第4話 人の心は目に見えず、彼の姿は…… Part7
〈2122年 5月7日 0:21PM 第一次星片争奪戦終了まで残り約12時間〉
―グラウ―
「ゼン、無事かっっ!?」
扉を蹴り飛ばし礼拝堂の中へと突入。うむ……人の気配を感じないが――いや身廊の途中、あの後ろ姿は……まさかっ!?
「ゼン……なのか?」
その名を呼べど……あの小生意気に楽しげな声は返ってこない。
ゼンに聞こえていない――?そんなはずはない。俺とゼンとの距離は、ほんの数メートル。俺の声は確かに彼の鼓膜を振るわしているはず。
俺は確かに彼の名前を呼んだ。それなのに、それなのに……どうして――!
「ゼンっっ!!」
一目散にゼンへと駆け寄って、背後からありったけの力で抱きしめた。
ハグという行為は、カップル同士の愛情表現でのみ使われるわけではない。互いの温もりを分かち合うことで、親密さや友情を伝えることも出来る。
しかしゼンは――氷の様に冷たくて、俺の体温が一方的に失われていく。その身体はまるで、生気を宿さない
「なんでだよ……ゼン。なんでなんだよっッッ!!」
気が付けば俺は、年甲斐もなく慟哭していた――その後ろ姿を見ただけで、ゼンがおかしいことには気づいた。首元から覗かせたゼンの素肌は、不気味な鈍色をしていた。
けれどそんなことを頭で理解し、納得出来るはずがない。だから俺の目が狂っていると結論づけたというのに……こうして直に彼に触れたことで、俺の思考の逃げ道は全て封じられてしまった。
目を見開いて、恐怖が張り付いたような表情。生きたまま石に変えられた……そういうことなのだろうか?
「なぁ、口を開いてくれよ!いつもみたいに減らず口を叩けよっッッ!俺が何を言ったって、素直に言うことを聞いてくれないのはわかっている。でも……怒らせてくれよっッッ!!先輩面をさせてくれよッッ!!」
瞳の奥が熱く、潤んでいく。そして感情の防波堤を越えて――いくつもの雫がゼンを濡らしていく。
今はただ、ゼンを抱きしめてやることしか出来ない。こうしていたい。
ああ、皮肉なものだ。ゼンと初めてゆったりとした時間を過ごすのが、全て手遅れになってからになるなんて――
*
P&Lに最初に加入した異能力者は俺。その次にソノミがスカウトされ、そして最後にゼンが組織に迎え入れられた。
ソノミもソノミで無愛想で取っ付き難い性格をしていたが、ゼンはゼンで性格にかなり難があった。俺がゼンに初めて会った日に彼に抱いた印象は今でも覚えている――「どうしてこんな奴を仲間に」。チャラチャラしていて、慇懃無礼で……まぁ、それはいつまで経っても改善されることはなかったのだが。
きっとゼンを招いた当の本人であるラウゼ自身、俺やソノミがゼンに不満を抱くであろうことは予想していたのであろう。ある日俺は事務所に呼び出され、ゼンのバックグラウンドを知ることになった。
ゼンが自己中心的で快楽主義的な性格になってしまったことの最大の原因は――異能力者に覚醒したことであった。
それはゼンが十代の前半の頃。ゼンの両親は暴徒と化した異能力者によって殺害された。そして時同じくして、ゼンは透明化の異能力に目覚めたのだ。
異能力者には先天的に異能力を持って生まれる者と、後天的に何らかのきっかけによって異能力を発現する者の二通りが存在する。ゼンの場合親を亡くしたショックが、彼を異能力者として目覚めさせる引き金となったようだ。
透明化の異能力は、俺の異能力なんかよりずっと
そしてゼンは――一方的に仇を殺害した。仇の心臓が動かなくなっても、彼は血を被ることを厭うことなく、何度も何度もその遺体にナイフを突き刺し続けたのだという。
