第4話 人の心は目に見えず、彼の姿は…… Part6
〈2122年 5月7日 0:25PM 第一次星片争奪戦終了まで残り約12時間〉
―ソノミ―
「ふうっ……」
薄気味悪い連中だったが、所詮戦闘技術はずぶの素人。私やネルケがこいつらに劣る点は、客観的に考えて一つもありはしない。
「20対20。今のところは引き分けね!」
隣に立つ
正直私は彼女を侮っていた。しかしそれは間違いだったのだと、彼女の戦闘を見てはっきりとわかった――彼女の強さの源は、異能力だけではない。
彼女は誰もがうらやむような完璧な身体つきをしている。それにも関わらず彼女のタイツ地から覗かせる、美腕美脚はほどよく引き締まっている。しなやかな体躯は戦士の基本ではあるが、彼女には美としなやかさの双方が同時に存在している。
そんなのを見せられてしまっては、同性ながらに見惚れてしまう。彼女が競争で私に勝つだけの自信があったことも頷ける。
「どうしたの?人の身体をじろじろと見て?」
「……
「そんなもの……?うふふ、さっきから視線が突き刺さっていたと思えば、そういうことだったのね!」
「んなっ!そんなはっきりは見ていなかっただろ!!」
「うん?鎌をかけただけだったんだけれど……うふふ、本当に見ていたのね!ソノミのむっつり~~!!」
「このッ!」
くすくす笑いやがって!!味方じゃなければ斬りかかっていたぞ!!
「――ゲフンッ!!」
「「っ!!」」
わざとらしく咳払いしたのは――最後の敵。角刈りをした高身長の男。
どうにかグラウを教会の中へと入れることには成功したが、そこまでが精一杯であった。こいつは私の連撃を軽く防いでみせた。
こいつを倒すのにはなかなか苦労を――いや、違うな。隣に心強い仲間がいるじゃないか。ネルケと一緒ならば――!
「やはり貴様らも異能力者であったか。ふん、裁きがいがあるっ!!」
槍を片手で振り回し、男は今一度下段で構えた。
先程から薄々感じていたが、この男…黒い髪と声の抑揚……もしかして――
「お前も…日本人なのか?」
「それがどうした?日本人であると言えば、その刀を捨てるのか?」
そんな意思はないと首を横に振るが……そうか。デウス・ウルトの触手は、遂に日本にまで及んでしまったのか。
私が日本にいた三年前は、まだデウス・ウルトが国境入りをしてはいなかった。日本は他国に比べれば比較的異能力者に寛容な国。故に、範囲能力の思想を持つ人々は少なかったのだが……時間と言うものは、時として残酷なものだな。
「ネルケ、同時に攻撃すれば沈められると思うが……お前はどう考える?」
「そうするとコンマの争いになるけれど、それで構わないわ!」
男との距離は15メートル。この間合いなら、大きく踏み込んで斬りかかるのみ。
「ふう……。はぁぁぁっっッッッッ!!」
地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。
ネルケの気配も消え――なるほど、男の背後に回り込んだか。挟撃、私たちの勝利は堅い――!
「――舐めるなァッッッ!!」
私が鞘から刀を解き放ち、ネルケが男の首筋を切りつけようとしたその瞬間――男が槍を大回転させ、出し抜けの暴風が巻き起こった。
「くっ!」
踏み込んだ足を引き戻し、私はそれから逃れられたが――
「きゃっ!!」
ネルケはその突風に吹き飛ばされ、地面を転がっていった――くっ!このままでは、男がネルケを仕留めに動き出すのは確実。
それならば――手段を選んでなどいられない!
「
青鬼の面を顔に宛がい絶叫する!
青い光が天から私に降り注ぎ、光の収束と共に私は蒼青の甲冑を身に纏う。
「がアアアアっっッッッ!!!」
引き戻した足を今度はバネのように弾ませて向きを反転。ネルケを守る形で、再度男へと急迫。連続で剣戟を放つ――
数十秒に及ぶ丁々発止の攻防。しかし互いに一撃も決めることが出来ず、呼吸のために一度距離を取る。
「ぐうっ……か細い身体のくせに、よくやる」
「ふん……お前もな」
体格差だけなら男が有利だが、今の私は鬼の力を宿している。それでも張り合ってくるのだから、この男も相当な強者であると断言出来る。
「ソノミっ!」
「ネルケ……大丈夫か?」
立ち上がったネルケへと視線を送る。見たところ怪我を負ってはいない……綺麗な顔が、少し汚れてしまった程度か。
「わたしは大丈夫。それより――ありがとうね、ソノミ!お陰で助かったわ!!」
「礼などいらない……仲間なんだから、当然だ」
臭い台詞だ……自分で言っておきながら、なんだか気恥ずかしいな。
「うふふ、お面の隙間からほんのり紅潮しているのが見えるわ。ソノミったらかわいい!」
「私をおちょくるなっ!」
呼吸も整った。鬼化もまだ持続出来る……この間に畳みかけるべきだな。
「異能力者二人を前に地の力のみでは圧倒出来ぬか……ならば――仕方あるまい!」
なんだか男のオーラが……変った?いや、気のせいなんかんじゃない。確かにこの双眸に映っている――禍々しい漆黒の気配が、男から染み出している!
