第2話 沈黙の空、響くは銃声。あるいは…… Part9
〈2122年 5月7日 6:11AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約18時間〉
―ソノミ―
「寝ている……よな?」
拝殿の後ろの簡素な小屋の中。ここは普段、神主が泊まる場所だったのだろうか?布団が2セットほどタンスの中にしまわれていた。
それが衛生的かと言えば疑問はあったが、布団があるというのならば使わないのはもったいない。私とネルケは適当に布団を敷いて隣り合って寝ることになった――のは、もう数時間前のこと。
すーすー。とても小さく、可愛い寝息をたてる
しかし口を開けばグラウ、グラウ、グラウと。そのグラウ本人は私のことを性格で損しているなどとほざいていたが、彼女の方がよっぽどそうだろう。
そうグラウだって――ネルケに接吻をされて拒絶はしたが、本当に嫌だという表情をしていたわけではなかった。どうせあいつだって、本心では彼女に好意を持たれて喜んでいるに違いない。そう、あいつの隣に立つべきなのは私ではない。彼女の方が、ずっとあいつに……。
いや、そんなことは今となってはもう関係ないか。私がこいつらと共に行動するのは――もう、これっきりなのだから。
「兄様……」
あのバンダナの兵士から聞いた情報か全て正しいと言うのなら――兄様は、私と同じこの結界の内側にいる。
果たして、鬼の面などを腰に括りつけて戦場に向かう奴なんて、そう多く以外いるだろうか?異能力の都合がなければ、こんなものを持ち歩いたりなんかしない。
それに、赤鬼の面を持っていて、瞳の色も、髪の色も同じだなんて――もう、兄様だとしか思えないだろう。
「……さようなら、ネルケ」
どうかゆっくり眠ってくれ、ネルケ。お前と過ごした時間は僅かであったが……本当に楽しかったぞ。
同性ながらに、私は確かにお前に惹かれていった。私の心をここまで砕いた奴なんて、お前が初めてだ。
お前とグラウはお似合いだ。だから、グラウのこと……よろしく頼む。
扉をゆっくりと開き、音をたてないように小屋の外へ――もう朝だというのに、結界の空は変わらない暗い闇。私の行き先を照らす蒼の光を、兄様もその御身に浴びておられるのだろうか。
「ふう……」
覚悟を決めなければならない。石段へ向かうには――グラウとゼンが眠る、拝殿の前を通らなければならない。
今は彼らの声は聞こえないが、しかしまだ起床している可能性はある。もしそうなれば……いや、考えたくないな。
拝殿の壁に背中を密着させて、縁側の方を覗きこむ。ゼンは……相変わらず気持ち良さそうに寝ている。グラウは……寝息の一つすら聞こえないが、その
「よし……」
近づいても反応しないということは、グラウも寝ていると断定して良かろう。
そうだ。ラウゼが私を見つけてくれなければ、私はこうして居場所を得るに至らなかった。ろくな仕事じゃない、カタギの仕事ではなかったが、自分の力を最大限に活かせるのはこの道しかなかったであろう。
当然様々な苦難はあった。けれど私の本懐は……こうして日本に舞い戻り、そして遂げることが出来そうだ。
ゼン。お前と私は犬猿の仲。でも、別にお前のことが嫌いだったわけじゃない。その実力は、しかと認めていたんだぞ。紛れもない本心だ。
お前の異能力があれば、どんな場所にも侵入出きるだろうし、暗殺もお茶の子さいさいだろう。だがお前は性格が歪んでいるから……グラウにあまり迷惑をかけてやるなよ。
グラウ……お前は、どうしてだろうな。その容姿も雰囲気も全く似ていないというのに――時々兄様のことを思い出させた。
お前と一緒にいると安心した。お前は不安に揺れる私の孤独を溶かしてくれた。お前は私の先に立って、この道の生き方を教えてくれた。
感謝している、お前のことを誰よりも。お前は私が知るなかで、兄様の次に優れた異能力者。お前ならきっと成し遂げられる。たった
「そろそろいくか」
名残惜しく感じてしまうのは、まだ私が未熟であるからか。
でも、大切な存在を2つも持つことは許されない。私には兄様がいる。だから……。
「さようなら、お前ら……」
毘沙門の本陣。彩奥市南東のオフィスビル群。きっと兄様はそこにおられる。
もしもそれが兄様でなかったとしても――私はもうここには戻らない、いや、戻れない。これは裏切りだ。私はこいつらを欺いて、望みを叶えようとしている。だから、いくらこいつらが優しい連中だからといって、その優しさに漬け込むような真似はしたくない。
それに、私はもう許されないことをした。許してほしいとも思わない。だからもう――行かなくては。
参道を進む。誰も起きてこない内に――
「――大切な仲間の様子がおかしいことぐらい、気がつくもんなんだぜ?」
「っ!?」
この声は――グラウ!?どうして、寝ているはずじゃなかったのか!!?
