第3話 泣いた青鬼 Part3

〈2122年 5月7日 8:41AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約16時間〉

―グラウ―


 相手が異能力者であれ非異能力者であれ、俺がやることはそう変わらない。

 この二丁の拳銃により放つ銃弾で相手を仕留める。それだけだ。

 左右から3発ずつ。合計6発あれば、十全と言えるだろう。

 殺し合いにルールはない。サッカーのように前半戦と後半戦、野球のように9回まで試合を続ける必要はない。初撃で全て片が付いたとしても、何のペナルティーも存在しない。


「喰らいなっッッ!」


――破破破破破破ババババババンッッッ!!


 引き金を連続で絞り、計6発の銃弾がスクリムへと駆けていく。狙うは、彼の脚――そこは致命傷にはならないだろうが、それで問題はない。

 心臓、頭。そのような箇所に銃弾が直撃すれば、どんな強靱な肉体を持った人間でも即死は免れない。が、今はその必要はない。スクリムを行動不能にし、そして俺がホームから抜け出せる時間が稼げれば俺の勝利だ。

 角度、軌道、タイミング、その全てを計算しきった。無慈悲に思ってくれても構わない。だが、全てあんたが悪いんだぜ、スクリム。


 銃弾はスクリムへと直撃――


「ふっ!」


――キュルキュルキュルキュルっっッッッ!!


 しなかった、だと!?

 スクリムへと直撃を確信して刹那の隙、銃弾が彼へと到達するのを阻まんと出現したのは――透明無色、氷で出来た分厚い壁。

 6発中6発、全ての銃弾がその壁へと先端だけめり込み、まるで独楽のように楽しげに回転しているではないか。

 それが一体、どうして突如としてその場に聳えたのか。そんなことは明々白々――彼の異能力によってだ。


「灰鷹ぁ、そんな攻撃でオレを倒せると思った――?残念っ!速効で終わらせるなんて、つまらないよ!!」


 「戦いを楽しまないと」などという言葉がその後に続きそうだな。くだらない。

 今の弾数で氷の壁に亀裂が一本たりとも入っていないことからするに、あれは相当頑丈なようだ。正面切っての銃撃は、無効と割り切るほかないだろう。

 ならば別な方向からでも攻め続ければ、いずれ活路も拓けるはず――


「って、いつまでも攻手でいられるなんて、思わないでよっっ!!」


 こちらの考えが読まれている――?その通りの様だ。

 スクリムが氷の壁に右手を触れると――バリバリバリと音を立てながら、壁が削られていく。まるでそれは氷職人の芸当のように、精緻に、手際よく。

 そして数秒後。壁は無数の、拳サイズの氷細工へと姿を変えていた。美麗で、かつ繊細。それは一つのアートなのかと錯覚した。その形はまるで――氷で作られた、弾丸のようだ。

 そして氷弾はスクリムの正面へと浮かび上がり、虎視眈々と俺を狙っている。


「さぁ――行きなよッ!!」


 向かってくる6つの氷弾。スクリムの合図により、それらはまるで息を宿したかのように見える。

 氷細工だとそれを見ることが出来るなら、その氷弾には芸術点を多く与えたい。しかし今は、それをじっと鑑賞している余裕などなさそうだ。

 弾丸なんてものは、命を奪い取るもの。そのために先端が尖り、肉を抉り取ることに特化した形状をしているのだ。

 特定の銃から発射されているわけではないのに、この速度。十二分に――殺傷能力を認められる。だが――


「…落ちろッ!!」


 狙いを即座につけて――ここだ!


――応酬としての銃撃ババババババンンっッッッ!氷弾との衝突、相殺パリンパリンパリンッッッ!!


「へぇ、やるじゃん、灰鷹」


 6発の銃弾でもって6発の氷弾を制するのを目の当たりにして、スクリムはニヤリと笑みを送ってきた。


「この程度なら、な」


 立ち止まりながら、迫ってくる拳サイズの飛翔体に銃弾を当てることなどたいしたことではない――

 ユスは俺に、ありったけの技術を叩き込んだ。懐かしいものだ。頭上高く飛ぶ鳥を撃ち落とせなんて、無理難題を突きつけられたあの頃が。

 でも、あいつが俺に教えてくれたことは今、血となり肉となり、そして骨となって俺を支えてくれている。感謝しなければならない。教え方には文句はあるが。


 さて、この程度の攻撃手段しか持ち合わせていないというのなら、再度こちらから――ん?なんだか妙にヒンヤリとしてきたな。地下鉄の中だから、というわけではない。先ほどまではコートを着ていても少し暑いぐらいだったのに、今はむしろ肌寒い――っ!? 