「ネルケ、離れるぞ!」
「ふえっ!?」
反応の遅れたネルケの腕を強引に引っ張って、バックステップで出来る限り男から距離を取る。
そうしている間にも、男の周りには暗闇が満ち、空気が濁っていく。これはいったい――?
「来い……ヤマタノオロチっッッッ!!」
「八岐――!」
「オロチ?」
男を中心として浮かび上がった円形の不可思議な呪術的な文様から黒泥が溢れ出し、男は飲み込まれた。そして大地を震わせるような恐ろしい咆哮を上げながら――
8つの頭、8つの尾。苔むした躰からは、どす黒い血が滴る。その巨体は教会をも超えるほど――それはまさに伝説上の怪物、八岐大蛇!
「なっ………!」
「ちょっ、ちょっと!これはいくらでも……!!」
愕然として、言葉が出てこない。
異能力により生物を生み出す異能力者とは以前にも戦ったことがあるが……こんな怪物を顕現させる異能力者など、これが初めてだ。
「ねぇ、ソノミ。この怪物、ヤマタノオロチっていうの?」
日本人ならまだしも、外人のネルケはその伝説を知らないか。
「そうだ。こいつを倒したのは人間ではない――」
「まさかとは思うけど……神様が倒したって言うの?まさかわたしたち、そんな怪物を相手にしなければならないのっ!?」
嘆きたくなる気持ちは私も同じだ。伝説に聞く怪物を目の前にして、身が竦まない人間など果たしてこの世にいるだろうか?少なくとも私はそんな豪胆な性格はしていない。
「グガアアアアアアッッッ!!」
男はこの怪物の腹の中にでもいるのだろうか。怪物と融合していないというのであれば、男さえ仕留めれば事は済んだのだろうが……この怪物を倒さぬ限り、どうやら私たちの未来はないようだ。
「伝説に曰く、本来八岐大蛇は8つの谷と丘に跨がるサイズのようだが……そうではないことがまだ救いと言えるか」
「そっ、それは大分ましね……。ソノミぃ、わたし、爬虫類苦手なのよぉ……」
「弱音を吐くな。私も蛇蝎の類いは好まん」
いったいこの怪物とどのように戦えば良いだろうか?素戔嗚尊に倣って、度数の高い酒を飲ませてやることが出来れば勝機はあるが……それを用意するような暇は私たちにはない。
ふむ……八岐大蛇はそもそも蛇の怪物――その弱点、この怪物にも応用が利くか?
けれどそれを実行に移すとなると……ネルケに辛いことを頼まねばならない。
「ネルケ――悪い、囮になってくれないか?」
「……どういう意味?」
ネルケのにこやかな顔が凍り付いた。
「言葉の通りだ。あの8つの頭のほぼ全ての視界に入るよう、出来る限り大胆に行動して欲しい。要するに……異能力は使わずに逃げ回ってもらいたい。私も出来る限り速攻でケリをつけるから……」
「えっ、ええ……その、聞いて良いかわからないんだけれど……どうしてわたしが囮役なの?」
「そんな短いナイフでは、あの巨体に傷一つつけられない。あれを斬れるとしたら、私の刀しかない」
ネルケは苦笑いをしたまま閉口してしまったが、彼女がいったい何を思っているかなど明らか――「そんなことはしたくない!」だ。
申し訳ないと思う。けれど私はグラウの様な策士ではない。だから、この程度の作戦しか思い浮かばない――
「ううん、そうね。ソノミに何か考えがあるんでしょ――ふうっ!」
ネルケが自分の頬をパンと叩き、私へと向き直った。その表情はほんの少し前までの不安に満ちたものとは一転し、強い覚悟を宿している。
「私を……信じてくれるか?」
「当然。だってソノミは――大切な仲間だから!」
ネルケと共に過ごした時間はたった数十時間。それに私は彼女を裏切るような真似をした。それなのに――彼女は、私に命を預けてくれた。
果報者だな、私は。この恩、絶対に報いなけいなければなるまい!
「必ずこいつを打ち倒してみせる。だからネルケ、どうか耐えてくれよ」
「ええ。頑張ってね、ソノミ!」
瞳を閉じて、瞼の裏側に怪物を倒す最速のルートを描いていく……これで良い。
息を深く吸い込み、吐き出して――目を見開く!
「はぁ…………
全力で駆け出す。怪物へ猛進――間近に迫ったところで胴体を中心に右に旋回。
一番右端の頭はネルケではなく私を目掛けて牙を向けてきたが――その反応を私は待っていた!!
「はアッッ!!」
接近してきた頭へと飛び乗る。そして――刀を逆手に持ち替え、
「ウガガガガァァァッッ!!」
悪魔の悲鳴のような、げに恐ろしき断末魔が上がった。
やはり……背後に回り込みさえすれば、こいつの死角に入れるんだな。
「次ッッ!!」
刀を引き抜き、力なく落下していく頭を蹴り飛ばす。
身体が重力に従い落ちていく。そのエネルギーを利用しながら、一刀でもって直ぐ隣の頭を
豪快な音を立て頭が落下。私も続けてたんと着地する。そこを狩るように、次なる頭が襲いかかって来るが――想定範囲内だ!