いや、動揺を見せるな。冷静に対処するんだ。
「お手洗いに行こうとしていただけだ。お前、何を変なことを言っている?」
これでグラウも納得……しないか。首を横に振って……そうか、お前は、そうだよな。
「残念。厠なら拝殿の後ろ、小屋の隣にある。さっきまで小屋で寝ていたんだ。ソノミ、まさか知らなかったなんて言わないよな?」
……流石はグラウ。侮れない。
このまま全力で逃げ出すか?それも一つの策ではある。しかし、
ならば――
「そんな悲しい顔をするな、ソノミ。そんな顔はソノミに似合わないぜ?」
「もとよりこんな顔をしている」
「それはどうかな?自分の顔っていうのは、思ったより見る機会が思ったより少ない。鏡を見るとか、写真を見るときぐらいだ。だから、俺はソノミ以上にソノミの顔をよく知っている」
よくも顔色ひとつ変えずにそんな歯の浮くようなセリフを言えたものだ。
しかし、先ほど私が近づいたときに寝ていたのはフェイクだったというのか。だが、甘かったのは私の方だ。こいつは、私が白なのか黒なのかを見極めるまで、眠りにつかないつもりだったようだ。
「いつ行動に出るのか待っていた。結構しんどかったんだぜ?眠らないでいるのって」
2時間以上睡眠欲に堪えたのか、
「団地からここに戻ってからは、お前の言う通りに友好的に接したつもりだったんだがな」
「それを見て、最初は素直に安心したんだぜ?ソノミが背負い込もうとした問題がそこまで大きなものではなかったんだなって。でも、眠りにつく寸前で思ったんだ。実は全てが演技で、ソノミがその内側にあるものを隠そうとしているのではないかって」
慣れないことをするべきではなかったか。腹芸は、やはり得意じゃない。
けれどあの時の気持ちは、半分は――本心だった。誰かと共に食事をするなど、もう数年来していなかった。だから例えこんな戦場のど真ん中であったとしても、一緒に食事が出来てすごく楽しかった。
「ソノミ、はっきり聞かせてくれないか?いったいあの兵士から何を聞いたんだ?いったい何を隠している?」
「ふん、お前には関係のないことだ。これは、私の問題だ」
「いいや――ソノミの問題は、俺たち全員の問題だ」
「っ!?」
何を言っているんだグラウは!確かに私たちは同じ組織に属している。けれど、結局組織なんてものは個人の連帯。特定の人間の問題は、その個人の抱えるものでしかないはずだ。
「仲間っていうのはそういうものだ。信頼しあって、忌憚のない意見をぶつけあえる間柄なんだよ。でも、ソノミは心根が優しいからな。俺たちに迷惑をかけないようにと、自分一人で背負い込もうとするのはわかる。でも――頼れ、俺たちのことを!」
グラウ……そんなこと…そんなことを言わないでくれ。私はもう、決めたのだから!
「私は……お前たちを仲間だなどと思っていないっ!」
嘘だ。真っ赤な嘘。
そんなこと、私は思っていない。
むしろ真逆だ。私は、お前たちのことを大切な仲間だと思っている。
けれど……言えるわけがないだろう。「一緒に行ってくれ」だなんて!
