第4話 人の心は目に見えず、彼の姿は…… Part1

〈2122年 5月7日 10:55AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約14時間〉

―グラウ―


 歩き始めてから20分。俺はふと、とあることを思い出した。スマートフォンをボディバックから取り出して……耳に入れてある通信機の着信履歴を表示する。


「随分と熱烈なラブコールだな」


 ソノミが俺の背後から、スクリーン上に表示された名前を覗いていた。

 着信の相手はびっしりと――"ネルケ"の3文字で埋められている。


「こんな時に本当にラブコールをしてきていたというのなら、俺はネルケを恐ろしく思うな。本当に俺のことにしか目がないのか、それとも単に空気を読むつもりはないのか……いずれにせよ、ネルケならなくもない話だな」


「だが、こんなにあいつから掛けられてきていたというのに、どうして無視し続けていたんだ?」


 彼女の着信に応答しなかった……いや、出来なかったことには、ちゃんとした理由がある。


誰かさん・・・・のことに集中しなければならなかったからな。二人は神社にいるのだから、緊急の用事なんてそう起こり得ないだろ?」


「……悪かったな」


 彼女を責めているつもりはないのだが、ソノミはばつが悪そうに顔を背けた。


「ソノミ、少しの間物陰に身を隠して良いか?流石に十件以上着信があって折り返しを一つもかけないでいるのは気が引ける。それに、ソノミが無事だってことも伝えておくべきだしな」


「わかった。見張りは任せておけ」


 近くのビルの隙間に入り、室外機の側面を背に座り込んだ。あのソノミが守ってくれるというのなら、何事も安心だな。

 通信機を操作して、ネルケへと繋いで……よし、繋がった。


「ネルケ。ソノミは無事だ。今から神社へ――」


『グラウっ!どうして通信に出てくれなかったの!?わたし、何回もかけたのよっ!!』


 ネルケの柔らかな声に宿った怒りの調子。それに焦っているようで――少なくともラブコールなんていう甘ったるいものではなかったようだ。まさか……何かあったのか?


「落ち着け、ネルケ。何があった?」


『ゼン君が……ゼン君がいなくなったのよ!!』


「なっ!?」



 思い返せば、悪い予感はしていた。俺がソノミの元へと出発する時……ゼンが、何か腹の内で企んでいるように見えていた。

 けれど俺はそれを看過してしまった。あの時最優先にすべきことはソノミのことである、俺はそう判断した。からだ

 ゼンよりソノミの方が可愛い後輩だから――?違う!俺にとってソノミもゼンも、等しく大切な後輩。二人に優劣なんてあるはずがない。

 だからこそ俺はソノミの元へと向かったのだ。一人で全てを背負い込んで姿を消したソノミ、何か企んでいそうでも安全な場所にいるゼン。この二人を比べたら、どう考えてもソノミの方が緊急性は高い。そう即決したのだが――


「ネルケ!」


「グラウっ!ソノミもっ!」


 石段を駆け上がった先、ネルケは不安げな表情を浮かべながら俺たちの帰還を待っていた。


「ゼン!隠れているなら出てきてくれっ!……………ちぃっ!流石に辺りにはいるなんてことはないか……」


 もしかしたら、ずっと神社の近くに潜んでいるかもしれない。そんなことを俺は道すがら祈っていた。けれどそんな楽観的な考えは、現実から目を背けさせようとする俺の弱さから生まれたものに過ぎなかったようだ。


「どういうことなんだよ、ネルケ?ゼンはどうしていなくなった?」


 俺よりも先にソノミが問いを発した。


「それが……彼、『退屈だから少し散歩をしてくる』って言って……怪しいと思ったのよ?だから、もちろん止めはしたんだけれど…遅かったの。異能力を使われちゃって、姿が見えないからどうすることも出来なくて、そのまま帰ってこないの。通信にも応じてくれないし……」


 ゼンが姿を眩ましたのはこれが初めてではないが……こんな所で――!


