第2話 沈黙の空、響くは銃声。あるいは…… Part7

〈2122年 5月7日 3:31AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約21時間〉

―グラウ―


「いいんすか、ソノミ先輩のことほっといて?」


 団地の老朽化した階段を下りきったところで、ゼンが俺の前に仁王立ちしてきた。


「ゼンくんに同意。まったく納得いかない」


 屋上から無理矢理引っ張ってきたネルケも、ゼンの隣へと並んだ。これで俺の進路は二人に完全に塞がれてしまった。さて、どうしたものか……。


「二人がソノミに色々と言いたいことがあるのはわかるが……それは、実際に刀を突きつけられた本人である俺も同じだ」


「だったらどうして!!?」


 珍しいネルケの荒い声が、俺の胸へと突き刺さる。

 そうか。ネルケはもう……俺たちP&Lの立派な仲間なんだな。共に行動している時間はまだほんの数時間かもしれない。しかし、彼女はソノミのことを案じている。

 そろそろ二人に俺の考えを明かすべき時のようだ。


「あんな激高したソノミ、俺も初めて見た。実はソノミに刀を向けられたことに関しては、これが初めてというわけでもないんだが……それは置いておいて、俺の目には、彼女になんだか事情があるように見えたんだ」


「事情、っすか?」


 ゼンの相槌に答える。


「ああ。それがどんな事情なのかはわからない。しかし、あの様子からしてかなりデリケートなものであるのは間違いないだろうな。だから気安くその事情を聞くなんて無遠慮な真似も、今は望ましくないだろう」


「それならば……あのまま放っておくっていうの、グラウ?」


 放っておく、か……それが現状の最適解なのだろうか?ソノミの身に、かなりショッキングな問題が発生していることはわかっているというのに。


 ソノミは頼れる仲間だ。卓越した戦闘技術、異能力の練度、機転の良さ。そのどれをとっても俺は彼女に劣る。いや、比較することすらおこがましいだろう。だが――だからといって、彼女が完璧な、一人前の人間だとは思ってはいない。

 そう、ソノミは心まで成熟しきっているわけではない。彼女はまだ19歳。まだ成人すらしていない少女だ。その年齢なら、友達と学業に勤しむとか、スポーツに興じるとか、アルバイトをしたりとか……そうやって人生を楽しみ、多種多様な経験を積むべきだ。

 しかしソノミが辿ってきた道は、人を殺すことを生業とする穢れた道。この道を進んだ先に得られるのは、殺人という行為に無関心になるというイカレた心だけ。そんな道を若き身空で一直線に進んできてしまった彼女は、精神的に成熟する機会を完全に失ってしまった。


 これは、そんな少女に降りかかった重大な危機だ。見て見ぬふりなんて――彼女の先輩として、出来るわけがないだろう。


「いや……あいつのことは――俺に任せろ」


「グラウに?」


「そうだ。ソノミとの付き合いなら、あんたら二人よりもずっと長い。だからソノミのことは、俺が一番よく理解しているつもりだ」


 なんの説得力のない理由かもしれない。だから、二人は未だ納得なんてしてくれていない様だ。

 しかし、そうだとしても――俺が、彼女のことを守ってやりたい。もう、大切な人を失わないためにも……。


「……またソノミに刀を向けられるかもしれないのよ、グラウ?」


「ああ、そのことか――」


 一歩先へと進んで――ネルケの瑞々しい唇の前に、右手の人差し指を立てた。


「その件は不問にして欲しい。俺から・・・の頼みだ」


 ネルケのアメジストの瞳を直視して。すると彼女の顔は次第に紅潮していって――


「グラウからの……うう~ん…そうね。あなたがそう言うのなら……周りが騒いでも仕方ないものね。でも――」


 うまくいったようだ。やはりこの人は――扱いやすい。

 いったいどうしてネルケが俺に好意を向けてくるのか、その理由は未だ不明のまま。しかし、その好意が利用出来るというのなら利用するだけ。

こうも素直に俺の言うことを聞いてくれたことに、感謝しなければなるまい――


「カプっ!!」


「んなっ!?」


 おっ、俺の指が!人差し指がネルケに――吸われているっ!?


