第3話 泣いた青鬼 Part7

〈2122年 5月7日 10:00AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約14時間〉

―ソノミ―


「はあっ、はぁっ………」


 公園を飛び出して、ビルの陰まで来たが……本当に、ここまで逃げてきたのは正しかったのだろうか?


「兄様……」


 あのピオンという女、まともな奴には見えなかった。それに、兄様が私を逃がしたことからも、あの女は相当危険な奴なのだろうと予測出来る。

 とは言え兄様はお強い。あんな女に引けを取るとは思わないが……しかし、私は兄様の左肩を負傷させてしまっている。


 そうだ。兄様は“逃げろ”と仰ったが、あの場に残って兄様と肩を並べてピオンと戦った方が良かったのではないか?もちろん、私が兄様の足を引っ張るかもしれない。でも一対一より二対一の方が、確実に有利に決まっている。

 それに、敵に尻尾を巻いて逃げるなど――御都家の信念に反する。いや、そうじゃないな――兄様を放って逃げるなど、私はいったいここに何をしに来たというのだ!


 私にはもう…戻る場所なんてない。こんな形で兄様と別れてしまっては、私は本当に一人になってしまう。そんなの……もう、嫌なんだ。

 今からでも、きっと遅くはないはずだ。だから兄様の元へ戻ろう。それに、まだ兄様からあの日の真相を全て聞いた訳でもない。あの女を排除して、そして兄妹でゆっくりとした時間を――



 嫌な予感は的中する。そんなスピリチュアル的なことを信じる人間ではないつもりだ。でも、もしもそのように予感したことが、こんな結末を招来してしまったというのなら――私は、自分のことを恨まずにはいられないだろう。


 兄様が、ピオンの足下へと倒れていく――


「兄様っ!!」


 嘘…だ。嘘だ、嘘だ、嘘だっっ!兄様が、ピオンに負けたというのか――そんなわけがない。あんな小娘風情に。くそッ!!


「貴様ぁァァァっッッッッッ!!」


 考えるよりも先に身体が動いていた。ピオンとの距離を一気に詰めて、踏み込み、抜刀と共に薙ぎ払う。けれど、この感覚は――


「おっと!」


 斬り裂いたのは虚空。ピオンは、ヒラリと踊るように私の刃を躱してきた。

 だが、この程度で終わると思うなよ――!


「はァッ、ダアッ!!」


 連続で剣戟を振るい続ける。渾身の一刀、続けて手首を90度曲げて斜め斬り。

 そのどれもが、この華奢な女を沈めるのに十分な一撃。それなのに――どうして当たらないっ!


「ねぇ、妹ちゃん。どうして素直にお兄ちゃんの言うことを聞かなかったのかな?」


「貴様に語ることは何もないッ!ここで――斬るkillッッ!!」


「……そう」


「っ!?」


 私の一方的な連撃の最中、視界からピオンが――消えた、だと?刀を振り下ろす寸前まで、確かに奴はそこにいた。いったい、何処へ消えたという?


「まったく…兄妹揃って間抜けだねぇっ!身の程を弁えるべきだよ。あっ、でもしょうがないか。ボクって最強だからさぁっ!!」


 後ろから声――瞬時に振り返る。うん、いない?いや――街灯の上にちょこんと座って足を遊ばせるドレスの少女ピオン

 いったいどうやって?たぶん答えはそれしかないだろう――異能力。だとしたら奴の異能力はネルケと同じ高速移動?いや、違うな。ネルケの異能力はまだ残像を捉えることは出来た。しかしピオンの場合、気配がぱたりと消えたように思えた。だから、奴の異能力は――


「良いことを教えてあげるよ、妹ちゃん。お兄ちゃんも言っていたけれど、あまりボクたちには関わらない方がいいよ。キミがこれ以上、何も失いたくはないというならね」


「兄様を気安く“お兄ちゃん”などと……っ!私にはもう、失うものなどない!貴様をここで殺す。差し違えてでも、貴様を地獄へと送ってやるッ!!」


「ふはははっっ!それは面白いね!!その身の程知らずなところ、嫌いじゃないよ。けれどね、今はキミとヤリ合うつもりはない。今日は観るだけにしろって一応言われているからさぁ。だから、キミの相手は――」


「ッ!」


 背後に猛烈な殺気!?くそッ!!前方へと即座に回避――


――ドゴォーーーーーンッッッ!!


