたら、マフィアのボスの息子に襲われたなんて……。そう言えば、あの時は問答無用で奇襲を仕掛けてきたよな。それを今回は全く危害を加えてこないということは……うむ………。


「知り合いというわけではないが、因縁はあるな。敵なのか、それとも味方なのかの判断はまだつけられない」


「結局私たちはどうすれば良い?」


「話は俺がつける。だから待機していてくれ」


 銃口マズルを向けたまま、スクリムの方へと近づいていく。これだけ接近しても何もしてくる素振りは……ないのか。


「灰鷹、今ものすっごい困っている事がある。そうでしょ?」


「それはもちろんだ。こんな世知辛い現代社会において、悩みの一つもない人間がいるわけないだろ?」


「あはは!それもそうだね。じゃあ、はっきり言うべきだね――灰鷹たちは星片の情報を知りたい。そうでしょ?」


 先程までの俺たちの会話を聞いていたのか、それとも三人などでは星片の所在を知っているわけはないという憶測からの発言か。前者だな。スクリムがそんな予想を立てられるわけがない。

 確かに星片の情報は喉から手が出る程欲しい。しかし――


「何を対価として要求する?その返答次第で、こちらの出方を決めるつもりだ」


「――あっ、いいかな?えっと……グラウくんだっけ、君?」


「ん?そうだが?」


 溌剌とした声が聞こえ――スクリムの右手に立っていたガタイの良い男が一歩前に歩み出てきた。


「君にはとても感謝しているよ。うちのスクリム様が、目を離した隙に飛び出していってしまってね。下手をすればそのまま……ということを考えると、まだ叱り足りなく感じるよ。本当に、スクリム様が偶然出会ったのが君で良かったよ。スクリム様を五体満足で返してくれたことに、どうか礼を言わせてくれ!」


 言い終えて直ぐ――ガタイの良い男は90度も腰を曲げてきた。


「私も貴方に感謝しています」


 今度はスクリムの左手に立っていた知的そうな眼鏡をかけた男が頭を下げてきた。


「スクリム様はテウフェルを継ぐ身。もしもその身に何かあられては、デルモンド様も大層悲しまれたことでしょう。そこでなのですが――」


 眼鏡の男は俺をまっすぐ向いてくる。


「私には千里眼の異能力があるんです。私が異能力を使えば、星片の位置を特定出来るはずです」


「……なっ!?」


 千里眼――遠隔地にいる人の心、出来事などを把握出来る能力。異能力のない世界であれば眉唾な話であったが、それを異能力と言われればその存在を疑うことは出来なくなる。

 本当に眼鏡の男に千里眼の異能力があるというのならば――俺たちは情報のアドバンテージを一気に獲得することが出来る。


「それとさ、グラウ君。どの方角にも君たちの敵がいるだろう?だからさ、俺たちが暴れてそいつらの気を引くから、君たちはその隙に遊園地内に侵入しなよ。いわゆる陽動ってやつだね」


 ガタイの良い男の提案。それは確かに非常にありがたいものだ。だが――


「まっ、待て!勝手に話を進めるな!どう考えても俺たちに都合が良すぎるだろ!」


 俺たちに美味しい話が過ぎて、疑わずにはいられない。何か、裏があるのではないかと。


「いいえ、貴方にはスクリム様を見逃してくださった恩があります。どうかそのお礼をさせて頂きたく――」


「というかさぁ、灰鷹。オレたち、別に星片なんて狙っていないんだよ。だってオレは戦えれば――」


「――スクリム様、懲りてないっすね?」


「ちょっとビーザ、怒んないでよ!ミノもだからね!!オレ、親父の息子!二人より立場は上っ!!!」


「私たちは護衛であって子守ではないんですよ、スクリム様」


 ガタイの良い男はビーザ。眼鏡の男はミノと言うのか。あの二人も、スクリムになかなか苦労させられているんだな。


「あんたらの苦労は痛いほどわかるよ。大変だよな――勝手に何処かに行かれたらさ」


「っ!!ぐっ、グラウ……!!」


 後ろで誰かが反応したようだが――今後はもう二度と、独断専行はしないで欲しい。どんなことであれ、俺は手伝ってやるから。だからどうか頼ってくれよ、ソノミ。


「どうやら……あんたらは嘘を吐いていないようだ。だがスクリム、答えてくれ。あんたらの提案は、俺たちにとって都合の良いものであっても、あんたらには何の利益もない。本当にそれで良いのか?」