「ん…あむ……んちゅっ……ちゅっ………」


 ネルケの口の中に入った俺の指が先端から根元へとかけて、ゆっくり丁寧になぞるようにして彼女の舌で舐められていく。時には舌を指にからませて、緩急をつけて……ぺろぺろ、ぺろぺろと。


「ちゅっ……じゅる、んっ……ちゅっ、ぱ………」


 いっ、いけない!早くこの状況をどうにかしなければならない。しかしネルケの口の中、生暖かくて……むしろ気持ちが良いくらい――って!


「おっ、おい、何のつもりだ!ネルケっ!!」


 指を引き抜こうとしても、彼女の口腔を傷つけてはいけないという念から思うように力が入らない。それに、彼女が俺の手をロックして右手が動かない――いったいその身体の何処に、これほどまでの力を秘めているというんだ!?


「じゅっ……ちゅ、じゅぷ……ぷはぁ……」


 俺はただ唖然として、ネルケの好きなようにされるがまま。呆然とその場に立ちすくみ続ける他なかった。


 ようやくネルケが俺の指を解放したのは、もう数分は経過したころ。彼女の口から帰還した俺の人差し指は、彼女の唾液まみれ。

 なんとも男としてもどかしい思いを味わはせてくれた当の本人はというと――とても満足げに、俺に白い歯を見せて笑顔を向けてきた。


「なんの対価もなしに、このわたしの好意を利用出来ると思った――?残念っ!そんなに安くないのよ、わたしっ!!」


「俺の考えに気づいていたのか?」


 そう言うと、何故かネルケは何故か頬をぷくりと膨らませ、ムッとした表情を見せた。


「鎌をかけたつもりだったのに、本当にそうだったんだ!ふ~ん、そうですか!!グラウも悪い人ね!!こんなに可愛い子の好意を利用するなんて罪作りなことをして、胸がチクリとも痛まないわけ!?」


 自分で自分のことを可愛い、か。いや、その自負は何ら不思議ではない。彼女はこの世に咲いた、最も可憐な花なのだから。

 そう、彼女は傾国の美女。ここまでの佳人、人生で一度見れば幸せなレベル。そんな人の好意を利用しておいて、もちろんなんとも思っていないわけではない。実際俺は今、心臓が剣山で滅多刺しされているかのような激痛に襲われている。


「……悪かったな、ネルケ」


「悪いと思うのなら……ちゃんと、ソノミのことを守ってあげてね。彼女には、きっとあなたという存在が必要だから」


 屈託のない表情は、女神の笑みにも似て幸せをお裾分けしてくれる。

 ああ、やはりネルケは――仲間思いのいいやつなんだな。


「ああ、任せておけ。あいつのことはこの俺が――」


「ゲフンっッ!!」


 強烈な咳払いに、俺とネルケはビクンと身体を反応させ、反射的にその主へと視線を奪われた……あっ。


「痴話喧嘩なら他所でやってくださいよっ!!なんなんすか!相思相愛のカップルですか!?それとも出来たてほやほやの新婚夫婦なんすかっ!?ならばアンタら二人が来るべきところは、こんな戦場じゃなかったすね!!!今すぐハネムーンに行ってきなさいよ、このヤロウッ!!!」


「あっ、あはははは」


 完全にゼンのことを、まるでそこにいないかのように扱ってしまった。そのものすごい剣幕に、俺は何を言われてもこうして笑って返すことしか出来ないのだろう。


「えへへへへっっ」


 で、なんで隣のことの人はまんざらでもないといった表情をしているんだ?俺たち、今ゼンに糾弾されているはずなのだが……?


「とりあえず、お二人はもう好き勝手すればいいっすよ。それよりも!ソノミ先輩のことっす。正直、オレはグラウ先輩がソノミ先輩に対しては優しすぎなんじゃとも思っていますが……グラウ先輩なら、きっとオレやネルケさんなんかより、ずっとソノミ先輩と上手くやれると思うんで、頼みますよ」


「任せておけ。先輩として、後輩の面倒はしっかり見る」


 「もちろんゼンのことも」と続けようとしたが、気恥ずかしくてその言葉は喉元で止まってしまた。でも、オレにとって可愛い後輩は、二人ともなんだぜ。


 さて、二人も“俺がソノミをなんとかする”で得心いってくれたようだ。あとは、俺がそれを実行するだけ――


「終わったぞ、グラウ」


 ソノミが濡れ羽色の髪を揺らしながら階段を降りてきた。どうやらソノミの方も全て終わったようだな。


「ソノミ、知りたいことは訊けたのか?」


「まぁ、大方な」


 いつも以上に素っ気ない。これは、うまく立ち振る舞わなければなるまい。


「ならば良かった。それじゃあ――」


 先ほどから気になっていたことを解決するとしよう。俺たちは第四団地側の出口から出たわけだが、第二団地と第三団地との間は、例の異能力者の紫煙の猛威に襲われていたはずだ。その惨状、一応確認しに行く必要があるだろう。