人を殺すという経験もまた、人を大きく歪めてしまう。どんなに生真面目な人間も一度殺人をしてしまえば、何処までも狂って落ちぶれていく。ただしゼンはどうやら、その行為に
両親を亡くし寄る辺を失った彼は、若い身空ながらに一人で生きていかなければならなくなった。生きる上で金は必ず必要。そこで彼が進んだのは――大金と共に自分の愉悦とを同時に満たすことが出来る暗殺業であった。
いつしかゼンは“
ラウゼは俺とソノミの仕事の量を軽減するためにゼンを招いたと言っていたが……多分それは嘘だ。ラウゼはきっと俺とソノミの時と同じで――親心でゼンを拾ってきたのであろう。
ゼンの過去を聞いて、別に俺は彼に同情したわけではない。ただ――まだゼンは、表社会に復帰出来る余地があると思った。
俺やソノミはもう、
けれど結局、俺はゼンを元の世界に送り返してやることは叶わなかった。ゼンも俺たちと同じ轍を踏んでしまった。でもそのことが……もしかしたら俺とゼンの心の距離を、ほんの少しだけ縮めてくれたのかもしれない。
人の話を素直に聞いてはくれないし、勝手な行動はするし……それでもゼンは、初めて出来た同性の後輩。ソノミに対しては異性ということもあって口出しすることに多少抵抗はあったのだが、ゼンになら忌憚なく本音をぶつけられた。
そう……年上だから、先輩だからなんて、ただ託けていただけに過ぎなかった。俺はただ――ゼンと親しくしたかった。友人になりたかったのだ。例えゼンが俺のことをどう思っていたとしても――
*
「おや、アナタはもしかして……」
「っ!?」
キィィーーと音を立てながら、祭壇の隣、告解室の木製の扉が開かれた。ゼンを抱く腕を離し、急ぎホルスターから二丁を引き抜き身構える。
「誰だ、あんた?」
のっそりのっそりと歩くその男の姿に、俺は疑念を抱かずにはいられなかった。この男――包帯の男とでも表現するべきか。
信者たちとは違う赤い祭服にはフードは付いておらず、首から黒色の
「先にアナタのお名前をお聞かせください」
「……グラウ・ファルケ」
「グラウ・ファルケ、ですね。私はデウス・ウルトが
不気味なオーラだ。この男からは、静かな狂気を感じる。例えるならば――白の絵の具にほんの少しだけ混ざった黒の絵の具。一度かき混ぜられれば、その純白を全て濁らせてしまうようなおぞましさ。
「グラウ・ファルケ。その少年はアナタの仲間だったのですか?」
「そうだ。俺の大切な後輩だ」
隣に立つゼンを流し目する。こんなにも近くにいるというのに……彼はもうそこにはいない。
俺とゼン、そしてこのノウザ以外に礼拝堂には人はいない様子。この状況から導き出される結論は――
「あんたが……ゼンを?」
「――はい。ワタシがその青年を裁きましたが……それが何か?」
「クソっッ!!」
心の奥底で何かがプチンと切れる音がした。それと同時に炎が上がり、怒りを肥やしにゴウゴウと燃え広がっていく。
ゼンを殺したことを、悪びれもせず言いやがって!
こいつを殺すことに躊躇いなどない――怒りのままに
その額に、今すぐ風穴を開けてやる――!
「ふんっ!」
「なっ!?」
必中の間合いだ。ノウザは銃弾を避けはしなかった。しかし――その包帯が巻かれた右手により防がれた……だと?
ありえない、そんな奇跡が起こるはずがないだろう!?
人の肉体は脆い。いくら屈強な人間だろうが、銃弾を止めるなんて曲芸が出来るはずがない。銃弾は超高速の回転により肉体に穴を開け、その肉や血管を貫き進んでいく。
それを受け止めた?包帯を巻いていることなんて誤差の範囲……そもそもこの男、包帯で目が塞がれている。俺が銃を構えていたことすら、この男は知る由もないはず。
いったいなんなんだよ、この男――!
