第5話 皐月の夜は更け、月光は満ち…… Part3
〈2122年 5月7日 9:12PM 第一次星片争奪戦終了まで残り約3時間〉
―グラウ―
「いったぁ~~いっ!!」
「ぐッ!!どうして俺までゲンコツを喰らわなければならないんだっ!仕掛けてきたのはネルケの方で、俺は何も悪くないだろっッ!!」
俺とネルケの密着…痴態を見たソノミは気色ばみ、音を置き去りにするようなスピードで肉薄してきたと思えば――その怒りの拳を、俺とネルケの脳天へと叩き込んだ。
ゴンと鈍い音が聞こえた時は、頭が割れたのではないかと錯覚した。痛い…未だに頭がぐわんぐわんとする。
「お前も共犯者だッ!ここを何処だと思っているっ?!神を祭る神聖な場所なんだぞ!ここはなぁ、破廉恥なことをするような、ピンク色のいかがわしい場所では断じてないっッ!!まったく……人が起きてそうそうなんてものを見せつけやがる……クソが………」
可憐な少女に似つかわしくない罵詈雑言の猛攻を喰らうが……返す言葉がないのは事実だ。
寝起きで男女のあのような光景を見せられたら……誰だって目覚めが悪いよな。それもよりにもよって仲間同士だなんて、反吐が出ても仕方が無い。
だが、ソノミに救われた節もある。もしもソノミの介入がなければ俺たち二人は――と、これ以上考えるのはよそうか。
「ソノミ……悪かったな。でも、ソノミの強さを再確認することが出来た。そんな華奢だというのに、筋骨隆々のボディビルダーばりの腕力がある」
「お前……喧嘩売っているのか?今ならもれなく買ってやるぞ?」
「別にそんなつもりで言った訳ではないのだけれどな……」
ドスの効いた睨みに、思わず背筋が凍りつく。ばつが悪い……ソノミから逃げるように縁側へと向かい、ネルケの左隣へと腰を下ろした。
それから少ししてソノミもやって来たが……未だに機嫌が悪いらしく、座ったと同時に俺の左足を踏みつけてきた。実に痛い。
当分ソノミはぷんぷんとしたままかもしれないが……そろそろ時間の方も差し迫ってきている。彼女には申し訳ないが、話を切り出させてもらおう。
「コホン!それでは、今後について話していこう」
咳払いにより、二人の注意は俺に向いた。先ずはどこから話していくか――
「ねぇ、グラウ。話すっていても何を話すの?わたしたち、最初に作戦会議をした時から新たな情報なんて何も手に入れてないわよ?」
「星片を一番始めに回収したのは
「ああ、それなら――心配には及ばない」
「「?」」
二人の頭に疑問符が浮かんでいる。ある意味それを、俺は少し楽しみにしていた
それでも、別に黙っていたという訳ではない。ただタイミングを逃していたというだけのこと。確かコートの右ポケットに……あった、これだ。
「それは……通信機?しかも二台とも別な物」
「わたしたちの超小型のものとは全然形が違うわね……もしかして――!」
「一台は団地の下、紫煙の異能力者に葬られた毘沙門の兵士から拝借したもの。もう一台は教会から出た後に戦った
俺たちは他の組織……
「流石はお前だ。死体漁りをするなんてな」
「言葉にトゲを感じるのは、俺の気のせいか?」
あの一件で心の距離が近づいた分、ソノミは辛辣な事を平気で言う様になってしまった。それでも、彼女が可愛い後輩であることに変わりはないのだが。
「えっと……これなら、わたしたちも星片の在処がわかるわね!」
「そういうわけだ」
微妙な空気感に、ネルケのフォローが非常にありがたく感じる。
このような外部との連絡が遮断された作戦行動においては、情報が多くて困ることはない。だから願わくば、テラ・ノヴァの通信機も手に入れておきたかったのだが……ポーラが持っていた物をこっそり奪えるほど、俺の手癖は悪くなかった。
それでも、
「それでは早速、毘沙門の方から聞くとしようか」
“毘”の文字が背にプリントされた通信機の電源をオンにする。
『――繰り返す。既に第十二部隊により偵察は完了している。第三から第十一部隊は東側より、第十三部隊から第二十部隊は西側より進軍を開始せよ。なお異能力者部隊である第一部隊、第二部隊については龍童将軍が直接指揮を執り、表門方面からの攻撃を行う。決戦においては三つ巴の展開が予想される。各員が死力を尽くし戦うことに期待する――』
うむ……なんだかぼんやりとした通信の内容だな。
「大事な部分が聞けなかったわね」
「上手いこと肝心な部分を隠されてしまったな」