「くうっ!」


 直撃は避けたが、巻き起こった激しい風圧に少し体勢を崩す。新手か?いや、何者かが接近してきた気配など、微塵も感じなかったのだが……。

 砂煙が晴れていく。なっ……まさか、今の破壊の一撃を放ったのは――


「にっ、兄様……なのですか?」


 先ほどまで倒れていたはずの兄様が、立ち上がって右手に刀を握られている。けれど、様子がおかしい。何かもごもごと口を動かし、白目が黒く濁っていて――


「ガアッ!」


 兄様が急接近をしてきて――私めがけて横一閃を。


「っ!!おやめください、兄様っ!!」


 直前でしゃがんで回避。それからバックステップをし、一度兄様から距離を取る。

 私が何度呼びかけても、兄様は答えてくださらない。まるで、そもそも聞こえていないかのよう。状況から判断するに、ピオンが兄様に何かをしたのは違いないが――


……」


「っ、兄様っ!?」


 兄様が腰に括り付けていた紐をちぎり、赤鬼の面をその額に宛がわれた。

 それと同時に、赤い閃光が空から兄様目がけて駆けてくる。その光の眩しさに一度兄様の姿が見えなくなる。しかしほんの数秒後にはその光は弱まり、兄様の姿を視認出来るようになった。

 光の中から現れた兄様が纏っていたのは――赤い甲冑。胴部を守る鎧は堅牢、頭部を守る兜は鬼の角を生やし、その姿はまるで――紅の武者。


 鬼化きか。それこそが私と兄様の異能力。その身体に鬼の力を宿し、圧倒的な攻撃力と、数多の攻撃を防ぐ絶対の防御の力を支配する。


「どう…して……」


 言葉が出てこなかった。兄様から激しい殺意が、ピオンではなく私へと向けられている。


「はははっ!というわけだよ、妹ちゃん。キミの大切なお兄ちゃんが、キミのことを殺そうと襲いかかってきているよ。どうする?逃げる?それとも戦う?これでも、こうなったルコンはか・な・り強いよ。あははっ!!」


 そんなこと、わかっている。鬼化きかを使った兄様の無双ぶりは、私が一番よく理解している。

 身体の震えが止まらない。目の前の兄様は、あの日と同じ。理性を欠いた、本物の鬼のようだ。こうして向かい会っているだけでも、立ちすくんでしまいそうになる。

 今すぐピオンを始末したい。けれど、兄様に背を向ければ、確実に私の命はない――どうやらピオンに構っている余裕は今はないようだ。


「貴様は必ず葬る。私の手でなッ!」


「ふふふっ、いいよっ!キミがボクの元まで辿り着くの、期待しているよ。けれど――とにかくお兄ちゃんをなんとかしてから、ね」


「逃げるなよ、腐れ小娘がッ!!」


 一度ピオンを睨み付けてから――兄様へと向き直った。


「兄様………」


 私はどうすれば良いのだあろうか。私はもう、これ以上兄様を傷つけたくはない。けれど、このまま逃げ出すなんてこともきっと叶わないことだろう。

 目の前の赤鬼は、兄様だ。けれど、その雰囲気はまるで別人のよう――取り戻せるだろうか、元のお優しい兄様を。

 いいや、悩んでいる場合じゃないな。どうなるかなんて、やってみなければわからないのだから――!


「兄様…私は、あなたの妹として……斬るkillッッ!」


 即座に距離を詰めて、勢いを利用したまま斬り込む。


「はぁぁァァァッッッ!!」


 甲高い金属音が響くガギィィィィーーンッ!居合い斬りなんて、どうせ防がれることはわかっていた。

 だから私は、その次の一手に――


「ゥガアっッッ!!」


「なっ!?――――――ぐうっッッ!!?」


 身体が宙を舞う。

 私の一撃を防いでから、兄様のカウンターが繰り出されるまでほんの刹那。その人間離れした攻撃速度……もしかして今の兄様の力は、鬼化きかによるものだけではないのか?


「ぐうっッ!!」


 水切り石のように地面を跳ね――ベンチへと叩きつけられた。直前で受け身がとれていたとはいえ、槌で殴られたような衝撃が身体全体に響いた。

 そして身体を起こそうとして、逆流してきた胃酸を、口を押さえてなんとか押し戻す。


 どうにか直撃は免れたが、次もそう上手くいくとはいかない。やはり今の兄様に挑むのであれば――私も、この手を使わざるを得ないようだ。

 刀を地面に突き刺し起き上がる。そして腰に括り付けた青鬼の面を外し、顔に宛がい――


鬼化きかッッ!!」


 絶叫した。

 青い閃光が私へと駆ける。その光は目映さと共に、確かな重みへと変わっていく。そして私は――蒼の甲冑を装着した。

 今の私の姿は、兄様と色違い。赤鬼に対をなす、青鬼。


「ふうっ………」


 鬼化きかの状態にある時、体力と精神力の消耗が激しくなる。そう長い間、この甲冑を顕現し続けることは出来ない。

 そうだ。本来鬼化きかを続けていればいずれ体力の限界を迎え、異能力が自然に解除されるはずなのだが……どうして兄様はそうならない?確かに兄様は優れた武人。兄様が私以上に鬼化きかを巧みに使いこなるのはよく理解している。それにしても、異常を感じずにはいられない。

 こんなにも鬼化を続けていては――身体が先に限界を迎えてしまう!