「アナタもその少年と同じく行儀が悪いですね。いきなり発砲するなど、人間性を疑います……と、そもそも異能力者は人間ではありませんね。化け物風情に教誨しても、没意義ですね」
「……化け物、か。銃弾を受け止めたあんたの方が、よっぽどその言葉がお似合いだ。それにあんただって――異能力者なんだろ?相手を石に変えるとか…そんなところか」
ゼンの今の姿を見れば、容易にその答えに辿り着く。しかし……もしその異能力であった場合、銃弾を受け止めたことはどう説明される?そこには何ら関連性が存在していない様に思うのだが……。
「如何にも!ワタシは石化の異能力者です!!」
ビンゴか。ただ、そうだと言うのなら――明らかにこの男は矛盾している。
「前から疑問だったのだが……デウス・ウルトにとって異能力者は敵なんだろ?ならあんたはどうなんだ?自分自身を殺しはしないのか?」
崇高なる教義なんだろ?今すぐそれに則って自害して欲しいところだが――
「いいえ、何もおかしくありませんよ。私たちは人間の救世主。
捲し立てるノウザの気迫に、油断すれば飲み込まれてしまいそう。それをなんとか意識を強く保ちやり過ごす。
それにしても……ノウザはいったい何を言っているんだ?ドミヌス?サルワートル?他の異能力者とは違う?うむ……こんな狂った男の話を真に受けても、こちらの頭がおかしくなるだけか。
「あんたの話を聞いて理解出来たのは、デウス・ウルトの中にも異能力者が存在するということ。本来それは教義に反するが、詭弁を弄してなんとか正当化している。これであっているよな?」
俺の理解を聞いてノウザは――沈黙した。包帯越しで表情は読めないが、しかし間もなくして露出していた耳が赤く染まっていく。
「なっ、何を仰るのですか、アナタはッ!!詭弁ですと!?アナタは我らが
俺に信仰をバカにされ、癪に障ったのだろう。先程までの冷静さは掻き消え、怒り狂ったかの様に俺に人差し指を向けてくる。
「死んでからのことなんて、生きているうちに考えても仕方ないだろ。俺は今、こうして生きていることだけで精一杯なんだ。だからあの世の事を説法されても興味なんて湧かないし、そもそもあんたのような狂った人間の言うことを素直に聞いてやれるほど、俺は優しくないんだよ」
「なっ、何を言うのですッ!?アナタは、ワタシをバカにしているのですかっッッ!!?」
「むしろ俺があんたに少しでも畏敬の念を抱いていると思っていたのなら、あんたの頭はお花畑だな」
この男はゼンの仇。故に、俺のやることは一つ――
「俺は普段、任務遂行の上で必要な命しか奪わないんだが……あんたは違う。あんたは――俺の私怨がために殺す」
「ふっ、ふははははははっっっ!!」
「何がおかしい?」
笑われる筋合いはない。俺は今、あんたを殺すと言ったのだぞ――?
「アナタ……まるで自分のことを、仲間を失った被害者だとは思っていませんか――?違いますよッッ!!始めに我が親愛なる子を殺めたのはその少年だッッ!!ワタシはただ報復しただけなのですよっッッ!!それに、グラウ・ファルケ。アナタは万斛の怨嗟に抱擁されているッ!!アナタ、これまでの人生で、いったいどれだけ人を殺めてきたのです?それ程まで殺戮を極めたのにかかわらず、まさか奪われる覚悟の一つもしていなかったと言うのですかッッ!!?」
「っっッ!?」
言葉が詰まった。俺は……ノウザに何も言い返すことが出来ない。
いつだかユスはこう言っていた――「撃った銃弾は必ず自分に返ってくる」と。
その言葉の意味は、人を殺せばいずれ必ずその罪の対価を支払う時がやってくるということ。その対価の形は自分の命であったり、仲間の命であったり……。
俺は既に一度それを経験している。それは俺の生きる希望が霞んで見えなくなるほどの絶望だった。だからそんな辛いことをもう二度と繰り返さないようにと、深く心に誓っていたというのに……まだ力が足りないというのか?このやり方ではダメだったと言うのか?
教えてくれ…どうしたら良かったんだよ……ユス!!
