第3話 泣いた青鬼 Part2
〈2122年 5月7日 8:32AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約16時間〉
―グラウ―
彩奥市の地図は事前に頭にインプットしてあった。故にわざわざ地図アプリで確認をしなくても、ソノミの元へと辿り着く最短のルートを思い描くことは出来た。
しかし――それを採用するには至らなかった。ここは戦場。俺たちを含めて6の組織が、この外界と隔絶された“結界”という名の空間に犇めいている。そんな危険な場所で開けた道をまっすぐ、堂々と進むなんて自殺行為だ。敵に見つからず、かつ決して遠回りになりすぎない。そんなルートこそ、最善とは言えなくてもより良い選択となるだろう。
境内を出てからというもの、細い道を進み、時にはビルを飛び移り、そうしてなんとか市の中心部へと至った。しかし、やはりここは――呼吸音をたてることすら憚られるぐらいに、緊張の糸が張り詰めた激戦地帯であった。
毘沙門、
だから俺は、“潜る”という選択を採ることにした。都合が良いことに、この彩奥市の地下には、隣接する市から続く地下鉄が走っている。それを辿っていけば、上手いことオフィスビル群へと出られるという算段だ。
とは言っても、地下鉄の構内にそう易々と入れたわけではない。俺みたいな輩が現れると踏んでいたのか、地下鉄への入り口はどこもかしこも
しかし、俺には他の手はなかった。増援を呼ばれるとすれば、それは兵士たちに隙を与えた時。それならば――即座に全員始末してしまえば良い。そう意を決してから先は、案外造作もなかった。背後から奇襲をかけて、その勢いのまま壊滅。兵士たちは警戒心が薄く、練度も低いように見えた。団地でのことも含め、もしかしたら
地下鉄の構内は、非常灯を除けば光源がない。夜目が利いていなければ、正直何処に何があるかもわからないといったような状況。もちろん、エスカレーターなんてものはただの階段でしかないし、改札だって俺を阻むようなことはしなかった。
そして今に至る。ホームから降りて、線路をひたすら突き進んでいる。こんな機会じゃなければ、こういったレアな経験をすることもないのだろうな。列車が動いている時に線路に侵入すれば、立派な犯罪となる。
恐ろしく静かなものだ。暗いせいか、この線路が何処までも続いているのではないかと錯覚する。それに……このカサカサという音。ああ…そうか。この暗い空間に生きるのは、俺だけじゃない、と。そいつの正体は……名前を口にすることにすら抵抗を覚える――Gだな。
しかし、ソノミも上手いこと目的地へと向かっているみたいだ。彼女の位置を逐一確認していたが、彼女は一度も止まることなく毘沙門の本陣の方へと向かっている。と言うことは、彼女は敵と交戦することもなく、かつ目的地へはまだ辿り着いていないということなのだろう。
果たして俺は、いったいどれだけ歩いたのだろうか?こうも景色が変わらないと不安にもなってくる……うん?少し先、やけに明るいな。うむ、なるほど。ようやく目的のホームへと辿り着いたようだ。ホームへと上って、と。あそこの階段から地上へ――
「――――通行、禁止っッッ!!」
「っ!?」
ホームのどこからか男の声……?それに、足元に影―――天井から、何かが俺を目がけて落ちてきている!?
躊躇している暇などない。地面を蹴り飛ばし、その場から後方へと跳躍!
――バギンっッッ!
間もなくして、何かが地面へと激しく衝突した轟音がホームに木霊した。
そして、まだ俺の残影が佇むその場所へと視線を向けると――そこに見えたのは、縦幅は1メートル近く横幅は50cmほど、先端が鋭利に尖った……氷で出来た、杭?
「あんな咄嗟に避けられるなんて、すごいじゃん、灰色の人っ!」
灰色の人……十中八九俺のことを言っているんだろうな。
その声から推し量るに、彼の年齢は……ゼンと同じくらいか、それ以下か。それと、何故か随分と楽しげな調子。
さて、いったい何処のどなたさんだ?
