第3話 泣いた青鬼 Part9
〈2122年 5月7日 10:20AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約14時間〉
―ソノミ―
「兄様っ……!」
「苑巳…僕、は……」
あぁ、元の兄様だ。帰ってきて…くださったんだ……!
「苑巳…ふふっ、また泣き虫苑巳に戻ったのかい?」
「えっ……いや、そんなことは…ありません……」
いいや、悔しいがその通りだ。涙が止まらない。こんなに泣いたのは……あの日以来だ。
「グラウ君が上手いこと急所を外してくれたけれど……僕の時間はそう、長くはないみたいだね。
異能力は精神力と体力の両方を消費する。
それなのにも関わらず、
「まずは謝らなければならないね。ごめん……二人を襲うような真似をして………」
「兄様……兄様のせいではありません!あのピオンという女のせいですっ!」
「俺もあんたを攻めるつもりはない、気にするな」
「苑巳、グラウ君……ありがとう………」
兄様はそうして笑顔を作られて、私の頬に手をお触れになった。
「苑巳、お願いがあるんだ。どうか――笑ってはくれないだろうか。君には、笑顔の方が似合う」
「笑顔……こう、ですか?」
「なんだかぎこちない気がするけど…ほら、もっと自然に――うん、それで良い」
笑うなんて得意じゃない――なんて、昔はそんなことに得意不得意など感じなかったのだがな。たぶん、この数年間が私を変えたのだ。笑う事なんて、私は許されないと思っていた。
「さて……グラウ君、君に頼みたいことがある。どうか聞いてくれないかな?」
*
―グラウ―
「なんだ?ソノミに時間を使ってやれば良いものを」
「ははは……でも、苑巳の将来を考えるなら、君と話すことが大事だと思ってね」
ソノミの将来……これは、何だが真剣な話になりそうだ。覚悟をしよう。
「グラウ君、君に――苑巳をもらって頂きたい」
「………は?」
ソノミを……もらえだ?藪から棒に、いったいなにを言い出すんだこの人は?!
「にっ、兄様っ!?何を仰っているのですか!!?」
「朧げな記憶だけれど、君は確か…『苑巳をもらい受ける』とか口にしていたよね?その責任を果たしてもらいたい」
「あんなの勢い任せに言っただけだっ!それを本気にされても――」
「まぁ、半分冗談なのだけれどね」
その割に、結構ガチなトーンだったような気がするのだが?
「でもね、苑巳は兄の立場から、贔屓目に見なくても美人だと思う。家事全般をそつなくこなせるし、何より料理が上手だ。きっと良いお嫁さんになるはず。それに、苑巳はあまり他人と親交を深めるタイプではないのだけれど、君とは非常に打ち解けているように見えるんだ」
「にっ、兄様!それ以上はおやめください!!」
ソノミは顔を真っ赤に染め上げてルコンを止めにかかったが、それでも彼は話し続ける。
「グラウ君。君は賢くて、かつ腕のある異能力者だということも十分にわかった。だから僕は、君に苑巳を任せられると確信したんだ」
そんなことを言われても……俺のことを買い被りすぎだと思うが……。
「俺はあんたが思うような凄い人物じゃない。第一、ソノミの将来はソノミのものだ。俺なんかよりソノミに相応しい男はこの世界にごまんといるだろう。だから、俺だって決め打つ必要はないと思うぜ?」
「……それは、否定出来ないけれど………けれど嘘偽りなく、君が苑巳に相応しいと思っている。もし婚姻関係は無理だと言うのなら……この頼みだけは引き受けてくれないだろうか?」
「なんだ?」
「どうか――襲い来る数多の脅威から、苑巳を守って欲しい。僕の代わりに、と言っては悪いのだけれど」
そんなこと――言われるまでもない。
ただ少しだけ……これまでより背負うものが重くなりそうだ。
「……ああ、もちろん引き受ける。ソノミのことは俺に任せろ。あんたに約束する。それと……もう俺とではなく、ソノミと話してやれ」
「君は本当に優しいんだね……っ!げほっ、げほっ!!」
「兄様っ!」