「ちいっッ!!?」


 どうして今まで気が付かなかった!?右のブーツの底が凍り付き始めていたことに!!


「ふふふっ!さぁ灰鷹――もっとオレを楽しませてよっ!!」


 視線をスクリムの方へと戻して絶句した。再装填された氷弾の数は、先ほどとは比べられない程圧倒的。それら全てが射手たるスクリムの号令を、今か今かと待ち望んでいるではないか。

 このままでは――まずい。いくらなんでも、無数の氷弾をいちいち撃ち落としてなどいられない。だから今すぐ、動き出さないければならない――それなのに!


「くうっ!剥がれろよ、くそッ!!」


 靴底がキンキンに凍り付いて、右足の自由が奪われている。左足を踏ん張り、右足を思いっきり引き上げて――ふうっ。ようやく剥がれて――っ!?


「さぁ、今度はどうする、灰鷹ぁァっッッ!!」


 影が俺を飲み込んで――仰ぐと、再び天井に形成された、氷の巨大な杭。それが俺目がけて急降下――


「ちいっ!?」


 不格好に横へと前転しそれを躱すが……後一秒でも遅れていれば、あの杭によって俺は串刺しにされていたかもしれないな。


「何ぼけっとしているの、本番はこれからさ!」


 そうだ。無尽蔵に浮かぶあの氷弾――畳みかけるように、俺へと既に突き進んでいるではないか。


「くっ!!」


 身体を翻し、氷弾から逃れるように急ぎ後方へ駆けるが――これは得策ではないな。しかしあの猛威から少なくとも命は守るというなら、この場所ではこの手しかないだろう。


「うぐっッッ!!?」


 全てを避けきるなど、到底不可能なのはわかっていたが――背後から襲ってきた氷弾の一つが、俺の左の頬の肉を掠め取っていく。透明の氷弾が、血という赤色に染め上げられていく。

 しかし今は、この痛みに叫んでなどいられない。少しでも速度を緩めれば、これ以上の悪夢が俺の命を奪い取ることだろう。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」


「せっこいな、隠れるなんてさ」


 柱が俺から数十メートル後方にあることは、ホームに上った時に視認していた。氷弾といえども、鉄筋コンクリート製の柱もろとも俺を仕留めるなどということは出来ないはず。

 その予想通り、氷弾は柱に激突し粉々に飛び散りパリンパリンと絶叫をあげている。遮蔽物に守られている限り氷弾は凌げる。しかし――

 足下を凍らされるか、それとも頭上から氷の杭で狙われるか。それも時間の問題だろうか。


 ポタポタと、雨漏りのように頬から滴る血の雫。左手で出血を抑えようとしても、そんなことで傷口が塞がるはずもない。気が付けば、溢れだした血でコートの裾が紺から深紅へと変色してしまっていた。


「なぁ、スクリム。あんたの氷で、俺のこの傷口を塞いではくれないか?」


「氷で?はははっ、血迷ったことを言い出すね、灰鷹っ!!」


 興奮しきった声。圧倒的有利な立場にあることの余裕が、スクリムを昂ぶらせているのだろう。

 これ程までに氷を操れる時点で――スクリムは、戦いになれている。異能力の強さも、圧倒的に彼の方が上。不意の銃撃にも対処出来ることからも、彼の反射神経の高さも相当。畢竟、ただの銃撃のみで彼に決定打を与えることは難しいだろう。


「いつまで隠れているの、灰鷹?急いでいるんじゃなかったの?」


「……黙れ」


 ちらとスクリムの方を見ると――涼しい顔をして、余裕綽々と髪の毛を弄っているではないか。対して俺は、脂汗が傷口に触れて痛みに顔が歪んでいるというのに。


「最初に杭を避けた時とか、氷弾を落とした時はさ、すっごい強い人を見つけたなぁと思ったんだけれど――結局、大したことなかったね。これじゃあ張り合いもないし――もう、終わりにしてもいいかな?」