「くそッ!」


 転がっていた空き缶を蹴り飛ばした。缶は虚空を舞い、カランと虚しい音をたてて石畳へと転がった。


「ごっ、ごめんなさい、グラウっ!わたしが目を離したばっかりに……」


「いや、ネルケのせいではない。悪いのは、薄々ゼンの異変に気づいておきながら何も行動を起こさなかった俺だ」


 ゼンの性格はよく知っている。この中では、俺が一番ゼンと深い関わりを持っている。

 兆候に気がついていた、そしてゼンはこれまでも同じようなことをしてきた――そこまでわかっていながら、俺は何も手を打つことを惜しんでしまった。

 あの時ソノミの元へと向かったことを間違いだなどとは思わない。だが……あいつにもう少し、話をかけてやるべきだった。


「グラウ。お前の責任じゃない。きっと私が……あいつに説教たれてばかりだった私が、身勝手な行動をしたことが引き金になったのだろう。だから……私が悪いんだ」


 俺は――食い気味に首を横に振った。

 確かに、ソノミの一件と今回のゼンの行動とに因果関係があることは否定出来ないかも知れない。ソノミはゼンに厳しく接することが多かった。そんなソノミが勝手を働いたのだから、自分もしても良いだろう。そんな単純な動機がゼンの自制心を破ったのかもしれない。


 だが……なんといっても俺が悪いんだ。俺はあいつの先輩であるというのに――


「…ねぇ、グラウ。あれは使えないの?ほら、さっき使ってたじゃない!」


 さっき使っていた……あれ?何のことを言って――ああ、そうだ!

 絶望するにはまだ早い。一縷の希望が、俺たちに差し込んだ。

 早速スマートフォンを取り出し……彩奥市の地図を開く。


「……こんな時にスマホを弄って、いったい何をするつもりだ?」


 そうか、そういえばソノミは知らないのであったな。俺たちがどうやってソノミの居場所を突き止めたのかを。


「耳の通信機にラウゼが細工を施しておいてくれてな。それが現在位置を一定の間隔で発信して、このスマートフォンに表示される。要するにゼンの居場所がわかるんだが――ん?」


 おかしいな。俺たち三人の居場所は正確に表示されているというのに、ゼンの位置情報は表情されていない……まさか――?


「ゼン…通信に応じなかったのではなくて、まさか…破壊……したのか?」


 まさかこんなことになるなんて――あのタイミングでゼンに通信機の秘密を話したことが仇になったか!

 ゼンは通信機をつけていれば位置情報が俺にばれることを事前に知っていた。だから通信機を破壊することで、追跡方法を完全に潰した――


「くそっ、どうすれば、どうすればっ!!」


 諦めきれず彩奥市全域の地図をスクロールする。いない、いない、いない――ゼン、いったいどこにいるんだ!?

 スマートフォンを握る左手に力がこもる。俺自身の不甲斐なさと、その愚かさに、俺は自分を殴ってやりた――!


 そんな俺の両手が、ネルケの両手により優しく包まれた。


「グラウ、わたしが言うことじゃないけれど……落ち着いて、ね?」


 その温もりに――ようやく俺は我に返った。俺はどうやら、些か冷静さを欠いていたようだ。二人に迷惑をかけてしまった。


「……そうだな。こんな時は、焦れば焦るほど空回りする。いったんクールダウンしなければならないようだ」


 ふうっ、と息を吐き出す。そして拝殿の縁側へ向かい、一度腰を落ち着けた。それから俺に続くようにネルケは俺の右側、ソノミは俺の左側へと座った。


「お茶でもいるか?」


「ああ、もらおう。ごくごく……ふうっ」


 ソノミによって緑茶が注がれたカップを受け取り、それを呷った。あぁ……美味だ。

 日本の緑茶には健康効果があると広く認知されているが、特に緑茶に含まれるテアニンにはリラックス効果がありストレスを軽減してくれるという。もしかしたら緑茶は、こんな時にぴったりな代物なのかもしれない。


「むうう~~っ……!」


「ほら、ネルケもどうだ?」


「もらうけれど……そうじゃないっ!ごくごく、ぷはぁっ!」


 酒を一気飲みするかのように豪快に飲み干したネルケ。そして急に立ち上がったかと思えば――ソノミの隣へと移動した。


「どうした、不味かったのか?」


「美味しかったわよ、とっても!あ・り・が・と・う!!でも、違うのよっ!!グラウとソノミの距離が縮まって……まるで熟年夫婦のやりとりみたいに見えたのだけれど、わたしの気のせいかしら?!」


 熟年夫婦なんて関係性は否定するが――確かにソノミとの間にあった、大きな心の壁が取り除かれたような気はする。今のソノミは依然と比べて随分と接しやすくなった。

 やはりソノミからしてきた……あの事・・・が影響しているのだろうか?