「くっ…………!」
「理解して頂けたというのなら……今すぐ跪きなさい。ワタシ自らその首を落として差し上げましょう。そして二度とアナタのような罪深き者が現れぬように、アナタの首を教祖様に祓い清めてもらいましょう」
あぁ――五月蠅い、耳障りだ。壊れたスピーカーのようにガーガーと喋りやがって。
もう……ウンザリだ。
「……ウザいんだよ、あんた」
「…アナタも口の利き方が悪いですね。親の顔を見てみたいものだ」
どうも虫の居所が悪い。常に冷静に振る舞おうと心がけてきたつもりだったが……やはり俺は、上辺だけの人間のようだ。
一度怒りに駆られれば、こんな薄い化けの皮は簡単に剥がれてしまう――
「あんたに言われてようやく思い出したよ。俺たちは、いつ殺されてもおかしくないのだと。仲間を失う覚悟も必要だってことを。けれど――俺は欲張りなんだ。因果なんてものも信じない。奪ったら、奪われる――?そんなことを鵜呑みに出来るほど、俺は人間出来ちゃいないんだよッッ!!」
「っ!?何をふざけたことを抜かすのです、アナタはっ!!」
「何もふざけてないぜ?あんたを殺せば、今度はデウス・ウルトの他の連中の恨みを買うかも知れないが、今はそんなことはどうでも良い。この怒り、どうやらあんたを始末しない限り収まりそうにないんだ。だからさ――俺のために死んではくれないか?」
誠心誠意お願いするが――ノウザはすんなりと頷いてはくれない。
「死ねと言われて死ぬような生物は、この世に存在しませんよ。ワタシを手にかけようなど、傲慢も甚だしいのですよッッ!!」
「あんたの異能力の強さからすれば、確かに無謀かもな」
石化の異能力――未だ不明な点が多い。しかし、その発動の方法さえわかれば――
「アナタは先程、ワタシの異能力は“石に変える”だと予測していましたが、ワタシの異能力はもっと強力ですよ。ワタシの異能力は、何もかもを石に変えてしまう。例外など、何一つないのですよッッ!!」
何もかも、か。確かにゼンは、肉体だけが石になっているわけではない。その被服さえも石に変えられている。
「ところで……これからアナタを裁くのであれば、非常に邪魔な
「邪魔なもの――?」
ノウザが左手の中指を親指にこすりつけるように打ち付けた。フィンガースナップなんて、どうしていきなり――?
嫌な汗が額に流れ、ふとゼンを見ると――そこにはもう、ゼンは立っていなかった。石は粉末となり、静かに崩れ落ちていく。
そしてそこに、粉塵の山が一つ完成した――
「ゼン!!?あっ、あああ……あんた、なんてことをっッ!!?」
「目障りな石像を崩しただけに過ぎませんよ。石像になった時点で、既にアナタの知る彼ではなかったでしょう?それを砕いたところで、何も変わりはしなかったでしょうにっっ!!」
こいつ……どれだけ俺を怒らせれば気が済む……!
うん……?ノウザが頭の後ろに手を回して――ぺりっという音が聞こえた。それからしゅるしゅると包帯が解けていき……露わになった生っ白い素肌、スキンヘッドの頭。しかし未だに目は瞑ったまま。
「実はワタシ、盲目でしてね。ですからアナタが今どのような表情をしているのかはわからない」
雰囲気が変った。何か……企んでいるようだ。
「しかし視力を失った代わりに、
なるほど。ゼンの異能力を見破ったトリックはそういうことか――“音”はゼンの異能力の弱点の一つ。ゼンのそれは姿は隠せても、音まで隠すことは出来ない。
だが……そのことをゼンは理解していた。だから、彼はほぼ無音で行動する技術を習得していた。それなのにゼンに気が付くなんて……この男、蛾の様に聴覚が優れているようだ。
「さて、もうそろそろ暴言の応酬は終わりにしましょうか」
「そうだな。あんたと喋っていると気分が悪くなる」
「ふっ、ふふふ……ワタシもですよ」
腕を交差させ、
「さぁ――――我が目を見よッッッ!!」
「ッ!?」
絶叫と共に、宝石の様に輝く目を見開いた。
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