いや、俺の目が狂っていなければ――どうやら候補に挙げた4つは、外れのようだな。
「戦場にスーツとは、動き辛くはないのか?」
「別にぃ。いっつも、こんな格好してるしね」
階段の前に仁王立ちする彼は、男性というよりも少年と言った方が正しいだろう。
キリッとしたエメラルドの瞳に、高い鼻、薄い唇。俗にハンサムと評するべきなのだろうが、少年の顔はあどけなさが色濃く残っている。
髪は色素の薄い金髪。くせっ毛気味で、ああいう髪型は確か……ウルフカットと呼ぶんだったか。
身長は165cm程度。痩せ細っているとまではいかないが、筋肉質にも見えないな。
しかしその衣服、何故か既視感を覚える。上下濃紺のスーツ、胸元から覗かせるのはワインレッドのシャツ。そして首元に垂れかけているのは白いスカーフ。
ああ、そうだ。数日前に見たアマート家のボスも、そんなファッションセンスをしていたな。その類似性からするに、やはりこの少年は――
「あんたは……マフィア、テウフェルの人間か?」
「いかにもっ!オレこそテウフェル家が次期当主、スクリム・テウフェルさっ!」
胸を張って自信げに答えるスクリム。対して俺は愕然とせざるを得ない。
どうしてこんなところで、マフィアの次期当主様とばったりなんていうロマンチックをしなければならない。つくづく運がないな、俺も。
「オレばっかり名乗るのもあれだからさぁ、そっちも教えてよ灰色の人?」
「……グラウ・ファルケだ」
俺の名前を聞くと、少年は何故か小首をかしげ、頭の上に疑問符を浮かべてみせた。
「グラウ・ファルケ、ね……それって本名?嘘を吐いていない?
「さぁ、な。俺はこの名前しか知らない。例え本当の名前なんてものがあったとしても――それは、過去のものでしかない」
「へぇ、なんか色々ありそうだね、
人の名前を小馬鹿にしやがって……でも、俺の名前に違和感を覚える理由は、なんとなくわからなくもない。変な名前ではあるしな。
ファルケは別に良いとして、グラウは……
しかし、この少年……他に気配を感じないことからするに、一人行動をしていたようだ。
不可解だな。この少年が本当にテウフェルの次期当主だと言うのならば、情報の通りに護衛が近くにいるはず。
「世界最大のマフィアの息子が、こんな危険な場所を一人で散歩していて良いのか?」
「うんっ?ああっ、二人なら今ごろオレのことを必死に探しているかもね」
スクリムの口振りからするに……護衛から逃げ出してきた、と言うことなのだろうか?
なるほど。あんたもそういう口の人間か……。
「あれ、なんで呆れたような顔をしているの?」
「いや、近頃の若いやつの流行は、行方を眩ませることなのだなと思ってな」
「何年寄りめいたこと言ってんのさ?灰鷹だって、オレとそう年齢変わんなくない?」
スクリムに細い目を向けられるが、仕方あるまい。彼には俺が何を憂いているかなど、わかるはずもないのだから。
ゼン……あいつの側から離れていることに、一抹の不安を感じずにはいられない。今日の所は独断専行をしないでくれているが、それでも彼を御しきれているという自信はない。どうかじっと待っていてくれれば良いのだが。
それにソノミ――あぁ、そうだ。俺には、こんなところで立ち止まっている時間は一秒たりともないのだ。
「スクリム。そこを
「ふふふ、ははははっっっ!」
何故笑う?俺は、あんたにものを頼んでいるのだが?
「ねぇ、灰鷹。灰鷹もさぁ……異能力者でしょ?」
「どうだかな。何を根拠に言っているんだか?」
バカ正直に答えるとでも思ったのだろうか?