「もちろんさ!ほら、『灰鷹の組織を邪魔したりはしない』って約束したでしょ?それを果たしにきただけさ!!」


「スクリム……!」


 確かに彼はそんなことを言っていた。だが、そのの約束は俺たちに干渉しないという意味に留まるものだと思っていたが……まさか俺たちの力になってくれるとはな。スクリム――あんた、意外に案外良い奴なんだな。

 もう、銃を構えるのは疲れた――ホルスターにしまうとするか。


「それじゃあ――ミノ、頼んだよ!」


「はい、スクリム様」


 返事をしてまもなく、ミノは右手を側頭部へと当てた。なるほど、それが千里眼の発動条件ということなのだろう。


「灰鷹も銃の腕前がすごいけれど、ミノも相当なもんなんだよ。なんせミノは、百発百中の凄腕スナイパーなんだから!」


 二人の元を離れ、無警戒にスクリムが俺へと近寄ってくる。別に、俺は構わないが……それでもあんたはマフィアのボスの息子なんだろ?不用心が過ぎないか?俺に不意を突かれたらどうするんだ――って、それをいなすぐらいの実力がスクリムにはあったな。


「スナイパーか。俺は生憎、こいつしか慣れていないからな」


 しまったばかりの漆黒の拳銃Sodomのトリガーガードに人差し指をかけて――宙へと飛ばし、くるくる舞うそれを右手でキャッチする。


「ハンドガンねぇ。何処の兵士たちも突撃銃アサルトライフルを使っているから、ある意味灰鷹はレアな存在だよね……ところでさ、灰鷹っ!」


「おい、慣れ慣れしいぞっ!」


 肩に右手を回してきて……そんなに親しい間柄じゃないからな?


「ふふっ――どっちが灰鷹の彼女なの?」


「はあっ!?」


 いきなりなんてことを宣うんだスクリムっ!?


