第4話 人の心は目に見えず、彼の姿は…… Part5

〈2122年 5月7日 0:15PM 第一次星片争奪戦終了まで残り約12時間〉

―ゼン―


「ここか」


 閑静な住宅街の一角。妙に神聖でかつ異様な雰囲気を放つ建物……これがアイツの言っていた教会で間違いなさそうだ。

 中へと続く重厚な扉の前には、白装束の信者共がゴロゴロと。ひふみ……数えるのが面倒になるぐらいにうろついていやがる。

 流石にこいつら全員を相手にするのは面倒くさいし、多人数戦闘は俺の得意分野ではない。そういうのはソノミ先輩の十八番であって、俺はサシでやり合う暗殺とかの方が向いている。

 それに多分コイツらは大司祭ってヤツがいるからこそ、集団として行動しているのだと思う。だからソイツさえ潰してしまえば、信者共は糸の切れた凧のように何処かに消えていくことだろう。


「おじゃまぁ……」


 こいつらに俺の姿は見えてはいないが、急に扉開いたら怪しまれるのは確実のこと。だからちょうど良く開いていたエントランスの窓から内部へ……っと。侵入成功!


 そういえば、教会に入るのなんてこれが初めてだな。オレはこんな性格だから、教会なんていう信心深い所とは無縁。だから教会内部の造りは、どれも新鮮に映る。

 見上げてみると、外からではよくわからなかったが天井の中央部分は一段高くなっていて、なんだか教会がより広い空間のように思える。

 そこから視線を下ろしていくと、等間隔に柱が並んでいる。その柱頭には鮮やかな意匠の彫刻が施されているけど、それが何様式なのかはバカなオレにはわかるはずがない。

 そして左右に10列ずつ並べられた長椅子。その背中にはポケットが括り付けられていて、何やら分厚い書物が入れられている。手に取ってみたけど……重っ!あ~~もうこういう堅っ苦しい本なんて読む気が起きない!!

 壁面の窓は、えっと確か……ステンドグラスだか言うんだっけ?色ガラスが組み合わせられていて、まるで一つの芸術作品アートの様になっているけれど、題材となったこの男は一体誰なんだろう?でも、きっとこのステンドグラスに日が差し込めば、きっと神秘的な光に内部は満たされるんだろうね。

 そして真っ正面。左右に蝋燭が立てられいるそれが、机などと言われていないことぐらいオレでも知っている。そう――祭壇だ。一般的に宗教的儀式のために使われるものらしいけれど……なに、アレ?その真ん中に置かれた金色のグラス。そこに零れるくらいに注がれた赤い液体……気味悪っっ!!


 そんな祭壇の前には、白装束の信者共が大勢跪いている――と、誰か祭壇の隣の小部屋から出てきたな。うん?なんだ、あの格好……?

 有象無象とは違う、赤を基調とし金色の刺繍が施された……祭服?いや、その服装なんてどうでも良い。なんであの男――全身に包帯を巻いているんだ?手に巻くとかならわかるよ、でもさ……顔にまで巻くってどういうことさ?目元までぐるんぐるんに巻かれていて、唯一露出しているのは耳ぐらい。いったいどんな趣味しているんだよ、アイツ……。

 包帯男はゆっくり、ゆっくりと歩きながら祭壇の前に立った――ということは……きっとアイツが大司祭ってことで、間違いなさそうかな。


「親愛なる我が子らよ。よくぞ万斛の供物を集めてくれました!」


「ははぁ、大司祭様!!」


 包帯男がグラスを右手で掴み天高く掲げる。それを見て、信者たちは一斉に額を地面に打ち付け始めた。


神がそれを望まれるデウス・ウルト。故に我々はこうして異能力者を殺戮し、元の世界を取り戻すのです!」


「全てはドミヌスのため、全ては選ばれしサルワー異能力者トルのために!」


 まるでこいつらが何を言っているかオレにはサッパリ。それもそうか――狂った人間の心なんて、他人にはわかるはずがない……。


「して……そこに潜んでいるのはどなたでしょうか?」


 潜んでいる……?はっ!まさかオレのことじゃないだろう?オレは異能力を使っているし、そもそもオマエは包帯で目が見えないだろ?


「アナタですよ、アナタ」


 うん?包帯男、オレのことを指さして――バカな!こいつもさっきのヤツと同じく、嗅覚が鋭いとでもいうのか?