「兄様……速攻で、終わらせて見せますッ!」


 一息吐いて――駆け出す。

 鬼化を維持出来るのはせいぜい2分程度。その間に兄様をどうにかしなければならない。


斬るkillッッ!!」


 正面から肉薄――急速旋回し背後に回り込み、この一刀にありったけの力を込める!


「グァァッ!」


――ギギンッッッッッ!!


 防がれ、鍔迫り合いに。けれど今の私は兄様と十分張り合えるはず。

ああ、上手くいっている。少なくとも兄様にカウンターをさせる隙を作らないぐらいには、圧をかけられている。


「一気に――押し込むッ!!」


 刀を滑らせ、急に相克する力をなくしたせいか兄様がよろめかれた。その隙を突いて右側に出て、連撃を浴びせる。


「ガアッ!!」


――ガギンッッ、ギンッ、ギンッッ!!


 これも通じぬか……。

 どれもあと少し私の刀が速ければ、決め手になっていたはず。まだ私は、兄様に及ばないのか――?

いや、今は信じるんだ――兄様の妹である、私自身を!


「これで、終われぇぇェェっッッ!!」


 斬って通じないというのなら――刺突ッ!


「グウッッッ!!?」


 兄様をこれ以上傷つけたくはないと思っていたが、今は仕方がない。私の刃は、兄様の右肩へと至った。

 これでどうにか、落ち着いてくださりませんか……兄様?


「ウッっ・・・ソノ・・・み・・・」


「っ!!?兄さ――ぐぅっッ?!!」


――ぷすり


 なんとも拍子抜けな音が、私の身体から発せられた。同時に襲いかかってきた、猛烈な痛み。ちらと視線を落とすと……兄様の刀が、私の右脇腹を貫いていた。


「ぐうっ!?うっ………」


 刀が引き抜かれると、栓が外されたことで血が一気に噴き出した。そして次の瞬間、喉を通って口の中に大量の血が注ぎ込まれ、私はその激流に堪えきれず地面へと吐き出した。どろっとした鮮血が、草を真っ赤に染め上げていく。

 私は痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ち――鬼化きかもまた、限界は迎えた。

 この程度では…まだ、死ぬことはないだろうが……もう、動けそうにない………。


「兄様…なのですか?」


 自分の流す血の海に這いつくばって見上げた赤鬼には、兄様の面影など一切なかった。もしやあの声は――私の弱さにより生まれた幻聴だとでも言うのだろうか?

 刀が大きく振り上げられ――私目がけて放たれる。けれど私はもう……どうすることも出来ない。


「兄様……」


 ここで、終わるのか。私はずっとずっと、兄様に会いたかった。けれどまさか、こんな悲しい結末に辿り着くなんて。

 ああ、私はバカだな。兄様は強いとわかっていたじゃないか。それなのに自分の力を過信して、兄様に挑むなんて。こんな死に方じゃ、あいつら・・・・に笑われる――


――――破破破破破破ババババババンンンッッッッ!!


「っ!?ウグッッッッ!?」


 突如聞こえてきたのは――銃声?兄様が銃弾の雨によって……押し戻されていく?


「――悪いな。大切な後輩を、こんなところで失うわけにはいかないんだよッッッ!!」


 聞き慣れた男の声。ついさっきまでは一緒にいて、けれど私はそいつに散々酷いことを言って――別れを告げてきたというのに。


 そんな、どうしてだよ……なんで私を追ってきたんだよ――グラウっ!!


※※※※※

小話 泣かないわ、だって主人公だもの


グラウ:待たせたな、ソノミ!


ソノミ:グラウっ!


グラウ:(決まったな、流石俺――この物語の主人公なだけはある。そんなことより早くソノミの元へと向か――)っ!!(こんな所に、石ころだと?聞いてないぞ!不味い、このままでは転んで――)


――ずでーーーーん!!


グラウ:うぐっ!!(くそ、地面にキスをしてしまった。地味に痛いな………)


ソノミ:ぐっ、グラウ!?お前、大丈夫か?


グラウ:あっ、あぁ。別に大したことはない。だが――take2をお願いできるか?


ソノミ:お前――嘗めてんのか、主人公って役割?カッコつけるなら最後までカッコつけろよ。恥ずかしいとは思わないのか?


グラウ:すいませんでした

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る