「ソノミがどう思ってようが関係ない。俺も、ネルケもゼンも、みんなソノミをかけがえのない仲間だと思っている。老婆心だと思われてもいい。はた迷惑だと思われてもいい。でも、一人で行かせたりなんかしない。だから――」
「黙れっっッッッッ!」
絶叫。私もこんな声、出せたんだな。でもどうして、怒りにも勝りこんなにも悲しみが私の喉を締め付けてくるのだろうか。
沈黙が私たちを支配する。重くて、意識を強くもたなければ潰れてしまいそう。
でも、ここでは終われない。だから、続けなければ。
「放っておいてくれ、私のことは。お前たちの目的は星片だ。だからそれを邪魔するつもりはない。それとも……私がいなければ星片を奪取出来ないとでもいうのか?」
「……事実そうだろ。だが、今は星片のことなんて関係ない。大切な仲間が、可愛い後輩がこうして苦しんでいるのだから、助けたいんだよ、俺はっ!」
くそ……どうして、どうしてそんなにお前はいい奴なんだ。私とは…正反対に。
だからこそ――お前らと一緒にいてはならない。ふと油断したら、お前らの優しさに溺れてしまいそうだから。
「グラウ……あのおにぎりは美味しかったか?」
「何を今さら?」
最善には最善をつくせ。そう、お前は言っていたよな。
「……旨かったぜ。これまで食べてきたなかで、一番美味しいおにぎりだった」
「それは良かったな――もう二度と、私のおにぎりを食べなくてすむ」
だから私は、お前に倣うことにした。策は1つだけでは十全とは言えない。だから確実な勝利するために、重層的に策を張り巡らせていく。
「……もう一回、いや、何度だってソノミの作ったおにぎりを食べたい」
「まるでプロポーズみたいなことを……お前には、ネルケがいるだろうが」
「ネルケのことは今、関係ないだろ?」
無駄かと思えた策が、案外一番成果を挙げることもある。特に厄介な人物に対しては、大胆かつ珍妙な策でもってぶつかるべき。
「グラウ……もう――限界だろ?」
「何が、だ……?」
グラウの表情が、時間の経過とともに険しいものに変わってきている。確実に、
「鋭いお前なら、既に気がついているだろ?あれは、ただのおにぎりではなかったと」
「………ああ。まさかとは思ったが、こんな異常な睡眠欲に駆られたのは、久々だからな」
グラウは、権謀術数をもって、相手を絡め取る狡猾な男。そう、そんな人物を欺くのは容易なことではない。
だから、姑息と言われようが――私は手段など選んではいられなかった。
「憎め、嫌え、呪え、私をっ!私はお前と違って優しくない。私はお前らすら……仲間すら欺く最低なやつだ。見損なっただろ、グラウ?私は外道だ」
「……外道、か。ははは、いいじゃないか。俺だってそうだ。なぁ、ソノミ。今、俺はソノミのことを愛しく思っているぜ。ソノミも外道って言うなら……外道同士、仲良くやれそうじゃないか?」
この期に及んで何を言い出すんだよ、お前は!
もういい。もう、お前と会話を続けたくない。胸が苦しくて堪らないんだ。
進むべき道へと振り返ろう。
「じゃあな……グラウ」
「ぉい、待てよっ!一人でなんか……くっ………!!」
膝から石畳に崩れ落ちた音が聞こえてきた。でも、もうグラウの姿を見たくはない。そんなことをしてしまったら、彼らと……いや。グラウと、共に生きたいなんて思いが強まってしまう。
私が――壊れてしまう。
「グラウ……もしかしたら、私はお前のことを――」
「ソノ、ミ………」
グラウの言葉が途切れた。ようやく彼も眠りについてくれたようだ。
あの屋上での拾い物だったが、こうも役に立ってくれるとは。睡眠薬。無臭かつ無色透明。あのいくつかのおにぎりに直前に仕込んだが、うまいこと味は隠せていた。ただ、グラウにはばれてしまったが。
早く行かなくてはならない。彼らがいつ起きてくるかわからないから。
「…流魂兄様……今、会いに行きます!」
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