「いや……どうだろな」
俺の発言に、ネルケとソノミの視線が俺へと集中する。
確かに俺たちが一番知りたいことが、今の通信では語られなかった。それでも、通信はその輪郭を描いてはくれた。
「そのリュウドウという将軍が動いたからには、毘沙門はオフィスビル群の本陣を放棄したということだろ?それなら、毘沙門が星片を握っているという線は消えたことになる」
「……なるほど。候補は二つに絞られたわけか」
ソノミは察しが良くて助かる。だが、もう一人の方は……俺とソノミとをキョロキョロと交互に見て「付いて行けないのだけれど!」とでも言いたげだ。
「毘沙門が星片を握っていたのなら、わざわざ本陣を離れるようなことはしない。目標の星片を入手していたのであれば、攻めに転じることなく本陣で迎え撃つものだろ?」
「あっ…ああ……そうね!そうよね!」
ソノミの言う通りなのだが……ネルケは今の推察の流れを理解していなさそうだ。まぁ結論さえわかってくれていれば良いし、これ以上説明のしようもない。
さて、後は
『――本部より各員に通達する。毘沙門は東西方向に、テラ・ノヴァは南北方向に部隊を展開している。我々は全力でもって防衛を行うことになる。最終防衛ラインについては既に確認してある通りだ。それぞれ部隊長の指示に従い任にあたれ。以上――』
うむ。これでもう、疑いの余地はなくなった――
「星片は
今の通信を聞けば誰でもわかるようなことを、ネルケは自信げに宣ったが――その通りだ。
「グラウ。気になるのは……“最終防衛ライン”という言葉だよな?」
「ああ。しかし……残念ながらそれの見当はつかない」
モアナ遊園地の案内図を脳裏に思い浮かべる。敷地面積はかなり広大、アトラクションの数は百近くあったはず。故にその候補は……一つになど絞りきれるはずがない。
「畢竟するに、星片を握っているのは
どの方向にも何れの組織が陣取っているわけだか……いったい何処から攻め入るべきだろうか?
「わかっていたことだが……結局、争奪戦が開始してから現在に至るまでの戦いはあくまで前哨戦に過ぎなかったのだな。これから始まる戦いこそ、真の争奪戦というわけか」
あの団地における
空しいものだ。兵士達はそれが大義を成す戦いではないとわかっていたとしても――己の命を賭して戦地に赴かねばならないのだから。
「全世界の強力な異能力者を寄せ集めた
ネルケはそこで区切って、わざとらしく俺へと視線を送ってきた。
俺の口からその続きが聞きたい。そういうことなのだろうか。
「それとも、
ここまでの戦いで、何処の組織もそれなりに人員を損失していることは確かである。そのすり減った所に漁夫の利を狙おうとしているのが俺たちなわけだが……それでも、未だに彼らは俺たちの数千倍の兵士を抱え込んでいるのは事実である。
「俺たちは三人、背負う魂を含めても四人。この数で星片を奪取出来たのなら、本当に奇跡と呼べるであろう」
「人事を尽くして天命を待つしかないな」
「それならば……尻込みする必要なんて全くないわね!」
「「ネルケ?」」
ネルケは急に立ち上がり振り返った。そして彼女は胸に右手を当て、自身に満ちた表情を俺たちへと見せてきた。
「わたしたちは決して負けないわ。勝つためにここに来たのだから。そうでしょう?二人の実力はしかとこの目で見たわ。二人は、わたしが出会ってきた異能力者の中でも頭一つ抜けている――」
「ソノミの実力はそうかもしれないが、俺に関しては買い被り過ぎだ」
「グラウは卓越しているが、私はそこまでじゃない」
俺とソノミは互いに正反対のことを。だが……ソノミの言っているは間違っている。俺なんか、ソノミに異能力に関しても戦闘技術に関しても遠く及ばないのだから
「どうして二人は自分の実力をそんなに低く見積もるのかしら……まぁいいわ。いずれにせよ――わたしは二人にならこの命を賭けることが出来る。二人はどう?」
そんなこと――決まっているじゃないか。
「ああ。俺は二人のためになら全力を尽くすことが出来る。
「右に同じだ。お前らに背中を預けることに、何の躊躇いなどありはしない」
俺たち三人は性格が違えば、境遇だって全く違う。違いを見つけることは簡単でも、共通点を見つけるのは難しい。そんな俺たちではあるが――
「うん!みんな考えていることは一緒ね!!わたしたちは互いのことを信頼しあっている。わたしたち三人、なかなか良い関係だと思わない?」