「我が子らが誰一人として存在に気が付かなかったことからするに、差し詰めあなたは……透明化の異能力者、と言ったところでしょうか?」


「――んッ!?」


 思わずゴクリと息を呑んでしまったが……バレて…ないよな?

 いや、どうしてだ?どうしてだよ!透明化なんて……どうしてオレの異能力を言い当てられるんだよ!?

 そんなこと、どうやったってわかりっこないだろ!偶然当てただけ、そうだ、そうに違いない!


「ああ…罪深き異能力者の忌み子よ、白を切るおつもりですか……。ですが、ワタシにはわかるのです。アナタは……ここに至るまでに我が子を三人ほど、殺めてきた……そうでしょう?」


 完全に見透かされている……?嘘だ……あの通りには、確かに他に三人居合わせていたのは知っているけれど、奴らは白装束を着てはいなかった。それなのに、どうしてコイツはオレが信者を葬ったことを知っている?

 やっぱり臭いなのか?死臭ってやつ?いや、それは二日、三日経過してからし始めるものだから違うはず。ならば血の臭い?これでもここに来るまでに、こびりついた血は念入りに洗い落としてきたはずなんだが。


 くっそ、気持ち悪い!こんなやつ――!!


「ワタシにはアナタの輪郭がくっきりと見える。ですから、はやく姿を現して――」


「……そうだって言うなら、これからオレが何をしようとしているかわかるよな?」


「ええ。ワタシの首を切り落とそうとしてらっしゃる」


 背後は取った。ダガーは抜き身で、既に包帯男の首筋へと当てている。

 信者共はおどおどおどおどとしているが……どうして今まさに首にナイフを突きつけられているオマエは、そうも平然としていられる!?


「構いませんよ。ワタシにはその程度の刃は届かない」


「狂信者は……最期まで頭がおかしいようだな!」


 ナイフを握る右手に力を込めて、その柔らかい肉を――あん!切れない、だと?まるで石の棒を切らされているような感覚。いったい、これは――!?


「――ノウザ様から離れろッッ!!」


「ッ!?」


 突如出現した鋭い殺気に、慌てて後ろにステップをして回避。危ない……あと少し反応が遅れていれば、槍の穂で貫かれていたところだった。

 黒い外套、角刈りの頭――こんなやつ、跪いていた信者共の中にいなかった。新手なのか?いや、そもそも見た目だけなら信者なのかすらわからないが……何者だ、コイツ?


「ゲンマ、手出しは不要です」


「しかし、ノウザ様……っ、はい」


 こいつにも、オレが見えると言うのか?バカな……見えていないだろ!見えるわけがないんだよ、オレの異能力はっ!!


「アナタは単身で教会に乗り込んできたとはいえ、きっと仲間もいるのでしょう?その者たちはいずこに?」


「……さぁね。今どこにいるかな?」


「そうですか……ゲンマ。この忌み子の始末はワタシに任せなさい。アナタは我が子を連れて、教会の防衛を」


「かしこまりました、ノウザ様」


 ゲンマは一礼し、そして信者たちを連れて外へ出て行く。その間、一瞬たりともオレから目を離さず。

残されたのはオレと包帯男ノウザ。

 へへっ……これならむしろ、オレにとっては好都合だ。そもそも狙いはノウザ、オマエだけなんだから。


「それでは透明化の異能力者よ。今すぐここに首を垂れ、懺悔をすると仰るなら……命は助けて差し上げましょう」


「――懺悔なんて、するわけないだろッッ!!」


 でも、どうする?コイツ、オレが見えているんだろ?こんなヤツ、オレ一人じゃ……グラウ先輩、助けて……って、通信機は自分で破壊しちゃったんだよな。

 武器はこのナイフ一本……心許ない。だって、あんな絶好なチャンスをものに出来なかったんだ。果たしてオレに勝ち目はあるのか?


「もしかして……焦ってらっしゃるのですか?」


「はぁっ!?そんなわけ!!」


 いや、バレバレなんだろうな。ノウザは、完全にオレのことを見破っている。

 けれど――今更この不安を押し隠せるわけないだろ!!くそ、クソっ!!こうなったら――腹を括るしかないじゃないか!!