「だアアッッッ!」
足裏を地面に密着させて――間合いが零になった瞬間、
木っ端微塵となった血肉。未だ首は頭を失ったことに気が付かずくねくねと動いているが――ちょうど良い。その先端を足場に飛び上がり、次の頭へと着地。
「くたばれッッッ!!」
根元からズバリと
これで残すところあと四本だ。
「はあっ…はぁっ……」
ネルケには感謝せねばなるまい。異能力なしでこの巨体の怪物の攻撃を躱し続けるなど、容易なことではない。しかし彼女はその偉業を成し遂げている。
お前は強いな、ネルケ。どうかあと少しだけ待っていてくれ――
「今――終わらせるッッ!!」
怪物の背後へと回り込み、首を伝って頭頂部まで一気に駆け上がり――
「はぁぁァァァァッッッッッ!!」
宙へと大きく飛躍し――
「うガアアアアァァァァッッッ!!」
回転で勢いを付けながら、
着地。それから連鎖するように、蛇の頭が四つ地に落ちた。
そして――隠れ蓑を失った男が体内から這い出てきた。
「ネルケ、後は――!」
「うん、私がやるわっ!」
私が頼むよりも先に、ネルケは既に動き出していた。直ぐ右隣を、彼女は目にも留まらぬスピードで駆け抜けていく。
「ぐふっ!?」
男の断末魔が聞こえるまでは、ほんの刹那の間であった。
八岐大蛇の肉体が、次第に灰になっていく。溢れ出したおぞましい黒血も霧散していく。
異能力によって創造されたものは、異能力者の命ある限り世界に姿を保つことが出来る。故に男の死により、怪物はその実体を維持することが出来なくなったようだ。
私たちが相手した八岐大蛇は、素戔嗚尊が戦った本物とは違い、あくまでその幻影に過ぎない。しかし確かに私はこの手で、その全ての頭を切り落としたのだ。
人生何が起こるかわからないものだが、まさか神が相対した怪物と戦うなんてな。またとない貴重な経験であったが……もう二度と勘弁だな。
鬼化はもう必要ない。解除してしまおう――
「ソノミっ!」
「うっ、ネルケ!?いきなり抱きついてくるな!!」
飛びつかれ思わずバランスを崩してしまいそうになったが、なんとか踏ん張る。
「蛇って目があまり良くなくて、視角が狭い。だから背後から回り込んで倒していったのね?」
「ああ。だが、私がしたことは大したことではない。作戦が奏功したのは、お前が大半を惹きつけていてくれたお陰だ。だから……ありがとう」
感謝の言葉なんて私の柄じゃない。ネルケの顔を見てだなんて、小恥ずかしくて言えるはずがない。
「あれぇ、なんか照れてない?」
「黙れっ!別に照れてなどない!ふんっ!」
「そっぽを向いて……ほんと、可愛いんだから」
「……それは、お前の方が………」
「なにか言った?」
「なんでもない!それより早く離れろ!押しつけるな!!」
さっきからむにむにと自己主張をしやがって、そんなに私に自慢したいのか!?悲しくなるだろうがっっ!!
「ふふふっ!わかったわ。別に押しつけていたわけではないのだけれどね」
本当なのかと突っ込みたいが……ようやく一息吐くことが出来た。
けれど、今はまだ落ち着いてなどいられない。あくまで私とネルケの戦いが終わったに過ぎない。
「行きましょう。グラウとゼン君のところへ」
「ああ」
グラウが向かったんだ。きっと大丈夫。何も問題ないはず。そう、強く信じている――
※※※※※
小話 八岐大蛇伝説
ソノミ:八岐大蛇の話をわざわざ小話にまで引っ張る必要はあるのか?
ネルケ:わたしは全くわからないから……ソノミ、任せたわ!!
ソノミ:丸投げしやがって……コホン!えっと八岐大蛇伝説をもの凄く掻い摘まんで話していくと――ある所に素戔嗚尊という神がいた。彼がたまたま出雲の国にやって来たとき、偶然かわいらしい娘――奇稲田姫を見つける。しかし奇稲田姫は、八岐大蛇という怪物に食い殺されてしまうという宿命を背負っていた。そこで素戔嗚尊は奇稲田姫の親に「娘をくれるなら、八岐大蛇を退治する」と約束した。
ソノミ:素戔嗚尊は八岐大蛇を退治するために強い酒を準備させ、八岐大蛇はまんまとその酒を飲んでぐうぐう寝むりについた。その隙に素戔嗚尊は八岐大蛇を切り刻んでいき、その途中で天叢雲剣を発見したというのは有名だな。このようにして素戔嗚尊は無事に八岐大蛇を退治し、奇稲田姫と添い遂げたというわけだ。
ネルケ:要するに、スサノオノミコトは可愛い子のために身体を張って頑張ったっていうわけね!
ソノミ:まぁ、それで強ち間違いでもない……のか?
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