「だっ、だからどうしたというっ!お前には関係ないだろ、ネルケ?」


 けれど愛想が良くなったのはあくまで俺に対してであって、ネルケに対しては相変わらず……ん?


「じとぉ~~っ!!」


「何だよネルケ。そうじろじろと見てくるなよ」


「いいえ、ソノミっ!このわたしの目を欺くなんてこと、百年早いわよっ!!」


 えっと……二人は何を話しているのだろうか?なんだか二人の話についていけなくなってしまった。


「……そうかよ。それならば――」


 一つだけ確かなのは――二人が向き合って、激しく視線を交わし火花を散らしているこの現実だけ。さながら今の二人は――龍虎相搏つあの絵画のよう。


「別にグラウとソノミの関係について何か文句があるわけじゃないわの?でも――グラウはわたしが先約済みよ!」


「ほう?出会って数十時間程度のお前が先約済みだと?悪いな、こっちは3年も付き合いがあるぞ」


 完全に俺……蚊帳の外だな。何か別な方法でゼンの居場所へアプローチ出来ないか思案してみるとするか。


「へぇ~……でもぉっ~~、それだけ付き合いがあるくせに何もしてこなかったんでしょ?というかぁ~~、ソノミはグラウに男として興味はないわよね?」


「ぐっ!?それは……もう過去の話だ。私だって、今は自分の気持ちに気がついたんだ。ふんっ!!そもそもお前のそれは本当の気持ちなのか?グラウは、可愛い可愛いお前のことを知っていなかったんだぞ?人違いかもしれないだろ?」


 うむ――ああ、そうだ!うっかり失念していたが、通信機の情報は十分単位でマッピングされるのであった!!


「痛いところをついてくるわね……でも、私はグラウにキスをしているのよっ!控えめなソノミでは到底真似出来ないでしょうね!」


「ふっ、ふふふ……!」


「何よ、怪しく笑って――」


「それはもう――お前だけではない。私とお前の立ち位置は変わらない。いや、むしろ拒まれなかった分、私の方が先に進んでいるかもしれないな」


「なっ!まさか……ソノミも………したの?」


「あぁ、お前に上書きしてやったよ!」


 よし、表示された。位置は……彩奥市南西方向の商業地区?時間は今から20分前……と言うことは、急げばまだ追い付けるかもしれない!


「おい二人とも、ゼンの向かった先が――!」


「ぐぬぅ~~~~っ!結構やるじゃない、ソノミ!それならばもぉ~~っと大胆なことをする必要があるみたいね!」


「ふん、大胆ならば良いとは限らないだろう?そうだな……私は献身的なやり方で落としてみせる」


 この二人――まるで俺の話を聞いていないな。と言うか……俺の声が聞こえてないのか?

 はぁ、仕方あるまい――


「げふんっっ!」


「「グラウっ!?」」


 敢えて大きく咳払いをし、二人の注意を惹き付ける。ようやく俺が渋い顔をしていることに気がついたのか、二人は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「別に女性二人で仲良くしてくれる分にはいっこうに構わない。仲間同士打ち解け合うことは大切だからな。だが……俺の話にも耳を傾けてくれ」


「「すいませんでした……」」


 二人が声を揃えて謝ってきた。うむ……ネルケとソノミという美人二人をしゅんとさせてしまうと、まるで俺が悪いのではないかと錯覚してまう。

 そんなことより、気を取り直して――


「20分前にゼンは商店街にいたようだ。ということは、ゼンはそこからそう遠くないところにいるはずだ」


「商店街……南西の方には、あのデウス・ウルトが潜伏しているんだろ?」


「ああ……そうだな」


 デウス・ウルト――デウス・ウルト異能力者の殺戮を教義に掲げたイカレた宗教組織。その悪名を異能力者で知らぬ者はいない。

 実際に俺は奴らと遭遇したことはこれまで一度もなかったが……もしかしたら今日、それも終わりを迎えるのかもしれない。


「ねぇ、グラウ。一つ聞いてもいいかしら?」


「なんだ?」


「ゼン君がいそうな場所に辿り着いたとして……具体的にゼン君をどうやって見つけるの?」


 なるほど……“透明人間”をどのようにして見つけるのか。その方法を問われているようだ。


「正直、そのことについての策はない。ゼンの名前を読んで、それで出てきてくれることに賭けるしかないな」


 なんとも情けない限りだ。こんなことになるなら、天才発明家ラウゼに“透明人間”を見つけ出す装置の開発を――いや、実際そんなものは既にこの世界に存在している。

 ゼンの異能力は透明化姿を消す。しかし彼の異能力では――体温を消すことは出来ない。もしもサーモグラフィーカメラがあるなら、それをゼンのいると思しき場所で使用すれば彼の居場所は容易に特定出来る。