「いや、灰鷹さぁ、実際モテる口の男でしょ?キザで大人っぽいし、戦っている時の姿は俺でも惚れ惚れしたよ。で、どっちなの?それとも両方?」


「どっちでもない!だいたい、それをあんたに教える義理もないだろ」


 スクリムの手を振りほどく。そして、待機している二人の姿をちらと見た。

 ネルケとソノミが彼女――?有り得ない。二人は優良物件なんて言葉じゃ足りないほどの高嶺の花だ。俺なんて二人に釣り合うわけがない。

 でも……二人とそういう関係になれたら、さぞかし幸せだろうな。でも、俺には――


「ふ~ん。まぁ、いいや。次に会う時には進展していれば良いね!」


「おい、次に会う時って――!」


「判明しました」


 スクリムを問い質そうとしたが……今は、一刻も早くミノから星片の情報を聞きたいな。


「絞れるところまで絞ったのですが……どうやら世界防衛軍WGは星片の偽物を二つ用意していたようです。よって所持者の候補は三つあります」


「まぁ、賢いやり方だな」


 世界防衛軍WGの親元である国際秩序機関IOOは、3年前に第一星片を入手している。となれば贋作星片を作ることも、彼らにとってそう難しいことではなかったのだろう。


「その候補を聞く前に……あんたの異能力って言うのは、その人物が異能力者か非異能力者なのか見分けることは出来るのか?」


「いえ、残念ながらそこまでは……。ですが、きっと星片を所持しているのは――」


「異能力者だろうな」


 ミノは頷いた。

 まぁ、そうだよな。非異能力者と異能力者のどちらに星片を預けていた方が防衛の確立が上がるかなんて、考えるまでもない。


「それでは――一人目は噴水の前。二人目は劇場の中に。三人目はサッカースタジアムにいるようです」


「……なるほど。感謝するぜ、ミノさん」


「いいえ、礼には及びません」


 そこまで絞ってくれれば、あとは俺たちでなんとか出来る。本当に助かった。これで闇雲に彷徨わずに済む。

 あの地下鉄でスクリムに襲われた時は、彼に激しい憎悪を抱いたものだ。しかし、その出会いが俺たちの後押しになってくれるなんて――まさに奇縁というやつだな。


「それじゃあ灰鷹。オレたちは先に行って待ってるよ。灰鷹、せっかくオレたちがお膳立てするんだから、ちゃんと星片を奪ってよ?」


「ふっ、期待していてくれ。達者でな、スクリム」


 最後にミノとビーザは一礼、スクリムは俺に意味ありげなウィンクをし、三人は屋上を去って行った。


「グラウっ!」


 ふと気が付けば、ネルケとソノミが直ぐ側までやって来ていた。


「星片の在処がわかったみたいね!」


「私たちは三人。そして候補も三人……ぴったりだな」


 本当は三人まとまって行動したいところだが……ソノミの言う通り、一人頭一人を狙っていく方が効率が良いか。遊園地に侵入してから先は、それぞれ別行動ということになるだろう。


「それじゃあ早速行きま――」


「少し待ってくれ」


「「?」」


 ボディバックからあれを……あった。

 やはりこういう大勝負の前には、こいつを飲まなければやってられないよな!


「お前……こんな時にもそれを飲むのか?」


「こんな時だからこそ飲むの間違いだ」


 怪訝な目を向けてくる二人のことなんて気にしない。プルタブを開き、勢いよく呷る。


「ごくごく……ぷはぁっ!」


 “ギブミエナジー”。かれこれ冷蔵庫から取り出して数時間経過しているせいか、かなり温くなってしまっている。それでも、相変わらず美味だっ!


「よし――行くとするか!」


「グラウ、なんだか妙にテンションが高いわね。これはわたしも負けられないわ!」


「お前も変なところで張り合うなよ……はぁ。でも、そのぐらいの意気込みの方が、決戦に望む意気込みとしては相応しいか」


 エネルギーは十分に充填された。今の俺は、ここ24時間の中で最も冴え渡っている。

 ゼン、ユス、見ていてくれ。この戦い――俺たちが必ず勝ってみせる!


※※※※※

小話 ボーイズトーク


スクリム:灰鷹ぁ!また会ったね!


グラウ:……出来ることなら、マフィアのボスの息子たるあんたとは、二度と会いたくはなかったのだがな


スクリム:ええっ、酷くない灰鷹っ?!ある意味運命だってさ、オレたち!こんな短時間に二回も会うんだから……えっ?


ネルケ:じと~~~~っ!


スクリム:(あのさ灰鷹。なんだかあの美人さん『わたしのグラウに近づかないで!』みたいな視線送ってきているんだけど……気のせい?いや、むしろ『死ねやクソガキ!』みたいな目をしているんだけれど!?)


グラウ:(それがどうした?)


スクリム:(ええっ!?いや、あの人から助けてほしいんだけど……というかさ、そんなに愛されているっていうのにあの人が彼女じゃないってマジなの?)


グラウ:(本当だ。俺とネルケはただの仲間同士でしかない。それに……当然俺も困っているんだ。キスをされたり、指をしゃぶられたり……彼女は俺の理性を吹き飛ばそうとしてくる)


スクリム:(むしろなんでそれで気を許さないの?もしかして――!)


グラウ:(ソノミが本命――というわけではないからな?俺にもいろいろ事情があるんだ)


スクリム:はぁ~~ん、そうなのかぁ~~~。色々大変ね、灰鷹も


グラウ:わかったというなら、ネルケに刺されないように気を付けるんだな


スクリム:(本当に灰鷹がどちらともカレカノの関係にないのかはまだ疑わしいけれど……今後の進展に期待せざるを得ないね!)

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