「どんな汚い手を使ってでも……オマエを…殺す、殺してやる!!ノウザッ……オマエが信者共の親玉なんだろッ!?」


「ワタシは教祖様よ“大司祭”という地位を授かったまでのこと。我が子たちは皆、そもそもは教祖様の子。ですから、ワタシに親玉と言う言葉は相応しくありません」


 こいつを殺せば、こいつの首を持ち帰れば、きっとオレは変われる――グラウ先輩とソノミ先輩を見返すことが出来るはずなんだ!

 そうだ、オレは何を甘ったれたことを考えているんだよ!こいつはオレ一人の力で倒さなくちゃ、オレはいつまで経ってもグラウ先輩とソノミ先輩も超えられない――いつまでも組織で最弱なままだ!


「忌み子よ、懺悔を拒否した時よりアナタが終焉の未来を辿ることは確定しています。アナタの旅路は今この場所で終わる」


「……ふざけるなよ。好き放題言いやがって!!オレは、オマエを殺す、殺す……うがあアアアアアーーーーーっっッッッッ!!」


 なりふりなんて構っていられない。 

 こいつの言うことなんて全てはったりに過ぎないだろ?オレは勝てる、勝てる……絶対に勝てるッ!!

 勝って、俺だって強いってことを示すんだ!


「いいでしょう。それならば……穢らわしき忌み子に断罪を――――さぁ、我が目を見よっッッ!!」



〈2122年 5月7日 0:17PM 第一次星片争奪戦終了まで残り約12時間〉

―グラウ―


「見えた!あれだなっ!」


 住宅街を走り続けてようやく辿り着いた、陰鬱な雰囲気が漂う建物。

 華美な教会というわけではなく、周囲の景観を害さないような白いレンガ造りの外壁。サイズは一般的な教会より少し大きい。しかし違和感を覚えるのは、正面に立つ一つの石像。

 一人の祭服を着た男が、人間の生首を掲げている――ああ、そういうことか。道理でこの教会の名称が地図に表示されなかったわけだ。この気味の悪い石像は、デウス・ウルトの教会に共通して設置されているもの。確かこの像は……祭服を着た男が教祖で、生首は異能力者のものだったか。

 こんな像、住民から撤去願いが出されて当然の代物だ。しかしこの像は一方で、デウス・ウルトの大義を示している。彼らにとってこの像はシンボルであり、自分たちが進む道……だなんて、ネットのまとめサイトで読んだことがある。


「教会前の信者たちの数は……10か。あの程度ならばこのまま強行突破出来る。ネルケ、ソノミ。道は俺が切り開く」


 ホルスターから二丁とも引き抜き、計算に移行。うむ……こいつらはスクリムやルコン、ポーラたちとは違う、ただの生身の人間だ。そんな奴らには、一人一発で十分。

 だが、奴らも俺たちが接近していることに流石に気が付いているようだ。奴らから向けられてくるのは、まるで汚物を見るような視線。俺たちが全員異能力者だということがバレているのか……うん?