残りの時間を悟ったのだろう。ルコンは俺に「ソノミのことは任せた」と頭を下げて、それからソノミへと向き直った。
「どうやら……僕はもう…時間のようだ」
「兄様っ……!」
ルコンが伸ばした両手が、ソノミの頬を優しく包む。
「苑巳。僕にとって一番の幸せは、苑巳が幸せになってくれることなんだ。あの日の真実を君に伝えることは叶わなかったけれど……許して欲しいとは言わない。けれど兄としてこれだけは言わせてくれ。これ以上、真実へと近づくのは……ピオンたちには関わらないでくれ」
「兄様………はい、わかりました」
「うん。苑巳。君が僕の妹であることを……誇りに思う。ありがとう…大切な、いもう…と………」
「兄様ぁぁっっっっ!」
ルコンは安らかな表情をして……瞑目した。
そしてビル群に、ソノミの悲痛な叫びが何度も何度も木霊した。
*
どれくらいの時間が経ったか、俺は敢えてその時間を数えるようなことはしなかった。
ソノミが泣き止むまでの間、俺はただ呆然とその場に突っ立っていることしか出来なかった。
「グラウ……」
「なんだ?」
その横顔からわかった。ソノミの涙はとうに乾いていた。
だけれど彼女の表情は、依然として喪失感に囚われている。
「すまないな。見苦しかっただろう?」
「そんなことはない。辛いなら、もっと泣けば良い。ソノミの気が落ち着くまで、俺はここにいてやるから」
「グラウ……お前は優しいな。けれど、もう泣きはしない。これ以上この場に残っていては、毘沙門の連中がやって来るかもしれない。だから、そろそろ立ち去らないと」
ソノミはルコンを草むらにそっと横たえた。それから手を組ませ、近くの白い花を一本引き抜き、その花をルコンへと持たせた。
「兄様……どうか、そちらから私をお見守りください。あなたの妹として、恥じぬように生きて見せます。ご冥福を」
ソノミが手を合わせ、祈りを捧げる。
「
俺もソノミに並び、ひざまずいて祈る。
あんたの妹のことは俺に任せてくれ。ソノミの未来は、この俺が守ってみせる!
さて――それじゃあ、ネルケとゼンの待つ神社に戻るとするか。
「ちょっと待て、グラウ」
「ん?なんだ?」
立ち上がって歩み出そうとした瞬間、ソノミが俺の右腕を掴んできた。
「お前にはいろいろと言わなければならないことがある。だから……どうか、聞いてくれないか?」
「おっ、おう?」
急に改まって…どうしたんだ?まっすぐな視線を向けてきて――
「グラウ……すまなかった。お前を、お前たちを欺くような真似をして。兄様はあのように仰ったが…私はお前たちの仲間失格だ。だから……私のことを見捨ててくれて構わない」
思い詰めた表情をしたかと思えば――そんなことか。
「ふん……気にしてないぜ、あんなこと。むしろ…よく寝たことで体調は万全だ」
身体をストレッチし、体調が優れていることをアピールする。
「そんな嘘を――」
「俺だけじゃない。ネルケもゼンも、あの程度でソノミを見損なったりなどしない。多少の勝手を許し合えてこその仲間だからな」
ソノミは目を丸くして――けれど次の瞬間、再び泣きだしそうな瞳で叫ぶ
「どうして……そうしてそこまで私に優しくしてくれるっ!!そんなこと、お前たち…お前には、何のメリットもないだろ!!」
「損得勘定なんて関係ない。さっきも言っただろ?俺にとってソノミは大切な人だから、それだけだ。それにルコンとも約束したしな。ソノミの迷惑じゃないっていうなら、俺が死ぬまで面倒みてやるよ」
「っ!?だっ、だから紛らわしいことを言うな……本気にするぞ、ばか………」
大切な人。俺はあいつを失ってから、そんな存在を作ることを恐れていた。
そのような人と共に過ごす時間は、確かに素晴らしいものなのかもしれない。だけれど、そんな存在を失ったときの喪失感は、俺の生きる希望を奪い去ってしまうのではないだろうか?俺はずっと、そう恐怖していた。
だけれど、今は違う。失う――?そんなことはさせない!この俺が守る、守り抜く。
ソノミは俺にとって大切な後輩、かけがえのない家族。俺はこの命に代えてでも、彼女を守り抜こう。
「それじゃあ、私は――まだ、P&Lに居場所はあるのか?」