 あるいは、匂いというものもゼンを見つけ出す手がかりになる。もちろん人間の嗅覚で、個人の匂いを嗅ぎ当てるなんてことは不可能に近いだろうが。

 それにもう一つ、ゼンを見つけ出す手段もあるが……それに関してはゼンも細心の注意を払っている。だから、きっとその方法で彼を見つけ出すのは無理筋のはず……。


「それならグラウ――今回はわたしたちもゼン君を探しに行った方が良いんじゃない?というか……グラウが断っても、わたしは付いていくつもりだけれどね!」


「二人も?いや、それは――」


 今回も俺は一人でゼンを探しにいくつもりであった。なんなら、ソノミの時以上にそうするべきだと強く思っていた。

 それは――行く先が行く先だからだ。この二人を、デウス・ウルトの危険に晒したくはない。だから、出来るだけ被害は最小限俺だけにしたいのだが……。


「一人なんかより絶対見つかる可能性が上がるわよ?それにわたしも……そろそろ身体を動かしたくなってきたしね。ううっ、ふうっ!」


 両手の指を絡めて、そして腕を突き上げるようにして背筋を伸ばして――その豊満な双丘が自己主張激しく突き出される。まったく……の前だということをわかってやっているのか?


「あら、どうしたのグラウ?顔を赤くして?」


「もう少し恥じらいをだな……はぁっ………」


 もしもそれを、彼女が本当に無意識の内にやっているというのなら――少し危険だな。完全無欠の美貌でそのようなことをされては、男なら邪な感情を抱かずにはいられない。野郎から手を出されても仕方な……いや、ネルケなら返り討ちにしてしまいそうが。


「……ちッ」


 奥の方からぎとっとした憎悪の視線が俺に――俺は悪くないぞ?


「ソノミ、舌打ちしたか?」


「…気のせいだ。それより――私もネルケに賛成だ。これからすることは、要は、ゼンを見つける鬼ごっこのようなものだろ?それなら、この私以上に適任な奴はいないだろうが」


「これは……一本取られたかな」


 ここまで二人に押されてしまっては――俺は反論の余地を失ってしまった。

 でも、そうだな。俺は何を心配しすぎていたのだろうか。この二人なら――どんなイカレた連中が相手だろうが怖くはない。二人とも俺なんかよりずっと頼りがいのある異能力者じゃないか。

 だからこのメンバーで行動すれば、わざわざ敵に全滅させられるなんてリスクなんてもの、考える必要なんて何処にもなかったではないか。


「わかった。それでは今から――俺たち三人で商店街方面へと向かう。痕跡を探し、何としてでもゼンを見つけ出して連れ戻す。それでいいな?」


「ええ、任せておいてっ!」


「ああ、やってやるさ!」


 ゼン、お願いだ。どうか、無事でいてくれよ。


※※※※※

小話 少し違う3人に……


グラウ:これで再び3人揃って小話が出来るな


ネルケ:やらない宣言をしていたのに、実際ほとんどやったんでしょ?というか――ソノミぃっ!!


ソノミ:なんだよ、いきなり大声を出すなよ


ネルケ:前回の小話は何よっ!どうしてわたしを差し置いてグラウといちゃついてるのよっ!!


ソノミ:!?

グラウ:?


ネルケ:グラウ、“?”はおかしくないかしら?まさか自覚ないとでも――うごごっ!(ソノミに口を塞がれる)


ソノミ:ネルケ――私に刀を抜かせたいのか?


ネルケ:ぷはっ!やるっていうの、ソノミ?わたし、結構強いわよ――!


グラウ:げふんっ!


ネルケ&ソノミ:っ!?グラウ?


グラウ:いったい何を争っているのかは知らないが、何か問題があるというなら俺が解決を――って、え?(なんで二人ともぷるぷる震えているんだ?)


ネルケ:いったい誰の話をしていると思っているのよっ!

ソノミ:いったい誰の話をしていると思っているんだよっ!


グラウ:えっ、ぇぇ……(どうして俺が怒られたんだ?)

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