 完全に舐められているな。多少ムカッとっするが、しかし返す言葉もない。

 一方的だ。スクリムは俺を着実に追い込み、反対に俺は攻め手を欠いてしまっている。これは“戦い”という名の駆け引きではない。“蹂躙”という名の、一方的なの暴力だ。俺では、彼が望むような“すっごい強い人”には成り得ないだろう。


「はぁっ……」


 青息吐息を一つ。本当に、自分の異能力を呪いたくなる。“引き金を絞れば銃弾を撃てる”。それのどこに強みがあるという?銃撃をしたところであのように防がれてしまっては、俺の異能力はそれでお終いなのだ。


「それじゃあ――」


 また暗くなってきた。それに、冷気が立ちこめている。今度は――確実に俺を仕留めにかかっているようだ。

 このままここで尻込みしていれば、上から来る氷杭に貫かれる。不用意に飛び出しても、氷弾によって撃ち抜かれる――


 銃は……最も多く人間の命を奪った武器で、人間が生み出した武器の中でも最悪なものだと思う。

 だが……強すぎる故に、それ以上を引き出すのが困難だ。柔道、剣道、弓道……それら武道は、努力や鍛錬というものが全てを物語る。極めれば極めるほど、その技術と道は成熟していく。そして奥義へと辿り着いた者は――“無双”という名の肩書きを得るだろう。

 銃だって、射撃の技術を向上させるということは出来る。しかしそれらとは違って、根本的な威力を、射手の技術のみで向上させることは出来ない。氷弾は砕けても、分厚い壁を粉砕するほどの威力は出せない。これが、銃の限界……俺の限界である。


 この手に握りしめる銃が、もしも機関銃マシンガンであったら、散弾銃ショットガンであったら。そう嘆いたことは何度もある。しかし……俺はこの二丁拳銃で戦い抜くと決めたのだ。

 これ以上求めては――あの頃に、戻ってしまうから。


「灰鷹、終わりだ――!」


「ふうっっ、はぁッッ!!」


 スクリムが言い切るよりも先に――大きく息を吐き出し、身を曝け出した。

 無謀、愚か極まりない行為だ。氷の杭で貫かれるよりは、氷弾で蜂の巣にされた方がましだと思っての行動――?否。

 必勝の策は――これしかない。

 飛び出すと同時に、狙いをつける。それはスクリムの身体――ではない。


 この空間における唯一の光源――非常灯。


――発砲バンッッ、豆電球が砕け散るバリンッッッ!!


 そして世界が、漆黒へと落ちる。

 駆け出す。


「なっ!?」


 その反応、やはり、か。氷弾にせよ、氷の杭にせよ、対象を凍らせる技にせよ……全てスクリムが思念しなければ異能力は発動されない。

 それにスクリムの異能力はネルケの場合とは違い、ただ思念すれば良いという代物ではない。第一段階として目標を視認し、第二段階として対象の位置へと異能力の発動を思念する。このプロセスを経なければ、彼の異能力は発動されないと推測した。

 よって俺が狙ったのは、思念そのものの妨害ではなく、視認という行為を封じること。人間は突如として暗闇に放り込まれた時、視覚という最大の情報収集の感覚を一時的に失ってしまう。そうなれば対象である俺を見失い、結果として異能力を無効化出来るという算段だ。


 異能力者の異常により氷弾たちはコントロールは失われ、地面へと落下していく。パリンパリンという甲高い音は、今は、まるで俺の背中を押す旋律のように聞こえる――やはり羨ましいな。俺があんたの異能力だったら、どういう生涯を送っただろうか。

 氷を自在に操れる。それは、攻撃性能がかなり高いように思えるが――それだけではない。氷弾を見たときに感じたように、それは芸術的な異能力にも成り得る。俺だったら戦うなんて道よりも、氷の彫刻展でも開く芸術家にでもなっただろうな。


 しかし、それはあくまでスクリムの異能力。こうしていくら夢想したところで、何の慰めにもならない。

 俺の異能力はどうしようもない。その事実は変わることはない。異能力は変更出来るようなものでもないし、かといって捨てることも出来ない。それならば――上手く付き合っていく他ないだろう。