「当然だ。ソノミがいなきゃ、締まりもないしな」
「グラウ……!」
ようやくソノミが、晴れやかな表情をしてくれた。
そう、それで良い。泣いた顔なんかより、その顔の方がよっぽどソノミにはお似合いだ。
「グラウ、それなら……一つ、頼んでいいか?」
「いいぜ。どんとこい」
何だって聞こう。可愛い後輩の頼みならば。
「ふっ………私に、お前を守らせろ」
「………はっ?」
想像の斜め上をいく頼みがきたな、これは。
「ルコンは俺に『妹を守ってくれ』と頼んではきたが、ソノミに俺を守れなんて一言も言ってないだろ?」
「だから、私からの頼みと言っただろう。お前が私を『大切な存在だ、家族だ』と言ってくれたように、私だって……お前をそういう存在だと思っている。ゼンのことも…ネルケのこともだ。だけどな、グラウ……私にとってお前は、その中でも一番…愛おしい存在なんだ。お前は私に、一生かかっても返しきれないような恩をくれた。だから…その………」
頬を紅潮させて……俺からも、何か言わないといけないようだ。
「まぁ、女性に守ってもらうのもどうかと思うが……ソノミに守ってもらえるというのなら、どんな敵でも怖くはないな」
「グラウ……!ふっ、お前の敵は私の敵だ。この私が、お前の道を切り拓いてやる。だから――」
どちらかと言うと、女性らしいというよりも男気を感じさせるるような台詞だが、頼もしい限りだ……っ!?また腕を引かれて――
「ちゅっ」
「――――――――っ!?」
唇に感じた温もりの感触。ほんの少し頬にかかるソノミの吐息――って、俺は今――!!?
「ぷはぁっ……」
ほんの数センチの距離にあるソノミの顔は真っ赤――だけれど、彼女の瞳に映る俺の顔のはまるで茹で蛸のよう――!
「おっ、おい!」
「なんだ?年端もいかない少女からの接吻は不満か?まったく……お前と私の歳は一つしか変わらない。一日の長があるに過ぎないくせに、子供扱いしやがって」
「だとしても年上は年上だ。年長者をからかうなよ……」
あのソノミが……俺に、キスを?
そんな、何かの間違いだよな?ソノミだって、ネルケに負けず劣らずの佳人。そんな人に好意を持たれるなんて――
「ソノミ……」
「なんだ、うがいでもしたくなったか?酷いやつだな。お前は違うが、私はこれが初めてだったんだぞ?」
「いや、それならむしろ光栄に思うが……ふっ、はははっ」
「何を笑っている?まさか――私が初めてだったことを笑っているのか?!」
むすっとした表情をソノミが浮かべる。
「ふっ、どうしてだろうな。でも、嬉しかったら笑う。自然なことだろ?」
「そうか、嬉しい、か……これは、チャンスなのか?」
一体何のチャンスなのかよくわからないが、まぁ、いいだろう。
「帰ろう、ソノミ。二人が待っている」
「そうだな。あいつらにも謝らないといけないな」
しかし困ったものだ。今までソノミに
帰るまでには……この弾んだ心を落ち着かせなければならないな。
「グラウ」
「ん?」
ようやく歩き始めた俺を、ソノミが呼び止めた。
「ありがとう。私はお前のことを――――いや、なんでもない」
「そうか、ならば帰ろう」
何か言いたげなようだったが、無理に問いただすつもりはない。
二人が神社で待っている……ゼン、何事もなければ良いのだが。
*
〈2122年 5月7日 10:50AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約14時間〉
―?―
静かなものだねぇ。さっきまではあんなに楽しげな戦闘が起きていたというのに。
ボクの足下。花を手に持つ一つの死体。羨ましいぐらいに安らかに眠っちゃってさぁ……。
「まさかキミがあんなにあっさりヤられるとは思わなかったよ。ほんと……つ・ま・ん・な・いッ!!」
ボクはそれを――ありったけの力で蹴り飛ばした。
それから死体を追いかけて、踏みつけて、踏みにじって……ドシュグシュッグシャと、白い粒が、赤い液体が跳ねて踊る。
あはッ!楽しいなぁ!!無抵抗な人を傷つけるのはっ!!!