いや……流石に誰でもその結論に辿り着くか。
「ふ~ん、まっ、いいや。灰鷹、この結果の中って、
「むしろ、この世の地獄だと思うが?」
「ええっ!?灰鷹も、
目を見開いて、熱を帯びた声で。スクリムは、心底そう思っているのだな。
“本当の自分でいられる”、か……スクリムの言うことは、的外れだとは言えない。
俺たち異能力者にとっての異能力は、呼吸をする、手を振る、歩く、走る……それら普遍的なものと変わらない能力の一つに過ぎない。しかし異能力を持たない非異能力者たちにとって、異能力は全て危険なもの。十把一絡げに異能力は規制されている。
“異能力規制法”を俺たち異能力者にとっての“桎梏”であると、言い換えれば“異能力を使えない”ということを“不自由”だと考えるなら、俺たちはこの世界で肩身の狭い思いをしていると言える。現に異能力者の救世主たるテラ・ノヴァはそう主張している。だが――
「俺は別に、異能力に
「ネガティブだなぁ、灰鷹は」
スクリムと俺とは考えが真逆なようだ。自分の異能力を誇りに思っている彼と、いっそなくても良いと考える俺。一般的には、スクリムの考えの方が異能力者としては主流ではあるが。
しかし、そんな思想の対立なんてどうでも良い。今、この局面において重大なことはもっと他にある。そう――異能力者と異能力者が鉢合わせしてしまったという、くそったれな事実だ。
相変わらずスクリムは微動だにせず階段を立ち塞いでいる。生憎、このホームから上層階へと繋がる階段はあそこだけの様だ。まったく、困ったものだ――
「スクリム、もう一度だけ言う――
「ふっ、嫌だね!」
一蹴、か。その深緑の視線には、強い意志が見てとれる。「俺を通すつもりはない」。そう、瞳が語っている。
どうやらもう――"言葉"は、状況を変えるための道具にはなりえないようだ。
それならば――左右のホルスターへと両手を回し、トリガーガードに指を通す。そしてそこを支点として――クルリクルリと拳銃を回転させながら、胸の前で腕を交差させてそれを構える。
「かっこいい銃、もってんじゃん!」
この二丁は、なんてことはないただの自動拳銃。しかし有象無象の拳銃と違うのは、
出会いはもうかなり前のこと。俺が
右手に握る漆黒の拳銃のスライドに掘られた文字は“Sodom”、左手に握る白銀の拳銃のスライドに掘られた文字は“Gomorrah”。
ソドムとゴモラ。頽廃しきったその二つの街は、神によって滅ぼされてしまった。その言葉は今や人類の戒めの言葉でもあり――あの時の俺を忘れないようにとの、願いの言葉でもある。
「ごくごく……ふうっ……さぁ、やろうぜ、灰鷹っ!」
スクリムはどこからともなく取り出した“The Water”と書かれたペットボトルを飲み干し、そしてそれをゴミ箱へと放り投げた。
そうか。その水があんたの異能力によって氷へと変わるわけ、か。氷の異能力。厄介な異能力だが――押し通らせてもらう。
「スクリム。どうしても退かないというのなら――後悔は先に立たないってこと、その身に教えてやるよッッ!」
※※※※※
小話 世界観解説Part3~暗闇に蠢く無数の影、それはチュウッと鳴いて~
グラウ:前回の小話で、当分の間このコーナーはお休みすると宣言しておいたのに、結局やるのか。しかも俺一人で、はぁ……
グラウ:まぁ、愚痴っていても仕方ない、か。では――地下鉄は、当然のことながら人が利用するためのもの。しかしそこに巣くう生き物の数のは、むしろ人間よりも多かったりするかもしれない
グラウ:その代表的な例はG。そして最近問題視されているのは――ネズミだな
グラウ:過去の日本において多く生息していたのはドブネズミ。しかし彼らは、時代の移り変わりについていはいけなかった。彼らはその名の通り、“ドブ”を好む連中であって、立体的な高層ビルは不得手。それに強力な殺鼠剤の誕生によって、彼らの個体数は激減していった
グラウ:しかし、昨今問題になっているのは――クマネズミだ。彼らはドブネズミと違い、高層ビルへと適応。しかも彼らの中には薬剤が効かない“スーパーラッタ”となった個体もいるそうだ
グラウ:虫害ならぬ鼠害が問題となっているのは、日本に限った話ではない。アメリカの大都市、ニューヨークにおいける市民人口は840万人。しかし鼠たちはこれと同数、あるいはこの倍は生息しているとの報告もあるそうだ
グラウ:鼠と人間との攻防はこれから先も続いていくことだろう。その果てに人類がネズミを駆逐するか、それともネズミが“スーパー”を通り越して“ハイパー”となり人類の強敵となるか
グラウ:2122年現在、
グラウ:まぁ、こんな感じで本編とまーーーったく、関係のない小話をする時もあるかもしれないが、よろしく頼む
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