こうして巡り会えたことには、何かしらの意味があるのかもしれない。
いったいそれがどんな意味なのかなんて、今の俺たちにはわからない。そしてこれから先もそれを知る機会なんて、ありはしないのかもしれない。
「お前らに文句の一つもないわけではないが――お前らが味方で本当に良かったと思う。お前らほど敵に回したら厄介な奴はそうそういない」
「ふっ、もしも俺がネルケとソノミの二人を相手にしたら瞬殺されるだろうな。だが……だからこそ、二人が仲間で良かったと本気で思える」
それでも今は、この最高と思える仲間と共に戦えることを誇りに思う。本当はゼンもいてくれればより心強かったが……あいつの分も、俺は戦ってみせよう。
「それじゃあ、えっと……円陣でも組まない?こういう時の定番でしょ?」
「私たちの柄ではないだろ……でも、そういうのもたまには悪くないか」
俺とソノミも立ち上がって、時計回りにネルケ、俺、ソノミと輪の形に並んだ。
そして、中心で右手を重ねる。
「グラウ、景気の良い言葉を頼む」
「……俺が?」
「わたしたちのリーダーと言ったらあなたでしょう?任せたわよ!」
リーダーって……本当に俺なんかで良いのか?まぁ、年齢を考えたらソノミより年上である俺かネルケが務めるべきだし、P&Lの正規メンバーであるかを考慮したら……俺が適任になるわけか。
これは――とてつもない大役を任されたものだ。なぁ、ユス……あの日の悪ガキがこんな風になるなんて、あんたでも想像がつかなかたよな?俺も少しは、あんたの背中に近づくことが出来たかな?
あんたの弟子として…息子として――俺はこの戦いに勝利することをここに誓おう。
『――アタシのことなんてどうでも良いんだよ!オマエが勝ったところで、アタシには何の儲けもないしな。だが……誓ったからには必ず勝てよ。負けは認めない、グラウ』
「っ!?」
よく知る粗暴な声音が、もう聞こえるはずのないその声が――俺の鼓膜を震わせたような気がした。今のは、いったい……?
「どうしたんだ、グラウ?」
「そんなに考え込まなくてもいいのよ?」
「あっ……ああ、コホン!」
幻聴……だったのだろうか?でも、久々にあんたの声が聞けて嬉しかったぜ、ユス。
さて……俺のような中身のない人間が気前の良い言葉なんて紡げるわけがない。だからせめて、今の俺の素直な気持ちを伝えるとしよう。
「ネルケ、ソノミ――この戦いは果たして無謀なのだろうか?」
俺の言葉を聞いて――早々に二人は首を横に振った。
俺は初め、星片を奪取するなんて絶対に不可能だと思っていた。もちろん今だって、それが成功する確率は極めて低いと考えている。それでも――無謀などと割り切り、思考停止などしたくはない。
「そうだ。無謀などではない。俺たち三人なら、必ず成し遂げられる。だから――どうか、二人の力を俺に貸してくれっ!!」
ネルケがニコリと笑ってきた。
「ええ、もちろんよ!あなたのため、ソノミのために、わたしは全力を尽くすわ!!」
今度はソノミが覚悟の宿った瞳で俺に向けた。
「当然だ。この刀に誓う――必ずや勝利を掴んで見せると!!」
気合いは十分。もちろん俺もだ――
「それじゃあ、いくぜ――!!」
重ねた手を突き上げた。どこまでも、どこまでも高く。皮膜の空へと届くようにと――
※※※※※
小話 令嬢二人
グラウ:ネルケもソノミも令嬢というわけか。しかし――
ネルケ:どうしたの、グラウ?
グラウ:いや、二人とも性格が全く違うだろ?だから同じ令嬢と言われても、なんだか違和感があってな
ソノミ:確かに、私はネルケと違ってそういうオーラはしないだろうな。屋敷での暮らしも、豪勢だったわけではないし
ネルケ:わたしは今でも金があるわよっ!グラウ、わたしの物になれば、なんでも欲しいものをプレゼントしてあげるわ!!
グラウ:悪いが断る。その代わりに失うものの方が多そうだしな。それに――
ソノミ:それに?
グラウ:もしも結婚をするのであれば、俺は金で釣ってくる人よりも、家事を任せられる人の方が良いかな
ネルケ:っ!?うぅ~~~~~~っっ!!グラウのバカ、もう知らない!!
グラウ:待て、ネルケ!何処に行く!?
ソノミ:グラウ……そういうことを言うと本気にするぞ…バカ
グラウ:なんでソノミにまでバカと言われなければならない!?
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