「ルコン……キミが悪いんだよ。ボクだってさぁ、キミに死んでは欲しくなかった。でもね――失敗したらダメなんだよッ!もうっっっ!!」
ドレスが赤く染まっていく。血の匂い付がこびりついていく。けれどボクは気にしない。むしろ嬉しい。せめて最後くらい、ボクを満足させてよね、ルコン。
指先に彼の血が付着した。ペロリと舌を出して舐めると――うん!とても不味いくてとても美味しいっッ!!
「動くなッッ!!」
あれれ、いつの間に……このボクが包囲されるなんて。
「きゃははっ!なに、キミたち?えっと……ああ!毘沙門って奴らね!ボクに何か用事?」
青い陣羽織をみんな着ているけれど、ただ一人赤いのを着ている偉そうなヤツがいた。そいつが周りの兵士たちに目配せをすると――愚かにも、ボクの方へと少しずつ近づいてきた。
「貴様、そこを離れろッ!流魂様に何をしたッッ!!」
あれれ、怒られちゃった。なんでだろう。ボクはただ――
「オモチャで遊んでいただけだよ。キミたちには何も関係ない」
「関係ないわけないだろッ!その人は、我らの副将なのだぞッ!!」
ボクは小首をかしげた。たぶん頭の上に、大きな疑問符が浮かんでいる。
ああ、でもなんとなくわかった。確かルコンは“人柄が良い”とか、博士が言っていたっけ。だから多分、こいつらもルコンのことを慕っていたんだろうね。
そんな人物が、ボクに踏みにじられて、ボコボコにされて――憤慨せずにはいられなかったってわけか。きゃははっ!
「その愚行、許してはおけないッッ!!」
今にも兵士たちは引き金を絞りそう。でも、おかしくてたまらない!こんなの、手を叩いて笑っちゃうよっっ!!
「きゃはははっっッッッッ!おもしろいね、キミたち!ボクに挑もうって言うのかい!?いいよ、すごく良い!やっぱり戦いは、参加しなくちゃ面白くないもんね。だからさ――!」
一息吐いて、ボクは目を見開く。
本当はあの灰色の髪をした子とヤリ合いたかったけれど、仕方ないよね。
「ボクが満足するまで、付き合ってねっッッ!!!」
※※※※※
小話 変わっていく心……?
ソノミ:(いっ、勢い余ってグラウと接吻してしまった……。不味いよな、グラウはたぶんネルケのことが好きだろうし……。子供扱いしていた奴に唇を重ねられて、やっぱりグラウは口をすすぎたいに違いない。そうだ!こういう時に良いものがあるじゃないか!)ぐっ、グラウ!
グラウ:なんだ?やけに落ち着きがないように見えるが……大丈夫か?
ソノミ:(あんなことをしておいて落ち着けるわけが――って、私の始末なんだがな……)なっ、なぁ、喉が渇かないか?渇いているよなっ!!
グラウ:いや、別に……
ソノミ:ほら、緑茶だ!これで唇でも湿らせろ!
グラウ:(なんでこんなに強引なんだ?)まぁ、既に注がれたというなら頂こう。ごくごく……うむ、緑茶というものも旨いな
ソノミ:そっ、そうだろ?それじゃあ私も、ごくごく――って!(こっ、これは――俗に言う間接キスとやらじゃないかっ!また私はやらかして……でも、グラウは気にしていないようだし……。私、やっぱりグラウのことが――!)
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