「――動くな」


 スクリムの後頭部に冷たい銃口マズルを突きつける。彼は嘆息し、両腕を高く上げてきた――チェックメイトだ。


「まさか……あの状況からこうなるなんてね。能あるは爪を隠すって言葉、今の今まで忘れていたよ」


「俺は実力者なんかじゃない。俺はただ、利用出来るものを利用した。それだけのことだ」


 スクリムによって、かなりの時間を無駄にしてしまったな。とてもじゃないが、その事実は看過出来ることではない。ソノミの元へ向かうまでのスピードをより上げなければならない。


「どうしたの、灰鷹?撃たないの?」


 銃口マズルを突きつけられても焦りの色を見せないは愚か、まさか撃つことを催促してくるなんて――スクリムは、自分の命が危機に瀕していることを理解していないのか?彼には、未練というものがないと言うのか?

 だが、そんなことはどうでも良い。もとより俺は、あんたを殺すつもりはないのでな。


「ん?なんだか頭から銃口が離れていったような気がするけれど……どういうつもり?」


「授業料としてあんたの命を奪っても良かったが、それをすれば、あんたの父親に目を付けられる。大マフィアに追われるような日々なんて……勘弁して欲しいものだからな」


 スクリムの命を奪うことは、デメリットはあってもメリットは一つもない。仮に引き金を絞ったとして、その事実がもしも彼の護衛にバレるような事態になれば、いくら温厚なデルモンド・テウフェルといえども、息子を殺害された報復として何をしてくるかわかったものじゃない。

 アマート家なんて一地方のマフィアは壊滅出来ても、ヨーロッパ最大のマフィアなんて手に負えない。テウフェルと真っ向から敵対する度胸は、俺にはないということだ。


「見逃してやる。だからもう二度と、俺の前に姿を現すな」


 二丁の拳銃をホルスターにしまう。もうここに用事はない。一刻も早く、ソノミの元へと――


「待って、灰鷹っ!」


 呼び止められて、つい足を止めてしまった。


「時間が惜しいと言っているだろ?」


 振り返って見たスクリムは、何故かニカッと笑って……なんのつもりだ?


「次は……勝つ!」


「人の話を聞いていたか?俺はあんたに、俺の前に二度と姿を現すなと――」


 俺の忠告に食い気味にスクリムは何やら宣いはじめる。


「ああ、もちろん聞いていたよ。でも、やられっぱなしっていうのは癪に障るんだよね。だから――リベンジ、させてもらうから!でも安心してよ。この争奪戦じゃ、灰鷹の組織の邪魔をしたりはしないと約束する」


「……ふん、勝手にしろ」


 足を止めるまでもない、些末な話であったな。

 けれど、その負けず嫌いは……憎めない、な。そういう無鉄砲なところはまるで――ガキだったころの俺に、そっくりに思えたから。


※※※※※

小話 水って美味しいんですよ?


スクリム:灰鷹ぁ!なんかオレに質問あったりしない?なんでも答えるけど?


グラウ:あんたに質問をしている暇なんて――いや、一つだけあるな


スクリム:さぁ、どんとこいっ!


グラウ:あんたが飲んでたあの“The Water”とやらは――軟水か、それとも硬水か?


スクリム:軟水!いや、本当は硬水の方が好きなんだけどね、日本に来てから買えた水は軟水ばっかりでさぁ~


グラウ:確かに、あんたはヨーロッパのマフィアだもんな。あっちだと、売られている水の大半は硬水だもんな


スクリム:というか、灰鷹もヨーロッパ系じゃないの?


グラウ:まぁ、そうだが……俺は軟水派だな。あのクリアな感じの方が好みだ。硬水は喉を通り辛い


スクリム:そう?なんだか、飲んでる!って感じがするから硬水の方が好きだよ。それに、マグネシウムやカルシウムも手軽に摂取出来るしね!!


グラウ:ちなみにスクリム。あんたの異能力のことを考えるなら、軟水の方が良いと思うが?


スクリム:なんで?


グラウ:軟水の方がミネラル分が少なく、上質な氷が出来やすいからだ


スクリム:いや、オレの氷、食用じゃないからっ!!


※個人的には軟水の○泉水○9が一番ですね(値段的に頻繁には買えないのですが……)。反対に硬水の王様のコン○レッ○スは、水を飲んでいるはずなのに逆に喉が渇くような感じがしてダメでした……ですが、美容には良いそうですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る