「グラウ、どうやらそう簡単には通してはくれないらしい」


「……はぁ、そうみたいだな」


 重厚な扉が開き、中から溢れ出してきたのは――無数の白装束の信者たちと、一際存在感を放つ角刈りの男。


「ほう。タイミングが良いな。貴様らがあのガキの仲間か?」


 白装束の代わりに黒い外套……信者たちの中でも別格の存在のように見える。その右手に持つは、身長すらも超える長槍。

 どうやら彼は……一筋縄ではいきそうにないな。纏うオーラの色が、他の連中とは違う。この男、かなり場数を踏んできているとお見受けする。


「……さて、誰のことかな」


 彼がゼンのことを言っているとは思うが、敢えて肯定はしない。

 ゼンは見えない。その存在が認知されることはない。けれどもこの角刈りの男は「あのガキ」と口にした。

気が付いたのか、ゼンが教会に侵入したことを?もしもそのような事が出来るとしたら――


「とぼけるな。口も行儀も悪いガキだ。このタイミングで来たのだから、奴は貴様らの仲間なのだろう?」


 もう、疑いの余地はなくなった。今更知らん顔を決め込んでも無理があるようだ。


「……そのガキ・・・・は、今どこにいる?」


「中で大司祭様が直に裁きを下されている。奴はどうしようもないほどの罪を重ねてきたようだからな。死でもって償われることだろう」


「ッ!」


 銃口マズルを角刈りの男へと向ける――同時に、ネルケとソノミも得物を握りしめた。

 頬に嫌な汗が伝う。そんなことはないと信じているが……もしも本当にゼンの異能力が見破られてしまっているのであれば――まずいな。


「あんたらに構っている時間はない。だから――そこを退け。大司祭に用がある」


「断る。神聖なる儀式を、よそ者に邪魔されるつもりはない」


 角刈りの男は槍を握りしめ――穂先をこちらへと向けていた。

 最初からわかっていた。こいつらは話が通じるような相手ではない。どうせ力によってでしか対話は図れないことを。


 数えたところ白装束の信者たちは40人。加えてこの角刈りの男。俺たち三人が全員異能力者であると言っても、これは明らかに多勢に無勢だ。

 そして何より最悪なことは、角刈りの男が扉の前に立ち塞がっていること。あの男を無力化しない限り、協会内に侵入するのは不可能――


「グラウ、ネルケ」


「ん?」


 ソノミに小声で名を呼ばれ、耳を傾ける。


「作戦がある。私とネルケでこいつらをなんとかする。だからグラウ、お前が教会に乗り込め」


 何をふざけたことを言っているんだ、ソノミ!そんなこと――!


「今でさえ敵の数は数十倍なんだぞ。それをたった二人でなど――!」


「うふふ、そうね!こんな連中、わたしとソノミで十分。それでもお釣りが出るくらいだわ!!」


 ネルケまで……。

 一刻を争う状況、ソノミの提案は最善なのかもしれない。しかし……それでは、二人さえも危険に晒すことになる。そんなこと、俺は……。


「心配するなグラウ。まさか、この程度の連中に私たち二人が引けを取るとでも思っているのか?」


「そうは、思ってはいないが……」


「言っただろ、グラウ――お前の道は、この私が切り開くと。今がその最初の時だ」


 ほんの数時間前にソノミが言った台詞……!

 ふっ、ははは……。まったく、かっこいいことを言いやがって……惚れ込んでしまいそうだ!


「あら、いつの間にそんなことを言っていたの?ソノミぃ、そういうのはわたしの役割なのだけれど?」


「ふん!お前は争奪戦が終われば他人だろ?その点私は、これから先もグラウと共に戦っていく相棒パートナーになれる」


「ぐぬぬぬ~~~っ!いいわ、ソノミ!それならば競争しましょう。相手は41人――ちょうど奇数よ!!」


「ほう、この私と争うのか?良い度胸だ……私の実力、見せつけてやるよ!」


「ならばわたしは愛の力の強さを示すわね、グ・ラ・ウ!」


「そこで俺に話を振らないでくれ………」


 途中から緊張感の糸が緩みに緩んだが……ここまで二人がやる気に満ちているというのなら、俺はもう何も言うまい。


「何をこそこそと話している?最期の覚悟でも決めたのか?」


「その言葉――そっくりそのまま返すぜ。血を流すのは、あんたたちの方だ」


 ソノミが囁くような声で既にカウントダウンを始めている。

 その時は――!


「5、4、3、2、1………いけ、グラウっ!!」


 ソノミが角刈りの男目掛けて斬り込み、その注意を一身に惹きつけた。それと同時に、ネルケも姿を消し――信者たちがばたばたと倒れていく。神速の御業。誰にだって防げやしない。

 道は開けた……今だ――!


「あとは頼んだぞ、ネルケ、ソノミ!」


「ああ!」


「任せておいて!」


 扉の元まで一直線に駆け抜ける。


「しまっ――!」


 角刈りの男が俺に気が付き、阻もうと迫ってくるが――


「もう襲いぜ――」

「お前の相手は――私たちだッ!」


 ソノミがそれを見事防いでくれた。

 ネルケとソノミの二人なら、きっと上手くやってくれるはず。だからあとは、俺がゼンを守ってやるだけ……っと、エントランスか。


「まぁ、そう簡単にはいゼンの元まで行かせてくれないよな」


 待機していた8人の信徒は、ナイフを片手に既に臨戦態勢。彼らを無視して進むことは、どうやら出来そうにない。


「いいぜ、あんたら……死ぬ覚悟は出来ているよな?ならば刮目し、俺の顔をその目に焼き付けろ――俺があんたらの死神…グラウ・ファルケだ――――!!」

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