「少しここで待っていてくれ」


 三人を待機させ、世界防衛軍WGと毘沙門の戦場の跡地へ。紫煙は既に晴れていて……こうも正常に呼吸が出来る時点で、今の空気は無害なようだ。


「これは……なかなか酷い死に方をしている」


 まさに死屍累々。毘沙門の兵士たち、合計数百人の遺体がこの場所に横たわっている。あの紫煙に襲われた者は、誰一人例外なく命を奪われたようだ。

 一番近くにいた兵士の元へと駆けより、しゃがむ。そして露出している顔と手を確認……皮膚が紫色へと変色している。あの紫煙、やはり相当の毒性が含まれていたようだ。


 タバコにはいくつかの煙がある。タバコを吸う本人が吸い込む主流煙、本人から吐き出される排出煙、火をついた部分から立ち上る副流煙だ。

 主流煙と排出煙と副流煙、どれが一番毒性が強いか?直接吸い込むのだから主流煙が一番――?否、副流煙が一番恐ろしい。主流煙と比べたときの副流煙に含まれるニコチンの量は2.8倍、タールは3.4倍、一酸化炭素は4.7倍。そして副流煙には、70種類もの発癌性物質が含まれているという。

 このような副流煙を、あの対岸にいた男は増幅させたのだろうか?それともあの紫煙には別な毒が仕込まれていたのだろうか?遺体を解剖してみなければその答えはわからない。

 しかし、唯一確かなのは――紫煙の異能力者が危険な存在であるということだろう。


「はぁ……」


 流石に死体の山で、これ以上考え事はしたくはない。三人のいる所に戻ることにしよう。

 はて、紫煙の異能力者と鉢合わせした時、いったいどう攻略するべきだろうか?異能力の性質上、近接戦闘が通じるような相手ではなさそうだ。しかし遠距離から攻撃をするといっても、あの男はどこまで紫煙を操れる?不確定な情報が多すぎるな。


 三人の所に戻り……ん?三人が仲良く話に花を咲かせている。そうか――ネルケもゼンも、彼女へと気を遣ってくれているのだな。


「グラウ、紫煙にやられた毘沙門の兵士でも確認してきたのか?」


「その通りだ。わかったことと言えば、毘沙門の部隊が全滅していたということぐらいで、紫煙の異能力について不明な点が多いが……気をつけるべき相手であるというのは間違いない。それじゃあ――」


 一息をついて。ソノミのことを流し目する。あの屋上での雰囲気より大分落ち着いたようだが――彼女のこと、よく見ておかないとな。


「これより神社へと撤退する。世界防衛軍WGの尾行があるかもしれないから、少し遠回りになる。次の行動については、神社に着いてから。いいな?」


*


〈2122年 5月7日 3:45AM 第一次星片争奪戦終了まで残り約21時間〉

―?―


「あぁ……派手にやってくれたものだ」


 第三団地の屋上。あんなに元気だった可愛い可愛い・・・・・・オレの部下たちは、今や瞑目して、口をきかぬ屍へと変わり果てていた。鉄臭く、歩くだけで革靴の底がぴちゃぴちゃと音を立てる。

 その中でも壁に背を預けて、刀剣の類いで頭部を貫かれた彼の死相は見るにも堪えない。絶望に歪んで……相当酷なやり方で殺されたんだろうな、彼は。


「少佐……第7部隊………全滅です」


「そうか……」


 まぁ、誰も生きてはいないよな。こんなことになっている時点で。

 溌剌としていた彼も、この場に来てからは意気消沈。無理もない。ここは地獄絵図が広がっているのだから。


「オレの判断ミスだな。下の毘沙門兵士なら、わざわざオレが手を下さなくても非異能力者のオマエたちだけでも勝っていただろうにな。オレがこっちに来て、あの4人のご尊顔を拝めば良かった」


「……少佐の責任ではありません。4人が異能力者であるということは、こうなってからでなければわからなかったわけですから」


 慰めの言葉は時に人を傷つけることもある。だが、それを今指摘するのも……なんだか気が引けるな。


「なに!?少佐、失礼します!」


「はいよ」


 彼の通信機に何か情報が入ったのだろう。

 さて……弔いのために、オレも一本吹かすとするかねぇ……。


「少佐!……追跡させた部隊も、振り切られてしまったそうです………」


「そうか……」


 完全にしてやられた、か。どうやらあの4人の内のリーダー格は、随分と頭がキレるようだ。だから、もしかしたら……星片の情報なんてものも、彼らに渡ってしまっているのかもしれない。

 青息吐息しか出ない。そのリーダー格に比べオレは、統率者としての素質はやはりゼロだ。人を束ねて行動するなんて、やはりオレの趣味じゃない。アイツ・・・からの頼みだったが、やはり丁寧にお断り申し上げておけば良かったかなぁ。


「これ以上損失を出したくない。全員ここに集合させろ。再編成を行った後、予定通りテラ・ノヴァのところに挨拶に向かう・・・・・・


「了解しました」


 うちWGが最強だなんて思っていたが、それは井の中の蛙だったのかもしれない。世の中には、もっと手強い連中がゴロゴロといるようだ。

 入り込んだのがネズミかと思えば、実際はラーテル、あるいはグズリ4匹。願わくば、そんな彼らとはやり合いたくないものだな……。


※※※※※

小話 用語解説 異能力 Part2~異能力はどうやって発動するの?~


グラウ:いつだか“What is 《異能力》?”なんて小っ恥ずかしいタイトルで、異能力について俺とミレイナさんとで解説を行ったが、今回は“いかにして異能力は発動されるのか”ということに焦点を当てて解説を行っていく


ネルケ:異能力って、別に発動しようと思えばいつでも発動出来るものなんじゃないの?


ソノミ:はぁ……わかっていないな、ネルケ。お前の様なタイプもいれば、グラウの様なタイプもいる。そういうことを今回話していくんだろ?


グラウ:そうだ。まず前提を話そう。大半の異能力は何か“条件”付きで発動される。その条件は大きく分けて3つ。行動・言葉・思念だ。具体的に見ていこう


ソノミ:行動発動型からだな。これは、一定の行動をすることによって異能力が発動されるというタイプだ


ネルケ:ということは……グラウは“拳銃の引き金を絞る”、あの煙の異能力者は“タバコを吸う”が条件ということ?


グラウ:俺の方はその通り。煙の異能力者の方は本人に聞いていないためわからないが、たぶんそうなんだろうな


ソノミ:次にいくぞ。言葉発動型。これは、一定の文句を口にすることで異能力発動される、と


グラウ:まぁ、これの例もいるが……ネタバレになるから今は伏せるとしよう


ネルケ:ん?なんだかよくわからないけれど……最後ね!思念発動型。これはずばり、わたしやゼンくんみたいに、発動したいと思えば発動するタイプね!


グラウ:便利なもんだよな、思念発動って。行動・言葉発動だと異能力の発動を封じられる場面もあるが、思念発動の場合はよっぽどのことがないとそうはならないもんな


ネルケ:えっへん!すごいでしょ!!


ソノミ:グラウは別に、お前・・のことを褒めているわけではないと思うが?


ネルケ:ううっ、水を差さないでよソノミぃ~~!


グラウ:一応この三つが基本となるが、この複合型の異能力者も存在する。それ以外にも異能力を常時発動させている、すなわち発動条件が明確に存在しない異能力者、異能力の発動が先になって条件の達成を後で行わないといけない異能力者なんていうのも存在するな。それじゃあまとめといこうか


☆まとめ

前提:多くの異能力はその発動に何らかの条件が課される


1.行動発動型→一定の行動をすることにより異能力が発動されるというタイプ

例:グラウの「引き金を絞る」、煙の異能力者の「喫煙」、(第0話の)燕尾服の「ナイフを放り投げる」


2.言葉発動型→一定の文句を口にすることで異能力が発動されるというタイプ

例:実はもう登場していたり?


3.思念発動型→異能力の発動を思念することにより異能力が発動されるというタイプ

例:ネルケ、ゼン


4.複合発動型→1、2、3の条件のどれか2つまたは全てを満たさなければ異能力が発動されないというタイプ

例:実はもう登場していたり?


5.常時発動型→異能力が常時発動しているため、条件はそもそも存在するのか不明なタイプ

例:めったにいない


6.条件後払型(制御不能型)→異能力の発動が先になって、後にから条件を満たすことが求められるタイプ

例:めったにいない

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